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18。 新たな目覚め(オスカー視点)
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ラース国の第三王子であるオスカーはセレーネと婚約を破棄してからずっと考えていた。
3歳の頃から一緒にいた婚約者。好きで好きで、大好きで、ずっと一緒にいて欲しかった。彼女が一瞬でも他を見ないようにと自分だけを見ていてくれるようにと躍起になっていたが、その全てが裏目に出ていた事に気付いた時にはすでに遅かったのだ。
セレーネは俺と結婚するくらいならキズモノだと言われた方がマシだと言い放ったのだ。それくらいに嫌われていたのだという事実が重く心にのしかかる。
あの時セレーネに打たれた頬に痛みはなかったが、心が痛くなった気がした。
どんなにわめいても暴れても彼女が戻ってくることはなく、セレーネを陥れたあいつらはセレーネの計らいにより釈放されたのに俺だけが許されなかったのだ。そう思うと深いため息が出た。どうすれば良かったのだろうと。
学園を退学した俺は、あれから毎日のようにアレクシス兄上にみっちり再教育と言う名のお仕置きをされている。しかもハルベルト兄上が王族をやめてしまったらしい。もしかしてそれも俺のせいなのだろうか?ハルベルト兄上はいつも俺に「婚約者を困らせてはいけない」と厳しかったが、セレーネに愛されている可愛い俺が羨ましいんだと思ってまともに話を聞いたことがなかった。もしかしたらハルベルト兄上も俺に愛想を尽かしたのかもしれない。
そんな俺を見かねてアレクシス兄上がやれやれと言わんばかりにこう言った。
「大切なことは口に出さないと伝わらないぞ。特にお前のような人間の気持ちはな」と。
よくわからなかったけど、俺は思い込みが激しくて突っ走りやすいからまずは言葉に出したほうがいい……ということらしい。
今日もアレクシス兄上によってメンタルをズタボロにされ俺は午前中で手を上げてこっそり城を抜け出した。元々勉強は苦手なのに、さらに詰め込まれても頭に入るわけがないのだ。せめてセレーネが教えてくれたら……とは思ったが、そのセレーネはもう俺とは会ってくれないだろう。公爵家に近づくのも禁止されてるし、なぜかセレーネの犬にも接近禁止を命じられた。……なんで犬?というか、あんなでっかい犬には興味はない。“星の子”だがなんだか知らないが、セレーネが犬を可愛がる度にどれだけ嫉妬したことか。
そんな事を考えていたらむしゃくしゃしてきたので、街に行って気分を変えようと思った。しかし街にも俺の噂は広がっているはずだ。人の視線やなにかしゃべっている姿が全部自分の悪口を言われているような気になって、俺は森の方へと全力疾走したのだった。
が、
「うわぁっ?!」
俺はなぜか、巨大な網に引っ掛かって宙吊りになっていた。
確か俺は森の中を脇目も降らずに走っていたはずなのになにかに足がぶつかったと思った途端、網に全身を包まれびよんびよんと揺れる木の枝の先に網ごとぶら下がってしまったのだ。
「やりましたよ、ユーキ様!見事大物がつかまっ……あれ?シシイーノじゃないみたいですよ?」
「なんだって?それじゃシシイーノ鍋が出来ないじゃないか」
下の方から声が聞こえたのでそちらに顔を向けると、人影がふたつ。
ボサボサの黒髪に分厚い眼鏡をして白衣を着た長身の……男?と、なんとなく見たことがあるような女がいた。……そうだ、あの赤い髪色はセレーネをいじめてたって言う違う国の女だ!確か平民になって心を入れ替えたらしいって聞いたけど、なぜこんなところに?
