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最終話 

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    あの騒ぎから約2年。あれから無事に婚約者となったセレーネとハルベルトは、セレーネの学園の卒業を待って結婚式を挙げる予定である。今はその準備に追われて、忙しいながらも幸せを噛み締める日々を送っていた。








「お嬢様、お手紙が届いておりますよ」

「あら、ありがとうアンナ」

 その日、侍女のアンナから1通の手紙を受け取り中身を確認するとその内容に思わず笑みがこぼれました。

「どうやらヒルダ様がご結婚されるそうよ」

「あの元男爵令嬢ですか?もしやどこかの成金か貴族でしょうか」

「ふふっ、ハズレよ。なんと、一緒に仕事をしている翻訳家の方とですって。その方は平民で色々な国の逸話を翻訳して本にするために世界中を旅する事になったそうなのだけど、なんとヒルダ様が一緒に連れて行って欲しいと逆プロポーズなされたそうよ」

 アンナはかなり驚いたのか毒舌を披露することもなく「それは、すごいですね」と呟きました。

「今や人気作家となったヒルダ様なら貴族に戻ることも出来たでしょうけれど、それ以上のものを見つけられたみたいね」

 あれから倭国へ渡り本当に作家デビューなされたヒルダ様ですが、その物語はまるでその場にいるような臨場感があり惹き込まれる文章だと爆発的な人気になりました。特に最初に出した『悪役令嬢シリーズ』はすごかったですわ。

「知っております。確か、それまで悪女だと周りに言われていた悪役令嬢が白馬に乗って真の悪人をバッタバッタとなぎ倒し誘拐された王子を助け出す話でしたね。悪役令嬢に掌を返して愛を囁いてくる王子をあっさりフッてしまうのは素晴らしいと思いました」

「決め台詞がすごいのよね。王子に対して“顔だけの男に興味は無くてよ”だなんて、王族相手に実際に言ったら不敬だもの。やっぱり物語は現実には出来ないことを出来るのが面白いわ」

「しかもそのあとの、世直し旅編は世界を駆け巡ってスリル満載でございました」

 どうやらアンナは、思った以上にヒルダ様の作品のファンのようです。

「世界中を回られたら、また新しい物語を書くそうよ。今から楽しみね」

 新刊が出たら是非教えてもらおうと思います。それにしても『悪役令嬢シリーズ』にはモデルがいるそうなのですが、全然教えてくださらないのよね。私の知っている人なのかしら?

「ヒルダ様は大丈夫そうだけれど、こちらはどうしたものかしら……」

 私はここ最近の新たな悩みにため息をつきました。それは……オスカー殿下なのですわ。しばらくは大人しくなされていると思っていたのになにか騒ぎを起こすのはやっぱりあの方なのです。

 この2年間で、良いか悪いかはわかりませんがオスカー殿下は驚愕の変化を遂げられました。

 なんとオスカー殿下ったら、白昼堂々とユーキ様に求愛なさったのだそうですわ。ユーキ様は私の共同経営者とはいえ貴族ではなく平民です。まだ王族であるオスカー殿下が人目の多い中で平民に公開プロポーズしたなんて大騒ぎになるに決まっています。

 もちろんすぐに王城へ報告が行き、アレクシス殿下が頭を抱えていらしたそうですが。ハルベルト様は「あいつらしいですね」と笑うだけでオスカー殿下の暴走わがままを止めてはくださらないみたいです。ハルベルト様もやっぱり弟には甘いのかしら。

 それに、王族と平民の結婚は認められておりませんがオスカー殿下のお相手となると一概に反対はされないかもしれないから問題なのです。今やこの国にあんな騒動を起こしたオスカー殿下と婚姻を結びたい貴族はおりませんし、オスカー殿下を他所の国に婿へやるのはそれはそれで心配だとアレクシス殿下が悩んでおられましたもの。ユーキ様は平民とはいえ自立した女性ですし、私の共同経営者として身元もしっかりしております。王家からロックオンされる可能性はじゅうぶんありますわね。ですがユーキ様は全力で拒否なさってるので一応はオスカー殿下の暴走を止めようとしてくれているようですわ。

 ですが、あのオスカー殿下が反対されたくらいで止まるはずもありません。かなりしつこい残念アピールが続いているようですわ。

 しかも、毎回熱烈な公開プロポーズをなさるそうなのですが……私もユーキ様から愚痴を聞かされて言葉を失いましたわ。そのプロポーズのセリフってどうなんですか?マジですの?と思わず言葉が乱れたままユーキ様に聞いてしまいましたわ。ユーキ様には「ボクが知るわけ無いだろう」と叱られてしまいましたが。

 それにしても、そんなことを叫ばれて求婚を承諾する女性がどこにいるというのでしょうか。というか、それって求婚なんですか?どう聞いてもいかがわしい関係にしか聞こえませんわ。なんて残念な方なのでしょうか。

