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25 幸運の香水(アミィ視点)

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「あー、臭い。あんたすごい悪臭だよ?鼻が曲がりそうだなぁ」

 パタパタと手のひらで自分の顔を扇ぎ、まるで汚物でも見るかのような視線を向けながらもニヤニヤといやらしい笑みを向けてくるジルのその態度が無性にイラッとした。

「なぁっ……!」

 男にそんなことを言われたのもそんな視線を向けられたのも初めての経験で、カッと頭に血がのぼる。

「この美しいあたしに向かってなんてこ「あんたさぁ、マニロって男のこと覚えてる?あんたがちょうど学園で隣国の王子をたらしこむ前くらいに会ってるだろ?」はぁっ?!なんなのよ!男の名前なんかいちいち覚えてるわけないでしょ!」

     むかつく!むかつく!むかつく!

 あたしに向けられるべき視線はもっと違うものなんだから!だって、この世界はあたしの為に存在するのよ?!いつもなら、絶対に男たちはあたしを好きになるはずの状況なのに。なんで、なんでこの男は……。

「思い出せよ、絶対に会ってるはずだ。そしてその男からあるもの・・・・を貰った……いや、奪い取っただろう?」

 ーーーーこんな、蔑むような憐れむような……それでいて憎悪の塊のような、そんな瞳をあたしに向けてくるのか。

 とにかくうざったい。あたしは、ヒロインなのに……!絶対に攻略対象者だと思ったのに違ったのかしら?それとも、シークレットルートだとして難関度が上がってるとか?とにかくイライラが収まらなくてあたしはツバを飛ばしながらジルに反論した。

「うるさいわね!男からもらった宝石やドレスなんか山ほどあるんだから、誰がどれをくれたかなんて知らなーーーー「香水パフュームだ」え?」

 ジルの言葉に思わず声がうわずってしまう。は重要な課金アイテムだ。幸運にもたまたま手に入れたけど、特別なそのアイテムをあたしが持っているなんて他の人間が知るはずがないのに。……あれ?そう言えば、どうやってこのアイテムを手に入れたんだっけ。は前世の記憶を思い出したショックで色々混乱してたからーーーー。


「それを手に入れてからあんたは勝ち組になったんだろ?男どもにちやほやされ、隣国の王子すら魅了した。
 実はあれ・・は麻薬成分が入っているんだ。相性の良い人間の体臭と混ざるとその効力が発揮される。異性の“興味”や“欲”を異常なくらい掻き立て我慢がきかなくなり、それを満たす為ならなんでもしてしまう……。みんなあんたの為ならなんでもしてくれていたんだろうけど、けっこう恐ろしいものなんだ。ちなみにそれ異国から盗まれた物だから、それを使用した罪であんた捕まるよ?」

「え……ぬ、盗まれた?あ、あたしは知らな……」

 まさかこの香水が盗品?そんな……。違う、だってこれはあたしに“幸運”をもたらしてくれるラッキーアイテムなのよ。ただ、本当ならかなりの金額を課金しないと手に入らないアイテムなのに、あたしは選ばれたヒロインだから偶然手に入っただけのこと。

「ほら、思い出して?」

 そう言ってジルがあたしの鼻先にシュッと何かを振り掛けた。

 それは嗅いだ事の無いような不思議な香りで、嗅げば嗅ぐほど脳の奥がジーンと痺れ出す気がした。


 ーーーーあぁ、そうだ。思い出したわ。この香水をあたしにくれた男の事……。









 あの頃・・・のあたしは、空回りばかりしてる冴えない男爵令嬢だった。

 貴族令嬢とは言え底辺だったし、男爵家のくせにお金も無かったのでマナーや教養のレッスンだってほとんどさせてもらえなかった。貴族の学園には義務だからと通わせてもらったけど、他の上品な令嬢たちとはどうしても馴染めずいつもひとりぼっちだったのだ。

 父は自分が貴族であることにやたらプライドを持っていたので高級品を買ったりパーティーに参加するために服を新調ばかりしていたが我が家は娘のあたしから見ても借金まみれの最低の家だった。