「……これは人間だな。さすがにボクは人間を食う趣味は無いし、どうしようか。――――逃げとく?」
「逃げちゃダメですよ、ユーキ様!よく見て下さい、あれってオスカー様ですよ!」
「オスカー?って誰?ボクは興味の無いことは覚えない主義なんだ「この国の第三王子ですよ!いいかげん覚えてください!」……あぁ、例の馬鹿王子か」
すると長身のボサボサ頭が「しょーがないな」と小さな光る物を構えたと思うと俺に向かってそれを勢い良く投げてきたのだ。それは小さなナイフで、なんと俺が包まれている網ごとそのナイフで切り落とした。
「え?え?え?……うぎゃあぁぁぁぁ?!」
「フリージア、頼んだよー」「はぁい!」
そのまま落下した俺はさすがに命の危険を感じきつく目をつむったが落下の衝撃はなく、ぼよんっとした軟らかい物に包まれていた。
「成功です、ユーキ様!」
「さすがボクだね!この切れ味抜群小型投げナイフの〈なんでも切れる君〉と、どんな落下物も優しく衝撃を吸収する〈なんでも包む君〉。この〈なんでもシリーズ〉はきっと売れるよ~!」
「あ、でもユーキ様……この〈なんでもシリーズ〉、1回使ったら壊れちゃってますよ。ナイフの根本がポッキリと折れてます」
「あれま。耐久性に問題ありかー。せっかく防犯グッズ以外の商品開発も進めてたのになー」
「〈なんでも包む君〉はプリンを元にしたせいでは?」
「何を言っているんだ。プリンに包まれるなんて人類の夢だろう?」
よくわからない会話を聞きながら呆然としていると、突然目の前にボサボサ頭がにょきっと顔を出した。
「ちょっとそこの役立たずの王子サマ?ボクたちシシイーノを捕まえたいんだよね。生きてるなら邪魔だからとっとと帰ってくんない?」
なんだか馬鹿にされたような言い方にカチンときて言い返そうと口を開いたが、別の場所が先にわめきちらしてしまった。
ぐ~きゅるるるるるるるる!!
「……」
そういえば、昼ご飯を食べずに城を抜け出してきたんだった。と、空腹に気づいた途端それは一気に激しくなり、俺はそのまま目を回し倒れたのだった。
くんくんくん……。美味しそうな匂いにつられ俺は目を覚ました。
うっすら目を開ければぼんやりと見知らぬ天井が見えて、出汁の匂いがする柔らかい湯気が顔を包む。
「おー、完成したぞ~」
「美味しそうですね、ユーキ様!」
さっきのボサボサ頭と違う国の女がなにやらはしゃいでいるのが見えた。そしてなんとも食欲をそそる美味しそうな匂い。その匂いに思わずごくりと唾を飲み込んだ。……これはなんだろう。
「シシイーノが手に入らなかったからな。今日はフリージアが市場で安く買ってきてくれた魚のアラでアラ汁を作ってみたぞ」
「ユーキ様がお作りになる料理はいつも変わった味ですけど、美味しいですよね!」
「ふふん、そうだろう。もっとボクを崇め奉りたまえ。顆粒出汁を作るのにどれだけ苦労したか……あ、王子が起きてるじゃないか」
「あら、本当ですね。どうしましょう、衛兵に通報いたしますか?」
「セレーネお嬢には伝えてないの?」
「この方はセレーネ様の前の婚約者ですよ?さすがにちょっと……」
「うーん、お嬢を困らせるのもあれか。……まぁいいや、とりあえずご飯にしよう。なんだっけ……スッカラカン王子?アラ汁食べるかい?腹が減ったくらいで倒れるなんて軟弱なやつだな」
「ユーキ様、オスカー様ですよ」
「なんでもいいよ、めんどくさい」
反論をする間もなくけたたましく繰り広げられるふたりの会話に目をぱちくりしながらもぼーっと聞いていると、目の前になにか汁物を差し出される。
「ほら、食いな」
魚?のような物が浮いている汁物だったが良い匂いと空腹に耐えかねて思わずひと口啜ると……めちゃくちゃ美味しかった。
「美味しいだろう?」
ボサボサ頭がニヤリと笑ってこちらをみたが、なぜか少しだけドキっとしてしまったんだ。
なんなんだろう、こいつは。俺のことを王子だとわかっているのにこんな態度をとってくるなんて。しかもセレーネの事も知っているようなのに蔑んだ目で見てくるわけでもないなんて。
ただ、めんどくさそうな態度なのに食料だろう汁物を差し出してくれたのだ。
「うん、美味い……」
初めて食べたその味は、体中に染み渡る気がした。そんな味だったんだ。その時、ボサボサ頭がさっきのニヤリとは違う顔で「んふふっ、だろ?」って微笑んだ。なぜかわからないが、その時その笑みを“綺麗だ”と思ってしまった。
それから、そのボサボサ頭から目が離せなくなった。
この汁物を食べてあの変な女とはしゃいで、デザートだと言ってなにやら黄色いプルプルしたものを俺の口に突っ込んできた。それは甘くて滑らかで、これも初めて食べたものだった。
「ふっふっふっ、この王子の反応を見たまえ!これぞメシテロだ!」
ボサボサ頭が叫んだ言葉にハッとする。テ、テロ?!テロって、確かアレクシス兄上が国を守るために気をつけなきゃいけないなんとかだって言っていたあれだろ!?そう、なんか国家反逆的なんとかってやつだ!そんな気がする!
