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38 燻る想い(隣国の王子視点)

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 俺が香水を懐に忍ばせて急いで会場に向かうと、運命のパーティーはすでに始まっていた。本当なら聖女と並んで入場しているはずが残念ながら俺はひとりである。肝心の聖女はあのいけ好かない灰眼の大使と一緒にすでに入場していたからだ。すっかり注目の的のようで、誰も俺が現れたことになど気付いていないようだった。

 ふん。まぁ、今は譲ってやるさ。なにせ俺の手には最終兵器があるのだからな。

 それでも俺を無視して賑わっているのがムカついたのでパーティー会場内にある俺用の椅子にわざとドカドカと音を立てながら足を動かし座ってやったが誰ひとり俺に視線を向けやしない。いや、数人はチラリとこちらを見たはずだがすぐに聖女へと視線を戻していた。王子である俺よりも聖女か……ふん、後で吠え面をかかせてやる!唇をヘの字に曲げて憤っていると、宰相が静かに側へとやってくる。宰相の登場に少しホッとした。

「やっときたか」

 体勢を整える為に体重をかけて椅子に深く座ると、一瞬だがチクッと尻のあたりになにかが触れた気がした。王族の椅子にゴミでも落ちていたのか?と不思議に思ったが手で探る前に宰相が「おぉ、我が君!お待ちしておりましたぞ」と話しかけてきたので手を止めてしまい結局わからずじまいだ。まぁ、特に痛みは無いし気のせいだろう。

「ふはは!宰相よ、実は俺はすごいものを手に入れたんだ。どうにか俺の目の前に聖女を連れこい。そうすれば全てが俺のものとなる。その時は宰相にも望むだけの褒美をやろう!」

「畏まりました、アシード殿下」

 こうして俺はこの場で完璧な作戦を立てた。こんな瞬時に思いつくなんて俺は天才だな。
  
 まず、宰相がどうにかして聖女を俺のところへ連れて来る。理由なんてどうとでもなるだろう。そして俺はロティーナの目の前であの香水を被り、ロティーナにプロポーズをするんだ。するとロティーナは俺に魅力されてプロポーズを承諾。そこで聖女を先に奪われて狼狽える父上に「俺の愛する人に手出しはさせない!」と父上がよからぬことを企んでいたと訴えればいいだけだ!

「完璧だな!」

「さすが殿下です。先に祝杯を上げますかな」

 よし、宰相も大絶賛してくれたぞ。俺の勝ちは確定だ!と俺は宰相が渡してくれたワインを一気に飲み干した。









  







「聖女様、大使殿。改めまして、ようこそおいでくださいました」

 パーティーが盛り上がる中、父上は聖女の手を握り深々と頭を下げていた。

 大使殿。と呼ばれた忌々しい男も父上に頭を下げているがやたらとにこやかだ。あの顔は自分の方が上だと思っているんだろう。まぁ、確かに今の父上はだいぶ落ちぶれているがな。

 それにしても、本当なら俺もあの場に一緒にいるはずなのになぜか父上はそれを許さなかった。ふん、嫉妬か?まさに俺がいない間にパーティーが始まっているのがいい証拠だ。

 それにしても、ことごとく俺とロティーナが一緒になるのを邪魔する気のようだ。それに聖女の歓迎パーティーだというのに王妃である母上は顔すら見せない。いくら体調が悪くてもこれでは体裁が悪すぎるだろう。あの父上がこんなことをするなんてこれで確定だな。やはり父上はロティーナを後妻にする気なのだ。もしかしたら母上は父上に毒でも盛られたのだろうか。俺が父上を断罪した後についでに母上も救いだしてやろう。もし間に合わなかったのならそれはそれでいい事だ。

「おっと、そろそろダンスタイムですな。是非ファーストダンスをとお誘いしたいところですが、大使殿にお任せいたしましょう。どうかパーティーを楽しんでください」

「ありがとうございます」

 おいおい!さらにダンス曲まで勝手に始まり出したぞ?!せめて聖女とのファーストダンスは王子である俺に決まっているだろうがぁ!

 くそっ!こうなったら強行手段だ!

