上 下
15 / 69
第1章 婚約破棄の章

〈14〉素晴らしい男(エドガー視点)

しおりを挟む
    突然現れた銀髪の男が癪に障る笑みを浮かべながら「断罪劇」と口にした。その笑みに非常にむかついてしまう。

    なんだこいつは?そしてなぜここに父上と兄上がいるんだ?!

    ん?よく見たらこいつ灰色の目をしているじゃないか。確か灰眼は不吉な象徴だと言われているはずだ。ふん!こいつもロティーナと同じで劣等生物の仲間というわけか。

    するとその灰眼の男はまだ鬱陶しくメソメソと泣いているロティーナの涙を指先で拭い出したのだ。人の婚約者に対してなんて馴れ馴れしいのか。非常識極まりないな。

    そして俺の方に、まるで挑発するかのようにその不吉な灰眼を向けてきたのだ。

「うちの大切な……“異国の聖女様”を泣かしたんだ、それなりの覚悟はあるんだろうね?」

    はぁ?聖女?異国の?……まさかロティーナのことか?そんなものお伽噺の中にしか存在しないだろう。だいたいもしもそんなものがいたとしても聖女は神聖な存在だろうに、この愚かな女が聖女のはずないじゃないか。一体何の冗談のつもりだ。

    そこまで思考を巡らせて、俺は真実に気付いた。なんて素晴らしい推理だろうか。流石は俺だな!
    やはりそういうことだったのだ。あの助言は正しかった。

「くくく、やはりそうだったのか!ロティーナ、お前は浮気をしていたんだな?!俺と言う婚約者がいながらなんたる不貞だ!最低な女め!
    ほら父上、見てください!この女がどれほど愚かかわかったで「こんのクズがぁぁぁぁぁ!!」ぐふぉっ?!」

    な、なんだ?!なぜ父上は激昂して俺を殴るんだ?!

「この!「がはっ!」最低の!「げほぉっ!!」ゲスがぁぁぁ!!「ぐぇぇぇぇ!!」お前のような者は、もう息子でも何でもない!勘当だ!いいや、それだけじゃ生温い!死んで詫びろ!!」

「父上、落ち着いてください。本当に死んでしまいますよ「しかしレルーク!」こんな簡単に死なせるよりもっと地獄を見せた方がいいのでは?」

    い、痛い!痛いぞ?!父上にめちゃくちゃ殴られた!血が出てる!口の中が切れたんだ!しかも俺がこんなに目に遭っているのに兄上はまるで害虫でも見るかのような視線を向けてくるぞ?!

「まったくこの愚弟は……。あの愚かな女にそっくりだ。あれほど母親の差別思考を受け入れてはいけないと言い聞かせたのに……」

「あぁ、どうやら離縁して追い出してからもエドガーとこっそり会っていたようだな。しかしここまでそっくりになるとは……。レルークはまともに育ってくれたからと油断していたようだ」

    なんだ、今度は母上の悪口まで言い出したじゃないか!せっかく俺が母上のアドバイス通りに伯爵家を乗っ取って父上たちにも楽をさせてやろうと思っていたのに、酷い裏切りだ!

    あぁ、やはり俺の事をわかってくれるのはアミィだけだと改めて思う。アミィは俺の母上のこともちゃんとわかってくれたのに。

「エドガー、お前はロティーナ嬢と婚約するときにアレクサンドルト伯爵たちになんて言ったか覚えているのか?
    “ロティーナが誰かに傷つけられても俺が守ります”と宣言したんだぞ!その言葉を信じて格下の子爵家次男との婚約を承諾して下さったんだ!しかもアレクサンドルト伯爵は子爵家に支援までしてくれていたのに……!
    それなのにお前は、自分が次期伯爵だと触れ回り、伯爵領での横暴な振る舞いに強奪紛いのことまでして、さらに伯爵夫妻の大切なロティーナ嬢をこんな風に裏切るなんて……!」

「桃色の髪のせいで陰口を言われているロティーナ嬢に婚約を申し込んだと聞いた時は驚いたが、お前が差別等に惑わされずに成長してくれたと、父上はとても喜んでおられたのに……。お前は勉強だってそこそこで何の取り柄も無い弟だったが、ここまでクズだとはな」

「な、なんで……だって俺は、惨めな女に優しくしてやったんですよ?!慈善事業みたいなもんです!俺は優秀ですごい男なんだから、この俺に好きになってもらえたんだからそれなりの報酬を払うべきでしょう?!」

    だって、母上もアミィもそう言っていた!俺はすごい男・・・・だから、それくらい当然だって!

