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 昔、僕の側にはいつもひとりの少女がいた。

 ほのかに甘い香りのするミルクティー色のふわりと長い艶やかな髪も、蜂蜜色をしたミステリアスな瞳も、熟れた果実のような魅惑の唇も。

    どれをとっても美しく可愛らしい……彼女はみんなに愛されるそんな少女だった。


『ねぇ……約束よ?』

彼女はいつも微笑んでいた。

『忘れないで。ずっと私と一緒にいるって約束して……絶対よ』

 僕の姿を映した蜂蜜色の瞳が細められ、その言葉がまるで呪縛のように僕を捕える。そして僕は彼女に向かって必死に手を伸ばすが、いつも触れる寸前で彼女は笑顔のままその姿を消してしまうのだ。

『約束よーーーー』

 その言葉だけが木霊して響きわたり、僕は伸ばした手を元に戻して握りしめた。

「……わかってるよ、マリーリエ。僕の……」





 ーーーーたったひとりのお嬢様。















***






「ご無事ですか?」



 ふわりと、開いた視界でミルクティー色の髪が揺らめく。蜂蜜色の瞳を心配そうに翳らせて僕を覗き込む少女の姿に一瞬息を飲み込んだ。

「……っ」

「……ご主人様マスター?」

 僕の様子に首を傾げるその少女に思わず手を伸ばそうとして……すぐに“違う”と手を引っ込める。

 この子は彼女とは違う。そう、“違う”お嬢様ーーーー。




「……ごめん、悪い夢を見ていたようだ。僕はどのくらい気を失っていた?」

 覚醒しきってない脳を切り替えて言葉を紡ぐ。あんな夢を見たせいで混乱していたが、徐々に今の状況を思い出した。視線を上へやればぽっかりと空いた丸い空が見える。落とし穴……いや、古い井戸かな。水も枯れているようで時折パラパラと砂が落ちてきていた。

「いえ、ほんの数秒程度です。私も油断しておりました……まさか、“執事”の方が狙われるなんて」

 悔しそうに唇を噛み「申し訳ございませんでした」と頭を下げるアリスティアからこんな目にあってしまった事情を聞くことになる。
















 この日、僕らはいつものように“お嬢様と執事”になっていた。

 蝶よ花よと育てられた美しい伯爵令嬢。ミルクティー色の髪がふわりと風に靡くと、ほんのり甘い香りがして周りの令息たちは彼女に夢中になっている。アリスティアの美しさに魅了されない男などいないだろう。

 いつもの魂狩り。アリスティアの食事の為とはいえむやみやたらにアリスティアに触れようとする令息たちを今すぐ叩き潰したくなるが今は我慢だ。アリスティアに最高の食事を提供するためには、もっと欲望を高めさせなくてはいけない。

 だが、問題が起こった。

 そろそろ食べ頃かと思っていた時だ。



「子爵家の令息が行方不明?」

「そうなんです。何か知らないかと連絡が来まして……」

 いつもアリスティアを欲にまみれた目で見ていた子爵令息は、数日中に魂を刈り取ろうとしていた人間だった。

 そしてその後も欲を育てていた男たちが次々と行方不明となってしまったのだ。こんな偶然が重なる訳がない。明らかに誰かが意図的にやっているのだろう。






「まさか、獲物を横取りされるなんて……」

「もしかして、青のグリモワールの持ち主がまた……?」

 確かに僕の上前をはねるなんて事が出来そうなのはあいつしか思いつかないが……。

「その可能性もあるけど、まだわからないな。けどだれであろうと僕の邪魔をする奴を放っておけない」

 狙っていた獲物は残りひとり。きっとこいつももうすぐ行方不明となるだろうと思った。なので僕にだけわかる印をつけてわざと泳がしておいた。案の定最後の男は姿を消し、印の残っていた場所へとやってきたのだが……。

「まさか森の奥へと誘い込まれた上に、背中を押されて古井戸に落とされるなんて……魔法や怪しい気配ばかり気にしていたらこんな古典的な手口に引っかかるなんてね」

「生き物が近づいてきていた気配はしなかったのですが……」

「足元にこんな古井戸があったことにも気づかなかった。もしかしたらこの森自体になるかあるのかもしれないな……」

 とにかくここから出ようと右手を掲げる。

「グリモワールよ、我に従え……。え?」

「……ご主人様マスター?!」



 何度グリモワールの名を口にしても、その手に赤い光が現れることはなかった。







    
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