【短編集まとめ】悪役令嬢たちの物語。ときどき聖女、たまに魔女

As-me.com

文字の大きさ
上 下
9 / 19

9 男爵令嬢なら王子を好きになって当たり前、なんて思ったら大間違いだ

しおりを挟む
「あの女を断罪して婚約破棄してやる!そして君と婚約するよ!」

「王子様……」

    薔薇の咲く庭園で、私の手を握り締めてこの国の第1王子がそんな爆弾発言を投下した。

    こいつは、なにを言っているんだ……?

    私は一瞬その意味がわからず言葉を失ってしまう。

    あの女って、公爵令嬢のことよね?学園での淑女の鑑とか、美しすぎる白薔薇姫と謳われる公爵令嬢様よね?!

    絹糸のようなさらさらのホワイトプラチナの髪と琥珀色の瞳が神秘的で神々しく、さらには貴族の爵位どころか平民すらも差別することなくとっても優しく接してくれると噂の女神の化身と囁かれている公爵令嬢様のことですよね?!

    そして私はというと、元平民で男爵位を買ったたかだか成金(父親)の娘。
    ふつーの茶髪の髪に、ふつーの茶色の瞳。ほんとにふつーのただの男爵令嬢だ。確かに平民の頃は可愛いと持て囃されていたけど、はっきり言ってこのお貴族様の学園に入ってそんな自信はとっくにへし折れている。

    だって公爵令嬢様は美しすぎる……!初めてお目にかかった時は「え?まさにあれって絵画から抜け出てきたんじゃ……?天使かな?」ってマジで思ったし。

    あぁ、美のイデアよ!魂のプシュケよ!本物の美の結晶が今ここにーーーー!

    眼福すぎて崇めたよ。いやほんとに。マジで。

    成金の娘で平民上がりの私にもめちゃくちゃ優しい。とにかく優しい。
    貴族のルールやマナーなんてほとんど知らないまま貴族社会に放り込まれた私は右も左もわからないままあっちこっちでマナー違反を繰り返していたのだが、その度に正しい事を教えてくれるのだ。

    それは時に優しく、時に厳しく。公爵令嬢様がそうやってみんなの前で私を叱ってくれるおかげで他の令嬢たちに嫌味を言われることもなく応援されたりしている。いつか公爵令嬢様に認められる立派な淑女になれと!

    それもこれも、令嬢たちの間で浮いた存在である私が孤立しないようにとわざと叱咤してくれているとわかっているので感謝感激雨霰しかない。

    そんな完璧令嬢の婚約者であるのがこの第1王子。金髪碧眼のイケメンで、公爵令嬢様と並べば確かにお似合いだ。公爵令嬢様の美しさをより際立たせるのに役立っている。

    だが、中身は馬鹿だ。
    完璧なのは見た目だけで学園での成績は下から数えた方が早いし、剣術は出来るが馬に乗るのが苦手ときたもんだ。馬に嫌われてるみたいで背中に乗せてもらえないらしい。

    ちなみに公爵令嬢様は成績は恒にトップクラスだし、馬術はもちろんフェンシングだって素晴らしい身のこなしである。幼い頃からの英才教育は見事に開花されている。まさに完璧令嬢!

    そんな見た目も中身も完璧な公爵令嬢様だからこそ未来の国母は彼女しかいない!と王太子の婚約者に国王から指名された公爵令嬢様を断罪する?婚約破棄だぁ?
そういや、こいつそのあと何て言った?

    ……代わりに私と婚約するだとぉぉぉ?!


「お、王子様、ご冗談はやめてください……」

    下にうつむき、思わず殴りそうになるのを必死に抑えて震える声を絞り出した。

「冗談なんかじゃない!もう我慢しなくていいんだ。
    俺は全てわかっているよ。あいつは公爵令嬢であることと俺の婚約者だという立場を使って君をイジメていたんたろう?辛かったね」

    イジメ?!公爵令嬢様が私を?!いつ?どこで?地球が何回まわった日だよ~?!

「ど、どこにそんな証拠が……」

「ふふ、今まで巧妙に隠されていたようだが証人がいるんだ。伯爵令嬢と子爵令嬢が証言してくれたよ」

    あいつらぁ!なにでっち上げてんだよ!
    はっ!そういやそのふたりは公爵令嬢様の熱烈なファンだったはず……いつも公爵令嬢様になにかとかまわれている私に嫉妬したか!

    嵌められた!!これは罠だ!

    このアホを利用して私を学園から抹殺する気に違いない!今頃ふたりして高笑いしながら優雅に紅茶でも飲んでやがるんだぁ!!ちくしょう!

