【完結】ヒロインはラスボスがお好き

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筋肉の悪事が暴かれる時

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「ちくしょう……あいつが、あいつのせいで……」

 寝苦しい熱帯夜、ある部屋でそれは蠢いていた。

 月明かりに照らされた影はゆらゆらと二重に揺れ、別の動きをしている。

「……あいつがいるから、憎い……憎い」

 どす黒い影はひとまわり大きく膨れ上がり、もうひとつの影を飲み込んだ。



 その影の瞳は、黄緑色に光っていた。



******





 今日も暑いけど、あと数日で夏休み!最近は王子たちからのアプローチも……なぜか増えた。(夏休みを一緒に過ごそう。夜明けのコーヒーを一緒に飲もう。的なお誘いが増えた)
 特に色黒王子はだんだん脅迫めいてきてなんかもう怖い。しかもなぜかこの間からセバスチャンが用事でいなくなるのが増えてしまい、その隙を狙ってくるのだ。

「こんなときにセバスチャンはどこに行ってますの?」

 色黒王子から一緒に逃げてくれてるルーちゃんが小声で囁く。とりあえず階段の影に隠れて乱れた息を整えた。

「それが、なんか用事があるからっていなくなっちゃって……」

「それは、困りましたわねぇ」

 色黒王子相手ではルーちゃんもボディーガードさんも手出しが出来ないので逃げるしかない。(なぜかセバスチャンは口だけで勝っちゃうんだけど)少し離れた所でボディーガードさんが合図を送ってくれた。こちらに近づいてるようだ。

「どこだ、レディ。この間は慣れないことに遅れをとってしまったが、もう大丈夫だ。オレは大人なレディも受け入れるぞ」

 なんかハァハァ言いながらブツブツ呟いている。さらに気持ち悪さがアップしてるんだが。

「だが、これ以上レディを大人に導くのはあいつじゃなくオレ……。オレもいっぱい練習したから、どんな扉だって開いてやるぞぉ」

 声がどんどん近づいてきた。なんか危ない事を呟いているし。
一体なんの扉を開く気なのか。かなり怖い。もはやホラーだ。

「ここかぁっ!」

 ぬっと手が目の前に現れる。その手が私を捕らえようとした瞬間、ルーちゃんが私の前にその身を滑り込ませた。

「お待ちください!隣国の王子ともあろう方が、嫌がる子女を無理矢理なんて…………っ!」

 しかし色黒王子はその大きな手でルーちゃんの顔を鷲掴みにしたのだ。

「うぅっ!」

「ルーちゃん!!」

「うるさい、たかがこの国の王子の婚約者の分際で。いや、候補だったか?今だに婚約者にもなれぬ半端な立場でオレに意見するなど、我が国に喧嘩を売るつもりか。
 それともそのふしだらな体でオレを誘惑でもするつもりか」

 ゲラゲラと下品に笑いながらルーちゃんの胸を見る。

「レディを渡せば、お前とも1度くらい相手をしてやるからおとなしくしていろ!」

 そしてルーちゃんの顔を掴んだまま横に投げたのだ。

ルーちゃんは壁に激突し、苦痛に顔を歪ませてがくりと項垂れた。

「ルーちゃん!!」

「ルチアお嬢様!!」

 ボディーガードさんが真っ青な顔で走ってくる。しかし色黒王子はボディーガードさんにニヤニヤとした笑みを向けた。

「この女を助けたりオレの邪魔をするなら、このルチアとかいう女のせいで戦争が始まるぞ。いいんだな?」

 そう言われ、ボディーガードさんは動きを止める。ルーちゃんが戦争の発端になるなんてことになったら、死刑になる可能性もあるからだ。

「くっ……!!」

「さぁ、レディよ。素直にオレのものになれ。なんなら今すぐここでしてしまうか」

 私はメリケンサックを握りしめ、拳を繰り出そうとした。しかし、色黒王子はまたニヤニヤ笑う。

「またオレを殴った場合も、ルチアのせいにして戦争になるぞ。そして必ずルチアを死刑にしてやるからな」

 いくら王子の婚約者とはいえ、候補の人間くらい簡単に殺せるぞ。と。

 私が悔しくて下唇を噛むと、またゲラゲラと笑った。

「もうレディが純粋なレディではないなら、いくら穢れようが同じことだ。もうオレしか見れないくらいメチャクチャにしてやれば、誰も邪魔はしまい……」

 色黒王子の手が私の手首を掴んだ。次の瞬間。

『きゅい――――っっ!!』

 私の頭からバレッタが外れたと思ったら色黒王子の目前に飛び、バレッタから巨大な牙が飛び出して色黒王子の頭をまるごと飲み込んだ。

『ぎゅい!ぎゅい!!』

 バレッタは色黒王子の頭の形に膨れ上がり、牙がギリギリと色黒王子の首を噛んでいる。色黒王子はジタバタともがきながらバレッタを外そうと殴ったり掴んだりしているが外れず、だんだん動きが小さくなりその手がパタリと床に落ちた。

