8 / 14
〈8〉
しおりを挟む
元婚約者の事を愛していたか?と聞かれれば、その答えは「ノー」です。えぇ、それはもう完璧に単なる政略結婚ですから。
ただ……長年婚約者をしていからかそれなりの「情」はありました。決して「愛情」ではありませんでしたが。
それに元はと言えばこの婚約はあちらの侯爵家から打診されたものですのよ。
元婚約者……あぁ、そう言えば名前をまだ言っていませんでしたわね。つい、必要ないような気がしていましたがいつまでも“元”婚約者と言うのも嫌ですわ。だって今はクロード様が婚約者ですもの。(キャッ♡)早く「旦那様」と呼びたいですわ。それとも「ダーリン」?いえ、愛称で呼ぶのも捨てがたい……今度クロード様にお好みを聞いてみなければ……。
……おっと話が脱線してしまいました。では元婚約者でケチで美人に弱い阿呆こと、ウェルド・マクシミリアン侯爵子息についてお話しましょうか。
あの阿呆は……マクシミリアン侯爵の4人目の子供で末っ子長男というやつでした。マクシミリアン侯爵は奥様と大変仲が良く子宝にもすぐ恵まれましたが、立て続けに女ばかり3人が産まれてしまい跡取り問題に頭を悩ませておられたそうです。もちろん3人の娘もとても可愛がっていましたがやはり男児がいないとーーーーと、悩み続けて10年。とうとう生まれてしまったのです。あの阿呆が。
かなりの高齢出産となった侯爵夫人でしたが、無事に産まれた念願の男児にそれはもう一族総出で喜んだそうな。……ですが、喜び過ぎたのですわ。
高齢の両親はまるで孫を愛でるかのようにウェルド様を甘やかし、3人の姉君たちも歳の離れた弟をそれはもう可愛がりました。
ちなみに長女のラナシア様はすでにご結婚なされて今は一児の母でございます。残り御二人も結婚適齢期なのですが……決まりかけていた縁談どうなったのかしら?
そんな三姉妹様方とは、私もそれなりに仲良くさせていただいていました。幼い頃はひたすら可愛かった弟があんな残念な阿呆に育ってしまった事に責任を感じていたのか阿呆を引き取ってくれる希少な人物だと重宝してくださいましたわ。まぁ、姉君たちだけですが。
マクシミリアン侯爵夫人がちょっとあれでしたのよね。いくら遅くに出来た念願の一人息子だからって、その息子の婚約者に嫉妬するのもどうかと思いますわ。だいたいあなた様の息子は婚約者である私の事をないがしろして、さらには浮気した最低男でしてよ?
そんな事を訴えても侯爵夫人は聞く耳持ちませんので言うだけムダですけれどね。
それにこの婚約破棄は王家も関わっているのですから、私に苦情を言われても困るのです。
「ほんっとうに、申し訳無さすぎて会わせる顔もないですわ……」
少々やつれたお顔で肩を落としているのはあの阿呆のお姉様……長女のラナシア様です。あれから数日、私と実弟の婚約破棄騒動を聞いて急いでやって来てくれたのですわ。
私たちは伯爵家の庭でお茶をしています。人払いしているので私たちだけですわ。いつもなら貴族愛用のオープンカフェで会ったりもするのですが今はどこにいてもチラチラと私を見てくる人間がいますからね。落ち着きません。まぁ当然でしょう、侯爵家と伯爵家の婚約破棄は知らなくても、王家の婚約についてはすでに噂されていますから。なんでしたかしら……そうそう、『王女と侯爵子息の身分を越えた真実の愛』と『呪われた王子と権力にすり寄る愚かな伯爵令嬢』でしたか。どこの誰が流しているかは知りませんが、噂って怖いですわね。ほほほ。
「別にラナシア様のせいではありませんから、お気になさらないでください。お子様は元気ですか?」
「えぇ、悪戯ばかりで困りますけれど……とても元気ですわ。リゼル様に会いたいといつも言ってーーーーて、そんな事を言える立場ではないですわね、ごめんなさい」
再び申し訳なさそうに頭を下げようとするラナシア様を手で制します。
「あら、確かにもう親戚にはなれませんけれどラナシア様は私のお友達ですもの。お友達のお子様ともたまには会って遊びたいですわ」
「リゼル様……」
