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リーゼの場合

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「そういえば、シリウス様は“漆黒の魔法使い”と呼ばれていますのね」

 突然ティナがそんなことをポツリと呟く。

「どこで聞いてきたんだ、そんなこと」

「先日訪ねてこられた小人さんがシリウス様のことをそう呼んでらしたのを思い出しましたの」

 シリウスの元には時々変わった客がやってくることがある。それはシリウスと同じくこの世界の理を動かす歯車のひとつの存在である者たちだ。
 確かに小人が来て、自分たちの住まう物語の相談を持ちかけられていた。

「なにか意味があるんですか?」

「……別に、僕が漆黒のように暗く冷たい残酷な魔法使いってことだろう」

 自分の呼び名などさして興味の無いシリウスは昔誰かに言われただろうセリフをそのままティナに伝えた。確かにティナに出会う前のシリウスは冷酷無慈悲でその界隈では有名だった。
 しかしそれを聞いてティナが憤慨する。

「シリウス様は冷たくなんかありませんわ! 誰よりも優しい魔法使い様なんですのよ?!」

「なんでティナが怒ってるのさ?」

「だって“漆黒の魔法使い”って名前もかっこいいですわって思ってましたのに、そんな意味があったなんてショックです!」

 ティナの灰色の瞳から大粒の涙が溢れた。









***










「リーゼ・ベネフィトリクス伯爵令嬢、もうお前の悪行にはうんざりだ!    今この時をもってお前との婚約を破棄する!」

 わたしの婚約者でもあるこの国の第二王子が国王との謁見の場に突如やって来てそう叫んだのだ。

 ぽかんとするわたしを見て正義は我に有り!といったような顔をする第二王子。その後ろにはひとりの少女が守られるようについてきている。

 あ、男爵令嬢だ。わたしは諸悪の根源であるその少女の姿に苦虫を噛み潰した気分になった。


 わたしはこの国の巫女だ。
 わたしには幼い頃から不思議な力があり、対象者の纏うオーラが見えていた。
 オーラとは人それぞれ色や形が違ってて、感情の起伏によって変化した。そのオーラを見ればその人の思惑や体調なんかもわかったりする。例えば悪どいことをやっている人のオーラはなんとも濁った色をしているし怒っている人は激しい炎の色だったり、病気や怪我の人はその原因箇所がモヤモヤしたオーラに包まれていたりするのだ。
 だからわたしはその力を使って犯罪者の嘘を暴いたり、原因不明の病の人たちを助ける手助けをしていた。その結果神殿より巫女の称号を貰い第二王子の婚約者にと抜擢されたのだ。
 神殿からの推薦もあったようだが、ゆうなれば貴重な人材だから国で保護して大切にしてねー!と言うことらしい。
 そんなこんなで第二王子の婚約者となって3年。今まで通り巫女として活躍していたのだが、数ヶ月前から変な噂が流れ始めた。

“リーゼは巫女のくせにとある女子生徒をいじめている”と。

 なんでも第二王子が仲良くしている男爵令嬢に嫉妬して巫女の権力を使って陰湿ないじめをしているのだそうだ。
 さらにはそのいじめた場所から時間帯に内容まで事細かに噂で流れた結果、わたしは極悪人だと言うことになった。

 わたしは目を細めて男爵令嬢に視線を向ける。

「シュナイダー様ぁ、またリーゼ様があたしを睨んでますぅ!」

 男爵令嬢がわぁわぁと騒ぐが、これは睨んでいるのではない。オーラを鑑定しているのだ。力を込めて視ることで隠されたオーラを視ることができる。ただあんまりやると頭痛がするので普段はこの能力はオフにしているのだが。
 それをわかっている国王が静かに口を開いた。

