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夢の時間は儚いものだ

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「ねぇ、セバ……」

 私がセバスチャンの名を呼ぼうとすると、セバスチャンはそのきれいな指先で私の唇をなぞる。

「今この場で、仮面をつけている者はその身分を気にせずに誰とでも交流できる。そうでしょう?」

 流れるような手つきで私と指を合わせ握った。

「今はダンスを楽しみましょう」

 それは夢のような時間。周りにはたくさんの人がいるのに、まるで私たちしかいないみたいに感じた。
 よくこのまま時間が止まればいいって言うセリフがあるけど、それはまさに今この時のことを言うのだと思った。

「……夢みたいだわ」 

「現実ですよ。ファーストダンスはルチア様に譲ったんですから、あとは私しか許しません」

「最初に誘ったのに、断ったのはそっちじゃない?」

「執事以外の人間としてここに潜り込むにはルチア様の協力が不可欠でしたので、取り引きするしかありませんでした。あまり力を使えない以上しょうがありません」

 だから。と、セバスチャンは私の耳元に優しく囁く。

「今の私は、ただの男です」

 その言葉にドキリと胸が高鳴った。なんだろう、今日のセバスチャンはいつもと違う。執事のセバスチャンでも吸血鬼様でもない、本当にただの人間の男の人みたいだった。

 ふと、そんな未来を考えてしまう。吸血鬼様の追っかけをしている訳でもなく、その吸血鬼様を脅迫して執事になってもらうでもなく、ただの人間の男の人と女の子。
 奇跡的な出会いをして恋に落ちる。それこそまさに乙女ゲームの世界だ。

 そんなこと、あり得ないってわかってるけどね。


 もうすぐ曲が終わる。この夢ような時間も終わりだ。この美しい謎のプリンス様に次に踊ってもらおうと女の子達が集まって来た。みんなパートナーの男の子達を追い払ってるけどいいのそれ?
 それを見たセバスチャンがフッと笑った。(仮面で見えないはずなのに、なぜか流し目してる幻覚がみえた)そしてそれを見た女の子たちが声を出すことなくパタパタと気絶してゆく。(その顔は恍惚としていた)

「……なにか魔法でもつかった?」

「まさか。私はそんな魔法なんて使えません」

 にっこりとそう言うが、あの子たちはセバスチャンの微笑みとそのオーラにノックアウトされたのだろう。ある意味魔法だ。

 そして曲が終わりを告げる。お互いに軽く一礼をして壁際までエスコートされた。

「……ありがとう。すごく楽しかった」

「こちらこそ」

 セバスチャンが握ったままの私の手に再び唇を落とそうとしたその時、パーティー会場の照明が突然消え辺り一面が暗闇となった。

「なに?照明が……」

『きゅいっ!』

 小指におとなしくはまっていたピンキーリングがぷるぷると揺れる。

「ナイトは、あいつの気配に敏感だな』

 セバスチャンの声の雰囲気が変わった。カチャリと仮面を外す音が聞こえ視線を向けると、暗闇の中に紅い輝きが見える。今、セバスチャンは吸血鬼様の姿に戻っているのだ。

「どうゆうこと?」

『……俺様に喧嘩を売ってきた奴が姿を現したのさ』

 吸血鬼様が私の体を自分の側に寄せる。

『離れるなよ』

「は、はい」

 暗闇の中で周りには悲鳴や動揺の声が飛び交っているのに、私は不謹慎にもドキマギしていた。やっぱり、いい匂いがします!吸血鬼様!!

『来たぞ』

 講堂の天井付近に淡い光が現れた。それは徐々に下に降りてきてだんだん大きくなる。
 そしてその光の中から黄緑色の髪と黄緑色の瞳をした美しい青年が出てきたのだ。
 ただその表情は苦々しい物でも見るかのように歪んでいたが。

「お、おい!なんだあいつは?!」

「誰か早く教師をよんでこいよ!不審者だぞ!」

 その青年の姿にみんな呆然としてたが、我に返った数人の男子がバタバタと騒ぎだした。

「黙れ、人間どもが!」

 黄緑色の青年は荒々しく声を上げ、手を横に凪ぎ払った。すると空中にキラキラと花びらが舞い、騒いでいた生徒たちは全員その場に崩れ落ちたのだ。

「……これで邪魔者は全て眠らせた。この建物の出入り口も全て封鎖した。
 忌まわしき吸血鬼よ、我がお前の息の根を止めてやる」

『ふん、妖精王めが。この俺様に勝てるつもりか?』

 妖精王。吸血鬼様は確かにそう言った。

………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………あ!

 私は、もう一人いた攻略対象者の存在を思い出した。


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