ラナシア様は侯爵家の長子として跡取り問題の渦中にいましたが、あの阿呆が産まれたおかげで解放されて意中の方と結ばれたそうです。その点についてだけは産まれてきた意味があったのでしょう。そのせいもあり余計に弟を甘やかしてしまったと、今は海より深く反省なさっているそうですわ。
「……こんなわたくしをお友達だと呼んでくださるなんて、その優しさに救われますわ。それなのに、母がこんな事をしでかすなんて……」
眉根にシワを寄せ頭を抱えるラナシア様の手には一通の手紙が握り締められています。
それはマクシミリアン侯爵夫人……そう、あの阿呆の母親から送られてきた抗議文ですわ。
「マクシミリアン侯爵夫人は、私が悪いからあの阿呆……ウェルド様が浮気をした。私がちゃんとしないからウェルド様を王女に取られた。だから婚約破棄の慰謝料を払え……そう仰っていますわ」
なんでもウェルド様が王女様と結婚するに辺り、婿に入るかどうかでものすごく揉めているのだとか。知りませんよ、そんな事。まぁ、あのわがまま王女様が自ら降嫁して侯爵家に嫁入りするなんて口にするはずないですがね。
それに、ゲームでのヒロインは確かに『王家の姫』でした。王女が降嫁して侯爵家に入ったならば『王家の血筋の侯爵令嬢』となるはずなので、たぶんウェルド様が婿入りするのでしょう。
「昔から弟には激甘な母でしたが、こんな訳のわからないことを言い出すなんて……。情けな過ぎて涙も出ませんわ。
だいたい、領地の経営が上手くいかなくなった時にリゼル様のお父上に助けを求めておいて、その見返りにとこの婚約を纏めたのはお父様ですのに!1銭もお金を支払わずに侯爵家の嫁ならば伯爵令嬢にしたらとんだ大出世だろうと高笑いしていたのを目撃した時は我が父ながら殴り倒してやろうかと思いました」
そうそう、私の父は伯爵ながらも経営の才があり領地はとても栄えています。それを羨んだ侯爵が父に取り入って来たんですよねぇ。ウェルド様との婚約も「是非ともリゼル嬢のような素晴らしい方と縁を結びたい」とぐいぐいこられて断り切れなかったようですわ。侯爵の本心は「伯爵の知恵のおかげで領地の経営は持ち直したし、さらに儲けがでたがお礼のお金を渡すのは嫌だから侯爵家との婚約で恩を売っちゃえ☆」みたいでしたけど。お父様は腑に落ちないようでしたが格上の侯爵位から無理矢理纏められたら断りにくいですし、確かに侯爵家の領地が使えると便利な点もありましたので了承したのです。
ほら、物流って……運搬料も馬鹿にならないでしょう?全く関わりのない領地の道を使うと果てしない通行料を取られますが、婚約者の家の領地なら無料とまではいかなくても、かなり安く出来ます。というか、婚約するかわりにタダ同然の金額で通すように契約しましたからね。
「ちなみに五年の間に安くしていた分の領地通行料の差額も払えとのことです。
なんでも私がクロード様と婚約した事も気に入らないらしく、実は私が浮気していたんだろうとかなんとか……。ラナシア様には申し訳無いのですが、あまりしつこいと血管が切れそうですわ」
確かに通行料はタダ同然にしてもらいましたが、物流の売り上げの一部は定期的にお渡ししていましたし侯爵家もかなり潤っていたはずです。一時期侯爵夫人のドレスや装飾がかなり豪華になっていましたから使い道はわかりきっていますわね。
それでも嫁入りすれば義理の母になる方ですし、侯爵家が新たな家になるのだからとウェルド様の教育や領地経営にも尽力してきたのですが……。
こくり。と、少し冷めてしまったお茶をひとくち飲みます。
「真相をご存知でして?」
「なんでも、両親がウェルドは侯爵家の跡取りだからと婿入りに難色を示したら『ならば相場の10倍の結納金を準備しろ。でなければ結婚しない。ウェルドは婚姻前の王女に無体を働いた罪に問われるぞ』と脅されたようですわね」
「結納金ですか……。それも王女様がおっしゃる相場が王家から姫が降嫁されるときの10倍となるともう国家予算ですわね」
それにしてもあの王女は本当に結婚したいのかしら?したくないのかしら?結婚しなければ自分の立場が危ういとわかってらっしゃらないのでは?
