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18 決意の昼下り(王妃視点)

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 これは、不思議な森でアスリート走りの大根が不審者を撃退するという大活躍をする少し前の話。





***









「母上、聞いてください!あの女は生きていました!やはりあの瓶底眼鏡が簡単に死ぬはずなかったんでぶふぅっ?!」

 庭園でお茶を飲んでいた王妃の元にその息子である王子が興奮して鼻の穴を膨らませながら勢いよく飛び込んできた。

 なんだかムカついたので、瞬時にその大口に手元にあったお茶請けの焼き菓子を詰め込んでやったが……こんなバカ息子に食べさせるには勿体なかったと後悔した。その辺の石でも詰めてやればよかったわ。と、ため息をつきたい衝動にかられたのは仕方がないだろう。



「……全く、我が息子ながらなぜこんなに馬鹿に育ってしまったのかしら」



 この馬鹿が馬鹿なせいで、貴重な魔力持ちであるアリアーティアを王家に囲い損なったのだ。だいたい自分を庇って死んだ(事になっている)元婚約者を「あの瓶底眼鏡」などと呼ぶなんて学習能力がないのだろうか。あの事件は未だに皆の記憶に残っていて、アリアーティアを崇拝する者は多い。命をかけて婚約者王子を守った公爵令嬢が神格化されつつある中で、その公爵令嬢を裏切るような行動ばかりするこの馬鹿を支持するような貴族は減りつつある。それを知ってか知らずか、今日もまた護衛もつけずに街に行き遊び歩いていただろうこの馬鹿につける薬は無いものだろうか。


「……それで、なにを騒いでいるのかしら?子供でもあるまいし、そのように興奮してはしたない。だいたい、新しい婚約者候補との面会が控えているからしばらくはおとなしく勉強しているようにと陛下からもお話があったはずなのに、また下町へ行ったわね?」

「んぐっ……もぐもぐ、ごくん。いえ、母上!俺にはなぜかあの瓶底眼鏡が死んだとは信じられなくて、それで……だから、探していたんです!そしたら、やっぱり生きていたんですよ!だから、新しい婚約者はいりません!俺はアリアーティアを連れ戻しますから!」

 慌てたように焼き菓子を飲み込み、ドヤ顔をしながらアリアーティアの事を報告してくるバカ息子。自分を庇って死んだ婚約者の葬儀までしたのに、本能の直感だけでアリアーティアを探し出すとは……。

 やはり馬鹿なのだ。と、再びため息が口をついて出た。

 悲劇ながらも死んで皆に崇められる存在となったアリアーティアが実はこっそり生きていて、さらに王子の婚約者に復帰する。そんなこと出来るはずがない。



 たしかにアリアーティアは生きているだろうとは思っていたが、あの見事な手腕であんな婚約解消をされたのだ。潔く負けを認めておくべきである。だって、それくらい王子の婚約者でいるのが嫌だったとしか思えないからだ。あんな大掛かりな事をして、さらには穏便に婚約解消をして王家と公爵家の絆だけは深める、なんてそうそう出来ることではない。今は公爵家も落ち着き、王家からの見舞金を使って迎えた優秀な養子の教育に力をそそいでいるという。元々アリアーティアが公爵家で両親からどんな扱いを受けてきたかは影に調べさせたから知っている。そんな娘が生き返って戻ってきてもあの公爵夫妻は歓迎などしないだろう。

 ……もしも、アリアーティアが生きていると知られれば、きっと王家や民衆を騙した罪に問われ下手をしたら死罪になる。それくらい少し考えればわかるだろうに。もしもアリアーティアに少しでも好意があったのならば、生きていたとわかってもそっと胸にしまっておくべきだ。

 このバカ息子は、今度こそ本当に元婚約者を殺したいのだろうか。

「……アリアーティア嬢は死にました。あの子は呼吸も脈も止まり医師からも死亡を認められ土に還ったのですよ。それはあなたも確認したでしょう?だいたい、あなたを助けるために身代わりになって死んだ元婚約者を「だから!本当に生きていたんです!母上が信じてくれないなら俺が自分の手で奴を捕まえて連れ戻してきます!」あ、まちなさ……行ってしまったわ」

 我が子ながら、どうも昔から思い込みが激しく突っ走るところがあり困ってしまう。やはり、決めなければ・・・・・・いけないかもしれない。

 そっと手で合図を送ると、一緒にバカ息子の言動を見ていた老騎士がこくりと頷いた。

「……あの話を、進めましょう。陛下にも連絡を」

「畏まりました」

 あの子は本当になにもわかっていない。なぜ自分が命を狙われたのかを。そして、何が自分の地位を脅かすことになるかも。

「王子の方はよろしいのですか?」

「放っておきなさい。なんど忠告しても聞かずに破滅するのなら、それまでの器だったということです。それに変な女にも追いかけ回されているらしいし、これ以上王家の名に泥を塗るのならば覚悟してのことでしょう」

 アリアーティアの方は……まぁ、あんなバカに簡単に捕まるような事はないでしょうしね。



 そして、王妃はとある場所に足を向けた。

 その場所は王家の者だけが知る隠し部屋で、質素ながらも生活するには困らないだけの設備が整っている。そして、大量の本に囲まれているその人物に声をかけた。

「例の話、受けてくれる気になったかしら?」

 ジャラッと、足枷の鎖の音が響く。その足枷は罪人の証だった。

「……本気なのか。オレは、あんたの息子の命を狙ったんだぞ」

 薄暗い光に照らされた顔は王子と同じくらいの年頃に見えた。だが、その瞳は馴れ合いを拒み憎しみに溢れていた。

「もちろん、本気よ」

 そう、そこにいたのは……かつて王子を狙い、アリアーティアに毒矢を刺した暗殺者だったのだ。
















 その後、大根に撃退された王子はボロボロになって戻ってきたのだが……もう時は遅かった。


 その時には、王妃は王家の未来を“決めて”いたのだった。







 
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