上 下
58 / 74

58 一つの願いと誓い(ジル視点)

しおりを挟む
    国王が立て籠っている部屋の前にたどり着き、オレは早まる鼓動を落ち着かせるために息を吐いた。

    ほとんど顔も合わせず、母上を辛い目に遭わせて来た憎いだけの父親。いや、まともに父だと思った時などなかった。

    今日こそオレはお前の呪縛から母上を解放してみせる。 神が本当に存在するならば、どうか今だけでもオレに力を授けて欲しいと願うほどに。

    そんな事を想いながら手に力を込め、勢いよく扉を開いた。



「…………!」




    扉が開いた瞬間、むせかえるような血の臭いが部屋に充満していることに気づく。

    そして部屋の中央に転がる赤く染まった人影に言葉を失ってしまったのだ……。


「こ、れは……」


    血溜まりの中心に浮かぶ死相に、ごくりと息を飲む音がやたらと耳に響いた。そこには、目を見開き苦痛に悶えた顔のまま死んでいる国王の姿があったのだ。

「…………死んでる」

    体中にある無数の噛み跡と食い千切られた肉片。それを見ただけで死因の察しはついたが、それでも息が止まる思いだった。

「……ジーンルディ……?」

「……母上!」

    部屋の片隅から姿を現した母上は壁に身を預けながら弱々しい足取りでオレの元へと歩いてきた。

「母上ご無事ですか?一体、何があったのです?……もしかして……」

「……えぇ、ジーンルディの考えている通りよ。国王が……を飲んだの」

    あの毒。とは、オレがあの悪女にも飲ませた劇薬の事だとすぐに理解した。あの毒の副作用はとにかく恐ろしいものだとわかっていたからこそあの女に飲ませたのだから。

「……国王は、今度こそわたしを魅了して見せると言って目の前であの毒を飲んだわ。でも……魅了されたのは王妃と側室たちだったのよ……」

    それだけ聞けばどんな惨状だったのかは予想がついた。あの毒は効果に個人差があるのだが、毒を飲んだ人物にどんな感情を持っていたかによってもかなり違うという。

「では、国王は……」

「王妃と側室たちに食い千切られて……死んだわ。あの人たちは、どんな意味であれ国王を愛していたのよ。だから毒の効果が最大に現れたようね……。やはりあれは、とんでもない毒だわ」

    母上は自身の腹にそっと手を当ててため息混じりにそう呟いた。もしかしたら母上にもあの毒の影響があったのではと不安がよぎる。

「母上は何ともないのですか?」

「…………ジーンルディには申し訳ないけれど、わたしはあの男を愛したことなどないの。あなたの実の父親だと言うのに、ごめんなさいね」

    申し訳なさそうに頭を垂れる母上の姿に心が痛む。そんなことを言い出せばオレだってあの男を父親だと慕ったことなどない。オレとしてはあんな男の生存など、どうでもいい事だ。

「いえ、母上が無事なら良かっ……」

    しかし安堵した瞬間。母上の体は支えるオレの手をすり抜けるように崩れ落ちていったのだ。

「うっ……ゴホッ!」

「母上!?」

    何度も咳を繰り返し出す母上。口を押さえる指の隙間からは赤いものが滴る。

「……母上!母上っ!!い、いつもの薬は?!飲んだのでしょう?!」

「……よく聞きなさい、ジーンルディ。わたしの体は長くはもたないわ。あの薬だって決してわたしの体を治すものではなく、ギリギリ維持させる為のものでしかなかったのよ……。国王は愛する事を拒んだわたしから薬を取り上げ破棄してからあの毒を飲んだの。

    そうね、ひとつ影響があったとすれば……、わたしの体を蝕む毒の効果が悪化したことかしら……。ふふ、1度薬を飲まなかっただけでこんなになるなんて……どのみち、すぐにこうなる運命だったんだわ……」

