ど近眼悪役令嬢に転生しました。言っておきますが、眼鏡は顔の一部ですから!

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5 ど近眼令嬢は登城する

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 師匠の所に通うのも慣れた頃、私は13歳になった。順調に成長し、変装と薬学ならバッチコイである。

 ひとつ問題があるとすれば、誕生日の次の日からとうとう王子妃教育が始まってしまった事だろうか。これまで月1回の登城も王子との面会のみで許されていた特別待遇だったが、私と王子の関係の悪さに宰相が痺れをきらしたとかなんとか。あとから聞いたことだが、お互いまだ幼いからまずは仲良くなってから教育を始めようと王妃様が決めてくれていたらしい。しかし関係性は悪くなる一方なのに王妃様に婚約者変更の意志がないので宰相あたりがとにかく王子妃教育を詰込んでおけば割り切った関係でもなんとかなるだろうとなったようだ。

 そこに婚約者同士である当人たちの意志は欠片も存在しない。この王子妃教育のせいで、今まで月1で済んでいた王子との面会も必然的に増えてしまったのだ。そして毎回、同じやり取りをするのである。

 ちなみに今日は王子妃教育の無い日だが、なぜか王妃様のお茶会に招待されてしまっている。そのせいで朝から馬車に揺られて登城しているわけだ。理由はわからないが、王妃様に気に入られているようなのだ。うーん、解せぬ。

「勉強はまぁまぁ楽しいんだけど、あの王子がなぁ……」

 思わず呟くが一緒に馬車に揺られているハンナは無表情のまま微動だにしない。私の愚痴を聞き流してくれるスルースキルはいつもながら素晴らしいと思う。普通は王子に批判的な事なんか呟こうものならそれを聞いてしまった使用人は大慌てだろうからだ。

 そうなのだ。王子妃教育とはいえ、勉強は楽しい。本を読むのは大好きだし、自分の知らない知識を知る事が出来るのは喜びだ。だが、必ずどこかに王子が姿を現しては悪態をついていくのがストレスでならない。

 まぁ、お茶会自体はかまわないのだ。王妃様は私の瓶底眼鏡に対して特に何も言わないので王子に会うよりはマシである。

 それに最近……実は王城の庭にものすごく珍しい薬草がある事がわかったのよね。まさか師匠の畑にもない薬草があるなんてとわかった時にはどれだけ興奮したことか。どうしても欲しくて王妃様にそれとなく相談したらお茶会に参加すればそれをわけてもいいなんてご褒美をチラつかされたもんだから、つい二つ返事で了承してしまったのだ。どのみち王妃様のお誘いを断るわけにはいかないけれど、王妃様は私の扱いを心得てきている気がする。

「アリアーティア様、ようこそおいで下さいました」

 馬車を降りると数人の侍女といつも私を迎えてくれるおじいちゃん騎士様が頭を下げてくる。顔に大きな傷があるが瓶底眼鏡の私にもちゃんと紳士的に対応してくれる人だ。王妃様のお誘いの時は必ず私を迎えてくるメンバーである。

「いつもありがとう」

 私が王城に勤める人たちにどう言われているかは知っている。そのほとんどが王子が私の悪口を触れ回ってるせいではあるが、瓶底眼鏡姿の私に良い印象を語る人は少ない。

 例えば、「はしたない眼鏡令嬢」「王子に嫌われている不敬者」「みっともない眼鏡を手放せ無いくらいに醜い顔をしているらしい」「ドレスを着た眼鏡」「公爵令嬢なのに鏡を見たことがない」「素顔を見せろ不敬者」……などなど。

 それはもう、数えきれない程の悪口が飛び交っているのだ。それくらいこの瓶底眼鏡は毛嫌いされている。もちろん受け入れくれる人たちも増えているが、昔ながらの凝り固まった考えの人からしたら私は恥をさらし続けている公爵令嬢でしかないのだろう。みんな、なんで私みたいのが王子の婚約者なのかと疑問らしいがそれは私の方が聞きたいくらいなのだが。というか、王子の考える悪口が幼稚過ぎてあくびがでそうである。

