【完結】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と言っていた婚約者と婚約破棄したいだけだったのに、なぜか聖女になってしまいました

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43 呪われた王子(ジル視点)

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     “呪われた王子”。

 オレは産まれた時からそう呼ばれていた。





 オレの実母は、ラスドレード国の出身でも貴族でもない流れ者集団の踊り子のひとりだった。

 国々を移動しながら躍りや曲芸を披露しては金を稼ぐ流れ者たちは定住国を持たず血筋がハッキリとわからない人間たちの団体である。だからこそ、身を寄せあって助け合いながら生きているのだと聞いていた。そんな流れ者たちの中でも母はとても美しいと評判の踊り子だったが、それと同時に蔑まれる対象でもあった。


 そう、母は銀髪で……灰色の瞳をしていたのだ。


 灰眼でさえなければ遊んでやったのに。と、よくそんな言葉を立ち寄った国のゴロツキの男どもから言われていたらしい。その度に流れ者の仲間たちが庇って助けてくれたそうだが、どの国へ行ってもあまり良い言葉は言われなかったとか。それでも母は決して卑屈にはならずに自分の躍りの技術を誇りに思っていたのだ。

 そんな母がラスドレード国へやって来た。いつも通り数日間ほど躍りを披露し金を稼いで去るはずだったのに、まだ王太子だった今の国王が流れ者たちの寝泊まりするテントへやって来てこう言ったそうだ。

「その灰眼を買ってやる」と。

 流れ者たちのリーダーだった男が断ってくれたが、次の瞬間その男の首が飛んだ。

 王太子は血飛沫を浴びながら「灰眼を渡すか、全員不慮の事故で死ぬか。どちらかを選べ」と金貨数枚を放り投げ、母を引きずるように連れ去ったのだとか。



 踊り子であった母の美しさと、不吉だと言われるがとても珍しい灰眼に興味があった。ただそれだけの理由で。




 すでに今の王妃と結婚し、側室もいたあの男に無理矢理虐げられた母がどんな扱いを受けていたかなんて想像するだけで吐き気がする。

 母は身分も何も持っていなかったので側室にすらなれず、あいつのお気に入りの愛妾として王宮の離れに住まわされたそうだがどう見てもただの監禁だった。あいつは泣いて嫌がる母を「もし逃げたら、どんな手段を使っても流れ者たちを全員殺す。必ずだ」と脅し、無理矢理自分を受け入れさせ……結果、オレが産まれた。母そっくりの銀髪と灰眼を持ったあいつ王太子の子供だ。あいつはその後すぐに国王になったが、この国では灰眼は不吉な存在だ。いくら新しい国王の愛妾が産んだとはいえ王家の血を引いた子供が灰眼なんて、と大騒ぎになったそうだ。

 そして、運悪く同時期に男児を産んだ王妃はオレの存在に怒り狂い母子共々殺そうとしたがそれは叶わなかった。

 占星術師が「灰眼の赤ん坊を今すぐ殺したらラスドレード国に災いが降りかかるだろう。いずれその時がくるまで其の子供を王子として育てよ」と言ったのだ。

 異国での占星術師の言葉は絶対だ。オレは「その時」が来るまで生かされる事になり、勝手に死なれるとラスドレード国へ災いをばらまいてしまう厄介な存在……“呪われた王子”として育てられた。

 占星術師の言葉通り王子として王宮で暮らすが、それはまさに地獄のようだった。

 表面上は王子として扱われはするが、メイドはオレの瞳を見ただけで怯えるし、影で泣く者もいた。もちろん、あからさまに悪態をつく者もだ。中には王子である立場を悪用しようと近付く者もいたが見え透いた態度に嫌気が差した。

 異母弟妹たちも同じだ。同時期に産まれた王妃の息子は数日の差とはいえオレの弟にあたる。髪や瞳の色は全く違うが顔がなんとなく似ている気がしてオレは弟の存在に嬉しくなっていた。でもそんな弟も側室たちが産んだ妹たちも、オレを見る目には悪意しか籠ってなかったのだ。

 「呪われた灰眼」「不吉な存在」「愛妾が産んだ出来損ない」「王家の恥」「父をたぶらかした娼婦の息子」「早く消えればいいのに」「あいつのせいでこの国は脅かされる」

 どこからともなく聞こえてくるのはそんな呪いの言葉をばかりで、その言葉たちはオレの耳にこびりついていた。

 たまに剣の稽古に誘われたと思えば「死ななければいいのだろう」と手下を連れて襲いかかってきたこともあった。……まぁ、返り討ちにしてやったけど。オレを襲ったことがバレれば怒られるのはあいつらだ。多少やり返しても問題なかった。

