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Ⅸ
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その日、青空の下でとある令嬢の葬儀が行われていた。
「可哀想に……婚約者に裏切られた上に足を潰され、さらにはその婚約者が目の前で殺されたんだろう?年若いご令嬢にはとても耐えきれなかったんだろうなぁ」
「えぇ、事件の後は食事もまともに摂れずに部屋に引き籠もっていたそうですわ。専属執事が付きっきりで看病していたらしいけれど、切り落とした足の傷が悪くなり心労か重なったのかそのまま……」
「侯爵夫人もすっかり気落ちなされて……。せっかくご自身のご病気が回復なされていたのに……」
この場に参加していた人間たちがぽつりぽつりとそんなことを語りながら葬儀は滞りなく行われた。棺の中にはすっかりやつれてしまった黒髪の令嬢がまるで眠っているかのように横たわっているが、その閉じられた瞼が開かれることはない。令嬢の腰から下には花が引き詰められ白いドレスのようにも見えた。
「……お嬢様をお守りすることが出来ず、申し訳ありませんでした」
棺が運ばれ、土の中に埋められるとひとりの女執事が侯爵夫人に深々と頭を下げる。それは今しがた埋められたばかりの令嬢の専属執事の女であった。
「……あの子は、この侯爵家を恨んでいたかしら」
枯れ果てるまで泣いたはずの侯爵夫人の目に再び涙が溜まる。もう知ることの出来ない義娘の心をその執事に問うが女執事は首を左右に振る。
「私にはわかり兼ねます。……ですが、もう王家とは関わらずに静かに暮らしたい。とだけ……最後にそうおっしゃられていました」
「そう……」
その後、侯爵夫人は爵位を返上し田舎でひっそりと暮らした。使用人たちもそれぞれ黒髪の美しい少女の思い出を胸にそれぞれの帰路についた。
「あなたはどうなさるのですか?アリスティア殿」
執事長だった老人がミルクティー色の髪をした元女執事に聞いたが、彼女はにこりと微笑むと、何も言わずにその場を去り……その後の行方は誰にもわからなかったそうだ。
そして第三王子が死んだ原因である男爵令嬢も王家がどれたけ手を尽くしても捕える事は出来ず、あんな死に方をした上に婚約者でもあった侯爵令嬢を間接的にとはいえ死に至らしめた第三王子の死体は王家の墓に埋められることはなかった。そして、そんな王子を排出した王家の信用も徐々に廃れていったらしいとの風の噂が流れたとか。
***
「これでよろしかったのですか?」
小さな花が咲き乱れる野原で、元の姿に戻ったご主人様が私の膝の上に頭を乗せて寝転んだ。
「うん、これでいいよ。結果的に侯爵家は無くなったし、王家も大きなダメージを負ったようだしね。ただ、アリスティアの食料の調達が出来なくてごめん」
柔らかい風が吹き、綺麗な銀色がさらりと揺れる。
「私の事はお気になさらなくて大丈夫です。でも、グリモワールが元に戻ってよかったです」
「まさか元の色に戻るのにあんなに時間がかかるなんてね。でも異国の医師団とやらが来る前で良かったよ。久々にグリモワールを使ったけど、身代わり人形も上手く出来たしね」
そして「風が気持ちいいな……」と目をつむり、そのまま眠ってしまったのだった。
あのこびりついた恨みの残穢はもう消えてしまった。あの少女の魂は果たしてこの結果に満足したのだろうか。
その時、寝息をたてるご主人様の唇がピクリと動く。
「……マリーリエ……」
見知らぬ誰かの名前。それを紡いだ彼の唇から目が離せなかった。
「可哀想に……婚約者に裏切られた上に足を潰され、さらにはその婚約者が目の前で殺されたんだろう?年若いご令嬢にはとても耐えきれなかったんだろうなぁ」
「えぇ、事件の後は食事もまともに摂れずに部屋に引き籠もっていたそうですわ。専属執事が付きっきりで看病していたらしいけれど、切り落とした足の傷が悪くなり心労か重なったのかそのまま……」
「侯爵夫人もすっかり気落ちなされて……。せっかくご自身のご病気が回復なされていたのに……」
この場に参加していた人間たちがぽつりぽつりとそんなことを語りながら葬儀は滞りなく行われた。棺の中にはすっかりやつれてしまった黒髪の令嬢がまるで眠っているかのように横たわっているが、その閉じられた瞼が開かれることはない。令嬢の腰から下には花が引き詰められ白いドレスのようにも見えた。
「……お嬢様をお守りすることが出来ず、申し訳ありませんでした」
棺が運ばれ、土の中に埋められるとひとりの女執事が侯爵夫人に深々と頭を下げる。それは今しがた埋められたばかりの令嬢の専属執事の女であった。
「……あの子は、この侯爵家を恨んでいたかしら」
枯れ果てるまで泣いたはずの侯爵夫人の目に再び涙が溜まる。もう知ることの出来ない義娘の心をその執事に問うが女執事は首を左右に振る。
「私にはわかり兼ねます。……ですが、もう王家とは関わらずに静かに暮らしたい。とだけ……最後にそうおっしゃられていました」
「そう……」
その後、侯爵夫人は爵位を返上し田舎でひっそりと暮らした。使用人たちもそれぞれ黒髪の美しい少女の思い出を胸にそれぞれの帰路についた。
「あなたはどうなさるのですか?アリスティア殿」
執事長だった老人がミルクティー色の髪をした元女執事に聞いたが、彼女はにこりと微笑むと、何も言わずにその場を去り……その後の行方は誰にもわからなかったそうだ。
そして第三王子が死んだ原因である男爵令嬢も王家がどれたけ手を尽くしても捕える事は出来ず、あんな死に方をした上に婚約者でもあった侯爵令嬢を間接的にとはいえ死に至らしめた第三王子の死体は王家の墓に埋められることはなかった。そして、そんな王子を排出した王家の信用も徐々に廃れていったらしいとの風の噂が流れたとか。
***
「これでよろしかったのですか?」
小さな花が咲き乱れる野原で、元の姿に戻ったご主人様が私の膝の上に頭を乗せて寝転んだ。
「うん、これでいいよ。結果的に侯爵家は無くなったし、王家も大きなダメージを負ったようだしね。ただ、アリスティアの食料の調達が出来なくてごめん」
柔らかい風が吹き、綺麗な銀色がさらりと揺れる。
「私の事はお気になさらなくて大丈夫です。でも、グリモワールが元に戻ってよかったです」
「まさか元の色に戻るのにあんなに時間がかかるなんてね。でも異国の医師団とやらが来る前で良かったよ。久々にグリモワールを使ったけど、身代わり人形も上手く出来たしね」
そして「風が気持ちいいな……」と目をつむり、そのまま眠ってしまったのだった。
あのこびりついた恨みの残穢はもう消えてしまった。あの少女の魂は果たしてこの結果に満足したのだろうか。
その時、寝息をたてるご主人様の唇がピクリと動く。
「……マリーリエ……」
見知らぬ誰かの名前。それを紡いだ彼の唇から目が離せなかった。
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