「本日は王妃様のお茶会場所にご案内させていただきます。お付きの方は申し訳ございませんが別室にてお待ち下さい」

 王妃様との面会やお茶会には王妃様付きの使用人と王妃様側近のこのおじいちゃん騎士様しか付き添えない。それは私がどんなに気に入られていようが関係ないことだ。

「わかってるわ。ハンナ、少し待っていてね」

「畏まりました」

 こうしてハンナと別れて、おじいちゃん騎士様と王妃様の待つお茶会場所へと向かったのだが……「あっ!眼鏡女!」はい、やっぱり現れましました。あんた暇なの?ねぇ、暇なの?絶対暇なんでしょ?!

「おい、そこのみっともない眼鏡女!まだお前の家には鏡が無いみたいだな?!」

 廊下の曲がり角にいた王子が私を発見し、ズカズカと足音を立てて近づいてくる。

「……王子殿下におかれましては、本日も麗しく……は、ないですわね?レディの顔を見るなり悪態をつくなんてマナーもへったくれも御座いませんもの。挨拶の仕方を学び直してから出直して来てくださいませ」

 眼鏡をくいっと指で持ち上げながらそう言うと、王子は顔を怒りで真っ赤にして唾を飛ばしながら口を開いた。

「この、鏡を見たこともない眼鏡女が……!何がレディだ、俺はお前なんか婚約者だと認めないぞ!鏡を見てから出直してこい!」

「相変わらず鏡がお好きですわね。でも奇遇ですわ、私も婚約者云々に関しては同意見です。ぜひ国王陛下にそう進言して下さいませ。それと、王子殿下ならさぞ素晴らしい鏡をお持ちでしょうから、そちらこそまずはご自分の顔を確認してから出直して来てください」

「いい加減にその不敬な眼鏡を外せ!」

「嫌だと言ってます。王子殿下は顔の一部を外せますか?眼鏡は私の顔の一部です」

「な、生意気な……!今すぐ剥ぎ取ってやる!」

 いつものごとくバチバチと火花を散らす私と王子。いつものやり取りに辟易としながら、あっちも意地になって私の眼鏡を奪おうとしてくるのだろうと思っていると、私に伸ばされた王子の手がおじいちゃん騎士様によって制された。

「……王子殿下、婚約者であり公爵令嬢でもあるレディに対してその態度は紳士としていかがなものかと思いますが」

「うぐっ……!」

 おじいちゃん騎士様に手首を捕まれ、顔色を悪くする王子。実はこのおじいちゃん騎士様は昔あった戦争の英雄で、今この国の平和は全ておじいちゃん騎士様のおかげだと言われている。このおじいちゃん騎士様は王妃様の側近で信頼も厚い、ついでに王子の剣術の先生でもあるので王子はおじいちゃん騎士様に強く逆らえないのだ。

「剣術とは騎士道。騎士道とは精神の強さ。弱き者を守るべき紳士がレディに悪態をつくなど言語道断ですな」

 大きな傷のある顔で凄まれ、王子は「う、うるさい!」とおじいちゃん騎士様の手を振り払った。

「そんなブス眼鏡なんか俺は認めないからなーっ!」

「あ、王子!廊下を走ってはいけないと……」

 つまらない捨て台詞を吐きながら走り去っていく王子。あ、絨毯に躓いてこけた。見事に顔面スライディングしていったわ……ざまーみろ!

