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その2

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「やぁ、君のその耳……とても可愛らしいね。そんなは初めて見たよ。名前を聞いてもいいかな?」

 初めて足を踏み入れた王都で、白い毛並みをした男性に声をかけられた。別世界のように洗礼されな都会で初めて貴族……しかも高位貴族だろう身なりの男性に声をかけられてテンションがあがって受かれてしまったのは真実だ。だが、まさかそれが王太子だったなんてその時の私は夢にも思わなかったのである。その出会いが後に私の運命を狂わせるなんてこともーーーー。








 ***






 くんくんくん……。

 あぁ、なんだかいい匂いがする。これはお日様の匂いだ……。思わずその匂いを鼻から吸い込み、自身を包みこんでくれているに顔を埋めた。そのまま頬擦りをすると、少し硬いけど肌触りのよいそのがビクリと振動する。

 ……あれからどうしたんだっけ?と、わずかに覚醒してきた思考能力で記憶をさぐった。えーと……そうそう、あのクソッタレ王子のせいで母国を追い出されたのよね。こんなことなら学園になんか行かずに領地で畑仕事をしていればよかった。いや、学園に入学するのは貴族の子供の義務だからどのみち王都に行くしかなかったんだけどさ。いくら領民たちとほとんど変わらない暮らしをしていたとはいえ一応男爵家だったし。

 そんなことを考えていると意識がだんだんハッキリしてくる。ーーーーそうだ、私ったらせっかく亡命してきたのに空腹で倒れたんだった。まさか死んでないわよね?目を開けたら天国なんてこと……。

 そこまで考えて怖くなってきた。亡命なんてかっこいい言葉で濁しても所詮私は密入国してきた他国の犯罪者だ。獣人の国と人間の国はあまり交流がないと聞いている。あの時はいかにして獣人の国を抜け出すかばかりを考えていたが、もしこの国が獣人を蔑む国だったならば私の正体がバレたらどのみち牢獄行きなのではーーーー?!しかもこっそり密入国してきた獣人の娘が空腹で死亡してたなんてとんだスキャンダルだ。そんなことになったら、絶対に獣人の国へ連絡が行ってしまう。それこそ、国に残ってる両親に迷惑をかけてしまうかもしれないじゃないか!!




「ーーーーまだ、死ねないんだからぁ!!」




 そのまま一気に覚醒した私は、勢い良く起き上がった。同時にそれまで自分が匂いを嗅いだり頬擦りをしていたの正体を知ってしまったのだ。



「……やっと目覚めたか。気を失っているようなのに抱きついてきたと思ったらやたら力が強くて離せなかったがーーーー獣人なら納得だ」

「え」


 なんと私は、人間の国の誰かに抱きついていたらしいとその時初めて理解した。

「え、いや、え?」

 ほんのりパニクっているとその人がため息混じりに体を起こす。どうやら押し倒していたらしいとわかるとさらに嫌な汗が流れた。しかもさっそく獣人だとバレているようだ。あ、いつの間にかフードが取れてる?!やばいやばいやばい……!

 その人は起き上がった私の体を極力触れないように引き離すと、ひとつ息を吐きた。……だが、その表情は仮面のように無表情だ。失礼かもしれないがなんとなく怖いと思ってしまった。

「……覚えていないのか。たまたまここを通りかかったんだがその時に君が倒れたのを偶然見かけて、つい支えようと手を伸ばしたらなぜか抱きつかれてしまい、そのまま君は俺を押し倒したんだ。その後も腹の音がずっと鳴っていたが……もしかして空腹で倒れたのか」

「あ、えっと……はい。実は数日まともに食べて無くて……」

 思わず反射的に謝りながら頭を下げる。その間も腹の音は爆音で唸っていたがいまの状況を把握してしまい、血の気が引くサッと引いた気がした。

 私ったら、この人に馬乗り状態になってない?!しかも、はたから見たら押し倒して襲ってると思われても仕方ない状況なのだ。この人がどんな立場かは知らないが、この状況が彼にとってマイナスでしかないのはわかりきっている。なんでことだ、さすがにこんな初っ端から誰かに迷惑をかけるつもりなんかなかったのにーーーー!




「ご、ごめんなさい……!私は、あの、その……っ」

 慌ててその人の上から離れると、その人は無言のまま立ち上がる。座り込んだまま改めて見ると着ているものもすごく上等そうだし、腰には剣もぶら下げていた。つまりそれなりに権力のある立場なのだろう。そしてものすごく綺麗な顔をしている。無表情だけど。激昂されていきなり切りつけられるよりは全然いいのだけど、まるで精巧な人形のようで感情の欠片も読み取れない。青い瞳も綺麗だけど光の無いガラス玉をはめ込んだようだ。

「…………」

 ん?なんか、すっごく私を見てくる?!やっぱりこの人は高位貴族かなんかで、私のことを不審な獣人として捕まえようとしてるのでは?!

 さっきも思わず叫んだが、こんなところで死ぬわけにも捕まるわけにもいかないのだ。

「ご、ごめんなさいぃぃぃ!!」

「あっーーーー」

 そして私は、未だ鳴り続けるお腹を抑え最後の力を振り絞ると、その場から全力ダッシュで逃げ出したのだった。


 ふふふ!いくら強そうな人間でも獣人の全力には勝てまい!あ~っ、それにしてもお腹すいたよぉ!!







「……猫の獣人の娘、か」

 振り返ることもなくひたすらダッシュしていた私は知らなかったのだ。その時、無機質なガラス玉のようだったその瞳に光が差し込んでいたことに。










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