「つまりお金がなくてなりふり構わずに私を脅した……ということですのね。お金があったとしてもあの王女がおとなしく降嫁なさるとは思えませんし、降嫁なさったらなさったで絶対にわがまま三昧で大変な目にあいますわよ」
「わたくしもそう思いますわ。1度だけ見たことがあるのですけれどお側仕えの方々がかわいそうでしたもの」
「ラナシア様の旦那様……エーゼルト辺境伯はなんと?」
「王命には従うしかないが、リゼル様に対して誠意を見せるべきだと説得して下さいましたがダメでした。わたくしの事も長女のくせに弟の幸せを祝えないのならば縁を切ると言われたので……両親の望み通りに致しますわ。もちろん夫も賛成して下さいました。わたくしは王都から離れます。ちょうど王都での仕事も終わりましたので」
「辺境伯様も書類仕事のために王城へ上がらねばならないなんて大変でしたわね。本当なら御本人がくる必要はないはずなのにこれも王女が指名したとか」
「うちの旦那様の顔がお気に召したらしくて、結婚後もちょっかいをかけに来ますのよ。弟との事も相談したいと言いながら『わたしが他の男の物になって残念だったわね。今さら悔やんでも遅いのよ』と仰っていたそうですわ。もちろん旦那様はお祝いの言葉だけ述べて立ち去ったらしいですけれど」
「たぶん、それが癪にさわって結納金などと言ってきたのね。辺境伯様の妻はウェルド様の姉君……弟のためにお金で苦しめたかったのでは?」
「わたくしもそう思います。もちろん支援は断りました。辺境伯の持つ資金は領地のためのもの……リゼル様との結婚のためのお金ならまだしも、あんな王女との結婚のためになんて銅貨1枚だって渡したくありません」
ラナシア様はすっかり冷めた紅茶をぐいっと飲み干し眉間に皺を寄せました。相当な言い合いがあったようですわね。
「妹君たち……タチアナ様とユーラリア様は?」
「ふたりとも似たような状況ですわね。婚約が纏まりそうだったのに母がその相手の家に娘が欲しければウェルドの為にお金を払えと……いくら侯爵家の娘とは言えヴィッツ伯爵家と縁を切った家の娘ではその価値は下がります。さらにはあの傲慢な態度……もちろん婚約の話は失くなりました。妹たちがかわいそうですわ」
「とんだとばっちりでしたわね」
「妹たちも実家とは縁を切りたいと言っています。ですがこのままでは平民として放り出される事になるので、どうしたものかと……」
タチアナ様とユーラリア様はお二人ともお優しい素敵な淑女ですわ。もちろん私ともお友達です。ウェルド様のせいでお二人が不幸になるのは見過ごせません。が……。
「いいえ、ラナシア様。お二人には是非平民になっていただきましょう」
「リゼル様、それではあまりに……」
「大丈夫、良い考えがありますのよ」
にっこりと笑いその真意を話せば、ラナシア様は快く頷いてくれるのでした。
ただ……長年婚約者をしていからかそれなりの「情」はありました。決して「愛情」ではありませんでしたが。
それに元はと言えばこの婚約はあちらの侯爵家から打診されたものですのよ。
元婚約者……あぁ、そう言えば名前をまだ言っていませんでしたわね。つい、必要ないような気がしていましたがいつまでも“元”婚約者と言うのも嫌ですわ。だって今はクロード様が婚約者ですもの。(キャッ♡)早く「旦那様」と呼びたいですわ。それとも「ダーリン」?いえ、愛称で呼ぶのも捨てがたい……今度クロード様にお好みを聞いてみなければ……。
……おっと話が脱線してしまいました。では元婚約者でケチで美人に弱い阿呆こと、ウェルド・マクシミリアン侯爵子息についてお話しましょうか。
あの阿呆は……マクシミリアン侯爵の4人目の子供で末っ子長男というやつでした。マクシミリアン侯爵は奥様と大変仲が良く子宝にもすぐ恵まれましたが、立て続けに女ばかり3人が産まれてしまい跡取り問題に頭を悩ませておられたそうです。もちろん3人の娘もとても可愛がっていましたがやはり男児がいないとーーーーと、悩み続けて10年。とうとう生まれてしまったのです。あの阿呆が。
かなりの高齢出産となった侯爵夫人でしたが、無事に産まれた念願の男児にそれはもう一族総出で喜んだそうな。……ですが、喜び過ぎたのですわ。
高齢の両親はまるで孫を愛でるかのようにウェルド様を甘やかし、3人の姉君たちも歳の離れた弟をそれはもう可愛がりました。
ちなみに長女のラナシア様はすでにご結婚なされて今は一児の母でございます。残り御二人も結婚適齢期なのですが……決まりかけていた縁談どうなったのかしら?