「どうだ?」

「ダメです、やはり視えません」

 そう、どんなに鑑定しようとしてもこの男爵令嬢のオーラを視ることができないのだ。ちなみに隣にいる第二王子はいろんな感情のオーラが入り交じっているが。
 わたしが鑑定出来ない。ということはわたしを上回る力でオーラが隠されている。と言うことだ。
 これでも神殿に認められた巫女。修行もした。それこそ神か魔王のような人智を越える力でないと完全に隠すことなど不可能なのだ。

「父上、聞いてください!    この女は巫女の地位と第二王子の婚約者であることを利用して学園の秩序を乱し、さらにはこんないたいけな少女に酷いことばかりする悪女なのです!    俺はリーゼとの婚約を破棄します!    この女を断罪し処罰するべきだと関係者や国民からたくさんの署名も集まっております!」

 第二王子が得意気にバサッと紙の束を見せてきた。お馬鹿で間抜けな第二王子にしては根回しがいいじゃないか。後ろで男爵令嬢がにやっと笑ったから黒幕はわかりきっているが。

 しかし証拠がない。
 もとより伯爵令嬢のわたしが第二王子の婚約者になったのだって巫女としての地位があったからで、それに不満を抱く貴族がいることも知っている。わたしの力で病の原因を視ても治療が間に合わなくて助けられなかった一部の人たちの親族から逆恨みも買っている。そんな不満がこの男爵令嬢が現れてから増幅され表立ってきた。

 原因はこの男爵令嬢だ。だがそれを立証できない。
 実家の伯爵家もさすがに第二王子には逆らえないし、神殿も自分たちが推薦した巫女が第二王子と問題を起こしていることに頭を悩ませていた。

 だからわたしは決断する。

「では、先ほど申し上げたとおりにわたしはこの国を出ていきます」

 そう、わたしはこの騒ぎの責任をとって国外追放されることにしたのだ。広がった悪評のせいでわたしのオーラを視る力はもはや人の心を盗み見る悪魔の力だと言われているし、このままでは実家やせっかく巫女の称号をくれた神殿にも迷惑がかかるだろう。
 もうこの国にわたしの味方はいない。今のところわたしの話を聞いてくれている国王だって、このままではいつ男爵令嬢の味方になるかわからない。
 オーラを鑑定できないからこそ、男爵令嬢からは危ない気配を感じるのだ。なによりこのままではよからぬことが起こると、悪い予感がする。

「あぁ、そうだな。    お前の罪状は巫女の地位を悪用し、国民の心を乱した罪だ……だか、しかしやはり」

 それまで冷静に話し合いをしていたはずの国王の手が急に震え出す。目は血走り、だんだんとわたしを見る目に憎悪が込められ出した。

「……やはり、いたいけな男爵令嬢を酷い目に合わせた巫女など、死刑にせねば民は納得しまい」

 わたしの悪い予感は的中した。
 もしかしてと思っていたけれど、やはりあの男爵令嬢が側にいると冷静な判断力が鈍り男爵令嬢を崇拝するようになってしまうのだ。

 国王が憎悪のオーラに包まれ腰の剣を抜いた。









 わたしは逃げた。普段から体力には自信があったし、元より謁見の後にすぐ国を出るつもりだったから身軽な服装だったのも幸いして国王の剣先がわたしに届く前に逃げ出せた。扉をくぐり抜けなんとか城の外へと出ることができた。だが、

 すでにわたしはたくさんの騎士に囲まれていた。
 みんな目が正気じゃない。濁ったオーラが固まって巨大な憎悪の塊に見えた。

「あはは!    やっとあの邪魔な女が死ぬわ!」

 少し離れた場所で男爵令嬢が笑っていた。第二王子はもはや威厳も何もなく男爵令嬢に崇拝の視線を向けているだけだ。
 まるで麻薬を与えられた中毒者のようだ。実際そうなのだろう、周りの人間の男爵令嬢を見る目は異常だった。

