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2.そして男は怪物となった
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ジョゼフ・ソノリエは幼い頃より他の子供に比べて頭ひとつ秀でていた。
騎士の家系に生まれ育ったジョゼフは父親の英才教育のおかげもあり、誰もが羨む体格にそれに相応しい力を備え、しかし己の力に驕ることなく正義感も強い。もちろん勉学だって努力を怠らない、そんな青年だった。父親にそっくりの少々厳つい顔つきに真っ黒な短い髪と黒い瞳が間違った印象を与えるせいで「岩のような冷血漢」「野蛮な戦闘狂」などと揶揄され女子供には避けられたりしたこともあったが、本人は全く気にしていなかった。
ジョゼフが騎士団に入団し聖騎士まで登りつめた頃、大きな戦争が起こった。
それは国の平穏に関わる戦争で、国王はこう言ったのだ。
「1番の功労者には一代限りの公爵位を与え、我が娘の夫になる権利をやる」と。
周りの皆は一代限りとはいえ公爵位をもらえること、そしてなにより美しいと評判の王女と結婚出来る事に歓喜した。
だが、ジョゼフはそんな褒美に興味はなかった。この戦争に敗北すれば大勢の平民が苦しむ事になる。ジョゼフは国に住まう人間を守るために戦い、他の騎士たちが自分こそはと足を引っ張り合う中で無欲だったからこそ誰よりも活躍出来たのだ。
国王から褒美を貰う際、ジョゼフは王女との結婚を辞退しようと考えていた。自分は王女に恋などしていないし、愛の無い結婚など無意味だと思っていたからだ。だが、その言葉を口にする前にジョゼフは国王に招かれた食事会で薬を盛られ、捕らえられしまった。
「これが国の英雄か。強力な眠り薬をしこんだのにもう目覚めるとは……化物め」
「お父様、わたくしこんな男と結婚するなんて嫌ですわ!いくら強くてもこんな醜男などと閨事をするくらいなら舌を噛んで自害いたします!」
手足の自由を奪われ、痺れが残る体にぼんやりと意識を取り戻したジョゼフが見たのは、自分との結婚を嫌がる王女と渋い顔をする国王だった。
「ふむ、しかし皆の前で約束してしまったからには褒美はやらねばならんし……」
「でも、こんな男との子供などおぞましい怪物が産まれるに決まってます!気持ち悪いわ!わたくしに相応しいのはカールス様のような見目麗しい美しい男ですわ!」
「そうですよ、国王陛下」
そう言って王女に近づいてきたのはジョゼフと同じ騎士団にいた男だ。ジョゼフとは正反対の金髪碧眼の美しい男は、戦争のときいつもジョゼフの背後に隠れるようにしていた男だった。
「カールス様はあの戦争でも無傷で生還したすごい方ですわ!そこに転がっている男など血塗れになって死にかけていたではないですか!つまり、カールス様の方がその男より有能なのです!きっとわたくしとカールス様の子供なら美しい子供が産まれはずですもの」
「ふふ、もちろん子供の前に閨事もきっと満足させてみせますよ」
「まぁ!……嬉しいわ」
ジョゼフの目の前で口付けをし始めるふたりに、国王が「それもそうか」と頷く。
「誰よりも強く有能な男の血を王家に入れたかったのだが、それはジョゼフではなくカールスだったようだな。ならばこっちは処分しよう」
そう言って合図をすると今度は反対側から黒尽くめの男が姿を現した。
「ジョゼフは敵国で呪われていて、今頃その呪いにかかって死んだことにしよう」
その男は魔術師でジョゼフに恐ろしい呪いをかけようとしているのだと、薬によって痺れた脳が理解したときにはすでに遅かったのだった。
***
こうしてジョゼフは呪われた。
だが幸か不幸か、ジョゼフの命は助かったが。
魔術師の呪いは、人間を怪物の姿に変えてしまうもので、怪物になった人間は気が狂い自ら死を望むようになるものだったそうだ。国王が呪いによって狂ったジョゼフが「殺してくれ」と嘆願するので泣く泣く殺したのだと発表するためだ。「惜しい男だった」と。そして「ジョゼフの死を悲しむ王女を慰めたのがカールスで、いつしかふたりは愛し合うようになった」と辻褄を合わせるために。