 オレだって馬鹿じゃない。母上を守るためにも自分を守るためにも強くならなくてはと鍛練は欠かさなかった。あんなふざけて遊んでばかりのやつるに負けてやるつもりはないし、負けるはずもない。

 そんな時に友人が出来た。ひとりは研究室の見習いで、もうひとりは騎士の見習いだ。

 ふたりはオレの立場を知りながら「そんなものは大人の都合だろう」とオレの灰眼などまったく気にせずに受け入れてくれたのだ。楽しかった。それまで経験したことのない事を教えてくれた大事な友達。さすがにいたずらをしすぎて母上にみんなで怒られた事もあったが、それすらも楽しかったのだ。その時だけは10代の子供らしくいられた気がする。

 だがオレが成人の日を迎えたその日、占星術師が再び口を開いた。

  “桃色の髪の少女”がオレを滅する者だとわかり、王族どもは歓喜した。とうとう「その時」が来たのだ。と。

 聖女の居場所を特定するためにラスドレード国がざわめいていた頃、あの事件が起きた。

 研究開発の副産物が盗まれ、なんとその犯人はオレの友人だったのだ。

 そしてオレは友人の捜索を国王に願い出ることにした。国王の配下があいつを見つければ即刻殺されてしまうと思ったからだ。出来ればこんなことをした理由を聞きたかった。

  国王はオレが異国から出る事を反対したが、またもや占星術師が言った。

 占星術師が「灰眼の王子でなければ聖女をラスドレード国へ連れてくることは出来ないだろう」とひと言口にしたので聖女を連れてくるのなら犯人の捜索もしてきてよいと渋々了承された。その時の母上は病に冒されていて特別な薬がないと生きられなくなっていたのだが、オレが聖女を連れて戻らねば母上から薬を取り上げると脅された。たぶんオレが自分の命惜しさに聖女を始末したり逃亡したりしないようにと、母上を人質に取られたのだ。

 オレは無事に騎士となったもうひとりの友人と捜索の旅に出た。密かにではあるがオレの立場に同情してくれた数人の研究者や騎士が同行に名乗りをあげてくれた。もしものために色々動けるようにと言ってくれて、その時は純粋に嬉しかったが……オレの動きがラスドレード国の王族に筒抜けだったのはそいつらが密告していたからだろう。どうりで劇物もすぐに準備してくれたわけだ。と、あの時のアミィの無様な姿を思い出す。一歩間違えばアレはオレの未来だったかもしれないと思うと笑いが込み上げてきそうになった。

 もしかしなくて、いざとなったらオレを始末出来るようにあの王太子に持たされたモノだろう。浮ついた優しい言葉の裏でいつでも命を狙う隙を狙っていたのだ。あの毒薬なら“気が狂った”とか“灰眼だから襲撃された”とでもどうにでも言い訳が出来るからな。このラスドレード国ならばその説明がどれだけ矛盾していても結果的にオレを始末出来たのならば文句は言わなかっただろう。

 それにしてもあんなに占星術師の言葉を重視しているくせに、占星術師の目が届かないところでオレの命を奪う準備をしているのだから困ったものだ。もし本当に聖女が見つからなければ、あの王太子はオレを殺してオレが約束を破って逃亡したことにして母上すらも殺すつもりだったはずだ。

 
 ふと、ロティーナの姿を思い浮かべる。

 桃色の髪の少女がいるという国へ向かいながら隣国での断罪劇の噂を耳にした。きっとマニロが関わっていると思ったが、真相にたどり着いた時にはその友人はすでに死んでいたのだ。その原因があんな女だとわかった時は本当は八つ裂きにしてやりたくなったけれど。

 ラスドレード国からは聖女を見つけたら騙してでも拐ってこいと言われていたが、オレはオレの復讐のために聖女を利用しようと思った。せっかく聖女をみつけたのだ。どうせオレを殺す存在ならばその前にこちらがとことん使ってやってもいいだろうと考えたんだ。きっとオレを見れば怯えて泣くだろうし、“聖女”という甘いエサで釣ってやればいいと。

