上 下
3 / 21

《3》従者はほのかに想いを馳せる。(ルーク視点)

しおりを挟む
 とある麗らかな晴れたある日。カーウェルド公爵家の執務室ではこんなやり取りがされていた。





「あのボケナス(元)王子の頭を叩き割ってきてもいいですか?」

「うむ、個人的には賛成だがあまり堂々と人間を殺害したらさすがにヤバいからこっそりとバレないようにね?」


 フフフ………、ハハハ……。

 にっこりと、それはもうニッコリと。ルークとカーウェルド公爵が1枚の手紙の内容について全く笑ってない目をしながら微笑み合っていた。










***










 オレには大切に思っている女性がいる。

 燃え上がるような紅い髪と、同じく紅いがこちらは宝石のルビーのような輝きをした少し吊り上がった瞳。

 あの日、オレが腹違いの妹を殺してやろうと振りかざしたナイフを自身の胸で代わりに受け止めオレを憎むどころか優しく微笑んでみせたエメリア。

 その微笑みにオレは心を奪われたのだーーーー。







 オレが“御主人様”と呼び、一生側にいると心に決めた女性……エメリア・カーウェルド。実は彼女はこの世界で希少だと言われる治癒師である。だが、本人は自分がそうであるとは未だに知らない。それはオレが彼女と周囲を騙して彼女の代わりに治癒師だと偽っているからなのだが……。だが、それは彼女を守る為だ。婚約破棄騒動に巻き込まれ、さらに体に消えない傷を負った令嬢はどんな理由があっても「キズモノ令嬢」と蔑まれる。そんなか弱い令嬢が希少な力を持っているとわかったら弱味に漬け込んだ王族が彼女をどんな目に合わすかなんて想像するだけで吐き気がしそうになる。

 だから、その全ての厄災をオレが引き受けようと決めたのだ。

 あの日、オレの中にあった闇の力と憎悪を消し去り希望の光を与えてくれた彼女を守るために……。






 そんなエメリア婚約者を裏切り、オレの腹違いの妹と浮気してさらにはエメリアの暗殺計画まで立てていた元王子の存在を覚えていたくはないが忘れることも出来ずにいつかヤッてやろうと企んでいたのだが。



 その例の元王子からエメリア宛にとんでもない手紙が届いたと発覚した日。オレの奴への殺意は確かなものへと確立した。





「あのボケナス男、確かもう王位継承権も剥奪されてるんですよね?」

「そうだ。王位継承権も無い、ギリギリ王族の端っこにギリ引っかかっているだけの何の価値も無い男に成り下がったボケナスだ」

 そんなエメリアにとって黒歴史にしかならないような男から公爵家に手紙が届いた。エメリア宛ではあったが送り主がそいつだと判明したので中身を確認してみたらとんでもない内容だったのでオレとカーウェルド公爵で緊急会議を開いたわけだ。

「まさか、エメリアとの復縁を企んでいたとは……」

「やっぱり今すぐ殺しましょう。こんな下心しか感じない手紙を送りつけてくるなんて狂気の沙汰の成れの果てですよ。ギリギリ王族なだけに何を仕出かしてくるかわからないので……毒殺と刺殺と絞殺と、惨殺と斬殺と微塵切りと小間切れにして畑に撒くか、すり潰して底なし沼に沈めるのと……どれがいいですかね?」

 出来るだけ穏便に済まそうと思いつくままに提案してみたが、よく考えればどれも全く穏便ではなかった。まぁ、カーウェルド公爵も特に反対する雰囲気ではなかったし「バレないように」と言われただけだったのでバレなければどんな手を使ってもいいと言う暗黙の了解であると理解することにした。 

 なにせ手紙の内容がどうにも気持ち悪い。学園にいた頃はあれだけエメリアを蔑んでいたくせに今は未練タラタラで、本当はエメリアを愛しているとか、浮気してたくせにその浮気相手に騙されただけとか……エメリアだってまだ自分の事を愛しているんだろ?とか。エメリアが望むならヨリを戻してやってもいい。みたいな上から発言がどうにも気持ち悪いのだ。だってエメリアがそんなことを望んでいないのはオレが1番よく知っている。

 あの日、エメリアから治癒の力と共にオレの中に流れてきたエメリアの気持ち。

 エメリアがどれだけオレが好きで、どれほどオレを想っているか。それを全身で感じ取ってしまったオレは恥ずかしいやら嬉しいやらで大変だったが……なによりも彼女の好意は心地良く、オレの事を細胞レベルで変化させた程だ。

 つまり、エメリアはものすごくオレを愛しているのだ!