そんな三姉妹様方とは、私もそれなりに仲良くさせていただいていました。幼い頃はひたすら可愛かった弟があんな残念な阿呆に育ってしまった事に責任を感じていたのか阿呆を引き取ってくれる希少な人物だと重宝してくださいましたわ。まぁ、姉君たちだけですが。
マクシミリアン侯爵夫人がちょっとあれでしたのよね。いくら遅くに出来た念願の一人息子だからって、その息子の婚約者に嫉妬するのもどうかと思いますわ。だいたいあなた様の息子は婚約者である私の事をないがしろして、さらには浮気した最低男でしてよ?
そんな事を訴えても侯爵夫人は聞く耳持ちませんので言うだけムダですけれどね。
それにこの婚約破棄は王家も関わっているのですから、私に苦情を言われても困るのです。
「ほんっとうに、申し訳無さすぎて会わせる顔もないですわ……」
少々やつれたお顔で肩を落としているのはあの阿呆のお姉様……長女のラナシア様です。あれから数日、私と実弟の婚約破棄騒動を聞いて急いでやって来てくれたのですわ。
私たちは伯爵家の庭でお茶をしています。人払いしているので私たちだけですわ。いつもなら貴族愛用のオープンカフェで会ったりもするのですが今はどこにいてもチラチラと私を見てくる人間がいますからね。落ち着きません。まぁ当然でしょう、侯爵家と伯爵家の婚約破棄は知らなくても、王家の婚約についてはすでに噂されていますから。なんでしたかしら……そうそう、『王女と侯爵子息の身分を越えた真実の愛』と『呪われた王子と権力にすり寄る愚かな伯爵令嬢』でしたか。どこの誰が流しているかは知りませんが、噂って怖いですわね。ほほほ。
「別にラナシア様のせいではありませんから、お気になさらないでください。お子様は元気ですか?」
「えぇ、悪戯ばかりで困りますけれど……とても元気ですわ。リゼル様に会いたいといつも言ってーーーーて、そんな事を言える立場ではないですわね、ごめんなさい」
再び申し訳なさそうに頭を下げようとするラナシア様を手で制します。
「あら、確かにもう親戚にはなれませんけれどラナシア様は私のお友達ですもの。お友達のお子様ともたまには会って遊びたいですわ」
「リゼル様……」
ラナシア様は侯爵家の長子として跡取り問題の渦中にいましたが、あの阿呆が産まれたおかげで解放されて意中の方と結ばれたそうです。その点についてだけは産まれてきた意味があったのでしょう。そのせいもあり余計に弟を甘やかしてしまったと、今は海より深く反省なさっているそうですわ。
「……こんなわたくしをお友達だと呼んでくださるなんて、その優しさに救われますわ。それなのに、母がこんな事をしでかすなんて……」
眉根にシワを寄せ頭を抱えるラナシア様の手には一通の手紙が握り締められています。
それはマクシミリアン侯爵夫人……そう、あの阿呆の母親から送られてきた抗議文ですわ。
「マクシミリアン侯爵夫人は、私が悪いからあの阿呆……ウェルド様が浮気をした。私がちゃんとしないからウェルド様を王女に取られた。だから婚約破棄の慰謝料を払え……そう仰っていますわ」
なんでもウェルド様が王女様と結婚するに辺り、婿に入るかどうかでものすごく揉めているのだとか。知りませんよ、そんな事。まぁ、あのわがまま王女様が自ら降嫁して侯爵家に嫁入りするなんて口にするはずないですがね。
それに、ゲームでのヒロインは確かに『王家の姫』でした。王女が降嫁して侯爵家に入ったならば『王家の血筋の侯爵令嬢』となるはずなので、たぶんウェルド様が婿入りするのでしょう。
「昔から弟には激甘な母でしたが、こんな訳のわからないことを言い出すなんて……。情けな過ぎて涙も出ませんわ。
だいたい、領地の経営が上手くいかなくなった時にリゼル様のお父上に助けを求めておいて、その見返りにとこの婚約を纏めたのはお父様ですのに!1銭もお金を支払わずに侯爵家の嫁ならば伯爵令嬢にしたらとんだ大出世だろうと高笑いしていたのを目撃した時は我が父ながら殴り倒してやろうかと思いました」
そうそう、私の父は伯爵ながらも経営の才があり領地はとても栄えています。それを羨んだ侯爵が父に取り入って来たんですよねぇ。ウェルド様との婚約も「是非ともリゼル嬢のような素晴らしい方と縁を結びたい」とぐいぐいこられて断り切れなかったようですわ。侯爵の本心は「伯爵の知恵のおかげで領地の経営は持ち直したし、さらに儲けがでたがお礼のお金を渡すのは嫌だから侯爵家との婚約で恩を売っちゃえ☆」みたいでしたけど。お父様は腑に落ちないようでしたが格上の侯爵位から無理矢理纏められたら断りにくいですし、確かに侯爵家の領地が使えると便利な点もありましたので了承したのです。