 せめて、あの男爵令嬢のオーラさえ見えれば。そう思って目に力を込めるがやはりなにも見えない。でも今さら見えたところで、わたしはここで殺されてしまうだろう……。

 わたしは上空に広がる雲ひとつない青空を見つめた。
 物語で言うならば、あの男爵令嬢が主人公と言ったところだろうか。ならばわたしはなんのためにこの力を授かり生まれたのか……。

 その時、ポツンと頬に水滴が落ちてきた。

 空は綺麗な青空なのに、わたしを中心に雨が降り注いできたのだ。
 その雨に濡れた人々は一瞬苦しんだかと思うと体から濁ったモヤが抜け出しスッキリとした顔つきに変わっていった。

「なんで巫女様に剣を向けているんだ?」

「確か巫女様が重罪を犯したと……え?    男爵令嬢なんかをいじめた罪だと?    まさかそんなことで」

 雨に濡れた人々はまるで憑き物が落ちたみたいに憎悪のオーラを消した。それはわたしの死ぬ所を見に来た国王や男爵令嬢と一緒に側までやって来ていた第二王子も同じで憎悪のオーラは正気に戻ったオーラに変わっていったのだ。
 騎士たちが次々に剣をおさめる姿に男爵令嬢がひきつった顔で叫んだ。

「なんで?!    なんでその女を殺さないのよぉ!このあたしがいじめられたのよ?!    せっかく魔女から薬をもらったのに!」

 “魔女の薬”。わたしはその言葉を聞き逃さなかった。
 わたしは確信する。きっとこの雨は悪い力を流し落とす“清らかな雨”に違いない。
 今ならと思い、わたしは目に力を込めて男爵令嬢のオーラを視た。

「これは……!」

 そのオーラはとても強く濁った悪のオーラ。まさに悪魔と契約でもしないと手に入らない魅了の力を持つオーラだった。
 だが悪魔との契約にはリスクが伴う。隠している力が暴かれ真実を突きつけられると効力を失い契約者はその反動を受けるのだ。これはわたしが巫女として修行していたからこそ知っていることである。

「あなたは魔女と契約して手にいれた魅了の力でみんなを洗脳していたのね!」

 その言葉を突きつけた途端、男爵令嬢が苦しみ出した。

「な、なんでぇ?!    だって、あんな巫女なんかに魔女の力を見抜ける訳ないって言ってたのに……!」

 悶え苦しんだ末、男爵令嬢は憐れな老婆のような姿へと変貌し、魅了の力は完全に消え失せたのだった。

 魔の存在と契約を交わすのは重罪だ。男爵令嬢はそのまま騎士たちの手によって捕まり生涯を牢獄で過ごすことになった。
 元に戻った国王や第二王子たちから謝罪されたが、結局わたしは第二王子と婚約破棄し巫女の称号も返還してこの国を出ることにした。
 男爵令嬢のせいで小さな不満が増幅されていたとはいえ、この国のわたしに対する負の部分を垣間見てしまった後ではどうしても今までと同じではいられなかったからだ。
 全てを許せないわたしには巫女の称号はふさわしくない。
 だからわたしは旅に出ることにした。国王がせめてもの償いにと旅の資金をくれたし、せっかくだからいろんな国を見に行こうと思う。

 ひとり道を進みながら考えていた。
 わたしの巫女としての力はまだ未熟で男爵令嬢の強すぎる負のオーラを鑑定することはできなかった。あの時、奇跡が起きて“清らかな雨”が降り注いだからこそ負の力が弱まり真実を視ることができたのだ。
 あのままではわたしは殺され、あの国は男爵令嬢の意のままに操られていたことだろう。あの雨のおかげで国は救われ、わたしは自由になれたのだ。
 わたしは神のもたらした奇跡に感謝し、今までで1番の祈りを天に捧げた。










***







 ポロポロと涙を溢れさせるティナの姿にシリウスは困惑する。
なぜティナが自分の二つ名の意味にそんなに悲しんでいるのか理解出来なかった。
 そしてティナの悲しむ姿を見ているとソワソワと落ち着かなくなってしまう自分にも驚いていた。

