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第2章 悪女アミィの章

〈30〉復讐の小道具

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    毒を飲まされたあの日、私は馬車の中で徐々に体の自由を取り戻しました。

「あの時飲ませた飴玉は中和剤なんだ。意識だけはあったでしょ?」

    ジルさんが頬にこびりついた口紅を袖で拭いならが「騙してごめんね」と口を開きました。

    いつも何も教えてくれないジルさんが、やっと理由を教えてくれたのです。







「……ジルさんの親友が、アミィ嬢のせいで殺されたんですか?」

「うん。あいつ、真面目で馬鹿だからさぁ。そんで一直線なんだ。どうしてそんなにアミィ嬢のことが好きになったのかはわからないけど、結局アミィ嬢はあいつではなく隣国の王子を手に入れて邪魔になったあいつを殺した。あの香水だって自分で使えばそれこそアミィ嬢を虜に出来たかも知れないのに馬鹿正直に渡しちゃうなんて……犯罪者に向かないタイプだよね」

    きっとその親友の方はジルさんにとって大切な方だったのだろうと思いました。

「だから、この復讐はオレに譲って欲しいんだ」

「え」

「君はオレが君の復讐を手伝ってると思っているだろうけど、オレは君をいいように利用してるだけだ。
    エドガーとの婚約破棄は君を信用させるためにやっただけだし、利用させてもらうための報酬を先払いしたに過ぎない」

「……」

「君が聖女になってくれたからアミィ嬢への復讐をスムーズに行う事ができた。オレはね、あの女を幸せの絶頂まで登らせてから一気に叩き落としたかったんだよ。
    ここまでこんなにも順調だったのも聖女の存在があってあの女を煽る事が出来たからだ。とても感謝しているんだよ。
    だから、ロティーナもオレを利用したらいい。そうすれば自分の手を汚さずに全部上手くいく」

「アミィ嬢にどのような復讐をなさるつもりですか?まさか命を取ったりは……」

「命は取らないよ。地位や名誉は奪うけど、ちゃんと彼女に相応しい・・・・幸せを与えてやるさ」

    そう言って笑ったジルさんの姿に、むしょうに腹立たしさを覚えました。やっぱり肝心なところは何も教えてくれません。

「つまり、私が動くと邪魔なんですね?私はお飾りの餌でただそこにいればいいと……。そうですね、確かにその通りです。私はただ言われるままに突っ立っていただけで何もしてませんもの。ジルさんがひとりでやった方がスムーズに進みちゃんと成功するってわかってます!」

「いや、だから」

「わかってますよ!ジルさんのおかげでアミィ嬢と公爵家の縁も切れたんですから!感謝しかありません!!
    でも、例え偽の聖女でも、私だって……!」

「え、いや、聖女は別に偽ってわけじゃ……」

「とにかく!アミィ嬢の事は任せますけど小道具くらいは私が準備しますからね!」

「え、小道具?」

「いいから、ナイフを貸してください」

「え、なんでナイフ……」

    戸惑うジルさんの懐からナイフを奪い取り(ここに小さな護身用ナイフが隠してあるのは知ってたので)その刃先を自分の後頭部にあてました。

    ジルさんがナイフを取り返そうと腕を伸ばす前に、ザクリと音を立て根元からごっそりと桃色の髪を切り落としてやったのです。

「ロティーナ、なにを……?!」

「この大量の髪の毛があれば私を始末した証拠になるでしょう?こんな桃色の髪なんて私くらいしかいませんから」

    こうしてみるとけっこうな量があるわね……。なんて思いながら髪の束を呆然とするジルさんに渡す。おぉ、なんだか頭が軽くなりましたわ。

「えぇぇぇぇーーーー!ロティーナの髪がぁ!!」

「なんですか、髪の毛くらいすぐ伸びます。それともそれくらいじゃ役に立ちませんか?」

    なんなら多少のケガくらいなら平気ですけど。髪の毛の束に血でもついていれば信憑性が増すかしら?

    しかし、さらにナイフを構えようとする私をジルさんが必死に止めてきます。何をそんなに焦っているのでしょうか。

「これでじゅうぶんだから!女の子なんだから髪の毛は大事にしてくれよ……。髪は女の命って言うじゃないか」

「あら、随分古くさい事を言うんですね。そりゃ王族や高位貴族ではそんな考えもまだありますけど、髪の長さで女の価値が変わるなんて男女差別ですよ。……それに、元々学園を卒業したら切ろうと思っていたんです。生まれ変わった気持ちで領地のために頑張ろうと。ただ、そんなときにエドガーにこの髪を誉められて……長くて綺麗だって……だからなんとなく切らずにいただけですから」

    今から思えばあんな上辺だけの言葉に一喜一憂していたなんて私も馬鹿でしたね。

「その代わり、お願いがあります。ジルさんを利用しろとおっしゃるならとことん利用しますけど……私の復讐相手はもうひとりいます。隣国の王子との面会を取り付けてください。あなたが隣国のスパイであろうがなかろうが、もちろん手伝ってくださいますよね?」

    私が「“異国の聖女”って権力あるんでしょう?」とにっこりと微笑んでやれば、ジルさんは諦めたように肩をすくめるのでした。

「もちろんだよ、オレの聖女様」と。




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