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第4章 呪われた王子の章

〈42〉襲撃の撃退方法

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    さて、どうしたものでしょうか。

    気になる所(あの王太子に触られた所)を念入りに洗い、ひとまずは体を休めているのですがこのままのんびり寝られるほど私も呑気ではありません。
    それに、異国で準備された寝間着がどうにも着心地が悪くてこれじゃ絶対に安眠出来ませんよ。裸でいるわけにもいかないので着ますけど。異国特有なのかは知りませんがなんでこんなに透けてて薄いのでしょう?

「ジルさん、どうしているかしら……」

    一応王太子にお願いしてみたもののあの反応ではジルさんに会うのは無理そうですね。部屋には鍵がかかっているし外には見張りもいます。これはどう見ても軟禁状態に間違いありません。聖女は王族と同等の権力を持っているとは言われましたがそれが本当に認知されているかは怪しいところです。もうね、視線でわかるんですよ。「不気味な桃毛のくせに」みたいな雰囲気。特にあの王女たちですかねぇ。それに王太子のあの時の顔を見ればどう考えても楽しい未来はこなさそうだ。という事だけはわかります。エドガーといい隣国の王子といい、このままじゃ男性不信に拍車がかかりそうなんですが。

    まだ少し湿っている自分の短い髪に触れ、やたら豪華な装飾の鏡に視線を向けました。

    そこにうつっているのは、短い桃色の髪をした……普通の女の子のはずです。

    最初は聖女なんてただのデマカセだと思っていました。本当だとしても私が聖女なんて間違いで異国につく前に本物を探しにいくから手伝ってくれとか言われるのかなって。もしこれがなにかの物語ならどんな展開になるのだろうかと。医学書や経営学の本の合間に読んだ小説を思い出すなんてどうかしてます。

    きっとそんな物語の主人公ならこんな窮地になれば素敵な王子様が助けに来るのでしょう。ですが私には自分の状況を嘆きながら誰かの助けを待つなんて性にあいませんね。

    それに……ジルさんは聖女がどんな存在なのか知っていて異国へ連れてきたんです。自分を殺す存在をわざわざ連れてきたということはそれなりに事情があるのでしょう。だから私を助けるということはジルさんの大切ななにかを犠牲にすることになるかもしれません。そんなジルさんに助けて欲しいなんて思うのは、ダメです。だって、ジルさんと私はお互いを利用する間柄ですもの。利用し終えた私にもう用は無いでしょう。

    だから、自分でなんとかしなくてはいけません。

    私は雑念を祓うように頭を振り、家を出る時に詰め込んできたカバンを引っ張り出してきました。もしもの時のために色々準備してきたんですから。まぁ、道具や材料、それにお気に入りの本は詰め込んだのに動きやすい服なんかを忘れるあたり私もマヌケです。

「えーと、この辺に……」

    ガサゴソとカバンを探り、あれやこれと引っ張り出してきました。

    部屋に軟禁されて外に出れないなら出れないでそれなりの対策をするだけです。……さぁ、やりますか!







***








    コンコンコン。

    扉が軽快にノックされ、返事をする前に勝手に開いたかと思えばアヴァロン王太子が姿を現しました。

「聖女様、よろしければワインなどいかがですか?」

    扉に手をかけながら、にっこりとした笑顔と共にグラスと明らかに高そうなワインをかがけて見せてきます。後ろ手で扉を閉めてたアヴァロン王太子が寝間着姿の私を見ていやらしく笑いました。しっかりと人払いをしたのも見逃しません。

    あ。これ、絶対に何か企んでますね。 もしかしたらさっき反発したからと、殺されるんでしょうか。

「あら、王太子様。こんな夜中に何のご用でしょう」

    ちなみにすでにけっこうな真夜中です。決して淑女の部屋にやってくるような時間ではありません。ジロジロと見てくるのが気持ち悪くて、さっとショールを羽織りますがこれもまた透けてて肌を隠す効果はなさそうでした。