「そんなに泣くな……場所であまり感情を出すとどこかの物語に影響が出るかもしれないから、その……」

 違う、そうじゃない。そんなことが言いたいわけじゃない。いや、実際シリウスがいつも冷静な無表情で過ごしているのは激しい感情の起伏が見守るべき物語になんらかの影響を与える可能性があるからなのだが、それを管理するのは自分だしティナを責めたいわけではないのだ。

「も、申し訳ありません、シリウス様……。    私のせいでシリウス様のお仕事に影響があるかもしれないなんて……」

 案の定暗い顔でなんとか涙を堪えたティナは、シリウスの言葉に責任を感じたようである。

 涙は止まったがしょんぼりするティナの姿にシリウスは思わず抱き締めたくなり手を伸ばそうと……

「ありがとうございます、漆黒の魔法使い様!」

した瞬間、いつぞやの小人がひょっこり顔を出した。

「……なにしにきたんだ」

 自分のしようとした事を思い返し気まずくなるのを誤魔化すためにその小人を軽く睨むが小人はにこにこと上機嫌である。

「いえ、この間ご相談させていただいたばかりなのにさっそく解決していただいて、うちの物語の精霊たちは大喜びでございます!    まさかあんな解決方法があったとは!    さすが漆黒の魔法使い様でございます!」

 ご相談?そういえば、この小人はとある物語に住む精霊の代表で、その物語のヒロインが途中から魔女と契約したせいで物語の進み具合が酷いことになっていると言っていた気がする。
確か、悪役令嬢は断罪された後に心を入れ替えて巫女として王子の婚約者になったヒロインを支える物語だったはずだ。

「あのヒロインが魔女に唆されて、王子たちを魅了し悪役令嬢を殺そうとしたんです。    あの物語は悪役令嬢が心を入れ替えてその力を発揮してこそその力に支えられヒロインが幸せになるのに、悪役令嬢を殺されたら結局巫女がいなくなって物語が滅びますから」

 そう、物語の平和のためには心を入れ替えた悪役令嬢の存在が不可欠な珍しい物語だった。

「魔女の力をどうにかするための知恵を拝借したかったのですが、まさか全部解決してくださるとは!    しかもちゃんと悪役令嬢の巫女としての力も開花し無意識に世界の平和を祈ってくれております。    まぁヒロインは退場してしまいましたが、どうやら王子が悪役令嬢に心を奪われたと息巻いているので、このまま新しい物語が生まれるかもしれません」

「新しい物語が生まれるとなると、また世界が広がるかもな」

「我々精霊たちは、物語が平和ならよいのです。    それにしても漆黒の魔法使い様は変わられましたね。     噂に聞いていたのとはだいぶ違う……とてもお優しい顔つきになられました」

 小人のその言葉にしょんぼりしていたティナは顔をあげる。

「小人さん、シリウス様は冷たい方ではないですわよね?!」

「もちろんです。    漆黒の魔法使い様は漆黒を纏いながらもとてもお優しい魔法使い様ですよ」

 再びお礼をいい帰っていった小人を見送り、ティナは嬉しそうに微笑む。もうその瞳に涙はない。

「機嫌は治ったようだな」

「はい、シリウス様!    あ、でも私のせいでなにか物語に不都合が起きていたらどうしましょう……」

 シリウスは慌てるティナに手を伸ばし、その白い髪を優しく撫でた。

「シリウス様?」

「んー……たぶん大丈夫だろう。    たいしたことないさ」

そう、落ち着いて考えればティナの行動や感情で物語に影響が出るはずはない。それはシリウスがしたならば、という場合だけだ。ティナはちょっと特殊な存在だが、元はひとつの物語の悪役令嬢だった。物語の駒である悪役令嬢が、他の物語に影響を及ぼすなんてあるはずないのだから。

 シリウスは不穏な考えを思考の隅に追いやり、ティナが笑顔になったことに心底ホッとしていた。


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