    そう言って母上は服の裾を捲り、腹部を露にした。そこは酷く爛れて……いや、もう腐りかけていたのだ。

「……は、母上。いつからこんな……、誰に……。なぜ!オレに教えてくれなかったんですか!」

「……あらあら、そんな泣きそうな顔をして……。ジーンルディは、いつまでたっても心配性なんだから……。あなたはもう、わたしを守らなくてもいいのよ……これからは、聖女様をしっかりとお守りしてあげてちょうだい……」

「母上!」

   いつもの優しい手つきでオレの頭を撫でてくれる母上の瞳から光が失われていく。

「ーーーーあぁ……もう1度、空の下で……躍りたかった……」

    力を失くしたその手をそっと母上の胸の上に重ねた。

    この目で見たことは無かったが、流れ者の集団の中で躍っていた母上はきっと自由だったに違いない。その母上から自由を奪った男は死んだ。母上は、今度こそ本当に自由になったのだ。

    溢れそうになる涙を堪え、母上の体に近くにあったシーツをかける。その顔は穏やかに微笑んでいた。

    泣いている場合じゃない。

    ラスドレード国の悲しい歴史を終わらせ、もう2度と流れ者たちが悲しい思いをしなくてすむ国にすると母上に誓ったのだった。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

欲深い聖女のなれの果ては

あねもね
恋愛
ヴィオレーヌ・ランバルト公爵令嬢は婚約者の第二王子のアルバートと愛し合っていた。 その彼が王位第一継承者の座を得るために、探し出された聖女を伴って魔王討伐に出ると言う。 しかし王宮で準備期間中に聖女と惹かれ合い、恋仲になった様子を目撃してしまう。 これまで傍観していたヴィオレーヌは動くことを決意する。 ※2022年3月31日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った

Mimi
恋愛
 声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。  わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。    今日まで身近だったふたりは。  今日から一番遠いふたりになった。    *****  伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。  徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。  シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。  お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……  * 無自覚の上から目線  * 幼馴染みという特別感  * 失くしてからの後悔   幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。 中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。 本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。 ご了承下さいませ。 他サイトにも公開中です

【本編完結・番外編追記】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。

As-me.com
恋愛
ある日、偶然に「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言する婚約者を見つけてしまいました。 例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃりますが……そんな婚約者様はとんでもない問題児でした。 愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。 ねぇ、婚約者様。私は他の女性を愛するあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄します! あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。 番外編追記しました。 スピンオフ作品「幼なじみの年下王太子は取り扱い注意!」は、番外編のその後の話です。大人になったルゥナの話です。こちらもよろしくお願いします! ※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』のリメイク版です。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定などを書き直してあります。 *元作品は都合により削除致しました。

理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました

ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。 このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。 そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。 ーーーー 若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。 作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。 完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。 第一章 無計画な婚約破棄 第二章 無計画な白い結婚 第三章 無計画な告白 第四章 無計画なプロポーズ 第五章 無計画な真実の愛 エピローグ

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完】ある日、俺様公爵令息からの婚約破棄を受け入れたら、私にだけ冷たかった皇太子殿下が激甘に!?  今更復縁要請&好きだと言ってももう遅い!

黒塔真実
恋愛
【2月18日(夕方から)〜なろうに転載する間(「なろう版」一部違い有り)5話以降をいったん公開中止にします。転載完了後、また再公開いたします】伯爵令嬢エリスは憂鬱な日々を過ごしていた。いつも「婚約破棄」を盾に自分の言うことを聞かせようとする婚約者の俺様公爵令息。その親友のなぜか彼女にだけ異様に冷たい態度の皇太子殿下。二人の男性の存在に悩まされていたのだ。 そうして帝立学院で最終学年を迎え、卒業&結婚を意識してきた秋のある日。エリスはとうとう我慢の限界を迎え、婚約者に反抗。勢いで婚約破棄を受け入れてしまう。すると、皇太子殿下が言葉だけでは駄目だと正式な手続きを進めだす。そして無事に婚約破棄が成立したあと、急に手の平返ししてエリスに接近してきて……。※完結後に感想欄を解放しました。※

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

処理中です...