 まるで自意識過剰な思い上がった男だと言われても仕方がないが、彼女に触れて時折治癒の力を吸収するとその度に彼女がどれだけオレを好きかと言う気持ちまで一緒に流れ込んでくるのだから過剰に反応するのも仕方ないのである。

 オレは彼女の身代わりになるべく“治癒師”として力を見せつけるために彼女に触れて治癒の力を分けてもらっている。もちろん彼女にはそんな意識はないし、オレが治癒師だと信じているのだ。だから何故触れられているのか知らないし、その度に自分の気持ちがオレに知られている事も知らないでいるのだが……とにかく可愛い。

 溢れんばかりにオレを愛してくれるエメリア。

 感情豊かで全部表情に出てるのにバレてないと思っているエメリア。

 何をするにも不器用だが一生懸命なエメリア。

 物を大切にしていてちゃんと領民の事を考えているエメリア。

 料理なんかしたことないのにオレの為にヴァイオレットシチューを製造しちゃうエメリア。

 何もない所で転けて誰にも見られていないか確認しながら真っ赤になってあたふたしているエメリア。


 なんにせよ、エメリアに触れる度に「もう、めっちゃルーク好きぃ!好き好き大好きぃ!同じ空間の酸素を吸えるだけで幸せ過ぎる……!好きすぎてヤバいくらい好きぃ!!」といった彼女の気持ちが隠すことなく流れ込んでくるのだから、たまったものではない。

 最初の出会いで心を奪われ、彼女の気持ちを理解してからはだんだんと絆され……。





 ……今では、オレもエメリアを少なからず想っているわけなのだが。




 だって、可愛いすぎないか?!なんか、とにかく可愛いし!こんなに好意を直球で投げつけられるなんて生まれて初めてだし!


 とにかく、エメリアが可愛くて仕方がないんだぁ!!

 彼女のちょっとした仕草が可愛くて可愛くて……愛おしくて愛らしくて……あ、ヤバい。やっぱり好き。

 どうやらオレは、エメリアが好きみたいなんだ……!





「……とにかく、バレなければ良いということで……。色々やっちゃいますね!」

「後始末なら任せろ!」



 こうしてカーウェルド公爵の許可も得たので、オレは色々とやってしまうことにした。


 あ、もちろん本当に殺しはしない。そんなことしたら心優しいエメリアが気にするかもしれないからだ。例え死んだ後だとしてもエメリアの記憶に残ったりお悔やみの言葉を呟かれたり、さらには過去の過ちを許されたりしたら血管切れそうだと思ったからであるのだが。

 ただ、もう二度とエメリアにちょっかいをかけれないようにしてやろう。そう思っただけである。





しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

平和的に婚約破棄したい悪役令嬢 vs 絶対に婚約破棄したくない攻略対象王子

深見アキ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢・シェリルに転生した主人公は平和的に婚約破棄しようと目論むものの、何故かお相手の王子はすんなり婚約破棄してくれそうになくて……? タイトルそのままのお話。 (4/1おまけSS追加しました) ※小説家になろうにも掲載してます。 ※表紙素材お借りしてます。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留
恋愛
【タイトル変えました】 公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。 この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。 小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。 だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。 どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。 それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――? *異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。 *「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。

笑顔の花は孤高の断崖にこそ咲き誇る

はんぺん千代丸
恋愛
 私は侯爵家の令嬢リリエッタ。  皆様からは笑顔が素敵な『花の令嬢』リリエッタと呼ばれています。  私の笑顔は、婚約者である王太子サミュエル様に捧げるためのものです。 『貴族の娘はすべからく笑って男に付き従う『花』であるべし』  お父様のその教えのもと、私は『花の令嬢』として笑顔を磨き続けてきました。  でも、殿下が選んだ婚約者は、私ではなく妹のシルティアでした。  しかも、私を厳しく躾けてきたお父様も手のひらを返して、私を見捨てたのです。  全てを失った私は、第二王子のもとに嫁ぐよう命じられました。  第二王子ラングリフ様は、生来一度も笑ったことがないといわれる孤高の御方。  決して人を寄せ付けない雰囲気から、彼は『断崖の君』と呼ばれていました。  実は、彼には笑うことができない、とある理由があったのです。  作られた『笑顔』しか知らない令嬢が、笑顔なき王子と出会い、本当の愛を知る。

転生した元悪役令嬢は地味な人生を望んでいる

花見 有
恋愛
前世、悪役令嬢だったカーラはその罪を償う為、処刑され人生を終えた。転生して中流貴族家の令嬢として生まれ変わったカーラは、今度は地味で穏やかな人生を過ごそうと思っているのに、そんなカーラの元に自国の王子、アーロンのお妃候補の話が来てしまった。

悪役令嬢に転生して主人公のメイン攻略キャラである王太子殿下に婚約破棄されましたので、張り切って推しキャラ攻略いたしますわ

奏音 美都
恋愛
私、アンソワーヌは婚約者であったドリュー子爵の爵士であるフィオナンテ様がソフィア嬢に心奪われて婚約破棄され、傷心…… いいえ、これでようやく推しキャラのアルモンド様を攻略することができますわ!

【完結】異世界転生した先は断罪イベント五秒前!

春風悠里
恋愛
乙女ゲームの世界に転生したと思ったら、まさかの悪役令嬢で断罪イベント直前! さて、どうやって切り抜けようか? (全6話で完結) ※一般的なざまぁではありません ※他サイト様にも掲載中

処理中です...