「お、落ち着いて下さい。私はそんなことされてません……」

「もう我慢しなくていいんだ!俺たちの真実の愛を貫こう!」

    話を聞けよ!っていうか、お前なんかと愛を育んだ覚えもねぇよ!!やっぱり馬鹿だな!
なんか自己満足して陶酔してるけど、私を巻き込むなぁぁぁ!!

    もうこうなったら、不敬だと訴えられたとしてもこのアホを殴って逃げるしか……!

    私が拳に力を込めたその時、園庭の入り口がばーんっと音を立てて開いた。

「そこまでですわ、殿下」

    そこには公爵令嬢様がいて、美しい微笑みを浮かべている。

「お、お前!なぜここに?!」

「なぜもなにも、この庭園は学園の生徒なら自由に入れる庭園ですもの。わたくしがいてもなんら不思議はありませんわ」

「そうやっていつも俺を馬鹿にして!もういい、いっそここで全てを暴いてやる!」

    ちょっ、おまっ、なにする気だよ?!っていうか、私を離せよ!!

    握りしめられている手を振りほどこうともがくがびくともしない。この馬鹿力め!痛いんだよ!

    ぎゅうっっ!!とさらに力が込められ、手に痺れた痛みが広がった。

「いたっ……!」

    私が思わず叫んだ次の瞬間。

    ぱしんっ!と鳥が羽ばたいたような静かだが力強い音を立てて王子が吹っ飛び、私の目の前には公爵令嬢様がいた。

    え?公爵令嬢様が王子を殴り飛ばした??

「汚い手でさわってんじゃねーよ」

    公爵令嬢様の熟れた果実のような唇からそんな言葉が紡がれ、私の体はいつの間にか抱き締められていたのだ。


    ど、どーゆーことぉ?!







***





    なんと、公爵令嬢様は実は男性だった。
    実はそっくりな姉が婚約者に任命されたそうなのだが……。

「姉には不思議な力があってね?少しだけ未来がわかるというか……そんなにはっきりしたものではないんだけど、予言の能力があるんだ。
殿下との婚約が決まると姉はその未来を予言してこう言ったんだよ」

    それはそれは心底嫌そうな顔で言ったのだとか。

 “この王子アホですわ。このまま婚約していたら絶対浮気された上に断罪されて婚約破棄されて冤罪なのに国外追放されますわ。冤罪を晴らすのに苦労する未来が……わたくしこんなめんどくさい未来嫌ですわぁ!”と。

「だから見た目もそっくりな僕が身代わりに学園に入って王子の動向を探っていたんだ。僕は元々騎士になるつもりでこの貴族学園ではなく騎士の学校に入る予定だったから誰も僕が見た目がそっくりな弟だとはわからないと思ってね」

    ちょっぴり複雑そうな顔で自身の髪を摘まみ「姉の趣味で伸ばさせられていた髪が役に立ったよ」と呟いた。

    なるほど。私なんかは姉弟がいたことすら知らなかったし、知っていたとしてもこれだけ美しければまさか弟の方だとは思わない。それくらい完璧に女性にしか見えなかった。

「騎士の学校の方は試験だけ受けて合格してから休学しているんだ。あの王子をなんとかしたら復学できるようにね。でも、思ったより早く片付いてよかったよ」

    にっこりと微笑む公爵令嬢様(弟)。
    ちなみにあのアホ王子は色んな令嬢と浮気三昧だったようだ。さらには汚職にも手を出していてかなり怪しいこともやっていたのだとか。やっとその証拠が揃い、王子を断罪するためにあの場にやって来たと言うけれど……。

「あの王子はなぜ私を選んだんでしょうか……。挨拶くらいしかしたことなかったんですけど」

「あぁ、それなら……。なんか、いつも自分を潤んだ熱い目で見てきてたからきっと自分を愛しているに決まってる。なんて可愛らしい令嬢なんだ!って、いつの間にかあのアホの頭の中では真実の愛で結ばれた相手になっていたようだよ。あと、男爵令嬢だから王子に見初められたと知ったら尻尾振って喜ぶに決まってる。みたいなことも言ってたかなぁ」

