上 下
6 / 74

6 そのスパイには要注意して下さい

しおりを挟む
「ーーーース……パイ……って、なんで、そんな特殊職業の方がこんなところにいらっしゃるのでしょうか……?」

    できるだけ冷静を装って少し声のトーンを落としながら小声で聞けば「さて、どうしてでしょう?」と意地悪そうに、にんまりと笑われてしまいます。その怪しい笑顔が余計にこちらに威圧を与えて来ているような気がしました。私の声が少し震えてしまっているのを気付かれていないといいのですけれど。

 
  落ち着いているようには装いましたが、内心は“まさか隣国のスパイなんてとんでもなくヤバイ人がやって来るなんて……!”と、かなり慌ててしまいます。

    だって国家のスパイと言ったら、国家機密的な存在なんですから!

   しかも本当に隣国のスパイなのだとしたら、この後で無事だったとしてもお父様に報告すら出来ません。スパイとは各国に存在していると言われていますが、本当に極秘扱いなはずなのです。特に他国のスパイについての情報なんて欠片でも知っているなんてバレたら、それこそ命を狙われるでしょう。“隣国のスパイは銀髪で灰色の瞳をした若い男でした”なんて口にすれば私の人生は終わりですね。というか、自分がスパイだってバラすのも大罪じゃなかったでしたっけ?!

    と、かなりパニックになった事だけはお伝えしたいと思います。



    え?結局どうしたのかって?


    そりゃ追い返しましたよ、もちろん。問答無用で急所を狙って火かき棒を振り回したら「えっ?うそっちょっまっ!?ここは普通、話を聞くとこだろ?!」と叫んでましたが聞く耳など持つ義理はありません。

「だから、どこの普通と比べてるのかは知りませんけど!とにかく不法侵入は犯罪です!!」

    とりあえず、泥棒や痴漢ではなさそうなので一旦お帰り願うことにしました。(強制的に)

    火かき棒が銀髪男の顔の右横をかすると「あっぶね!」と言いながら窓から逃げて行ったのでした。

    男が消えたのを確認し急いで窓を閉めます。カーテンを引いて外が見えなくなると、やっと体の力が抜け座り込んでしまいました。

「こ、怖かった……」

    なんなんでしょうか、あの人。おかげで足がガクブルして立てないじゃないですか。

 このあと、なにやら騒がしいからと心配して駆けつけてくれた老執事と侍女を誤魔化すのがどれだけ大変だったかあの不審者を訴えたいくらいです。いえ、それよりも何をしに来たのかはわかりませんが出来ればもう二度と会いたくないですね……。













    と、思っていたのですが。

「そこの店員さん、ビールおかわり~」

    なぜ、あの不審者は私の目の前で楽しそうにビールを飲んでいるのでしょうか?

    しかも銀髪も灰色の瞳も隠そうともせず堂々としているし、スパイってもっと隠密行動的な感じで姿形を変えて生活していると思っていたのですがスパイのイメージがガラリと変わってしまいました。まぁ、この領地で彼の瞳の色をいじる人間はいないと思いますが(領主の娘が不吉な桃毛なので)それでもどうなんでしょうか。

    あ、右頬に手当ての跡があります。もしかしてあの時に怪我をさせてしまったのでしょうか。いえ、あれは正当防衛なので罪悪感を持つわけでは無いですがやっぱりやり過ぎたかしら……。

「お待たせいたしました」

    私は出来るだけ目を合わさないようにして新しいビールを出します。

    本音としてはすぐにでもこの場から追い出したい衝動にかられるとは言え、今の私はこの酒場のバーテンダーのロイです。この桃色の髪さえ隠せば大概の人には私だとバレません。一応は婚約者のはずのエドガーにもバレなかったのですから、赤の他人のこの人にもバレるはずがありませんね。

    もしかしたら私の口を封じるために見張りに来たのかと一瞬疑いましたがいらぬ心配だったようです。スパイとはいえ、私の変装は見抜けなかったのでしょう。そう考えれば少しだけ肩の力が抜けました。

