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41 偽りの笑顔(ジル視点)

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「ねぇ、ジルさん。初めて出会った時のことを覚えてますか?」




 その真っ直ぐな瞳が、まるでオレを貫くように感じた。その瞳にずっと見つめられていたいのに、見つめられるとツラいと感じだしたのはいつからだっただろうか?


    異国へと向かう馬車に揺られながら、頬に触れるオレの手を激しく拒否するわけでもなく……でもそっとその手を外したロティーナがぽつりと口を開いた。彼女の真っ直ぐ瞳に動揺したが、嘘をつくのは日常茶飯事だ。オレはその瞳をかわすように笑顔を作った。



「もちろん、覚えてるよ。女の子に火かき棒で威嚇されたの初めてだったしね」

「……あれは不法侵入した方が悪いんです。あの時は怖くて必死だったんですから正当防衛です」

    ぷくっと頬を膨らませてツンと横を向くロティーナ。さっきまでは聖女として凛とした雰囲気だったのに急に普通の少女に戻ったようにも見える。その横で「不法侵入?!まさかお嬢様の部屋にジルさんが?!い、いつ?!いつなんですかぁ?!」とアニーちゃんが騒いでいたが、ロティーナは特に気にしていないようだったのでオレも気にしないことにした。

「わかってるさ。いきなり見知らぬ男が……しかも不吉な灰眼の人間が現れて怖がらないはずがないよね」

    ハッキリ言って今までもこの眼のせいで怯えられたり毛嫌いされた経験なら山ほどあるし、オレが憐れな立場だろうと決め込んで利用しようと近づいてくる奴もいた。だけど、あんな風に立ち向かわれたのは初めてだった。しかし普通の令嬢であるはずのロティーナが怖がらないはずがないのだ。それくらいオレの瞳の色は毛嫌いされている。

 だが、ロティーナはキョトンと首を傾げた。なぜかアニーちゃんまでも同じ角度で首を傾げたのだが意味がわからず黙っているとすぐにその答えがわかった。

「何を言ってるんです?ジルさんの目の色は全然関係ないじゃないですか。あの時も言ったと思いますけど私だって不気味な桃毛なんですもの。色がどうだかなんて些細なことでしかありませんわ。つまり私があなたの目の色なんかを怖がる理由なんてありません。私は突然やってきた胡散臭い侵入者が怖かっただけです」

「そうですよ!お嬢様は瞳の色なんかで人を差別なんかしません!……でもやっぱり不法侵入はしたんですね。これは執事長様に相談して粛清しなくては……ブツブツ」


「うん、あの時は本当にごめんね」

    また胡散臭いと言われたが思わずにんまりとにやけそうになってしまった。ロティーナに言われる言葉は全部不快でないから不思議だ。まぁ、アニーちゃんにはなぜか威嚇されているけど。

「もちろん、今はさらに胡散臭い人だと思ってますけどね。……だってジルさんは私に嘘ばかりつくんですもの」

 さっき頬から外したオレの手を払うこと無く指先で触れるように握っていたロティーナの指に少しだけ力がこもる。

「……うん。そうだね」

    思えば初めての出会いから、オレは嘘ばかりだったかもしれない。嘘で塗り固めたのが“ジル”という存在だったから。

    次にロティーナが何を言おうとしているのかは薄々わかっている。オレって実は嘘つくの下手だったのかなぁ?これまで自分にも他人にも嘘ばっかりついて過ごしてきたのにまさかこんな日がくるなんて考えもしなかったよ。

「まず、ジルさんは隣国のスパイではなく異国のスパイだったんでしょう?ジルさんの目的はアミィ嬢に復讐することだけじゃなく、最初から隣国を異国の領土にするまでが目的だった……。
たぶん、私の復讐は全て計画の内だったんですよね」

    真っ直ぐにオレを見つめるロティーナは真剣な表情だった。本当はもう少し騙されいて欲しかったんだけどしょうがないか。

「うん、あの国についてはほぼ正解。実はね、異国の占星術師が言ったんだ。あの王子を野放しにすると今後異国にも悪影響が出るって。確かに目障りだったし、悪い芽は早めに摘み取っておかなくちゃいけないだろ?」

    にっこりと笑顔で誤魔化すがロティーナの真っ直ぐな瞳は変わらない。せっかくおどけているのにアニーちゃんまでもが真剣な表情だ。どうせなら威嚇されている方が気が楽だったな。


「では、あなたの本当の正体はなんなんです?」

「それは……」

    その瞬間。ガタン!と馬車が大きく揺れて止まった。おっと、もうお迎えが来たみたいだ。予想より早かったな。もう少しロティーナと一緒にいたかったけれど、これは仕方のないことだから。

    扉がゆっくりと開き、馬車の外には異国の騎士の甲冑を着た者たちが並んでいた。こいつらはオレのお目付け役として一緒にロティーナを探しに来ていた団体だ。ロティーナが聖女として異国に来ることを了承し、あの国の王女の許可を得た途端にいつの間にか先に異国に帰っていたが、やっぱり待ち構えていたようだ。それにしてもオレが途中で逃げるかもとか思わなかったのだろうか?……いや、なんて選択肢があるはずもない。こいつらもそれをよくわかっているんだろう。だからこそ先に帰って準備万端で待ち構えていたのだ。


「お迎えに上がりました。ジーンルディ殿下」


 甲冑で顔を隠したまま先頭のひとりが頭を下げた。オレに頭を下げるなんて本意ではないだろうが、この場には聖女であるロティーナがいる。怖がらせないための配慮だろう。とりあえずロティーナは丁寧な扱いを受けられそうで安心した。たぶん聖女の侍女であるアニーちゃんも大丈夫なはずだ。こいつらはを損なうわけにはいかないからな。


「えっ、……ジルさん?」

    声を震わせるロティーナに、にっこりと笑顔を見せる。嘘で固めたオレは胡散臭いと言われたが、本当のオレはもっと酷いかもしれない。出来れば君の前ではただの“胡散臭いスパイの男”でいたかったな。




「ーーーー実はオレ、異国の王子なんだって言ったら信じる?」





    黙っててごめん。“実はオレの正体は、不吉な灰色の瞳を持って産まれた〈呪われた王子〉なんだ”。なんて、そんなこと君には言いたくなかったんだ。この瞳の色のせいでオレがどれだけ酷い目にあってたかなんて知られたくなかったからかもしれないけどね。

   異国の占星術師はある意味国王よりも権力を持っている。だから、それが運命だと言われれば誰も逆らおうとはしない。そんな国の最も信頼ある占星術師が言ったんだ。



「神聖なる奇跡の桃色の髪の少女を“聖女”として国に迎え入れ“呪われた王子”を滅する事が出来れば、異国はさらに栄える」とね。



    今さらながら、こんな運命に巻き込んでしまって……本当にごめん。と、心の中でずっと懺悔しているのに、笑顔が貼り付いたままの自分が大嫌いだった。悲しむとか泣いたりするとか……もう、よくわからないんだ。


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