 俺は椅子から立ち上がると人波を無理矢理押し退け、さらにぶつかりそうになる奴等を突き飛ばしてロティーナの元へと進んだ。ところどころで悲鳴や文句が聞こえるが知ったことか!全く、せっかく宰相と計画を立てたのに上手くいなかい!!まさか、俺から出向くことになるとは……まぁいいだろう、それくらいロティーナが俺にとって重要な女であるということだ。こうすることによって俺の気持ちが伝わるだろうしな。

 なにせ、俺はもうすぐこの国の国王トップになる男なんだからな!

「ロティーナ!俺はここだ!ここにいるぞ!」

 俺は腹の底から叫んだ。すると、俺の声に反応してくるりとドレスのスカートを翻したロティーナがあの眼差しで俺を見つめてきたのだ。

「……まぁ、第1王子殿下。もしかして私をお呼びですか?」

 こてりと首を傾げるロティーナ。色艶のある微笑みを浮かべながらする少し幼い仕草もまた魅力的に感じた。そして周りの人間が俺を避けるように距離を取ったので俺とロティーナのふたりを囲うように空間が生まれる。……あの灰眼もロティーナから離れたな。ふん!余裕な態度だがこれからロティーナが俺の虜になるとわかったらどれだけ焦るか楽しみだ。

「ロティーナ、俺を見ろ!!」

「えっ……」

 ロティーナと対峙して、目と目が合った事を確認してから俺は懐から取り出した例の香水瓶の蓋を外し自分の顔めがけてその中身をぶちまけた。ビチャッ!ととろみの付いた液体が滴るが、香水のはずなのにその香りは鼻が曲がりそうなくらいに臭かったのだ。

 え?くさっ……!?こんな臭いのが、魅力の香水だと?それとも、この匂いこそが効力があるというのか……?よくわからないが、ロティーナはまっすぐに俺を見つめている。つまり、効果があったということだろう。

 俺はどろりと纏わりついた香水を指で拭いながら、ロティーナに笑みを見せた。

「あぁ、待たせて悪かったな。さぁ、俺とダンスを「名前で呼ばないで下さいと、言いましたのに。なぜ私の名前を呼ぶのでしょうか……もしかして、第一王子殿下は言葉がわかりませんの?」へ?」

 聖女は微笑む。不思議そうに……それでいて全てを見透かしたように。氷のように冷たい視線が俺を貫いた。

「私の事は“聖女”とお呼び下さい。と申し上げましたはずですわ。それに、わざわざ目の前でそんな悪臭の漂う不審な液体まで被るような嫌がらせにも等しい行為をするなんて……もしかしてこれは、聖女への……いえ、異国への宣戦布告のつもりでしょうか?」

 またも言葉の端々に感じる俺だけに向けられた特別な気持ちをヒシヒシと感じる。そんなロティーナを見ていたら体の芯がジワリと疼くように熱くなり息が荒くなってきた。そのせいかロティーナの言葉が頭に入ってこない。異国がどうしたって?いや、そんなことは今はどうでもいいじゃないか。

「ーーーーハァハァ……!ロティーナ、そんなことを言って俺の気を引こうとしていることはわかっているんだ!ほら、今にも俺の愛を囁きたくて仕方ないはずだろう?!」

 ロティーナとの距離を詰めようと勢い良く腕を伸ばすと、今度はあの灰眼の男がロティーナを隠すように立ちはばかってくる。さっきまで距離を取っていたくせにいつの間にこんなに近くにいたんだ?しかも生意気にも俺に口答えをしてきたのだ。

「お止めください、第1王子殿下。聖女様に危害を加える事は許しません」

 なんだ、こいつは!危害だと?!俺がロティーナに危害を加えるわけないだろうが!こうなったら自分の中に燻っていたロティーナへの愛を力一杯叫ぶしかない。そうすればすでに俺に魅力されているはずのロティーナはその本能に抗えるはずがないんだから!

「俺とロティーナは真実の愛で結ばれているんだ!ロティーナは、俺のものだぁ!!

 さぁ、素直になるんだロティーナ!俺は、俺は……ロティーナに罵られながらその足で顔を踏みつけて欲しいんだぁぁぁぁぁぁ!!」



 …………ん?俺は今、なんて言った?
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