    母上は俺のしたことをいつも誉めてくれるし、アミィは頑張ってる俺にご褒美をくれるんだ!だから俺はアミィに感謝と愛を示して贈り物をする。母上には将来、伯爵家から支援をする。それが正当な報酬だ。ならばその贈り物の金はロティーナが出すべきだ。当たり前だろう?

「もうお前の言葉など聞きたくはないが……伯爵領から強奪した金品はどこへやった?まさかどこかで遊ぶ金に換金したのではないだろうな」

「それはアーーーーむぐっ?!」

    アミィの事を話せば兄上たちもすぐにアミィの正しさに気づくだろうと思い直し口を開いた。だが次の瞬間、俺の口には丸めた布が押し込められてしまう。

「むぐぐ?!」

「はーい、おしゃべりはそこまでにしようか」

    くそぉ!この灰眼めがぁ!おい!いつの間にか俺の体がロープでぐるぐる巻きにされているぞ?!これじゃ口の布が取れない!なんとか吐き出さねば……おぉい!布の上からさらに猿轡だとぉ?!吐き出すどころか喉の奥に入って息がしづらいじゃないか!おぇぇぇっ!

「ロティーナ!」

「お母様……っ」

    今度はいつの間にかアレクサンドルト伯爵夫妻が増えていた。なぜだ?今は王城に行っていて不在のはずだったんじゃないのか!せっかくゴロツキに金を握らせて情報収集したのに……。そして自分を奮い起たせるために伯爵領でもらった・・・・酒をたらふく飲んでから来たのに……!

    くそぉっ!アレクサンドルト伯爵が俺をすごく睨んでるじゃないか!?お前らが甘やかして育てた何の役にも立たない女と結婚してやろうと言う希少な俺を睨むなんて、やはりあの女の親と言うことか!碌でもないな!

「……エルサーレ子爵、今さらだがこの婚約はこちらから破棄させてもらう。異論は?」

「もちろんありません!この馬鹿が奪った金品や無銭飲食代も全て弁償致します!慰謝料もそちらの望むままにお支払い致しますので……!」

    おい、父上!そんな女の父親に土下座などするなんてみっともない!そんなだから母上に愛想を尽かされるんだぞ!情けないと思わないのか!?

「いや、婚約破棄さえ同意してくれればいい。弁償もいらん。ただ今後、娘の前にその男が姿を現すことは許さない。この領地にも足を踏み入れさせるな。
    ……もし、娘が本当に聖女としてお勤めすることになれば婚約を白紙に戻してもらい謝罪せねばと思っていたのだが……申し訳無いがもう子爵家を支援することは出来ない。我が家とは縁を切ってくれ」

「本当に申し訳ございません!!」

    おい!だからなぜ謝るんだ?!兄上まで頭を下げるな!

「この愚弟は子爵家と縁を切らせます。だが平民に落とすだけではまた他人に迷惑をかけるでしょうから、奴隷として鉱山で働かせましょう。生と死のギリギリの狭間で生かし、苦しみ続けさせます」

「……では、そちらの処遇は任せる。もう二度と会うことは無いだろうが」

「はい。伯爵の御慈悲に感謝致します」

    なっ……!奴隷?!俺が奴隷として働くだと?!何を言っているんだ!俺は伯爵になり、アミィを影から支える愛の騎士として母上から誉めていただくんだ……!

「むがぁーっ!むがぁーっ!」

    しかし俺がどんなに体をくねらせ訴えても、父上と兄上は黙って俺を引きずり歩くだけだった。

    ……あれ?またあの灰眼の男が近づいて兄上に何かを渡している?え?「この薬を飲ませれば喉が潰れて一生声が出せなくなるから、口の布を取ったと同時に飲ませろ。この男の耳障りな声が消えないなら……異国は聖女を傷つけた男を子爵領ごと・・・・・消してしまうかもしれない」って……?

    青ざめた顔で頷く兄上は、黙ったままその薬を受け取った。



    こうして俺の輝かしい人生は終わってしまったのだ。


    なんで、こうなってしまったんだ?俺にはまったくわからなかった。

    俺は、素晴らしい男のはずなのに……!
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

凜恋心

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:5

メス堕ち若君は堅物狼の×××がほしくてたまらない

BL / 連載中 24h.ポイント:1,115pt お気に入り:111

最愛の人の子を姉が妊娠しました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:681pt お気に入り:809

暴君に相応しい三番目の妃

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:2,009pt お気に入り:2,540

世界でいちばん邪悪な神聖力の使い方

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:49pt お気に入り:778

悪役令嬢だったわたくしが王太子になりました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:2,424

聖女になれない私。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:738pt お気に入り:1,756

試される愛の果て

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:41,346pt お気に入り:2,354

あなたにはもう何も奪わせない

恋愛 / 完結 24h.ポイント:61,613pt お気に入り:3,343

処理中です...