 ちなみにオスカー殿下とそういう関係なのか(念の為)確認しましたらユーキ様が腐った魚のような目をしながら「お嬢……友達辞めるぞ?」とまるで地獄の奥底から絞り出したような声を出されてしまいました。あんなに静かに怒り狂ってるユーキ様なんて初めて見ましたわ。怖かったです……。

 もちろん求婚はその度に一緒にいたフリージア様がオスカー殿下を防犯グッズで殴り倒してお断りされているそうなんですが、何日もそんな騒ぎが続くのでだんだん騒動を聞き付けた街の人達が面白半分で集まるようになってしまったらしくユーキ様はとても困ってらっしゃるのですわ。アレクシス殿下にしばらくオスカー殿下を城から出れないように地下牢に放り込んで欲しいとお願いはして了承を得たのでちょっとは落ち着くといいのですけれど。ちなみに簀巻にして両手足に重りをつけてもらうのも忘れていません。アレクシス殿下ならきっとその上から鎖で縛ってくれるはずですわ。

 そんな時、部屋の扉が慌ただしくノックされました。

「大変です、お嬢様!街の様子を見に行った者から報告が……!」

「えぇっ、なんですって?!」


 私は使用人の言葉に慌てました。

 なんと、いつものごとく公開プロポーズ中にそれを観戦しに集まった市民たちがお店の中にまでごった返しユーキ様たちは身動きがとれなくなったのだとか。そんな時にオスカー殿下がユーキ様に突進してきたのだそうですが、不思議なことにオスカー殿下が突進するギリギリのスペースだけ隙間が空いていていたのだそうです。摩訶不思議です。というか、簀巻で地下牢にいるはずなのにどうやって抜け出したのかしら……。なぜそんなに脱出能力ばかり特化していますの?

 そしてオスカー殿下を避けきれなかったユーキ様はぶつかられた衝撃で眼鏡が吹っ飛んでしまい、素顔をさらけ出してしまったそうで……。

 ご想像の通り、ユーキ様の素顔を目撃した女性たちから黄色い声が上がりユーキ様はもみくちゃにされてしまったのだそうです。

 下は3歳から上は107歳まで。幅広い年代の女性たちのハートを虜にしてしまい、それはもう大騒動になってしまったのだとか。……なんて悲惨な。

 もちろんお店どころではなくなってしまい、フリージア様がユーキ様は女性であると説明しても諦めたのは全体の3割程。さらには押し寄せた人たちのせいでフリージア様がケガをしてしまったそうなのですわ。

 その場にいたうちの使用人が衛兵を呼び、なんとかユーキ様とフリージア様を公爵家まで連れてきてくれたのです。

「ユーキ様、フリージア様!大丈夫ですか?」

「セレーネお嬢、ごめん。迷惑をかけるよ」

「うぅっ、お店がめちゃくちゃになっちゃいましたぁ~っ」

 フリージア様のケガは軽症でしたが、おふたりの実の安全を考えてしばらくは公爵家で過ごしていただくことになりました。

 翌日、商会の様子を見に行ってくれた使用人からの報告ではオスカー殿下がまたもやうろちょろしていたらしいですけれど……衛兵に連行されて怒ったアレクシス殿下に首から下を生き埋めにされたはずですのに、なぜうろちょろしてますの?


 それから一週間ほどした頃でした。

「セレーネお嬢、ちょっといいかい?」

「ユーキ様。どうしました?」

 部屋にやって来たユーキ様は分厚い眼鏡を指で押し上げながら「ボク、旅にでることにしたよ」とおっしゃったのです。

「旅へ?」

「ああ、そうだよ。あんな騒ぎを起こしたんじゃもう街にはいられないからね。の事もあるが、なによりもボクは静かに暮らしたいんだ。だから事業の方はボクは手を引かせてもらうよ」

「あら、それならあの商会はユーキ様に差し上げますわ。旅に出るにしても旅先で資金はどうなさるおつもり?それならば旅をしながら便利グッズを売る商売をなさればいいんですわ」

「いいのかい?それならフリージアも喜ぶから助かるけど……」

「では馬車を用意いたしましょうか?」

「いや、それには及ばないよ。ついに例の物が完成したんだ。……“キャンピングカー”がね!」

「……きゃんぴんぐかぁ?それはなんですの?」

「簡単に言うと移動式の小さな家さ。馬や燃料が無くても走るようにするのに時間がかかったけどこれならどこにでもすぐ行けるんだよ」

 それはまた画期的な物をお作りになったようですわ。ユーキ様の開発能力は凄まじいですわね。

「希少な材料をふんだんに使ったから量産は無理だけどね。ボクとフリージアの二人旅なら問題ないよ。旅のついでに実験データもとれるしね」

 ニヤリと笑ったユーキ様は久々に楽しそうな顔をされていましたわ。最近はオスカー殿下のせいでげっそりなされてましたから、元気になられて良かったですわ。


「どうか、お気を付けて……」

 こうしてユーキ様とフリージア様はその日の夜にきゃんぴんぐかぁなる乗り物でこっそりと旅立たれることになりました。

 別れは悲しいですが、ユーキ様ならどこに行っても大丈夫でしょう。フリージア様も「ユーキ様と新婚旅行……ぐふふ」となんとも言えない顔で幸せそうに呟かれていたので、オスカー殿下に付きまとっていた頃より楽しそうなので安心しましたわ。というかもう別人ですわね。フリージア様はすっかりユーキ様に馴染んでおられましたわ。





 数日後、シラユキ様とお茶をしながらユーキ様のことを話していました。シラユキ様はアレクシス殿下と結婚されて今は王太子妃になられたのですわ。アレクシス殿下の仕事をサポートして立派にお役目をこなしておられます。もういつ王位を継がれても大丈夫だと思いますわ。

 するとシラユキ様が「まるで〈ルドルフの冒険〉みたいですわね」とおっしゃられました。確か、ルドルフと言う名の旅人が各国を旅しながら色々な出会いを果たし困難に立ち向かっていく物語でしたわね。

「そのルドルフは、長い年月の中でたったひとりの相棒となる少女と出会いさらに旅を続けるのですわ。ルドルフとこの少女の掛け合いがとてもおもしろいのですのよ」

「ふふっ、なんだかユーキ様とフリージア様みたいですわ」

「少女の描写はセレーネ様にそっくりなんですけれど……確かにそう言われるとあのおふたりのようでもありますわね」

 ちなみにオスカー殿下があれからどうなったかと言いますと……ユーキ様が旅立たれたのに気がついたらしく追いかけて行ってしまわれましたわ。アレクシス殿下からユーキ様のことは諦めるように説得はされていたようですが……。

 なんとオスカー殿下はユーキ様に本気なようで「俺にはあのおっぱいしかいないんだーっ!」と叫ばれながら本当に走っていったそうです。

 ユーキ様はオスカー殿下みたいな方を「むっつりスケベ」とか「おっぱい星人」と言う名の変態だとおっしゃっていましたが……ユーキ様、本当にいかがわしい関係とかなかったんですよね?フリージア様も「わたしの命に代えてもユーキ様の貞操は守ってみせます!」と言って下さいましたし大丈夫だとは思いますが……ユーキ様ファイト!ですわ。

「ところでセレーネ様、結婚式の準備は進んでおられますか?」

「はい、実は先日ドレスが縫い上がったんです!良ければシラユキ様にも見ていただこうかと思いましてあちらに飾ってありますのよ」

「あら、愛しの婚約者様より先にわたくしが拝見してもよろしいの?」

 クスクスと笑いながらシラユキ様がからかってくるので、思わず顔が赤くなってしまいました。

「ハルベルト様には当日に完璧な姿でお見せしたいですし……もう、シラユキ様ったらいじわるですわ!」

「ごめんなさい、セレーネ様の反応が可愛くてつい。ふふっ、素敵なドレスですわね。ーーーーそれにしても……ドレスには銀色の刺繍、アクセサリーには濃いアクアブルーの宝石をふんだんにあしらうなんて誰に向かって牽制しているつもりなのかしら?」

「え?なにかおっしゃいましたか?」

 ドレスを見たシラユキ様が小声でなにか呟かれたように思いましたがよく聞こえなかったので首を傾げると、シラユキ様は「……このドレスを身に纏ったセレーネ様はきっと女神のように美しいでしょうねって言ったんですわ。これならもう悪い虫も寄ってこないのではないかしら」と笑いました。

「悪い虫?」

 もしかしてハルベルト様がデザインしてくれたこのドレスと装飾品……虫除け効果があるのでしょうか?でも確かに、式の最中に虫が寄ってきたら邪魔ですし雰囲気も台無しですものね。

「なるほど……さすがはハルベルト様!そこまで考えてくれてましたのね!」

「そうですわね(セレーネ様を懸想するを含めてその他諸々に盛大な牽制をする気満々)でなければこんなデザインにはしないですわよ」


 実は、オスカーとの婚約が破棄されたと知れ渡ると公爵家への婿入りを狙う貴族の次男や三男や、実はセレーネに想いを寄せていた男たちが砂糖に集る蟻のように出てきていたのだ。それをハルベルトがそのままにするはずがなく……そのせいでセレーネの残りの学園生活は思ってた以上に静かになったのだがその理由をセレーネが知ることはなかった。



 こうして無事に結婚式を迎えたセレーネとハルベルトは永遠の愛を誓い、に末長く幸せに暮らしたのだった。


 それから旅に出た友人とそれを追いかけた元婚約者がひと騒動起こしたそうなのだが……それはまた別の話。






終わり
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