「どーも。ところで君、ロイ君だっけ?たまにしか店にいないって聞いたけど」

「はい、時々お手伝いさせてもらっていま「なんでそんな下手な変装してるの?」えぇっ?!」

    油断しているところにそんなことを言われ、思わず狼狽えてしまうと、銀髪の男はまたもやにんまりと意地悪そうな笑顔を見せたのでした。

「やっぱり、ロティーナ嬢だ。ひと目見てそうだと思ったんだ」

    ……なんてことでしょう。どうやら彼には店に入った時から私だとバレていたようなのです。

「……ここでは“ロイ”です」

    なんだかこの姿を見られているのが恥ずかしくなってきました。複雑な気持ちでそっぽを向いてそう呟くとさらにニマニマとこちらを見てきます。そのにんまり顔やめてくれませんかね。やたらとムカつきます。とにかく、侮れない人物だと言うことでしょう。

「ではロイ君、おすすめのおつまみ追加で~」

「畏まりました」

    ここではあくまでも店員のバーテンダーとお客ですからね。冷静に対応しますよ。決してなんか馬鹿にされた気がして悔しいなんて思ってません。今日のおすすめはピリッとしたスパイスの効いたフライドポテトですが……。






「このポテト辛すぎない?口がヒリヒリするんだけど」

「そうですか?」

    ちなみに辛さ3倍です。別になんだか悔しいからってポテトが真っ赤になるまでスパイスを一心不乱に振りかけたりしてません。

 しかし、私がもし口にしたら確実に火を吹く自信がある辛さなのに「めちゃくちゃ辛いんだけど~」と言いながらも平然と美味しそうにパクパク食べているじゃないですか。なんだか負けた気分です……もっと辛くすれば良かったかしら。

「それで、わざわざこんなところまでくるなんて何かご用ですか?」

     あくまでもバーテンダーとして仕事をしながら世間話をしている風を装います。こんな時にわざと小声になったりソワソワしたりする人がいますがそれでは“人に聞かれては困る”と公言しているようなものです。堂々としていればこんな騒がしい酒場では誰も私達のことなど気にしません。

「用事と言えば用事かな。……と言うか、忠告?」

「忠告って……」

    グラスを拭く手を止めて銀髪男に視線を向ければ先程までのにんまり顔ではなく、やたらと鋭い目付きで私を見てきました。

「今、君が調べている事から手を引いた方がいい。この案件は君が思っている程お手軽なことじゃないよ。それと……婚約破棄も今は・・オススメしないかな」と。

「……っ!」

    それはどういう意味なのか。そう聞こうと思いましたが、彼の眼光がその質問は許さない。と圧をかけてきます。

    私が黙ったままでいると、再びにんまりとした顔に戻り「ビール、おかわりちょうだい?」と空になったグラスを差し出されたのでした。




 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【本編完結・番外編追記】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。

As-me.com
恋愛
ある日、偶然に「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言する婚約者を見つけてしまいました。 例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃりますが……そんな婚約者様はとんでもない問題児でした。 愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。 ねぇ、婚約者様。私は他の女性を愛するあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄します! あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。 番外編追記しました。 スピンオフ作品「幼なじみの年下王太子は取り扱い注意!」は、番外編のその後の話です。大人になったルゥナの話です。こちらもよろしくお願いします! ※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』のリメイク版です。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定などを書き直してあります。 *元作品は都合により削除致しました。

欲深い聖女のなれの果ては

あねもね
恋愛
ヴィオレーヌ・ランバルト公爵令嬢は婚約者の第二王子のアルバートと愛し合っていた。 その彼が王位第一継承者の座を得るために、探し出された聖女を伴って魔王討伐に出ると言う。 しかし王宮で準備期間中に聖女と惹かれ合い、恋仲になった様子を目撃してしまう。 これまで傍観していたヴィオレーヌは動くことを決意する。 ※2022年3月31日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

死に戻りの魔女は溺愛幼女に生まれ変わります

みおな
恋愛
「灰色の魔女め!」 私を睨みつける婚約者に、心が絶望感で塗りつぶされていきます。  聖女である妹が自分には相応しい?なら、どうして婚約解消を申し込んでくださらなかったのですか?  私だってわかっています。妹の方が優れている。妹の方が愛らしい。  だから、そうおっしゃってくだされば、婚約者の座などいつでもおりましたのに。  こんな公衆の面前で婚約破棄をされた娘など、父もきっと切り捨てるでしょう。  私は誰にも愛されていないのだから。 なら、せめて、最後くらい自分のために舞台を飾りましょう。  灰色の魔女の死という、極上の舞台をー

【完】ある日、俺様公爵令息からの婚約破棄を受け入れたら、私にだけ冷たかった皇太子殿下が激甘に!?  今更復縁要請&好きだと言ってももう遅い!