「お前……まさかテロリストなのか!」
俺は思わずボサボサ頭に飛びかかった。この国に反する奴は捕らえなくてはいけない。アレクシス兄上のスパルタ教育でそう教えられたんだ!それが国を守る者の使命なのだと!
「えっ、ちょっ……」
「あ!あぶな……!」
どさっ!ばっしゃああぁぁぁん!!
俺がボサボサ頭を押し倒した瞬間、天井からなぜか大量の水が降ってきた。
「……?!」
突然の雨……部屋の中なのに?と混乱しながら視線を下に向けると、そこには押し倒した衝撃で眼鏡がはずれたボサボサ頭が倒れていた。しかもボサボサだった髪はさっきの大量の水をかぶったせいかかシットリと濡れている。その素顔を見てとんでもなく美しい男だと思った瞬間、両手に柔らかい感触を感じた。
ふにっ。ぷにぷにぷに……
「……おい、変態王子。婦女子の胸を鷲掴みにして揉みしごくとは良い度胸だな」
「お、男なのにおっぱいがついて「女だ愚か者!」へぶぅっ!?」
顔面を頭突きされ後ろに吹っ飛ばされた。痛みはそんなにないが、びっくりして油断してしまったみたいだ。
「ユーキ様、大丈夫ですか?!なぜか突然不思議なことに〈火の元消します君〉が誤作動したみたいです!……ああ!ユーキ様が水も滴っていつもより3割増しにぃ!」
「ちっ!まさかボクがこんな強制テンプレのラッキースケベに巻き込まれるとは……ちょっとフリージア、わけのわからない事叫んでないで眼鏡探してよ。あぁ、服がびしょびしょだ」
「ユーキ様、まだ白衣脱いじゃダメです!シャツが透けて丸見え……ってユーキ様下着つけてないじゃないですか?!」
「ボクはノーブラ主義なんだ。くそ、なんも見えん」
そんな言葉が耳に届き、情けないことに男の本能なのか反射的に見てしまった。
ボサボサ頭が髪をかきあげると、まるで美の彫刻のような顔が水が滴っているせいかやけに艶っぽく感じた。さらに水に濡れた白いシャツがうっすら肌色に透けていて、白衣からさらけ出された大きくはないがそれなりに主張しているふたつの山のてっぺんに俺の目は釘付けになってしまったのだ。
「こぉんの、ド変態ぃ~っ!!」
オスカーの視線にいち速く気付いたフリージアにアラ汁の入った鍋で殴られて気絶する瞬間まで、オスカーはユーキ(の胸)から目が離せなかったのだった。
その後。オスカーは気絶したまま路上に放り出されてしまいパトロール中の衛兵に発見されて城まで連行されるのだが、それからしばらくは心ここにあらずな状態でアレクシスを困らせたとか。
初恋を拗らせて3歳の時からセレーネひとすじなオスカーだったが、セレーネ以外の異性に始めて興味を持った瞬間だった。
それからユーキの事が気になるようになったオスカーがちょくちょくと城を抜け出しては街にやって来るようになるのだが、あれほど気にしていた周りの視線を全く気にしなくなっていた。そしてユーキのいる商会に猪突猛進まっしぐらで突進してくるようになったのである。セレーネと婚約破棄してからはずっと落ち込んでいたのが嘘のように明るくなり毎日が楽しそうだったのだがひとつ問題が起きた。
「ユーキ!お前は俺の初めてのおっぱいなんだ!だから結婚してくれーっ!」
なにかを決意したかのようなオスカーからのとんでもない公開プロポーズが始まったのである。ユーキにとっては迷惑以外のなにものでもないのだが。
そして、その度にフリージアが試作品で追い払う攻防戦が続いていた。そのおかげなのかはわからないがたくさん実験データがとれたので新商品は良い出来だったらしい。しかし、オスカーに付きまとわれてユーキが辟易としていたのは言うまでもないだろう。だが奴は本気だ。一点の曇の無い瞳が逆に鬱陶しい。
「ユーキ様の貞操はわたしが守りますからぁ!!」