 そんな時、ひとりの男と出会った。

 もう名前も顔も忘れてしまっていたけど、その時のあたしにとても優しくしてくれたっけ。確か訳ありだとかで出身や仕事なんかは言えないと言っていたけれど……あたしのことが好きだと……。

 そうだ。初めて男の人に告白されたんだ。

 ただ、その頃のあたしはとっくにひねくれていて素直に嬉しいと言えなかった。だから、物語で読んだワガママな令嬢みたいに振る舞ってしまったんだ。

「本当にあたしが好きなら、あなたは何をしてくれるの?」と。

 それがすべての始まりだった。

 毎日のように宝石やドレスをプレゼントされ、あたしはなんだか自分が女王にでもなったような気分になっていた。だって、冴えない男爵令嬢だったはずなのに今はこの男からこんなに熱望されていると思うと気持ちが高揚して止まらなかった。そしてその高まりは収まらず、とうとうこう言ってしまった。

「あなたが命より大切な物をくれたら、付き合ってあげる」

 そうして彼がくれたのが、あの香水だった。

これ・・がここにあるとわかったら、僕は確実に殺されるだろう。それくらいのものなんだ。だから絶対に使わないでくれ。これを渡すということは、僕の命を君に預けると言う意味なんだよ。それくらい君を本気で愛しているんだ」

 そう言って渡されたのは小瓶に入った香水だったが、あたしはガッカリしていた。

 だって、たかが香水よ?“命より大切な物”をって言ったのに、ただの香水を渡されるなんて。と怒りすら感じていたのだ。しかも絶対に使うなですって?香水は使うためにあるものなのに……馬鹿にしてるわ。

 だから、存分に使ってやったの。

 そしたら、あたしの世界は一変した。



 その香りを身に纏った瞬間。あたしは全てを思い出したのだ。急激に溢れ出てきた前世の記憶のせいでなんだか頭がぼーっとしたけど、ふわふわとした心地の良い感覚はまさに夢心地だった。

 まず、それまであたしに見向きもしなかった男たちがあたしをちやほやし出した。次元が違うと思っていた令嬢たちがあたしに嫉妬し出した。
 
 毎日が信じられないくらい楽しくなり、隣国の王子すらもあたしを好きになったのだ。やっぱりコレは課金アイテム……“幸運の香水”なのだと確信した。この香水を手に入れると、高感度が信じられないくらいに爆上がりする。ゲームの選択肢なんかは全て高感度が上がるセリフしか出てこなくなるし、どんな行動をしても必ずハッピーエンドへ近づくことができるのだ。まさに最強の幸運アイテムである。ただ、一回づつの使い切りで時間制限があるのが難点だった。前世でも学生だったあたしは高額な課金アイテムに親のカードを勝手に使って凄まじい請求額のせいで大喧嘩したことまで思い出してしまい眉根を顰める。しかしすぐに機嫌を直した。だって、は使い放題なのだ。まさかこんなに良いものがタダで手に入るなんて、やっぱりあたしはチートヒロインなんだと嬉しくなった。

 いつもみんなから羨望の眼差しで見つめられてる公爵令嬢の婚約者である隣国の王子が、あたしの髪の匂いにうっとりして甘い言葉を囁く姿に背筋がぞくぞくした。そう言えば、香水をくれた男がそんなあたしを諌めようとしたけど……王子に言えばすぐにいなくなったっけ。悪いけど、あたしはヒロインだったんだもの。その辺のモブ男にもったいない女なのよ。香水を使うのをやめろだなんて……これが高額アイテムだってわかったから取り返そうとしたのかしら?ふん、絶対に返さないわ!もうあたしの物だもの!あぁ、諦めてくれてよかった!

