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Ⅲ
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「グリモワールよ、我に従え」
ご主人様が本来の姿に戻り、その手にグリモワールを掲げた。ご主人様は自分の姿をいつも「子供のままだから気に入らない」と大人の姿に変身したがるが、私は本来の彼を誰よりも愛している。……もちろんこの気持ちは内緒だけれど。
そんなご主人様の足元にはひとりの少年の体が横たわっていた。まだ息はあるがか細く、見開いたままの瞳は酷く濁っている。だらしなく緩んだ口からは唾液が滴っていた。
悪魔に魅了された人間はいつもこうなるのだ。
「ーーーーこの人間から魂を抜き取れ」
グリモワールが眩い光を放ち、少年の肉体からふわりと小さくて丸い魂が浮かび上がった。
それは紅く光りまるで一粒のルビーのようで……とても美味しそうだ。
私はその魂を摘まんで唇の中に含む。甘くまろやかな欲望の味が口いっぱいに広がり私はごくりと喉を鳴らしてそれを飲み込んだのだった。
『ありがとうございます、ご主人様。今回の魂もとても美味しかったです』
私は悪魔だ。“紅い悪魔”と呼ばれるが、その実態は私は嫉妬と欲望を糧にする悪魔なのである。
悪魔だって空腹になれば食事をする。人がパンを頬張るように、悪魔の食料とは人間の魂であった。やはり自分自身に直に向けられる欲望に染まった魂の味は格別だ、と舌舐りをした。
「グリモワールに囚われている悪魔に食事を与えるのはグリモワールの持ち主の役目だからね。……それにしても、こいつ僕のアリスティアでどんな妄想をしたんだか……ムカつく」
すでに事切れた物言わぬ死体となった少年の体を靴底でグリッと踏みつけるご主人様の姿に苦笑してしまう。魂に極上のスパイスを与えるためにそう仕向けたのだが、毎回の事ながらこのご主人様はそれが気に入らないらしいのだ。
『その他の欲望を持った魂でもいいのですが、やはりそうゆう感情の魂の方が美味しいですし、腹持ちもいいんです』
「わかってるけどさ。別に僕はグリモワールを使って町のひとつくらい滅ぼしてもいいのに」
『ご主人様がご自身で望むのなら構いませんが、私の為ならお止めください』
「……アリスティアがそういうなら、しないけど」
少し拗ねたように顔を反らす愛しい彼の姿に微笑みが溢れた。
「じゃあ、こいつの脱け殻は処分しよう。
グリモワールよ、この屍を地中に引きずり込め……」
その言葉に従うように、少年の体はズブズブと地面の中に沈んでいった。この1か月近く、碌に仕事もせず家で妄想に耽っていた少年はいつの間にか「怠け者」と呼ばれ、誰にも相手にされなくなっていた。そんな人間がひとり消えたところで誰も騒ぎはしない。この町の人間たちはみんな働き者ばかりで「体を壊しても倒れても働く事が美徳」と思っているからだ。人間なんて、すぐに過労で死んでしまうような弱い生き物なのに愚かな事だ。
「こいつの存在の記憶を消してもよかったけど、こっちの方が面白そうだしね。さ、屋敷に戻ろうかお嬢様?」
やっと機嫌の直ったらしいご主人様がにっこりと瞳を細めた。いたずらっ子のようなその笑顔に肩を竦める。
『まだ“お嬢様と執事ごっこ”は続けるのですか?あれほど止めてくださいとお願いしましたのに……』
「だって楽しいじゃないか。せめて王子とかに絡まれないように今度は男爵令嬢設定にしたのに。それに、執事の格好が気に入ってるんだ」
『仕方のないご主人様ですねぇ……』
どうやら執事の大人姿がお気に召したらしい。どうやら飽きるまで続けられそうだ。
『そうですか……。では、どうせならもう少し魂狩りをしてもよろしいですか?この町には私に欲望を向ける人間が多そうなので』
こちらの要望は聞いてくれないのならばと、反論してみればご主人様は笑顔を崩して眉をしかめた。
「……やっぱりグリモワールでこの町の男を消滅させようかな」
『あら、消滅したら魂が食べられないので止めてくださいね』