しかし、ジョゼフの呪いは頭部のみで終わりジョゼフの気も狂うことはなかったのだ。それはジョゼフの精神力の強さのおかげか、自分を裏切った者たちへの怒りなのか……その日、獅子にも雄牛にも見える顔に黒々とした大きな角の頭部を持つ怪物が誕生したのだ。
頭部が化物になったせいなのか、ジョゼフが口を開くと獣の唸り声が混じるせいでその言葉は何を言っているのかわからない。そこで国王はジョゼフに新たな呪いをかけさせた。
それは“呪いの真実”を語ろうとしたり王家に報復しようとすれば“悪夢に魘される”呪い。呪いとしてはごく簡単な呪いであり、悪夢など気にしない人間からしたらたいしたものではないが、すでに頭部が化物と化したジョゼフには効果は覿面だった。
ジョゼフは毎夜とんでもない悪夢に魘される。それでも真実を誰かに知って欲しいと口を開くが誰にも言葉は通じない。だんだんと夜に眠れなくなり、限界を迎えて意識を失うとその瞬間に屈辱と恐怖の入り混じった悪夢を見るのだ。
『……どうして、俺はこんな目に遭わなければならなかったのだ』
国王に、王女に、そして、騎士の仲間に。全てに裏切られ呪われた自分はどれたけ愚かな生き物なのかと絶望した。
あの国王はジョゼフを怪物にしておいて「呪いのせいでこんな姿になったが、英雄は健在だ!約束通りジョゼフに公爵位と屋敷、もちろん財産も与える!だが王女との結婚はジョゼフが辞退してしまった。こんな呪われた自分では王女の伴侶に相応しくないと……王家はそんな謙虚なジョゼフの意見をうけいれ、婚約の話はなかったことにした」と、涙を拭った。
確かに王女との結婚は辞退するつもりだった。最初から、こんな姿にならずとも、王女と結婚したいなんて思ったこともないのだ。なのに、あの王女と国王は人の話など聞く耳を持たずにジョゼフをこんな目に遭わせておいて「これで、あんな怪物と結婚しなくて済むわ」と笑ったのだ。
与えられた公爵邸は立派なものだった。一代限りの公爵とはいえど国の英雄だ。だが、家族は国王から圧力がかけられ音信不通になり、使用人も数人つけられたがこの姿に怯えて半分以上が屋敷から逃げてしまった。今いるのは全てを悟ったような老執事と元孤児でここから逃げても行く宛のないメイド、それにいつもジョゼフの顔色を伺っている掃除夫の男だけ。彼らとも最低限の交流しか持てていない。自分のおぞましい姿を見られるのが嫌だった。
それでもいつもありがたいと思っている。こんな怪物と化した自分の身の回りの世話を甲斐甲斐しくしてくれる事に感謝しないわけがない。だが、自分が感謝の言葉を口にしようとしてもそれは唸り声となり、結果その大切な人たちを怯えさせる羽目になるのだ。申し訳なくて、だんだんと引きこもるようになった。
いつも頭が痛い。悪夢を見るとさらに頭痛が酷くなり日常生活にも異常をきたした。
だが、例え一代限りとはいえ自分は公爵なのだ。小さくとも領土を受け取った以上はその領地を栄えさせなくてはいけない。それでなくともこんな怪物のおさめる領地にいなくてはいけないなんて拷問でしかないだろうと思うとせめて豊かな生活を保証してやりたかった。
だから、ジョゼフは頑張った。いくら「死にたい」と願っても簡単に死ぬわけにはいかないと。
ジョゼフが“怪物”となったからなのか、領地を荒らす野生動物などの被害はほぼ無くなり、畑の実りは毎年豊作だ。国王がすでに掘り尽くした価値のない鉱山をおしつけるようにくれたが、その鉱山の奥からは珍しい土と金属が発見された。良質な作物と鉱山のレアメタルによって公爵領は栄え、領民はジョゼフの望む通り豊かな暮しをしていた。
それでもジョゼフの存在を気味悪がり「王女に捨てられた怪物公爵」と揶揄する者はいた。「確かに、いくら英雄でもあんな呪いの姿では王女がかわいそうだ」、「あんな姿になった怪物に爵位を与え屋敷や財産まで用意した王家はなんて慈悲深いんだ」と。
そして、怪物だと罵られる度に苦しむとわかっていても王家への憎しみが忘れられない。違うんだ。と、本当は王家が俺をこんな姿にしたんだ。と叫びたかった。
ジョゼフはずっと絶望と憎しみに苦しみ続けていた。そしてそのまま誰にも心を開けないまま数年が経った頃。
そんな彼に奇跡が起こるまで後もう少しである。
騎士の家系に生まれ育ったジョゼフは父親の英才教育のおかげもあり、誰もが羨む体格にそれに相応しい力を備え、しかし己の力に驕ることなく正義感も強い。もちろん勉学だって努力を怠らない、そんな青年だった。父親にそっくりの少々厳つい顔つきに真っ黒な短い髪と黒い瞳が間違った印象を与えるせいで「岩のような冷血漢」「野蛮な戦闘狂」などと揶揄され女子供には避けられたりしたこともあったが、本人は全く気にしていなかった。
ジョゼフが騎士団に入団し聖騎士まで登りつめた頃、大きな戦争が起こった。
それは国の平穏に関わる戦争で、国王はこう言ったのだ。
「1番の功労者には一代限りの公爵位を与え、我が娘の夫になる権利をやる」と。
周りの皆は一代限りとはいえ公爵位をもらえること、そしてなにより美しいと評判の王女と結婚出来る事に歓喜した。
だが、ジョゼフはそんな褒美に興味はなかった。この戦争に敗北すれば大勢の平民が苦しむ事になる。ジョゼフは国に住まう人間を守るために戦い、他の騎士たちが自分こそはと足を引っ張り合う中で無欲だったからこそ誰よりも活躍出来たのだ。
国王から褒美を貰う際、ジョゼフは王女との結婚を辞退しようと考えていた。自分は王女に恋などしていないし、愛の無い結婚など無意味だと思っていたからだ。だが、その言葉を口にする前にジョゼフは国王に招かれた食事会で薬を盛られ、捕らえられしまった。
「これが国の英雄か。強力な眠り薬をしこんだのにもう目覚めるとは……化物め」
「お父様、わたくしこんな男と結婚するなんて嫌ですわ!いくら強くてもこんな醜男などと閨事をするくらいなら舌を噛んで自害いたします!」
手足の自由を奪われ、痺れが残る体にぼんやりと意識を取り戻したジョゼフが見たのは、自分との結婚を嫌がる王女と渋い顔をする国王だった。
「ふむ、しかし皆の前で約束してしまったからには褒美はやらねばならんし……」
「でも、こんな男との子供などおぞましい怪物が産まれるに決まってます!気持ち悪いわ!わたくしに相応しいのはカールス様のような見目麗しい美しい男ですわ!」
「そうですよ、国王陛下」
そう言って王女に近づいてきたのはジョゼフと同じ騎士団にいた男だ。ジョゼフとは正反対の金髪碧眼の美しい男は、戦争のときいつもジョゼフの背後に隠れるようにしていた男だった。
「カールス様はあの戦争でも無傷で生還したすごい方ですわ!そこに転がっている男など血塗れになって死にかけていたではないですか!つまり、カールス様の方がその男より有能なのです!きっとわたくしとカールス様の子供なら美しい子供が産まれはずですもの」
「ふふ、もちろん子供の前に閨事もきっと満足させてみせますよ」
「まぁ!……嬉しいわ」
ジョゼフの目の前で口付けをし始めるふたりに、国王が「それもそうか」と頷く。
「誰よりも強く有能な男の血を王家に入れたかったのだが、それはジョゼフではなくカールスだったようだな。ならばこっちは処分しよう」
そう言って合図をすると今度は反対側から黒尽くめの男が姿を現した。
「ジョゼフは敵国で呪われていて、今頃その呪いにかかって死んだことにしよう」
その男は魔術師でジョゼフに恐ろしい呪いをかけようとしているのだと、薬によって痺れた脳が理解したときにはすでに遅かったのだった。
***
こうしてジョゼフは呪われた。
だが幸か不幸か、ジョゼフの命は助かったが。
魔術師の呪いは、人間を怪物の姿に変えてしまうもので、怪物になった人間は気が狂い自ら死を望むようになるものだったそうだ。国王が呪いによって狂ったジョゼフが「殺してくれ」と嘆願するので泣く泣く殺したのだと発表するためだ。「惜しい男だった」と。そして「ジョゼフの死を悲しむ王女を慰めたのがカールスで、いつしかふたりは愛し合うようになった」と辻褄を合わせるために。
しかし、ジョゼフの呪いは頭部のみで終わりジョゼフの気も狂うことはなかったのだ。それはジョゼフの精神力の強さのおかげか、自分を裏切った者たちへの怒りなのか……その日、獅子にも雄牛にも見える顔に黒々とした大きな角の頭部を持つ怪物が誕生したのだ。
頭部が化物になったせいなのか、ジョゼフが口を開くと獣の唸り声が混じるせいでその言葉は何を言っているのかわからない。そこで国王はジョゼフに新たな呪いをかけさせた。
それは“呪いの真実”を語ろうとしたり王家に報復しようとすれば“悪夢に魘される”呪い。呪いとしてはごく簡単な呪いであり、悪夢など気にしない人間からしたらたいしたものではないが、すでに頭部が化物と化したジョゼフには効果は覿面だった。
ジョゼフは毎夜とんでもない悪夢に魘される。それでも真実を誰かに知って欲しいと口を開くが誰にも言葉は通じない。だんだんと夜に眠れなくなり、限界を迎えて意識を失うとその瞬間に屈辱と恐怖の入り混じった悪夢を見るのだ。
『……どうして、俺はこんな目に遭わなければならなかったのだ』
国王に、王女に、そして、騎士の仲間に。全てに裏切られ呪われた自分はどれたけ愚かな生き物なのかと絶望した。
あの国王はジョゼフを怪物にしておいて「呪いのせいでこんな姿になったが、英雄は健在だ!約束通りジョゼフに公爵位と屋敷、もちろん財産も与える!だが王女との結婚はジョゼフが辞退してしまった。こんな呪われた自分では王女の伴侶に相応しくないと……王家はそんな謙虚なジョゼフの意見をうけいれ、婚約の話はなかったことにした」と、涙を拭った。
確かに王女との結婚は辞退するつもりだった。最初から、こんな姿にならずとも、王女と結婚したいなんて思ったこともないのだ。なのに、あの王女と国王は人の話など聞く耳を持たずにジョゼフをこんな目に遭わせておいて「これで、あんな怪物と結婚しなくて済むわ」と笑ったのだ。
与えられた公爵邸は立派なものだった。一代限りの公爵とはいえど国の英雄だ。だが、家族は国王から圧力がかけられ音信不通になり、使用人も数人つけられたがこの姿に怯えて半分以上が屋敷から逃げてしまった。今いるのは全てを悟ったような老執事と元孤児でここから逃げても行く宛のないメイド、それにいつもジョゼフの顔色を伺っている掃除夫の男だけ。彼らとも最低限の交流しか持てていない。自分のおぞましい姿を見られるのが嫌だった。
それでもいつもありがたいと思っている。こんな怪物と化した自分の身の回りの世話を甲斐甲斐しくしてくれる事に感謝しないわけがない。だが、自分が感謝の言葉を口にしようとしてもそれは唸り声となり、結果その大切な人たちを怯えさせる羽目になるのだ。申し訳なくて、だんだんと引きこもるようになった。
いつも頭が痛い。悪夢を見るとさらに頭痛が酷くなり日常生活にも異常をきたした。
だが、例え一代限りとはいえ自分は公爵なのだ。小さくとも領土を受け取った以上はその領地を栄えさせなくてはいけない。それでなくともこんな怪物のおさめる領地にいなくてはいけないなんて拷問でしかないだろうと思うとせめて豊かな生活を保証してやりたかった。
だから、ジョゼフは頑張った。いくら「死にたい」と願っても簡単に死ぬわけにはいかないと。
ジョゼフが“怪物”となったからなのか、領地を荒らす野生動物などの被害はほぼ無くなり、畑の実りは毎年豊作だ。国王がすでに掘り尽くした価値のない鉱山をおしつけるようにくれたが、その鉱山の奥からは珍しい土と金属が発見された。良質な作物と鉱山のレアメタルによって公爵領は栄え、領民はジョゼフの望む通り豊かな暮しをしていた。
それでもジョゼフの存在を気味悪がり「王女に捨てられた怪物公爵」と揶揄する者はいた。「確かに、いくら英雄でもあんな呪いの姿では王女がかわいそうだ」、「あんな姿になった怪物に爵位を与え屋敷や財産まで用意した王家はなんて慈悲深いんだ」と。
そして、怪物だと罵られる度に苦しむとわかっていても王家への憎しみが忘れられない。違うんだ。と、本当は王家が俺をこんな姿にしたんだ。と叫びたかった。
ジョゼフはずっと絶望と憎しみに苦しみ続けていた。そしてそのまま誰にも心を開けないまま数年が経った頃。
そんな彼に奇跡が起こるまで後もう少しである。
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