 それからはあたしの天下よ。あたしに少しでも興味を持った男はみんなあたしの虜になり、さらに体を与えれば全財産を貢いでくれる。初めての時は痛かったけど、それ以降は色んな男が与えてくれる快楽も楽しかった。

 あたしにとっての“幸運の香水”。

 これを身に付けだしてから全てが上手くいった。今のあたしは気に入らない前公爵令嬢のレベッカを陥れ、新たな公爵令嬢の座に収まり権力を持つ隣国の王子すらも手に入れた。まさにあたしにとっての幸運の絶頂だったのだ。やっぱりヒロインにはハッピーエンドが似合うもの。

 確かに効果は絶大だし、あたしからしたら高額だとわかっているけれど……でもゲームの世界では あんなのは少し変わった香りのするただの香水扱いだったはずだ。あれはあくまでもヒロインの魅力値を一定時間だけ最大に底上げする裏技。他の登場人物には特に影響もなかったはずなのに……。まさか、そんな香水をつけただけであたしが罪に問われると言うの?





 脳の痺れが酷くなり、 だんだんと思考が定まらなくなってきた気がした。

「……それで、マニロの事は思い出したんだ?」

 頭上から声が聞こえる。ううん、右か左かもしれない。とにかく脳内にその声が響き渡りあたしの感覚がどんどん麻痺していく。

「……おもい、だした……。あたしに、香水をくれた……地味な男……」

 そうだ。マニロだ。地味で目立たなくて、でもなぜか優しい目であたしを見ていた男。

「そう、その男だ。……そいつをどうした?」

 あの香りがさらにきつくなる。むせかえる程の痺れる香りに体の力が抜けてきた。

「マ、マニロ……あたしの、香水を奪おうと、するから……隣国の王子に頼んで……追い払ってもらった……」

「どんなふうに?」

 どんなって?マニロをあたしはどうした?そう、隣国の王子に頼んだんだ。王子の権力を使えばすぐに尻尾を巻いて逃げるだろうと……。そうしたら、マニロが……。

「……もう、あたしに近づくなって脅したら……そしたら、マニロが……ダメだって、今なら引き返せるって……。え、違う……だってマニロは、諦めてどこかへ消えたはず……」

「どこへ?」

「それは……」

 そうだ、思い出した。 怒った王子が脅してやろうと言って剣を抜いて、そして……。

「ーーーー王子の剣がマニロの首を切り裂いたわ……」

 マニロの血を浴びて、そしたら王子が「君の幸せを邪魔しようとする悪者だから仕方ない。君は何も悪くないんだ。この愚かな男はこの剣を見て逃げた……そうだろう?」って言われて……。その頃は前世の記憶が混ざり込んでる最中だったからか、都合の悪いことはすぐに忘れられた。あたしはマニロの存在を忘れてその死を無かったことにしたのだ。

 それからは、誰がどう死のうと悲しくなくなったんだっけ。ううん、それどころか楽しいの。嬉しいの。

 だってあたしはこいつらの命よりも上の存在で、選ばれた人間なんだって実感出来たから。それに、思い出したからって別に何の感情もわかない。だってあの男が死んだってメインストーリーにはなんの影響もないもの。

「……そうか、やっぱり殺されたのか……。まぁ、そんな気はしていたんだけどね……。おっと、薬を嗅がせ過ぎたかな?これはね、人の深層心理に眠る感情や記憶を素直に白状させる薬なんだけど……あんまり嗅がせ過ぎると現状の記憶が混乱しちゃうんだった。
 ……せめて罪悪感でもあれば、なんて……無駄だったな。おっと全部使っちゃったからここでのオレとの会話はきっと忘れちゃうね、公爵令嬢サマ?

 それと、問題の香水は返してもらうよ。これは一定時間で効果が無くなるから追加で使わなければすぐに体についた臭いも消える。そうしたらどうなるか……楽しみだね」

 え?誰かが何か言ってる……?

「あぁ、それと……オレにはこの香りは効かないよ。体質的に効果が無いんだ。ひたすら臭いだけの下品な女にベタベタと触られて最悪だったなぁ……。あ、言っておくけどあんた全然きれいなんかじゃないから。どうせ忘れてしまうだろうけど、どうしても言っておきたかったんだ。じゃあね」
  
 冷たい視線、冷たい言葉。

 パタン。と、扉の閉まる音がした。








 ーーーーあれ?あたし、さっきまで誰と何をしてたんだっけ?


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