心地のよい可愛らしい嫉妬の感情に私は夢見心地になり、クスクスと笑ったのだった。
ご主人様が本来の姿に戻り、その手にグリモワールを掲げた。ご主人様は自分の姿をいつも「子供のままだから気に入らない」と大人の姿に変身したがるが、私は本来の彼を誰よりも愛している。……もちろんこの気持ちは内緒だけれど。
そんなご主人様の足元にはひとりの少年の体が横たわっていた。まだ息はあるがか細く、見開いたままの瞳は酷く濁っている。だらしなく緩んだ口からは唾液が滴っていた。
悪魔に魅了された人間はいつもこうなるのだ。
「ーーーーこの人間から魂を抜き取れ」
グリモワールが眩い光を放ち、少年の肉体からふわりと小さくて丸い魂が浮かび上がった。
それは紅く光りまるで一粒のルビーのようで……とても美味しそうだ。
私はその魂を摘まんで唇の中に含む。甘くまろやかな欲望の味が口いっぱいに広がり私はごくりと喉を鳴らしてそれを飲み込んだのだった。
『ありがとうございます、ご主人様。今回の魂もとても美味しかったです』
私は悪魔だ。“紅い悪魔”と呼ばれるが、その実態は私は嫉妬と欲望を糧にする悪魔なのである。
悪魔だって空腹になれば食事をする。人がパンを頬張るように、悪魔の食料とは人間の魂であった。やはり自分自身に直に向けられる欲望に染まった魂の味は格別だ、と舌舐りをした。
「グリモワールに囚われている悪魔に食事を与えるのはグリモワールの持ち主の役目だからね。……それにしても、こいつ僕のアリスティアでどんな妄想をしたんだか……ムカつく」
すでに事切れた物言わぬ死体となった少年の体を靴底でグリッと踏みつけるご主人様の姿に苦笑してしまう。魂に極上のスパイスを与えるためにそう仕向けたのだが、毎回の事ながらこのご主人様はそれが気に入らないらしいのだ。
『その他の欲望を持った魂でもいいのですが、やはりそうゆう感情の魂の方が美味しいですし、腹持ちもいいんです』
「わかってるけどさ。別に僕はグリモワールを使って町のひとつくらい滅ぼしてもいいのに」
『ご主人様がご自身で望むのなら構いませんが、私の為ならお止めください』
「……アリスティアがそういうなら、しないけど」
少し拗ねたように顔を反らす愛しい彼の姿に微笑みが溢れた。
「じゃあ、こいつの脱け殻は処分しよう。
グリモワールよ、この屍を地中に引きずり込め……」
その言葉に従うように、少年の体はズブズブと地面の中に沈んでいった。この1か月近く、碌に仕事もせず家で妄想に耽っていた少年はいつの間にか「怠け者」と呼ばれ、誰にも相手にされなくなっていた。そんな人間がひとり消えたところで誰も騒ぎはしない。この町の人間たちはみんな働き者ばかりで「体を壊しても倒れても働く事が美徳」と思っているからだ。人間なんて、すぐに過労で死んでしまうような弱い生き物なのに愚かな事だ。
「こいつの存在の記憶を消してもよかったけど、こっちの方が面白そうだしね。さ、屋敷に戻ろうかお嬢様?」
やっと機嫌の直ったらしいご主人様がにっこりと瞳を細めた。いたずらっ子のようなその笑顔に肩を竦める。
『まだ“お嬢様と執事ごっこ”は続けるのですか?あれほど止めてくださいとお願いしましたのに……』
「だって楽しいじゃないか。せめて王子とかに絡まれないように今度は男爵令嬢設定にしたのに。それに、執事の格好が気に入ってるんだ」
『仕方のないご主人様ですねぇ……』
どうやら執事の大人姿がお気に召したらしい。どうやら飽きるまで続けられそうだ。
『そうですか……。では、どうせならもう少し魂狩りをしてもよろしいですか?この町には私に欲望を向ける人間が多そうなので』
こちらの要望は聞いてくれないのならばと、反論してみればご主人様は笑顔を崩して眉をしかめた。
「……やっぱりグリモワールでこの町の男を消滅させようかな」
『あら、消滅したら魂が食べられないので止めてくださいね』
心地のよい可愛らしい嫉妬の感情に私は夢見心地になり、クスクスと笑ったのだった。
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