「……フリージアは、もはや元王女の面影が欠片もないね」
今日も来るだろうオスカーに対策するために罠を仕掛けるが、毎回突破されてしまうのでユーキは頭を悩ませるのであった。
オスカーがユーキを口説ける日がくるのかは誰にもわからなかったが、テンプレを強制的に引き起こすオスカーがすぐまたなにかやらかすのは確実だと思われた。
3歳の頃から一緒にいた婚約者。好きで好きで、大好きで、ずっと一緒にいて欲しかった。彼女が一瞬でも他を見ないようにと自分だけを見ていてくれるようにと躍起になっていたが、その全てが裏目に出ていた事に気付いた時にはすでに遅かったのだ。
セレーネは俺と結婚するくらいならキズモノだと言われた方がマシだと言い放ったのだ。それくらいに嫌われていたのだという事実が重く心にのしかかる。
あの時セレーネに打たれた頬に痛みはなかったが、心が痛くなった気がした。
どんなにわめいても暴れても彼女が戻ってくることはなく、セレーネを陥れたあいつらはセレーネの計らいにより釈放されたのに俺だけが許されなかったのだ。そう思うと深いため息が出た。どうすれば良かったのだろうと。
学園を退学した俺は、あれから毎日のようにアレクシス兄上にみっちり再教育と言う名のお仕置きをされている。しかもハルベルト兄上が王族をやめてしまったらしい。もしかしてそれも俺のせいなのだろうか?ハルベルト兄上はいつも俺に「婚約者を困らせてはいけない」と厳しかったが、セレーネに愛されている可愛い俺が羨ましいんだと思ってまともに話を聞いたことがなかった。もしかしたらハルベルト兄上も俺に愛想を尽かしたのかもしれない。
そんな俺を見かねてアレクシス兄上がやれやれと言わんばかりにこう言った。
「大切なことは口に出さないと伝わらないぞ。特にお前のような人間の気持ちはな」と。
よくわからなかったけど、俺は思い込みが激しくて突っ走りやすいからまずは言葉に出したほうがいい……ということらしい。
今日もアレクシス兄上によってメンタルをズタボロにされ俺は午前中で手を上げてこっそり城を抜け出した。元々勉強は苦手なのに、さらに詰め込まれても頭に入るわけがないのだ。せめてセレーネが教えてくれたら……とは思ったが、そのセレーネはもう俺とは会ってくれないだろう。公爵家に近づくのも禁止されてるし、なぜかセレーネの犬にも接近禁止を命じられた。……なんで犬?というか、あんなでっかい犬には興味はない。“星の子”だがなんだか知らないが、セレーネが犬を可愛がる度にどれだけ嫉妬したことか。
そんな事を考えていたらむしゃくしゃしてきたので、街に行って気分を変えようと思った。しかし街にも俺の噂は広がっているはずだ。人の視線やなにかしゃべっている姿が全部自分の悪口を言われているような気になって、俺は森の方へと全力疾走したのだった。
が、
「うわぁっ?!」
俺はなぜか、巨大な網に引っ掛かって宙吊りになっていた。
確か俺は森の中を脇目も降らずに走っていたはずなのになにかに足がぶつかったと思った途端、網に全身を包まれびよんびよんと揺れる木の枝の先に網ごとぶら下がってしまったのだ。
「やりましたよ、ユーキ様!見事大物がつかまっ……あれ?シシイーノじゃないみたいですよ?」
「なんだって?それじゃシシイーノ鍋が出来ないじゃないか」
下の方から声が聞こえたのでそちらに顔を向けると、人影がふたつ。
ボサボサの黒髪に分厚い眼鏡をして白衣を着た長身の……男?と、なんとなく見たことがあるような女がいた。……そうだ、あの赤い髪色はセレーネをいじめてたって言う違う国の女だ!確か平民になって心を入れ替えたらしいって聞いたけど、なぜこんなところに?
「……これは人間だな。さすがにボクは人間を食う趣味は無いし、どうしようか。――――逃げとく?」
「逃げちゃダメですよ、ユーキ様!よく見て下さい、あれってオスカー様ですよ!」
「オスカー?って誰?ボクは興味の無いことは覚えない主義なんだ「この国の第三王子ですよ!いいかげん覚えてください!」……あぁ、例の馬鹿王子か」
すると長身のボサボサ頭が「しょーがないな」と小さな光る物を構えたと思うと俺に向かってそれを勢い良く投げてきたのだ。それは小さなナイフで、なんと俺が包まれている網ごとそのナイフで切り落とした。
「え?え?え?……うぎゃあぁぁぁぁ?!」
「フリージア、頼んだよー」「はぁい!」
そのまま落下した俺はさすがに命の危険を感じきつく目をつむったが落下の衝撃はなく、ぼよんっとした軟らかい物に包まれていた。
「成功です、ユーキ様!」
「さすがボクだね!この切れ味抜群小型投げナイフの〈なんでも切れる君〉と、どんな落下物も優しく衝撃を吸収する〈なんでも包む君〉。この〈なんでもシリーズ〉はきっと売れるよ~!」
「あ、でもユーキ様……この〈なんでもシリーズ〉、1回使ったら壊れちゃってますよ。ナイフの根本がポッキリと折れてます」
「あれま。耐久性に問題ありかー。せっかく防犯グッズ以外の商品開発も進めてたのになー」
「〈なんでも包む君〉はプリンを元にしたせいでは?」
「何を言っているんだ。プリンに包まれるなんて人類の夢だろう?」
よくわからない会話を聞きながら呆然としていると、突然目の前にボサボサ頭がにょきっと顔を出した。
「ちょっとそこの役立たずの王子サマ?ボクたちシシイーノを捕まえたいんだよね。生きてるなら邪魔だからとっとと帰ってくんない?」
なんだか馬鹿にされたような言い方にカチンときて言い返そうと口を開いたが、別の場所が先にわめきちらしてしまった。
ぐ~きゅるるるるるるるる!!
「……」
そういえば、昼ご飯を食べずに城を抜け出してきたんだった。と、空腹に気づいた途端それは一気に激しくなり、俺はそのまま目を回し倒れたのだった。
くんくんくん……。美味しそうな匂いにつられ俺は目を覚ました。
うっすら目を開ければぼんやりと見知らぬ天井が見えて、出汁の匂いがする柔らかい湯気が顔を包む。
「おー、完成したぞ~」
「美味しそうですね、ユーキ様!」
さっきのボサボサ頭と違う国の女がなにやらはしゃいでいるのが見えた。そしてなんとも食欲をそそる美味しそうな匂い。その匂いに思わずごくりと唾を飲み込んだ。……これはなんだろう。
「シシイーノが手に入らなかったからな。今日はフリージアが市場で安く買ってきてくれた魚のアラでアラ汁を作ってみたぞ」
「ユーキ様がお作りになる料理はいつも変わった味ですけど、美味しいですよね!」
「ふふん、そうだろう。もっとボクを崇め奉りたまえ。顆粒出汁を作るのにどれだけ苦労したか……あ、王子が起きてるじゃないか」
「あら、本当ですね。どうしましょう、衛兵に通報いたしますか?」
「セレーネお嬢には伝えてないの?」
「この方はセレーネ様の前の婚約者ですよ?さすがにちょっと……」
「うーん、お嬢を困らせるのもあれか。……まぁいいや、とりあえずご飯にしよう。なんだっけ……スッカラカン王子?アラ汁食べるかい?腹が減ったくらいで倒れるなんて軟弱なやつだな」
「ユーキ様、オスカー様ですよ」
「なんでもいいよ、めんどくさい」
反論をする間もなくけたたましく繰り広げられるふたりの会話に目をぱちくりしながらもぼーっと聞いていると、目の前になにか汁物を差し出される。
「ほら、食いな」
魚?のような物が浮いている汁物だったが良い匂いと空腹に耐えかねて思わずひと口啜ると……めちゃくちゃ美味しかった。
「美味しいだろう?」
ボサボサ頭がニヤリと笑ってこちらをみたが、なぜか少しだけドキっとしてしまったんだ。
なんなんだろう、こいつは。俺のことを王子だとわかっているのにこんな態度をとってくるなんて。しかもセレーネの事も知っているようなのに蔑んだ目で見てくるわけでもないなんて。
ただ、めんどくさそうな態度なのに食料だろう汁物を差し出してくれたのだ。
「うん、美味い……」
初めて食べたその味は、体中に染み渡る気がした。そんな味だったんだ。その時、ボサボサ頭がさっきのニヤリとは違う顔で「んふふっ、だろ?」って微笑んだ。なぜかわからないが、その時その笑みを“綺麗だ”と思ってしまった。
それから、そのボサボサ頭から目が離せなくなった。
この汁物を食べてあの変な女とはしゃいで、デザートだと言ってなにやら黄色いプルプルしたものを俺の口に突っ込んできた。それは甘くて滑らかで、これも初めて食べたものだった。
「ふっふっふっ、この王子の反応を見たまえ!これぞメシテロだ!」
ボサボサ頭が叫んだ言葉にハッとする。テ、テロ?!テロって、確かアレクシス兄上が国を守るために気をつけなきゃいけないなんとかだって言っていたあれだろ!?そう、なんか国家反逆的なんとかってやつだ!そんな気がする!