「はい、そこまでです」

 落ちた。と同時にセバスチャンが上から降ってきて、色黒王子の体を勢いよく踏みつける。

「こんなもの食べたらお腹を壊しますよ。ペッしなさい」

『きゅぺっ』

 バレッタ(ナイト)はかぱっと口を開け、ぺっと色黒王子の頭を吐き出した。さらに目を回して気絶している色黒王子の顔にぺっと唾を吐き、しゅるるるっと元の大きさに戻ると再び私の頭に戻り自分でパチンと金具も留めていた。(器用だ)

「ナイト、どうせならあと0,3秒早くやっておしまいなさい。アイリ様が触られてしまったじゃないですか。あとで消毒しなくては……」

『きゅい~』

「おっとルチア様は……気絶なさってますが大丈夫でしょう。少し頭を打っているようですからお部屋で安静になさってください」

 ルーちゃんを抱き上げて呆然としているボディーガードさんに渡す。ボディーガードさんは我に返り、ルーちゃんをそっと抱き上げた。

「あの」

「今みたことはご内密に。あとは私が処理しますので」

 セバスチャンが人差し指を口にあて、にっこり執事スマイルで言うと、ボディーガードさんは言い出した言葉を飲み込み、ぺこりと頭を下げて立ち去った。ルーちゃんとボディーガードさんを見送ると今度は私に振り返る。

「お怪我はありませんか?アイリ様」

「セバスチャン……」

 どこ行ってたの?とか、なにしてたの?とか、聞きたいことはいっぱいあったが、私は目に涙を溜めてセバスチャンに抱きついた。

「……怖かったよ」

「遅くなってしまい申し訳ありません」

 セバスチャンは子供をあやすみたいに私の背中をさする。また子供扱いされてると思ったけど、セバスチャンのひんやりした体温が気持ち良かったからいいことにした。

「少々、証拠集めに手間取りまして」

「証拠?」

 セバスチャンはまたにっこり笑って私から離れると、まだ気絶している色黒王子の胸ぐらを掴んで往復ビンタをした。

すぱぱぱぱぱぱぱぱん!!!

「う"、う、うぁ」

 両頬がパンパンに腫れだした頃に色黒王子が目を覚ます。自分がセバスチャンに胸ぐらを掴まれているとわかると、唾を飛び散らしながらわめきだした。

「ぎ、ぎざまぁっ!ごんなごとをしてどうなるがわがってるのがぁっ!ぜ、戦争だぁ!全部あの女のぜいにじで……」

「それは無理です」

「……は?」

 セバスチャンはにっこり執事スマイルのまま色黒王子を離すと、どこから取り出したのか紙の束を見せた。

「ここには、あなたのおこなった不正の数々が記されてあります。教師へ脅迫したことや、テストの改竄、恐喝カツアゲ、婦女暴行などなどです」

 色黒王子の顔がさーっと青くなる。こいつ、そんなことまでやってたのか。

「隣国の権力を使ってやりたい放題ですねぇ。しかしあなたが脅迫して暴行なされた婦女子の方の中にはなんと隣国と輸出の売買契約をなされてる名家の方がおりましたのをご存知でしたか?」

 色黒王子は驚いている。どうやら知らなかったようだ。

「ロープで縛って身動きをとれなくしたあと、自分の筋肉ポーズを何時間も見せ続けたあげくにその筋肉を誉め称えて称賛しなくては帰してもらえないなど、精神肉体共に耐え難い苦痛を与えられたと、皆様とてもお怒りですよ」

 色黒王子は何も言わない。真っ青なままだった。

「一応口止めはなされていたようですが、全員に戦争とルチア様を死刑にすると言っていますね?あの婦女子の中にルチア様を嫌っている方がいるとは考えませんでしたか?」

 セバスチャンは執事スマイルのまま続ける。だがその目は決して笑っていない。

「その名家の子女の方は、ルチア様がいなければ王子の婚約者候補にあげられていたはずの方です。ルチア様のせいで王妃になる夢が消えたと、ルチア様を恨んでらっしゃいます。
 そんな方にルチア様を殺されたくなければ黙っていろ。なんて、浅はかですね?」

 ごくり。と唾を飲む音が響いた。

「もちろんすぐさまご両親に報告がいき、隣国の王家に訴えられました。王子をどうにかしないなら即刻輸出は停止。あらゆる手段をとってでも潰すと。
 そちらの国はこの名家との輸入出が無くなると非常に困るようですね?だから、口先ではヒョロヒョロだとかいつでも勝てるなど言っているのにこの国と戦争をしないように交換留学と称して王子を寄越したのです。さて、どんな物を輸出されていたと思いますか?」

 セバスチャンがさらににっこり笑った。

「筋肉増強剤です。しかもだいぶ違法の。隣国との平和条例のためならと王家も見て見ぬふりをしていましたが、その名家の方はもう隣国には輸出しない。作るのもやめる。今あるぶんは即刻処分した。とおっしゃっております。
 補足するならばその名家では他にも色々な国に色々なものを輸出しているので隣国との取引が無くなっても痛くも痒くも無いそうです。あぁ、ちなみにこの名家の子女はもしもルチア様が死亡された場合は王子の婚約者候補に繰り上げが決まっていますので、あなたの脅しはまったく効果無しです」