「申し訳ございません、アリアーティア様。まだまだ騎士道の教え込みが足りておりませんでした」

「お気になさらないで下さい、騎士様。いつものことですので」

 とりあえず、やっとうるさいのがいなくなった。さぁお茶会に行こうと足を進めるが、またもやうるさいのがやってきたのだ。


「まぁぁ!眼鏡がドレスを着て歩いてますわぁ!」


 長い廊下にキンキンと耳に突き刺さるような金切り声が響いた。何事かとその方向に視線を向けると……なんとなく見覚えのある金髪縦ドリルがわっさわっさと激しく揺れながらこちらに突進してくる。

 ……えーと、そうそう。デビュタントの時からやたら目についていた金髪縦ドリルの令嬢だ。あまり興味が無かったのですぐ忘れそうになるが私の登城が増えてからやたらと絡んでくる人物でもある。

 その金髪縦ドリルは私を見てわざとらしく「まぁっ!?」と両手を口元にあてる。確か侯爵家の娘で頼み込んで特別に行儀見習いとして王城に上がっているらしいが実は王子の婚約者の座を狙っていて隙あらば私を蹴落とそうと必死なのだ。自分の方が王子にふさわしいと豪語しているらしいけれど……いや、別にこんな婚約者の座なんかいつでもあげますけど?

 というか行儀見習いとして来てる割に、いつも派手なドレスだし使用人を扱き使っている気がする。王妃様にが黙認しているから誰も何も言わないけれど。あれ?そう言えば他にも行儀見習いを名目にした令嬢たちが数人いた気がするけどいつの間にかいなくなってるわね?全員が王子に纏わりついていたのに気がつけば金髪縦ドリルひとりになっているではないか。おかげで王子の周りが寂しそうなわけだ。どうでもいいけど。

「あらまぁ、とんでもなくはしたない瓶底眼鏡に驚いてしまいましたが、よく見ればローランス公爵令嬢ではないですか。そんな姿で登城するなんて相変わらず恥知らずですこと」

「あら、私の事はお構いなく。金髪縦ドリ……縦ドリル侯爵令嬢。この眼鏡は私の顔の一部ですので何の恥も感じませんから」

「まぁ!わたくしはそんな名前ではないですわよ!?いつになったら覚えますの?!」

「もちろん覚えてますよ、キルリーヌ・ペトレンコ侯爵令嬢。今日も行儀見習いと言う名目で王子に媚を売っているんですか?ご苦労様です」

「なっ……!ちょっと王妃様に気に入られてるからって調子に乗って……!眼鏡のくせに!」

 怒りに顔を赤くした縦ドリルがギャンギャンと吠えている。おじいちゃん騎士様は何も言わないが少し顔を顰めていた。さっきから一緒にいる侍女たちは頷いたり、何かをメモしたりしているが……。


「ピィ」

「ぎゃあ?!」



 次の瞬間、どこからともなく飛んできた大量の小鳥たちが縦ドリルの髪の毛を盛大につつきだしたのだ。ん?小鳥軍団の中に白い姿が……もしやシロが扇動している?!

 そのせいで縦ドリルの髪の毛はボワボワの鳥の巣ヘアーへと変化したのだ。ガッチガチだった縦ドリルが、いまやボワボワのモコモコに……まるで奇跡のビフォーアフターである。

「いやあぁぁっ!なんて凶暴な鳥たちなの?!こんな髪の毛じゃ恥ずかしくて王子様の前にいられませんわ!」と、バタバタと音を立てて逃げていく縦ドリル。いや、元縦ドリルか。どう見ても髪型以前の問題だと思うがもはや誰も突っ込まない。

「ピィ」

 こうして元金髪縦ドリルを撃退して、小鳥たちは優雅に飛び去っていった。……シロ、王城にこないように師匠に預けておいたのにわざわざドヤ顔しながらくるなんて……もしかして私が悪口を言われてるのを知って助けに来てくれたのかしら。

 ちょっと嬉しくなってしまったが、ここは王城だ。しかも侯爵令嬢が小鳥に襲われたなんて大問題になるかもしれない。そう思っておじいちゃん騎士様をチラリと見ると、おじいちゃん騎士様はにっこりと微笑みを浮かべていた。

「あ、あの……」

「どうやらあのご令嬢は小鳥と戯れるのがお好きだったようですな。いやはや、小鳥のイタズラなど些細なものです」

 そう言って、何事も無かったかのようにお茶会場所へと連れて行かれたのだ。

 その時、おじいちゃん騎士様が「フフフ、懐かしいですな」と呟いたが、私の耳には届かなかった。




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