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34 欲にまみれた呟き(隣国の王子視点)

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隣国・アールスト国の王家にて


「アミィが消えた?」

「はい。書き置きがあったそうです。争った痕跡もなくアミィ様がご自分から姿を消されたとしか思えない状況だとか。どうやらすでに公爵家との縁組みも消去されていまして書類上ではその事実すらなかったことになっています。……もしもこれが誰かの策略だとしたら、なんとも見事な手腕ですな。是非とも我が国の参謀にでもなってもらいたいくらいでございます」

    アールスト国の王子であるアシードは宰相が手渡してきた報告書に目を通しながらめんどくさそうにため息をついた。

「策略ねぇ……」

    アミィは自分が見初め、婚約者にと望んだ美しい令嬢だ。は、アミィ以上の令嬢などこの世に存在しないと思っていたのだ。あの髪、あの瞳。そしてあの匂い。どんな手段を用いても手に入れたい。いや、手に入れなくてはならない……そんな気持ちにさせる令嬢だった。

 しかし、焦燥感にかられてあらゆる手を尽くしてもアミィは国の重鎮たちの誰にも認められず、筆頭とはいえ婚約者候補にしかなれなかった。そしてまだ正式な婚約者ではないからと反対され隣国に住まわせる事が出来なかったのだ。今から思えば自分が押し通したとはいえ、よく婚約者候補の筆頭にまでなれたものだ。

    それからというもの、離ればなれにされ最初こそアミィが手の届く所にいないのが耐えられずに気が狂いそうだった。あのアミィの匂いが嗅げない事が不安でいつもイライラしていたのだが……しばらく会わないでいると、焦ったように必死にアミィを手に入れようとしていた自分が馬鹿らしくも思えてきたのだった。

    確かにアミィは美しい。相性も最高だった。だが、それだけだ。それだけの女なんて星の数ほどいるし、アミィは少々気品とか教養にかける所があった。はそれが魅力的に見えていたが、今となってはなぜあんなにアミィに固執していたのかがよくわからなくなっていた。

「アミィ様は“異国の聖女”とお会いになり改心なされたと書き置きに残されていたそうですが……」

    一応、アールスト国の王子の婚約者候補が姿を消したのだから本当ならあちらの王家が大騒ぎして探しそうなものだが、その様子もない。公爵家に慰謝料を請求したいがすでにその関係はなかったことにされている。それもすべて“異国の聖女”が関わっているらしく、深掘りすることは出来なかった。それくらい影響力のある存在だ。

「“異国の聖女”か。聞いたことはあるな」

    あまり情報が出回らない異国だが、聖女の伝説や噂ならよく聞こえてくる。王家よりも強い権力を持ち、その発言力は凄まじいと。

    しかし今回のその聖女は元をただせば、たかが伯爵令嬢とも聞いた。異国出身でもなく占いの結果で選ばれただけの小娘にどんな影響力があると言うのか。だが裏を返せば、その女を手に入れれば異国の影響力を手に入れられる。ということだ。

「欲しいな」

    ポツリと呟いた言葉に反応するかのように宰相が口を開いた。

「アシード殿下、その聖女様から面会の申し込みが来ておりますがどうなさいますか?なんでも異国へ行く前にどうしてもお目通りしたいとか」

 宰相がすでにアミィの話題など忘れたかのように下卑た笑みを浮かべる。どうやら考えている事は同じなようだ。

「ふん、異国からの申し出を断るわけにもいかないだろう。日程は任せる」

「畏まりました」

    聖女といえど、所詮は女だ。しかも噂では不気味な桃色の髪をしたつまらない小娘らしい。偶然にも聖女に選ばれて浮かれているのだろうな。

    もしかしたらアミィの美しさに嫉妬したか?それとも、実はアールスト国の王子の婚約者俺の婚約者になりたくて邪魔なアミィを消した可能性もあるか。まぁ、このタイミングでの面会の申し込みだ。それで当たりだな。いったいどこで惚れられたのか……俺も罪な男だ。

    ふん、つまり聖女の権力で好き勝手しているわけか。とんだワガママ女だ。女のワガママというのは美しく可愛げがあるから許されるのだぞ?不気味な桃毛が調子に乗るなんて烏滸がましい。

    ならば、俺が教えてやればいいか。その鼻っ柱をへし折り、女とは道具でしかないとわからせてやればいい。利用価値はある。俺に惚れているのならば操るのは簡単だ。婚約者という餌で釣って飼い殺しも楽しそうだ。

    そして聖女が俺の言いなりになれば、必然的に異国は俺のものも同然だな。

    俺は昔の婚約者だった女を一瞬思い浮かべて口元がニヤつくのを我慢した。

    なにせこれまで、俺の思い通りにならなかった事はないのだから。




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