ほら、物流って……運搬料も馬鹿にならないでしょう?全く関わりのない領地の道を使うと果てしない通行料を取られますが、婚約者の家の領地なら無料とまではいかなくても、かなり安く出来ます。というか、婚約するかわりにタダ同然の金額で通すように契約しましたからね。
「ちなみに五年の間に安くしていた分の領地通行料の差額も払えとのことです。
なんでも私がクロード様と婚約した事も気に入らないらしく、実は私が浮気していたんだろうとかなんとか……。ラナシア様には申し訳無いのですが、あまりしつこいと血管が切れそうですわ」
確かに通行料はタダ同然にしてもらいましたが、物流の売り上げの一部は定期的にお渡ししていましたし侯爵家もかなり潤っていたはずです。一時期侯爵夫人のドレスや装飾がかなり豪華になっていましたから使い道はわかりきっていますわね。
それでも嫁入りすれば義理の母になる方ですし、侯爵家が新たな家になるのだからとウェルド様の教育や領地経営にも尽力してきたのですが……。
こくり。と、少し冷めてしまったお茶をひとくち飲みます。
「真相をご存知でして?」
「なんでも、両親がウェルドは侯爵家の跡取りだからと婿入りに難色を示したら『ならば相場の10倍の結納金を準備しろ。でなければ結婚しない。ウェルドは婚姻前の王女に無体を働いた罪に問われるぞ』と脅されたようですわね」
「結納金ですか……。それも王女様がおっしゃる相場が王家から姫が降嫁されるときの10倍となるともう国家予算ですわね」
それにしてもあの王女は本当に結婚したいのかしら?したくないのかしら?結婚しなければ自分の立場が危ういとわかってらっしゃらないのでは?
「つまりお金がなくてなりふり構わずに私を脅した……ということですのね。お金があったとしてもあの王女がおとなしく降嫁なさるとは思えませんし、降嫁なさったらなさったで絶対にわがまま三昧で大変な目にあいますわよ」
「わたくしもそう思いますわ。1度だけ見たことがあるのですけれどお側仕えの方々がかわいそうでしたもの」
「ラナシア様の旦那様……エーゼルト辺境伯はなんと?」
「王命には従うしかないが、リゼル様に対して誠意を見せるべきだと説得して下さいましたがダメでした。わたくしの事も長女のくせに弟の幸せを祝えないのならば縁を切ると言われたので……両親の望み通りに致しますわ。もちろん夫も賛成して下さいました。わたくしは王都から離れます。ちょうど王都での仕事も終わりましたので」
「辺境伯様も書類仕事のために王城へ上がらねばならないなんて大変でしたわね。本当なら御本人がくる必要はないはずなのにこれも王女が指名したとか」
「うちの旦那様の顔がお気に召したらしくて、結婚後もちょっかいをかけに来ますのよ。弟との事も相談したいと言いながら『わたしが他の男の物になって残念だったわね。今さら悔やんでも遅いのよ』と仰っていたそうですわ。もちろん旦那様はお祝いの言葉だけ述べて立ち去ったらしいですけれど」
「たぶん、それが癪にさわって結納金などと言ってきたのね。辺境伯様の妻はウェルド様の姉君……弟のためにお金で苦しめたかったのでは?」
「わたくしもそう思います。もちろん支援は断りました。辺境伯の持つ資金は領地のためのもの……リゼル様との結婚のためのお金ならまだしも、あんな王女との結婚のためになんて銅貨1枚だって渡したくありません」
ラナシア様はすっかり冷めた紅茶をぐいっと飲み干し眉間に皺を寄せました。相当な言い合いがあったようですわね。
「妹君たち……タチアナ様とユーラリア様は?」
「ふたりとも似たような状況ですわね。婚約が纏まりそうだったのに母がその相手の家に娘が欲しければウェルドの為にお金を払えと……いくら侯爵家の娘とは言えヴィッツ伯爵家と縁を切った家の娘ではその価値は下がります。さらにはあの傲慢な態度……もちろん婚約の話は失くなりました。妹たちがかわいそうですわ」
「とんだとばっちりでしたわね」
「妹たちも実家とは縁を切りたいと言っています。ですがこのままでは平民として放り出される事になるので、どうしたものかと……」
タチアナ様とユーラリア様はお二人ともお優しい素敵な淑女ですわ。もちろん私ともお友達です。ウェルド様のせいでお二人が不幸になるのは見過ごせません。が……。
「いいえ、ラナシア様。お二人には是非平民になっていただきましょう」
「リゼル様、それではあまりに……」
「大丈夫、良い考えがありますのよ」
にっこりと笑いその真意を話せば、ラナシア様は快く頷いてくれるのでした。
0
お気に入りに追加
51