「お前……まさかテロリストなのか!」
俺は思わずボサボサ頭に飛びかかった。この国に反する奴は捕らえなくてはいけない。アレクシス兄上のスパルタ教育でそう教えられたんだ!それが国を守る者の使命なのだと!
「えっ、ちょっ……」
「あ!あぶな……!」
どさっ!ばっしゃああぁぁぁん!!
俺がボサボサ頭を押し倒した瞬間、天井からなぜか大量の水が降ってきた。
「……?!」
突然の雨……部屋の中なのに?と混乱しながら視線を下に向けると、そこには押し倒した衝撃で眼鏡がはずれたボサボサ頭が倒れていた。しかもボサボサだった髪はさっきの大量の水をかぶったせいかかシットリと濡れている。その素顔を見てとんでもなく美しい男だと思った瞬間、両手に柔らかい感触を感じた。
ふにっ。ぷにぷにぷに……
「……おい、変態王子。婦女子の胸を鷲掴みにして揉みしごくとは良い度胸だな」
「お、男なのにおっぱいがついて「女だ愚か者!」へぶぅっ!?」
顔面を頭突きされ後ろに吹っ飛ばされた。痛みはそんなにないが、びっくりして油断してしまったみたいだ。
「ユーキ様、大丈夫ですか?!なぜか突然不思議なことに〈火の元消します君〉が誤作動したみたいです!……ああ!ユーキ様が水も滴っていつもより3割増しにぃ!」
「ちっ!まさかボクがこんな強制テンプレのラッキースケベに巻き込まれるとは……ちょっとフリージア、わけのわからない事叫んでないで眼鏡探してよ。あぁ、服がびしょびしょだ」
「ユーキ様、まだ白衣脱いじゃダメです!シャツが透けて丸見え……ってユーキ様下着つけてないじゃないですか?!」
「ボクはノーブラ主義なんだ。くそ、なんも見えん」
そんな言葉が耳に届き、情けないことに男の本能なのか反射的に見てしまった。
ボサボサ頭が髪をかきあげると、まるで美の彫刻のような顔が水が滴っているせいかやけに艶っぽく感じた。さらに水に濡れた白いシャツがうっすら肌色に透けていて、白衣からさらけ出された大きくはないがそれなりに主張しているふたつの山のてっぺんに俺の目は釘付けになってしまったのだ。
「こぉんの、ド変態ぃ~っ!!」
オスカーの視線にいち速く気付いたフリージアにアラ汁の入った鍋で殴られて気絶する瞬間まで、オスカーはユーキ(の胸)から目が離せなかったのだった。
その後。オスカーは気絶したまま路上に放り出されてしまいパトロール中の衛兵に発見されて城まで連行されるのだが、それからしばらくは心ここにあらずな状態でアレクシスを困らせたとか。
初恋を拗らせて3歳の時からセレーネひとすじなオスカーだったが、セレーネ以外の異性に始めて興味を持った瞬間だった。
それからユーキの事が気になるようになったオスカーがちょくちょくと城を抜け出しては街にやって来るようになるのだが、あれほど気にしていた周りの視線を全く気にしなくなっていた。そしてユーキのいる商会に猪突猛進まっしぐらで突進してくるようになったのである。セレーネと婚約破棄してからはずっと落ち込んでいたのが嘘のように明るくなり毎日が楽しそうだったのだがひとつ問題が起きた。
「ユーキ!お前は俺の初めてのおっぱいなんだ!だから結婚してくれーっ!」
なにかを決意したかのようなオスカーからのとんでもない公開プロポーズが始まったのである。ユーキにとっては迷惑以外のなにものでもないのだが。
そして、その度にフリージアが試作品で追い払う攻防戦が続いていた。そのおかげなのかはわからないがたくさん実験データがとれたので新商品は良い出来だったらしい。しかし、オスカーに付きまとわれてユーキが辟易としていたのは言うまでもないだろう。だが奴は本気だ。一点の曇の無い瞳が逆に鬱陶しい。
「ユーキ様の貞操はわたしが守りますからぁ!!」
「……フリージアは、もはや元王女の面影が欠片もないね」
今日も来るだろうオスカーに対策するために罠を仕掛けるが、毎回突破されてしまうのでユーキは頭を悩ませるのであった。
オスカーがユーキを口説ける日がくるのかは誰にもわからなかったが、テンプレを強制的に引き起こすオスカーがすぐまたなにかやらかすのは確実だと思われた。
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