黒塔真実
恋愛
【2月18日(夕方から)〜なろうに転載する間(「なろう版」一部違い有り)5話以降をいったん公開中止にします。転載完了後、また再公開いたします】伯爵令嬢エリスは憂鬱な日々を過ごしていた。いつも「婚約破棄」を盾に自分の言うことを聞かせようとする婚約者の俺様公爵令息。その親友のなぜか彼女にだけ異様に冷たい態度の皇太子殿下。二人の男性の存在に悩まされていたのだ。 そうして帝立学院で最終学年を迎え、卒業&結婚を意識してきた秋のある日。エリスはとうとう我慢の限界を迎え、婚約者に反抗。勢いで婚約破棄を受け入れてしまう。すると、皇太子殿下が言葉だけでは駄目だと正式な手続きを進めだす。そして無事に婚約破棄が成立したあと、急に手の平返ししてエリスに接近してきて……。※完結後に感想欄を解放しました。※

冤罪を受けたため、隣国へ亡命します

しろねこ。
恋愛
「お父様が投獄?!」 呼び出されたレナンとミューズは驚きに顔を真っ青にする。 「冤罪よ。でも事は一刻も争うわ。申し訳ないけど、今すぐ荷づくりをして頂戴。すぐにこの国を出るわ」 突如母から言われたのは生活を一変させる言葉だった。 友人、婚約者、国、屋敷、それまでの生活をすべて捨て、令嬢達は手を差し伸べてくれた隣国へと逃げる。 冤罪を晴らすため、奮闘していく。 同名主人公にて様々な話を書いています。 立場やシチュエーションを変えたりしていますが、他作品とリンクする場所も多々あります。 サブキャラについてはスピンオフ的に書いた話もあったりします。 変わった作風かと思いますが、楽しんで頂けたらと思います。 ハピエンが好きなので、最後は必ずそこに繋げます! 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

この婚約破棄は、神に誓いますの

編端みどり
恋愛
隣国のスーパーウーマン、エミリー様がいきなり婚約破棄された! やばいやばい!! エミリー様の扇子がっ!! 怒らせたらこの国終わるって! なんとかお怒りを鎮めたいモブ令嬢視点でお送りします。

婚約破棄の上に家を追放された直後に聖女としての力に目覚めました。

三葉 空
恋愛
 ユリナはバラノン伯爵家の長女であり、公爵子息のブリックス・オメルダと婚約していた。しかし、ブリックスは身勝手な理由で彼女に婚約破棄を言い渡す。さらに、元から妹ばかり可愛がっていた両親にも愛想を尽かされ、家から追放されてしまう。ユリナは全てを失いショックを受けるが、直後に聖女としての力に目覚める。そして、神殿の神職たちだけでなく、王家からも丁重に扱われる。さらに、お祈りをするだけでたんまりと給料をもらえるチート職業、それが聖女。さらに、イケメン王子のレオルドに見初められて求愛を受ける。どん底から一転、一気に幸せを掴み取った。その事実を知った元婚約者と元家族は……

【完結】「第一王子に婚約破棄されましたが平気です。私を大切にしてくださる男爵様に一途に愛されて幸せに暮らしますので」

まほりろ
恋愛
学園の食堂で第一王子に冤罪をかけられ、婚約破棄と国外追放を命じられた。 食堂にはクラスメイトも生徒会の仲間も先生もいた。 だが面倒なことに関わりたくないのか、皆見てみぬふりをしている。 誰か……誰か一人でもいい、私の味方になってくれたら……。 そんなとき颯爽?と私の前に現れたのは、ボサボサ頭に瓶底眼鏡のひょろひょろの男爵だった。 彼が私を守ってくれるの? ※ヒーローは最初弱くてかっこ悪いですが、回を重ねるごとに強くかっこよくなっていきます。 ※ざまぁ有り、死ネタ有り ※他サイトにも投稿予定。 「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」

処理中です...