上 下
62 / 74

62 変わりゆくこの国で

しおりを挟む
    ジルさんがラスドレード国の王となってから3年の月日が経ちました。なんだか慌ただしくてあっという間だった気がします。





    最初の1年目は聖女として国中の町や村を巡礼して回ったのですが……みなさん聖女の存在をとても喜んでくださりました。

 最初は灰眼の王子が新たな国王になることに多少複雑な思いを掲げていた方々もいましたが、今ではジルさんの仕事ぶりにみなさん信頼を寄せてくれているようです。聖女を連れてきたこともその功績に入っているようで、ちょっぴりホッとしました。私が頑張れることでジルさんが認められるならとても嬉しいです。

    とにかくこの1年はとても目まぐるしかったです。私はターイズさんに護衛されながら巡礼を続け、ジルさんは法律の見直しや人事で城に缶詰め状態でした。アニーには巡礼の間は城に残ってもらい人手の足らないところの手伝いをしてもらいました。元々いた料理人や洗濯メイドたちの半数があの騒ぎで仕事を辞めてしまったのでそれはもう猫の手を借りたいほどの忙しさだったようです。戻ってきてもらえたらいいのでしょうが、やはりまだ前国王の支持者だった方達は複雑なのでしょう。ジルさんも無理強いはしたくないと言っていましたから。

そんなわけで、 お互いに忙しくてジルさんとまともに顔を合わす事はほとんどなかったのです。

    でもひとつ良いこともありました。それは国境沿いを進んでいるときだったのですが、なんと流れ者たちの集団と出会ったのです。

    しかも彼らはルーナ様の事を知っておられ、あの事件からずっとラスドレード国には近付かないようにしていたのだとか。ラスドレード国を介さずに別の国へ行くのはかなり遠回りで大変らしいのですが、それほどにルーナ様の事が流れ者の方々に深い傷を残したのでしょう。

    ですが最近ラスドレード国の王が代替わりして、しかも新たな王は灰眼だと噂を聞いてこの国にやってきたのだとか。

「灰眼は流れ者の中でも珍しいんです。だから、もしかしたらと……」

    おずとずと流れ者たちのリーダー的な人が申し出てくれたので、私は急いでお城に来てくれるように言いました。ジルさんは事務仕事で部屋に缶詰めでしたがひっぱり出しましたよ!数カ月ぶりに見たジルさんは少し痩せたみたいでした。

    そんなジルさんの顔を見て、流れ者のリーダー格の年老いた男性が涙を流しました。

「ルーナの子か……そうか……。あの子は孤独ではなかったんだな……っ」と息を詰まらせ、ジルさんを抱き締めたのです。

    そして一晩中ジルさんはルーナ様の思い出話に華を咲かせ、翌朝ルーナ様の眠る丘に流れ者のリーダーを招いたようでした。

    これからは流れ者たちが快くこれる国にすると約束して別れたのです。





    それから2年目の春。私の母国の王女……メルローズ様からお手紙が来ました。

「まぁ、これは……」

    手紙の内容にはかなり驚きました。なんとメルローズ様は父親でもある国王を王の座から蹴落とし、女王となられたそうなのです。どうやら公爵家と私の実家も裏でメルローズ様に協力したのだとか。今までのような悲劇は2度と繰り返さない!と奮闘されているようでした。メルローズ様は正統な後継者ですし、なによりあの・・国王よりメルローズ様の方が何百倍も頼もしいですからね。

    え、元国王のその後ですか?メルローズ様にケチョンケチョンにされて意気消沈し、田舎に隠居されたそうです。財産も没収されて監視付きの生活だとか。今までの罪は許されるものではありませんが、老後は反省させてボランティアに残りの人生を費やさせるそうです。主にゴミ拾いをさせるつもりらしいですが……ぜひ頑張って頂きましょう。

    メルローズ様は今では経済のお勉強も頑張っているそうで成長したところを見てもらいたいから私が帰ったらまたお茶会をしましょう、とも書いてありました。今から楽しみですね。

    公爵家のおじさまとおばさまには私から手紙を出して、レベッカ様の事をお伝えしていました。もちろん占星術師の事は口外出来ないので、修道院が襲われ逃げた先でラスドレード国に保護されていた旨と、レベッカ様からのお手紙を同封しておきました。レベッカ様が今後どうなさるのかは私が口を出す事ではありませんが、レベッカ様の無事を知って公爵家は安堵に包まれたようです。





    そして、とうとう3年目。ラスドレード国の情勢はかなり安定し、今ではジルさんは国民に信頼される立派な国王となりました。あの時に城を去った方たちも少なからず戻ってきて下さり、もはや灰眼の事をとやかく言う人などもういないでしょう。

    そういえば元アールスト国にはターイズさんが推薦する真面目な人を領主にと送ったそうで、定期的に報告書が送られてきています。あの時の元国王夫妻のお子さんは無事に産まれて可愛く育っているそうですよ。不正をする輩がいなくなったのでとても平和みたいです。


    そんな時に、こんな噂を聞いてしまいました。


「国王はとうとう王妃を娶られるそうだ」


「他国から是非にと婚約の申し込みが殺到しているらしい」

「貿易の為にやって来た遠い王国の姫がジーンルディ国王に一目惚れしたそうだ。あの国と縁が結べれば異国はさらに発展するだろうな」

    ……ジルさんが、とうとう結婚してしまうそうです。

    そういえば、ラスドレード国の噂を聞き付けた遠い諸国から貿易の申し込みの為に大使団が来ていました。なぜ貿易に姫様が同行しているのでしょうかとは思ってはいましたが、どうやらあれはお見合いだったようですね。

    確か、綺麗な金髪の美しい方でしたね。庇護欲をそそるような儚げな美少女で、ジルさんと並べばとてもお似合いでした。私が聖女として挨拶をした時もなにやらにこやかにジルさんの方を見ていましたが……もうあの時にはすでに決まっていたのでしょう。

    最近ジルさんが私と顔を合わす度になにかを言いたそうにしていたのはこの事だったのでしょうね。それくらい教えてくれてもいいのに……。

 そういえば、ここ最近は少し余裕が出来たからと時々一緒に食事をしていたのですがその度に何か言いたげにソワソワしだしては顔を赤くしていました。さらに口を開いたと思ったら焦った様子で舌を噛んで悶絶して口を閉じてしまうのです。その時は結局なんだったのかわからず終いでしたが。

 ちなみにその様子を見ていたターイズさんがジルさんに「このヘタレ」と呟いていました。あのターイズさんがジルさんに苦言を強いるなんてきっと余程のことのはずです。

「……まさか!」

    その時、私はハッ!としました。もしかして、ジルさんはその姫様との結婚を聖女に祝福して欲しいのではないでしょうか?名ばかりとはいえいまや私がこの国の聖女であることはそれなりに有名になりましたし、お相手の姫様が望んでいるとか、箔付けになるとか……。

 でも私はもうすぐ3年のお役目を終えて帰ってしまうからそれまで引き留めたいとか?姫様との婚約から結婚となれば準備だけでも通常ならば1年から2年はかかりますものね。それならジルさんのあの焦りようにも納得です。

「仕方がないですね……今夜にでも話を聞きに行きましょうか」

    私はため息混じりにそう呟き、空を見上げました。

    お役目期間が延びるのならば実家やメルローズ様にもお伝えしなければいけませんし、早く決めてもらわなくてはいけません。なにより、はっきりとしてもらえば私も諦められるというものです。

    遅かれ早かれいつかはこんな日が来るとわかっていたじゃないですか。そろそろ覚悟を決めなくてはいけません。

「……それでも、完全に想いを断ち切るのは難しいかもしれませんけどね」

    ルーナ様、どうか私が笑顔でジルさんを祝福出来るように見守って下さい。と、空に祈ったのでした。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

欲深い聖女のなれの果ては

あねもね
恋愛
ヴィオレーヌ・ランバルト公爵令嬢は婚約者の第二王子のアルバートと愛し合っていた。 その彼が王位第一継承者の座を得るために、探し出された聖女を伴って魔王討伐に出ると言う。 しかし王宮で準備期間中に聖女と惹かれ合い、恋仲になった様子を目撃してしまう。 これまで傍観していたヴィオレーヌは動くことを決意する。 ※2022年3月31日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った

Mimi
恋愛
 声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。  わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。    今日まで身近だったふたりは。  今日から一番遠いふたりになった。    *****  伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。  徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。  シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。  お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……  * 無自覚の上から目線  * 幼馴染みという特別感  * 失くしてからの後悔   幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。 中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。 本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。 ご了承下さいませ。 他サイトにも公開中です

【本編完結・番外編追記】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。

As-me.com
恋愛
ある日、偶然に「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言する婚約者を見つけてしまいました。 例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃりますが……そんな婚約者様はとんでもない問題児でした。 愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。 ねぇ、婚約者様。私は他の女性を愛するあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄します! あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。 番外編追記しました。 スピンオフ作品「幼なじみの年下王太子は取り扱い注意!」は、番外編のその後の話です。大人になったルゥナの話です。こちらもよろしくお願いします! ※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』のリメイク版です。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定などを書き直してあります。 *元作品は都合により削除致しました。

【完】ある日、俺様公爵令息からの婚約破棄を受け入れたら、私にだけ冷たかった皇太子殿下が激甘に!?  今更復縁要請&好きだと言ってももう遅い!

黒塔真実
恋愛
【2月18日(夕方から)〜なろうに転載する間(「なろう版」一部違い有り)5話以降をいったん公開中止にします。転載完了後、また再公開いたします】伯爵令嬢エリスは憂鬱な日々を過ごしていた。いつも「婚約破棄」を盾に自分の言うことを聞かせようとする婚約者の俺様公爵令息。その親友のなぜか彼女にだけ異様に冷たい態度の皇太子殿下。二人の男性の存在に悩まされていたのだ。 そうして帝立学院で最終学年を迎え、卒業&結婚を意識してきた秋のある日。エリスはとうとう我慢の限界を迎え、婚約者に反抗。勢いで婚約破棄を受け入れてしまう。すると、皇太子殿下が言葉だけでは駄目だと正式な手続きを進めだす。そして無事に婚約破棄が成立したあと、急に手の平返ししてエリスに接近してきて……。※完結後に感想欄を解放しました。※

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました

ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。 このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。 そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。 ーーーー 若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。 作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。 完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。 第一章 無計画な婚約破棄 第二章 無計画な白い結婚 第三章 無計画な告白 第四章 無計画なプロポーズ 第五章 無計画な真実の愛 エピローグ

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

辺境伯聖女は城から追い出される~もう王子もこの国もどうでもいいわ~

サイコちゃん
恋愛
聖女エイリスは結界しか張れないため、辺境伯として国境沿いの城に住んでいた。しかし突如王子がやってきて、ある少女と勝負をしろという。その少女はエイリスとは違い、聖女の資質全てを備えていた。もし負けたら聖女の立場と爵位を剥奪すると言うが……あることが切欠で全力を発揮できるようになっていたエイリスはわざと負けることする。そして国は真の聖女を失う――

処理中です...