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“神”は語る

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 背中に痛みと熱を感じた。しかし傷や出血の痛みではない。これは、魂の痛みと熱だ。そう瞬時に感じ取った。

 鎌の刃先に引きずり出されるように魂が引っ張られ、もはや抜け殻となった体から引き離されたのだ。



 あぁ、私は死んだのね。





 これまで何度も死を覚悟したが、今度こそ死んでしまったようだった。まだ生まれる前の魂を見て、思わず庇ってしまったが後悔はしていない。していないが……。

 ウィル様、ごめんなさい。でもあの小さな魂を見捨てることもできなかったの。

『ラメルーシェ……』


 魂だけとなり、軽くなった私の体はふわふわと宙に浮いている。これからどうすればいいのかと悩んでいたときどこからか声が聞こえてきた。

 ……誰?


 キョロキョロと辺りを見回すが人影はない。だが、その存在は確かにそこにいたのだ。

『ラメルーシェ、私のかわいい子……』



 その大きな存在は、ふわりと私を包み込み……私の魂は、消えたーーーー。












***











 その日、悪魔王を除く王達の前に神は姿を現した。


 そして、未だラメルーシェの亡骸を抱いたまま離さない妖精王に視線を向ける。だが、妖精王が口を開くことはなかった。

「……神よ!妖精王の番は……ラメルーシェ殿は妾の番の魂を守ってくれました!ラメルーシェ殿は妾の恩人です!どうか、御慈悲を……!」

 妖精王の隣で時癒王が膝をつく。その手には愛しそうに小さな魂を抱いている。その髪や瞳、ドレスは青から緑色のグラデーションに色付き、彼女が悲しみと愛しさ。そして心の底から感謝を表しているのだとわかった。

「……神よ、ラメルーシェ様は素晴らしい魂の持ち主です。我からも、どうかお願い致します」

 時癒王に並ぶように不死王も膝をついた。ラメルーシェがこんな目にあった事に自分の番が関わっていた事実が不死王に重くのしかかる。本当なら妖精王に罵られてもおかしくないのに、彼は決してそんなことはしなかった。それどころか番に裏切られて失ってしまった不死王を労ったのだ。それが不死王には嬉しくもツラかった。

 王の番の魂が生まれ変わるには長い年月がいる。妖精王はこれまで気が遠くなるほどの時間を要してやっとラメルーシェと心が結ばれたというのに、こんな別れ方など酷すぎると不死王は思った。

「我は、ラメルーシェ様の魂は特に特殊な魂だと感じました。なによりも深く愛し合っている妖精王とラメルーシェ様を引き離したくないのです」

 不死王はラメルーシェに対して敬意を払い「ラメルーシェ様」と呼ぶことに決めたのだ。妖精王の隣に並ぶに相応しいラメルーシェの為になら頭を下げることなどなんの躊躇いもない。と、頭蓋骨を地に擦り付けた。

 このまま消さないでほしい。またもや何千年と時を巡る輪廻に放り出さないでほしい。

 ラメルーシェをラメルーシェとして、妖精王に返したかったのだ。


『……ラメルーシェは』

 そんな王達の姿を見て、神がゆっくりと口を開いた。




『ラメルーシェは、私の娘たる魂なのだ』と。



 神は語る。


 ある時、神自身の魂から小さな光がこぼれ落ちたそうだ。それは神すらも初めての経験で戸惑ったものの、その小さな光はだんだんと形を作りいつの間にか愛おしい存在となっていった。

 最初は自分の周りをふよふよと漂うだけだった。神が世界を見守る中、同じように真似をしたりたまに感情を表すかのように光り方を変えてみたり……。日々の成長が可愛らしく楽しい。神にとってその光はまさに自分から生まれた我が子のような存在だったのだ。

 そんなある日、小さな光が地上に落ちてしまった。

 いつもふよふよと浮かんでいるから油断していたが、人間の様子を見るために地上に近づいた時に突風に攫われたのだ。


 ほんの少しだが、まるで永遠のような長い時間。神は小さな光を探していた。一度見失うと感知し直すにも時間がかかる。そんなもどかしい思いをしながらやっと見つけた小さな光はーーーー生まれたばかりの妖精王と共にいたのだ。

 妖精王……それは、神がこの地上を統治するために作り出した存在だった。他にも3人の王を作り出したが、これらは人間の世界や魂の管理を円滑にするための駒でしかない。ある程度の統一を済ませれば、後はこの王たちに任せれば自分は小さな光とずっと一緒にいられる。そんな想いから作り出した存在。ただ、それだけだったのに。



 ーーーー大切な小さな光は、我が子は……妖精王に恋をしてしまった。



 まだ生まれたばかりで自我もない妖精王の魂に惹かれてしまったようだった。急いで引き離したものの、言葉を話すわけでもないのに自分に訴えてくるその光に苛立ちすら感じてしまう。

 そんなに妖精王がいいのか、と。親とも、分身とも言える自分よりも、この私が駒として作り出した存在の方が好きなのかと。

 神は激しく嫉妬した。

 だから、その小さな光にーーーーたくさんの枷をかけたのだ。




 小さな光は自ら蝶となり、妖精王の前に姿を現した。本人は自分が神から生まれた小さな光だとはもう憶えていないが、それでも魂の本能が妖精王を求めていた。

 神は、打算していた。例えこの小さな光が妖精王を求めたとしても、妖精王自体がそれに応えるとは限らない。だから、妖精王から拒否されれば諦めて自分の元に帰ってくるだろうと。


 だが、妖精王はその蝶をーーーー自身の魂の番だと認めてしまったのだ。ほんの一瞬、触れ合っただけで運命を感じてしまうほどに惹かれ合う。そんな存在にだと。

 蝶となった小さな光は神の元へ戻ってくるどころか、より強く妖精王の魂を求めてしまった。

 神は嫉妬した。自身の分身であるはずの小さな光が、自分よりも妖精王を愛したことを。

 だから、邪魔したのだ。

 まずはその蝶が儚く命を散らすように介入した。元は自分から生まれでた魂になら簡単だった。

 これでこの魂は戻ってくる。そう思ったのに、すぐに転生してしまった。どんなに邪魔をしてもどれだけ介入して残酷に殺されても、どれだけの時間をかけても転生して、必ず妖精王を想うのだ。安易に愛し合えないように色んな姿に転生するようにしてやったのに、それでも求め合ってしまう。転生先をどんなに介入しても、心だけは介入できない。意思の強さだけで花の妖精にまで生まれ変わったこの魂は、もう自分の手を離れてしまったのか……。それが許せなかった。









 つまり、ラメルーシェが他の魂よりも多く転生を繰り返していたのは、嫉妬にかられた神がラメルーシェの元となる魂に人型の存在を憎むように仕向けることだったのだ。だから、ラメルーシェは転生するたびに人間の手によって残酷に殺された。いつかラメルーシェが妖精王の姿に嫌悪感を持つように。人型の姿を嫌がるように。

 ただ、それだけのためにラメルーシェは何度も殺された。最後に人間に生まれたのも、そこで酷い目に遭ったのもそれの余韻だ。神はそこまで細かく介入してはいなかったかもしれないが、一度でも神が魂に介入すればその魂のその後は狂うしかない。ただその時、神が「人型の者に心を奪われて欲しくない。人型の……そう、人間を嫌って欲しい」と願ってしまったから。





 それでもーーーーラメルーシェの魂と妖精王ほ惹かれ合ったのだった。






 神が、これまでを後悔した。この、瞬間に。
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