「きもちわるぅっ!」

    思わず叫ぶくらい背筋がゾワッとした。

「うん、ほんとに。今でも自分はあの女に騙されたから悪く無いって叫んでるよ。君に唆されたんだって」

「私に罪を擦り付けようとしてるんですか?!そんなことしてません!」

「わかってるよ。まともに話したのだって今日が初めてでしょ?」

「はい。突然呼び出されて……。さすがに王太子の呼び出しを断るわけにもいかず仕方なく行ったらあんなことに……」

    今さら王子に手を握り締められたことが急に怖くなる。もし公爵令嬢様(弟)が来てくれなければなにをされていたかわからない。

「怖かったね、もう大丈夫だよ」

    そうして私は王太子の恐怖から逃れ、平穏な学園生活に戻れたのでした。











数ヶ月後。

    王子と公爵令嬢様の婚約は白紙に戻された。

    王子は国王陛下にこっぴどく怒られ城に軟禁状態で再教育を施されることになったのだが、
悪行を重ねた王子が素直に改心するはずもなくそのうち廃嫡されるだろうともっぱらの噂だ。なんでも従兄弟を養子に迎える準備をしているのだとか。

    そして学園に復帰された公爵令嬢様(姉)はやはりまごうことなき美しさで、私以外の誰も入れ替わったことには気づいてないようだった。

    あれから公爵令嬢様(姉)とはお茶会をよくしている。とっても仲良しだ。

    だけど同じ顔なのに、やはり違う人を思い出してしまう毎日だった。



    けれど、ある日そんな憂いは消えてしまうことになる。

    公爵令嬢様と同じ顔で、髪を短く切り騎士学生の制服に身を包んだ彼が目の前に現れたのだ。

「僕は必ず立派な騎士になってみせます。そうしたら、あなたに婚約を申し込むことを許して下さいますか?」

    少しだけ背が伸びた彼が、私の手をとり唇を落とす。

「わたくしには、素敵な未来が見えましてよ?」

    と、公爵令嬢様が微笑んだ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。

氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。 聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。 でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。 「婚約してほしい」 「いえ、責任を取らせるわけには」 守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。 元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。 小説家になろう様にも、投稿しています。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結】「私は善意に殺された」

まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。 誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。 私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。 だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。 どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿中。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

【完結】「神様、辞めました〜竜神の愛し子に冤罪を着せ投獄するような人間なんてもう知らない」

まほりろ
恋愛
王太子アビー・シュトースと聖女カーラ・ノルデン公爵令嬢の結婚式当日。二人が教会での誓いの儀式を終え、教会の扉を開け外に一歩踏み出したとき、国中の壁や窓に不吉な文字が浮かび上がった。 【本日付けで神を辞めることにした】 フラワーシャワーを巻き王太子と王太子妃の結婚を祝おうとしていた参列者は、突然現れた文字に驚きを隠せず固まっている。 国境に壁を築きモンスターの侵入を防ぎ、結界を張り国内にいるモンスターは弱体化させ、雨を降らせ大地を潤し、土地を豊かにし豊作をもたらし、人間の体を強化し、生活が便利になるように魔法の力を授けた、竜神ウィルペアトが消えた。 人々は三カ月前に冤罪を着せ、|罵詈雑言《ばりぞうごん》を浴びせ、石を投げつけ投獄した少女が、本物の【竜の愛し子】だと分かり|戦慄《せんりつ》した。 「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」 アルファポリスに先行投稿しています。 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 2021/12/13、HOTランキング3位、12/14総合ランキング4位、恋愛3位に入りました! ありがとうございます!

モブ転生とはこんなもの

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。 乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。 今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。 いったいどうしたらいいのかしら……。 現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。 どうぞよろしくお願いいたします。 他サイトでも公開しています。

元聖女だった少女は我が道を往く

春の小径
ファンタジー
突然入ってきた王子や取り巻きたちに聖室を荒らされた。 彼らは先代聖女様の棺を蹴り倒し、聖石まで蹴り倒した。 「聖女は必要がない」と言われた新たな聖女になるはずだったわたし。 その言葉は取り返しのつかない事態を招く。 でも、もうわたしには関係ない。 だって神に見捨てられたこの世界に聖女は二度と現れない。 わたしが聖女となることもない。 ─── それは誓約だったから ☆これは聖女物ではありません ☆他社でも公開はじめました

護国の聖女、婚約破棄の上、国外追放される。〜もう護らなくていいんですね〜

ココちゃん
恋愛
平民出身と蔑まれつつも、聖女として10年間一人で護国の大結界を維持してきたジルヴァラは、学園の卒業式で、冤罪を理由に第一王子に婚約を破棄され、国外追放されてしまう。 護国の大結界は、聖女が結界の外に出た瞬間、消滅してしまうけれど、王子の新しい婚約者さんが次の聖女だっていうし大丈夫だよね。 がんばれ。 …テンプレ聖女モノです。

処理中です...