「いえ、今夜はなかなか寝付けませんでしたので聖女様もそうではないかと馳せ参じました。そのお姿を見る限り間違ってはいなかったと思いますが?」

    許可を出してもいないのに夜中に勝手に部屋に入ってきた男にお酒を勧められて、はいどーもと口にする女はまずいないと思います。

「確かに寝付けませんでしたが、あなたと夜をご一緒するつもりもございませんわ。それ以上は1歩も中へ入ってこないで下さい」

    ジルさん直伝聖女スマイルで「だから今すぐ帰れ」と嫌味を込めてみましたよ。これが通じるようならマシな分類だと思いたいところですが……。

「そうですか……。せっかくチャンスをあげたのにまた拒むのですか……」

    笑顔のままのアヴァロン王太子ですが、目が笑っていません。どうやらまともな言葉は通じないようだ。と思った瞬間。

    投げつけられたワインの瓶が私の顔の真横を通り抜けました。

    ガシャーン!!と派手な音を立て瓶の破片とワインの中身が飛び散ります。ベッドのシーツが赤く染まりました。もし、もう少しずれてたら顔面に命中してましたね。

「……調子に乗るなよ。この僕がここまでしてやってるのに断るだと?普通の女なら喜ぶだろう?!僕は王太子だぞ!」

「どこのの女と比べられてるのかは知りませんが、あなたの勝手な常識に纏められるのは不愉快ですわ。それに……酒瓶が飛んで来るのも、普通じゃないと言われるのも慣れてるもの、でっ!」

    ちなみに私が働いていた酒場でも客のケンカが始まると酷いときは空瓶やグラスがよく飛んで来ました。もちろん割れたら弁償させてましたけどね!

「このっ……!」

    イラつきを隠せない顔をした王太子がその1歩を踏み出したのを確認して、私は足元に隠していたロープを引っ張りました。

    ロープと仕掛けは調度品の花瓶に繋がっていて勢いよく王太子に向かって花瓶が宙を飛びます。

「おわ?!」

    ぶん!と空気を切る音がして飛んで来る花瓶を王太子が仰け反るようにして避けます。手に持っていたグラスを落として足元で割れるが気づいてないようでした。

    それならばともうひとつのロープを引っ張れば王太子の足元にピン!と細い紐が張られ、やたらと磨かれた革のブーツに引っ掛けて転ばすことに成功しました。

「ぎゃあ?!」

    よし!割れたグラスの破片がおしりに刺さったようです。さらに上から水差しの中身をぶっかけてやりました。いつか役に立つかもと『素人でも簡単!ロープを使った罠100選』の本を読んでいてよかったです。他にもロープを使った捕縛法なども数種類あったのですがさすがに難しくて覚えきれませんでしたけど。

「だから、1歩も中に入るなと言ったんです」

「きっさまぁ……!よくもぉ……!」

    これで意気消沈してくれれば良かったのですが、王太子はびしょ濡れになった髪の隙間から血走った目をギロリと動かし自分の回りに散らばる破片を握りしめ……破片ごと私を殴ろうと拳を向けてきました。振り子の原理でさっきの花瓶が再び戻ってくるはずだったのに家具にロープが引っ掛かり花瓶は動きを止めてしまっていたのです。

    あ、避けきれない……!と目をつむり身構えた瞬間。

    私にその拳が届くことはなく「ぐあっ!?」と王太子の悲痛な声が聞こえました。

「ーーーーほんとに、ロティーナは想像以上のことをするよなぁ」

    その声に思わず気が緩みそうになりました。

「……なんでここに?」

    だって、アヴァロン王太子を殴って気絶させ「なんでこいつ尻から血がでてんの?痔?」と足で踏みつけている彼がにんまりとしたいつもの顔で目の前にいたのですから。

「ん?なんでかみんな忙しそうで手薄になってたから逃げてきたんだ。ターイズが外の兵士を誘導してくれてるから今ならここから出られるよ」

「ジルさん……!」

    ジルさんは「お待たせ」と言いながら私の肩に自分の上着を被せ、その上から抱き締めてきたかと思うと部屋の惨状を見てクスッと笑ってきました。

「普通はおとなしく助けを待つもんだよ?お転婆聖女様」

「ーーーーだからっ!どこの普通と比べてるんですか!だいたいジルさんはいっつも何も教えてくれないから、だから私は……!」

    本当はもっと違うことが言いたかったはずなのに憎まれ口しか出てきません。さらになぜかボロボロと涙が出てきてしまいました。こんなだから「普通の令嬢ぽくない」と言われてしまうんですよね。

    こんな可愛げのない女なんか……。

「うん、ごめん。でもオレは、そんなロティーナだからす「聖女様ご無事ですか?!」……ターイズもう来たのか」

    辺りを伺いながら部屋に入ってきたターイズさんが私を見てホッとした顔をしました。どうやらターイズさんにもとても心配をかけていたようです。

「おぉ、聖女様!ご無事でなによりです。ジルよ、王太子を踏みつけながらなにをしている?行くぞ!」

「わかってるよ。さぁ、行こうか」

    そしてジルさんは私を離すと足早に部屋の外へと促しました。

「行くって、どこへ?」

「ーーーー秘密の場所さ」





    
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