 でも実際に会ったロティーナは、全然違っていたんだ。


「ロティーナ。オレは……」

 あの父や異母弟妹たちがロティーナをどう扱っているかが心配だった。オレを殺してくれる聖女なのだから酷いことはされてないと思うが、あの異母弟王太子の動向が気になる。

 いくら母上の命がかかっているとはいえ酷いことをしたと思ってる。嘘をつかれ、恩を売られ、母国から連れ出され、家族とも離れ離れにされて……さらに“呪われた王子”をその手で殺せと言われているのだ。普通の令嬢である女の子には耐えられないかもしれない。いくら謝っても許してもらえるわけもないだろう。

 そのままのロティーナでいて欲しいと思っているのに、オレは彼女に重い枷を嵌めようとしているんだから。

 母上の為だから、なんて言ったらそれこそ母上に叱責されるだろうな。あの人はどんなに酷い目に遭おうとも誇りだけは失わない人だ。これはオレがオレのエゴと自己満足の為にしたことなのだから。そんなことを考えながら帰国してすぐに押し込められた地下牢の中でため息をついていた。


 そんな時、静まり返る地下牢に足音が響いた。


「……ふん、相変わらず不吉な色だな。ジーンルディ」

「アヴァロン……。それにーーーーっ」

 檻の前にやってきたのは少しだけ顔の似た、でも全く違う色の異母弟。この国の王太子であるアヴァロンだった。そしてその後ろには見覚えのある青い髪の男。ーーーーもはや唯一の友人となってしまったターイズが冷たい視線をオレに向けていたのだ。

「ちっ!不吉な灰眼のくせに僕の名前を口にするな!」

 苛立ちを隠そうともせずにアヴァロンは地下牢の檻を足で蹴り上げる。こいつはいつもオレの前ではニヤニヤして人の灰眼を馬鹿にするかやたらと怒ってばかりだ。

「ふん、まぁいい。ところで地下牢の居心地はどうだ?まさか本当に聖女を連れてくるとは驚いたが……わざわざ自分を殺してくれる女を探し出して来るとはとんだ酔狂だな?仕方がないからあの愛妾は殺さないでいてやるが、お前は死刑決定だ。今から楽しみだなぁ」

 ニヤニヤと歪める顔には懐かしさがある。子供の頃から自分が有利に立っていると思っている時は必ずこの顔をするのだ。特に反論もせずに眺めているとアヴァロンはさらに口を開いた。今日はかなり饒舌なようだ。

「今日は、せっかくだからいいことを教えに来てやったんだ。感謝しろよ?これから死ぬしか無い腹違いの兄に、僕からのプレゼントさ。ーーーー“マニロ”って言えばわかるか?」

「…………っ!?」

「あぁ、表情が変わったな。ふっふふふ!その顔が見たかったんだ!いつも平然とした顔をしやがって……。そうさ、マニロの事は裏で僕が糸を引いていたんだ。さすがに気付かなかったみたいだな?あいつは僕が脅してわざとあの香水を盗ませたんだよ。そうしないと病弱な妹を罪人にしてやるって言ったら簡単だった。もちろん盗んだら盗んだでジーンルディが困る展開にしてやるとも教えてやったぞ?お前のことだから親友が犯罪者になって逃亡したら必ず自分の手で探し出そうとするだろうからな!それでもあいつは実行した。お前が親友だと心を開いていた男は妹の為にお前を裏切ったんだ!お前が困るとわかっていても妹の命を優先した……ははは!お前らの友情など所詮そんなものだったんだよ!いつも“親友がいるから大丈夫”みたいな余裕な顔をしやがって……お前は裏切られたんだ!ザマァミロ!!」

「…………」

「…………」

 息を切らしながら笑うアヴァロンを見ながらオレの頬に一筋の涙が流れた。だがこれは悔しいとか悲しいとかそんなんじゃない。ただひたすらに、マニロの事を想っていたら流れたのだ。あいつに病弱な妹がいるなんてひと言も言わなかったから全然知らなかった。あいつはオレの状況を少しでも改善しようと奮闘してくれていたが、親友だと思っていたのに気を使ってもらってばかりだったのだと思い知ったのだ。オレはマニロの事を何も知らなかった。きっと辛い立場にいたに違いないのに、それを相談も出来なかったんだから。オレは、あいつの親友失格だったのかもしれない。思わず視線を動かした先にいたターイズは、うつむいていて何を考えているのかはわからなかったが何をするでもなくただ黙ってその場に立っていた。

 アヴァロンはさらに続ける。オレが反論しないから興奮しているのか頬を紅潮させてきた。

「しかもその香水を絶対に見つからないように隠しながら逃げ続けろとあれほど言ったのに、まさかあんな女に引っかかって殺されるとはな!あぁ、それとも逃亡前に山程の新薬を無理矢理飲ませてやったからそれのどれかの副作用が変な方向に動いたかな?どうせすぐ捕まるだろうとせっかくモルモットにしてやったのに、結果を調べる事もできずに殺されてしまうとはやはり役立たずだったな!」

「マニロの妹は……」

 思った以上に声が震えてしまったがなんとか絞り出すと、アヴァロンは楽しそうに口の端を吊り上げた。

「そんなもの!もちろん、殺したさ!なにせ国家機密の薬を盗んで逃亡した男の親族なんだから……妹だけじゃなくその親も親戚も、ぜーんぶ皆殺しだ!ジーンルディ、お前が旅立ったすぐ後にだ!お前が間抜けにもマニロを探している間に、マニロの親族は全て根絶やしにしてやった……全部灰眼の王子に関わったマニロのせいだと、処刑する時に耳元で教えてやった時のやつらの顔と言ったら何回思い出しても笑いが止まらなくなるぞ!これも全てはお前が呪われた存在だからだ……!
 おっと、ついでに教えてやるがこの青髪……ターイズだったか?こいつも僕の仕込みだ。マニロと同じようにちょっと脅して‥‥こいつには金を握らせてやったんだが、たったそれだけでお前を裏切って僕の密偵になることを決めたんだ。お付きに付いていった奴らも金とそれなりの報酬をちらつかせてやったら簡単に従ったぞ。実はお前の行動は全て僕に筒抜けだったんだよ。お前は全員に裏切られていたんだ!呪われたお前なんかを慕ってくれる人間なんかいないんだよ!お前は決して僕に勝てない……お前がどんなに剣術が強かろうが勉強が出来ようが……僕のほうが上なんだ!……そういえば、あの聖女がお気に入りらしいな?それならこうしよう。お前がおとなしく彼女に殺されるならあの女は聖女としてちゃんと優遇してやろう。たが、もしもお前が逃げ出したり抵抗するようなら聖女なんて必要なくなるよな?」

 アヴァロンは乾いた笑いをしながらターイズに向かってひとつの小さな鍵を放り投げた。たぶんこの牢屋の鍵だろう。

「ターイズ、お前はここでこいつの見張りをしていろ。だが……例えばお前がこの鍵を使ってこいつにしたとしても、僕は別に咎めはしない。三日後の儀式までかまわないからな。だがもしも明日の朝、なぜかこいつが満身創痍だったならば……約束の金がなぜか跳ね上がるかもしれないぞ?」

 そう含みを持たせた笑みを浮かべたままアヴァロンはこの場を立ち去っていった。











 しばらくしてオレとターイズだけの空間になると、普段から口数の少ないこの男がボソリと口を開いた。

「……自分がこれから、王太子に言われた通りこの鍵を使って牢屋に侵入するとしてーーーー例えば不注意で足を滑らせて不運にも頭を打ってしまい気絶している間に誰かが逃げ出したとしても、報告が遅れるのは致し方ないことだと思うんだ」

「ター……」

「黙って聞け、これは独り言だ。あの王太子は申し訳ないが悪い意味で国王そっくりだ。自身の要望が上手く通らないとすぐに癇癪を起こすし、思い通りになったと思ったら上機嫌になるから扱いやすいのは利点……いや、欠点だな。どうやら今度は聖女様を狙っているようで、毛色が変わった女性を手中に納めたいらしい。いや聖女様は素晴らしい女性なのだが、どうもアヴァロン王太子からのアプローチを拒否したらしくてな。逆に興味を持たれたようだ。聖女様を意のままに操るためならどんな手でも使おうとするだろう。……ちなみに今の発言は不敬罪だろうが、王太子が“ジーンルディとつるむ人間は皆愚かなで間抜けな馬鹿ばかりだ”と言っていたと聞いたので、その馬鹿代表の自分が間抜けな事をしてもこれもまた致し方ないことだと思うんだ。だから……」

    そしてターイズは手に握っていた小さな鍵で扉を開けた。

「間抜けな男が、うっかり鍵を開けてしまったがお前はどうする?あの王太子がどんな性格かはジルの方がよく知っているだろう?自分はこれから聖女様をお助けに行く。お前がどうするかはお前が決めろ」と、いつも無口な幼馴染みが、珍しくニヤリと口元に笑みを作ったのだった。


    








*****


 ※“踊り”と“躍り”は意味があって使い分けています。決して誤字ではありませんのでご了承下さい。
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