 セバスチャンが持っていた紙の束をパラパラと色黒王子の前に落とした。

「この紙には誰に何をしてどんなことを言ったか。詳しく書いてあります。被害者の方々も証言して下さると署名もあります。
 さて、戦争になって本当に困るのはどちらてましょうね?」

 するとタイミングを見計らったように、髭フサハゲのおじさんが慌てて色黒王子の元へやってきた。

「お、王子!大変です!お父上様から今すぐ帰還せよと通達が……!
 王子のせいで我が国の筋肉はもうおしまいだとおっしゃられているそうで……!!」

 色黒王子がセバスチャンに視線を向けると、セバスチャンはさも当たり前のように首をかしげた。

「驚くことではないでしょう?それと、隣国の王様はいくら無礼をされたとしても他の国の婚約者候補を簡単に死刑などできるはずがない。正義であるはずの筋肉を使ってそのような悪事の数々などもってのほかだ。とおっしゃられていました。
 あ、もちろん直接お会いしてその証拠をお見せして、ついでに筋肉勝負とやらで王様にボロ勝ちしてきました。王様からはあなたのような強者のいる国には一切手出し致しません。と一筆頂いてきました。サインもあります」

 ぴらっともう1枚の紙を見せられ、色黒王子が項垂れた。どうやらセバスチャンは隣国で最強の称号を獲てしまったようだ。





 翌日、色黒王子は早急に隣国へ返送された。なんだか顔はやつれて筋肉が萎んだようにも見えたが、ルーちゃんや他の子達にした事を思えば同情など誰もしなかった。
 あとから聞いた話では色黒王子は廃嫡され王子では無くなったらしい。隣国の筋肉自慢もされなくなり、国民がおとなしくなったとか……。



******


「それにしても、いつも用事でいなかったのって証拠集めと隣国に行っていたからなのね」

「ええ、時間がかかり申し訳ありません。やはり婦女子の方々に証言してもらうのに時間がかかりました。
 あの筋肉の舞いを思い出すと吐き気がすると皆様おっしゃいまして……」

 筋肉の舞い……。確かに想像もしたくない。

「でもあの名家の子女が怒り狂って立ち上がってくださったので助かりました。他の皆様もそれで勇気づけられたようです。
 それにあの子女はこうもおっしゃられていました。あのルチアが、そんなに簡単に死刑になどなるわけがない。特別な女なんだから。と。どうやら私たちにはわからない深い事情なども知ってらっしゃるようですね」

「そうなんだ……」

 ルーちゃんもあのあと聞いたらケガもたいしたことなく少し休めば大丈夫だっていってた。なんでもルーちゃんにケガさせたりふしだらな女発言を聞いてこちらの王家もかなり怒っているらしい。
 先祖から求められた伝説の血筋の姫になんてことを!みたいなことを言っていて、平和条例なんてくそ食らえだ!と叫んだとか……。
 戦争にならないためにルーちゃんが我慢してたんだからと、ルーちゃん側の家から説得されたみたいだけど。

「今回はお側を離れる事が多かったので、ナイトにくれぐれもと頼んでいたのですが噛み殺さなくて良かったですねぇ」

 ナイトは私が危険にさらされるとかなり怒っていたらしい。ルーちゃんにバレてはいけないと言われていたから我慢してたけど、そのルーちゃんも傷つけられて私にも来たからブチギレして思わず食べちゃった☆と言っていたそうな……。

「ナイトがお腹壊さなくて良かったね。あ、でもルーちゃんのボディーガードさんには見られちゃったんじゃ……」

「それなら大丈夫です。もしも言ったらどうなるか……本能的にわかってらっしゃるようでしたから」

『きゅいー』

 するとバレッタがぷるぷるっと揺れ、ぽんっとコウモリの姿に戻った。

「きゅいきゅい、きゅいっ?」

 ナイトが私の指先をツンツンと鼻先でつついてきた。

「ケガは無いか聞いていますよ。あと、あの筋肉がやたら不味かったので口直しのフルーツが欲しいそうです」

「私は大丈夫よ。ナイト、ありがとう」

「きゅーい」

 ナイトは嬉しそうに私の頬につんっとしてから、セバスチャンの用意したフルーツの方にパタパタと飛んでいった。

「アイリ様もどうぞ」

 セバスチャンが私の前に冷たいアイスティーを置いてくれる。

「ありがとう……」

 セバスチャンの微笑みが、いつもの執事スマイルとはちょっと違う優しげな微笑みだったように見えたのは私の錯覚だろうか?

「これで少しは安心して夏休みを迎えられますね」

「うん」

 セバスチャンが私のために色々動いてくれたんだ。と思ったら、なんだかほんわかした気持ちになったのだった。




※あのあと手首をめっちゃ消毒されました。


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