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
変な転入生が現れましたので色々ご指摘さしあげたら、悪役令嬢呼ばわりされましたわ
奏音 美都
恋愛
上流階級の貴族子息や令嬢が通うロイヤル学院に、庶民階級からの特待生が転入してきましたの。
スチュワートやロナルド、アリアにジョセフィーンといった名前が並ぶ中……ハルコだなんて、おかしな
悪役令嬢アンジェリカの最後の悪あがき
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【追放決定の悪役令嬢に転生したので、最後に悪あがきをしてみよう】
乙女ゲームのシナリオライターとして活躍していた私。ハードワークで意識を失い、次に目覚めた場所は自分のシナリオの乙女ゲームの世界の中。しかも悪役令嬢アンジェリカ・デーゼナーとして断罪されている真っ最中だった。そして下された罰は爵位を取られ、へき地への追放。けれど、ここは私の書き上げたシナリオのゲーム世界。なので作者として、最後の悪あがきをしてみることにした――。
※他サイトでも投稿中
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
断罪なんて嘘でしょ!?
あい
恋愛
5歳の誕生日前日、楽しみすぎてはしゃぎすぎ、当日高熱を出し倒れた際に前世の記憶を取り戻す。
前世は高校生で、病弱だったので、病院でゲームをして過ごす事が多かった。そして、そのゲームの悪役令嬢と今の自分が同じ名前である事に気づく。
いやいやいや。これってたまたまだよね?断罪されないよね??
断罪回避の為に戦う1人の少女の物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
攻略対象の王子様は放置されました
白生荼汰
恋愛
……前回と違う。
お茶会で公爵令嬢の不在に、前回と前世を思い出した王子様。
今回の公爵令嬢は、どうも婚約を避けたい様子だ。
小説家になろうにも投稿してます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
もしもゲーム通りになってたら?
クラッベ
恋愛
よくある転生もので悪役令嬢はいい子に、ヒロインが逆ハーレム狙いの悪女だったりしますが
もし、転生者がヒロインだけで、悪役令嬢がゲーム通りの悪人だったなら?
全てがゲーム通りに進んだとしたら?
果たしてヒロインは幸せになれるのか
※3/15 思いついたのが出来たので、おまけとして追加しました。
※9/28 また新しく思いつきましたので掲載します。今後も何か思いつきましたら更新しますが、基本的には「完結」とさせていただいてます。9/29も一話更新する予定です。
※2/8 「パターンその6・おまけ」を更新しました。
乙女ゲームの断罪シーンの夢を見たのでとりあえず王子を平手打ちしたら夢じゃなかった
月
恋愛
気が付くとそこは知らないパーティー会場だった。
そこへ入場してきたのは"ビッターバター"王国の王子と、エスコートされた男爵令嬢。
ビッターバターという変な国名を聞いてここがゲームと同じ世界の夢だと気付く。
夢ならいいんじゃない?と王子の顔を平手打ちしようと思った令嬢のお話。
四話構成です。
※ラテ令嬢の独り言がかなり多いです!
お気に入り登録していただけると嬉しいです。
暇つぶしにでもなれば……!
思いつきと勢いで書いたものなので名前が適当&名無しなのでご了承下さい。
一度でもふっと笑ってもらえたら嬉しいです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
愛のゆくえ【完結】
春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした
ですが、告白した私にあなたは言いました
「妹にしか思えない」
私は幼馴染みと婚約しました
それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか?
☆12時30分より1時間更新
(6月1日0時30分 完結)
こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね?
……違う?
とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。
他社でも公開
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる