上 下
59 / 74

59 それぞれの思い

しおりを挟む
『神聖なる奇跡の桃色の髪の少女を探しだすのです。その少女を“聖女”として国に迎え入れれば異国にさらなる繁栄をもたらすでしょう』

    先代の占星術師が残した言葉。それは揶揄でもなんでもなく、真実の言葉であった。















「ーーーー!」




    それは、突然の感覚でした。

    温かくて優しい……そしてとても悲しい感覚が私の体をすり抜けていった気がして、いつの間にか涙が溢れ出ていました。




「ルーナ様……」





    今、ルーナ様がお亡くなりになられた。それがわかってしまったのです。もしかしたら、最後に私の元へ逢いに来てくれたのでしょうか……。

    

「……私、行かなくては……!」

「わっ、お嬢様?おっとと」

 私が突然立ち上がったせいでアニーが驚いてカップを落としかけていましたが、居ても立っても居られない気持ちになった私はそれどころではありませんでした。

「ロティーナ様、どうされたのですか?まだ合図は……」

「レベッカ様、私は今すぐジルさんのところへ行かなくては……!お願いします、行かせて下さい!」

    その時の私は酷い胸騒ぎがしていました。早くジルさんの所へ行かなくてはいけないと思ったんです。

「……ロティーナ様、わかりました。きっとあなたとジーンルディ王子にはわたくしではわからない絆があるのですね……。外へならあちらの抜け道から行けますわ。どうかお気を付けて」

「ありがとうございます……!」

    私は教えてもらった外への抜け道を駆け抜けました。背後から「お嬢様を、アニーも……!」と言う声が聞こえましたがそれをレベッカ様がおさえてくれたようでした。

 ごめんなさい、アニー。でも今はどうしても急ぎたいんです。なんだか、不思議です。ジルさんがどこにいるのかなんとなくわかる気がしたのです。これもルーナ様が導いて下っているのかもしれません。

    とにかく今は1秒でも早く彼の元へ行きたいと焦る気持ちを押さえて走りました。








    抜け道の出口を飛び出しさらに走りますが、まるで木々が避けてくれているかのように道ができていました。

「……ジルさん!」

    拓けた場所に出た瞬間、彼を見つけました。

 血に汚れた自身の手を見つめながら佇んでいるジルさんの姿にいてもたってもいられず、思わずその背中に抱きつきます。

「……ジルさん!!」

    再び呼び掛けるとピクリと体を震わせ、こちらを振り向く事なくジルさんは口を開きました。

「……オレ、王妃たちを殺せなかったよ。

    王妃たちは国王を殺して、母上を罵ったのに……怒りで思わず腕を切りつけてやったら少し血が出ただけで人が変わったように泣いて命乞いしだして……。今まであんなにオレを虐げてきたくせに、オレに慈悲を求めるなんておかしいよな……。
    でも、そんなあいつらを見ていたらもう殺す価値もないような気がして……。こんなやつらにオレも母上も振り回されていたんだと思ったら情けなくて……ダメだよな、オレ……」

    ジルさんの体の震えが強くなった気がして、私は彼を抱き締める手に力を込めました。

「ーーーー母上が死んだんだ」

「……はい」

「母上は病じゃなく毒に侵されていて、たった1度薬を飲まなかっただけで……オレの目の前で……。母上は空の下で躍りたかったって……。オレは母上を助けたかっただけなのに、なんで母上がーーーー」

「はい……」

    きっと今のジルさんの悲しみは私には計り知れないほどのはずです。私に出来ることは、今はただ彼の側にいることだけだと思ったのです……。











***






    森の奥地で、わずかに漏れた悲鳴が木々のざわめきにかき消されていた。

「……本当に、我らが新王は甘いな。まぁ、それがあいつのいいところでもあるが」

    剣についた血を薙ぎ払い、ターイズが苦笑いをしながら足元に転がるそれに視線を落とす。その瞳は氷のように冷たかった。

「おまえたちがジルとルーナ様にしていた悪行を、自分は決して許しはしない。例えジルが許しても、だ。
    ……ルーナ様の為にも、ジルと聖女様を脅かそうとする者は全て排除するのが自分の役目なんでな」

    そう言っての遺体の顔を潰し、剥ぎ取った衣服や装飾品に火をつけて遺体を特定する証拠を全て消し去ると、ターイズは火の後始末だけはきっちりとしてからその場を立ち去るのだった。

    優しく微笑むルーナの顔を脳裏に思い浮かべながら。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【本編完結・番外編追記】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。

As-me.com
恋愛
ある日、偶然に「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言する婚約者を見つけてしまいました。 例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃりますが……そんな婚約者様はとんでもない問題児でした。 愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。 ねぇ、婚約者様。私は他の女性を愛するあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄します! あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。 番外編追記しました。 スピンオフ作品「幼なじみの年下王太子は取り扱い注意!」は、番外編のその後の話です。大人になったルゥナの話です。こちらもよろしくお願いします! ※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』のリメイク版です。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定などを書き直してあります。 *元作品は都合により削除致しました。

欲深い聖女のなれの果ては

あねもね
恋愛
ヴィオレーヌ・ランバルト公爵令嬢は婚約者の第二王子のアルバートと愛し合っていた。 その彼が王位第一継承者の座を得るために、探し出された聖女を伴って魔王討伐に出ると言う。 しかし王宮で準備期間中に聖女と惹かれ合い、恋仲になった様子を目撃してしまう。 これまで傍観していたヴィオレーヌは動くことを決意する。 ※2022年3月31日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

死に戻りの魔女は溺愛幼女に生まれ変わります

みおな
恋愛
「灰色の魔女め!」 私を睨みつける婚約者に、心が絶望感で塗りつぶされていきます。  聖女である妹が自分には相応しい?なら、どうして婚約解消を申し込んでくださらなかったのですか?  私だってわかっています。妹の方が優れている。妹の方が愛らしい。  だから、そうおっしゃってくだされば、婚約者の座などいつでもおりましたのに。  こんな公衆の面前で婚約破棄をされた娘など、父もきっと切り捨てるでしょう。  私は誰にも愛されていないのだから。 なら、せめて、最後くらい自分のために舞台を飾りましょう。  灰色の魔女の死という、極上の舞台をー

【完】ある日、俺様公爵令息からの婚約破棄を受け入れたら、私にだけ冷たかった皇太子殿下が激甘に!?  今更復縁要請&好きだと言ってももう遅い!

黒塔真実
恋愛
【2月18日(夕方から)〜なろうに転載する間(「なろう版」一部違い有り)5話以降をいったん公開中止にします。転載完了後、また再公開いたします】伯爵令嬢エリスは憂鬱な日々を過ごしていた。いつも「婚約破棄」を盾に自分の言うことを聞かせようとする婚約者の俺様公爵令息。その親友のなぜか彼女にだけ異様に冷たい態度の皇太子殿下。二人の男性の存在に悩まされていたのだ。 そうして帝立学院で最終学年を迎え、卒業&結婚を意識してきた秋のある日。エリスはとうとう我慢の限界を迎え、婚約者に反抗。勢いで婚約破棄を受け入れてしまう。すると、皇太子殿下が言葉だけでは駄目だと正式な手続きを進めだす。そして無事に婚約破棄が成立したあと、急に手の平返ししてエリスに接近してきて……。※完結後に感想欄を解放しました。※

冤罪を受けたため、隣国へ亡命します

しろねこ。
恋愛
「お父様が投獄?!」 呼び出されたレナンとミューズは驚きに顔を真っ青にする。 「冤罪よ。でも事は一刻も争うわ。申し訳ないけど、今すぐ荷づくりをして頂戴。すぐにこの国を出るわ」 突如母から言われたのは生活を一変させる言葉だった。 友人、婚約者、国、屋敷、それまでの生活をすべて捨て、令嬢達は手を差し伸べてくれた隣国へと逃げる。 冤罪を晴らすため、奮闘していく。 同名主人公にて様々な話を書いています。 立場やシチュエーションを変えたりしていますが、他作品とリンクする場所も多々あります。 サブキャラについてはスピンオフ的に書いた話もあったりします。 変わった作風かと思いますが、楽しんで頂けたらと思います。 ハピエンが好きなので、最後は必ずそこに繋げます! 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

この婚約破棄は、神に誓いますの

編端みどり
恋愛
隣国のスーパーウーマン、エミリー様がいきなり婚約破棄された! やばいやばい!! エミリー様の扇子がっ!! 怒らせたらこの国終わるって! なんとかお怒りを鎮めたいモブ令嬢視点でお送りします。

【完結】「第一王子に婚約破棄されましたが平気です。私を大切にしてくださる男爵様に一途に愛されて幸せに暮らしますので」

まほりろ
恋愛
学園の食堂で第一王子に冤罪をかけられ、婚約破棄と国外追放を命じられた。 食堂にはクラスメイトも生徒会の仲間も先生もいた。 だが面倒なことに関わりたくないのか、皆見てみぬふりをしている。 誰か……誰か一人でもいい、私の味方になってくれたら……。 そんなとき颯爽?と私の前に現れたのは、ボサボサ頭に瓶底眼鏡のひょろひょろの男爵だった。 彼が私を守ってくれるの? ※ヒーローは最初弱くてかっこ悪いですが、回を重ねるごとに強くかっこよくなっていきます。 ※ざまぁ有り、死ネタ有り ※他サイトにも投稿予定。 「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」

婚約破棄の上に家を追放された直後に聖女としての力に目覚めました。

三葉 空
恋愛
 ユリナはバラノン伯爵家の長女であり、公爵子息のブリックス・オメルダと婚約していた。しかし、ブリックスは身勝手な理由で彼女に婚約破棄を言い渡す。さらに、元から妹ばかり可愛がっていた両親にも愛想を尽かされ、家から追放されてしまう。ユリナは全てを失いショックを受けるが、直後に聖女としての力に目覚める。そして、神殿の神職たちだけでなく、王家からも丁重に扱われる。さらに、お祈りをするだけでたんまりと給料をもらえるチート職業、それが聖女。さらに、イケメン王子のレオルドに見初められて求愛を受ける。どん底から一転、一気に幸せを掴み取った。その事実を知った元婚約者と元家族は……

処理中です...