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Ⅱ
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「あれ?あそこって新しい領主様のお屋敷だろう?知らない女の子が入っていったよ」
「おや、知らなかったのかい?新しいご領主様には一人娘がいらっしゃるんだよ。生まれつき病弱でずっと田舎で療養なされていたけれど、最近は元気になられたそうでこちらに戻ってきたそうだ」
「へぇ……お嬢様がいらっしゃったのか」
物知りな町長にそう言われ、再び領主様のお屋敷に目を向ける。そこには馬車から降りたばかりの美しい少女がいたのだ。
淡いミルクティー色の髪が風にふわりと靡き、長い睫毛を瞬きさせると蜂蜜色の瞳がキラリと光った気がした。
「……まるで物語に出てくるお姫様みたいだ」
その横顔があまりに綺麗で思わず見入ってしまう。町長が「確かお名前は“アリスティア様”だよ」と教えてくれた。
歳の頃は自分とさほど変わらないようなのに、お嬢様のいる場所だけ別次元のようにも見えた。
***
お嬢様がこの領地にやってきてから俺の日常は変わった。今までは毎日同じことを繰り返すだけの灰色のようなつまらない日常だったのに、今はパッと花が咲いたように鮮やかに色付いていた。
「お嬢さん、お加減はどうですか?新鮮な果物を仕入れてますよ!」
「アリスティアお嬢様、今日は顔色がいいですね!町に散策にいらしたんですか?」
「ありがとう。そうなんです、父から領地の事は自分の目で見て学べと言われているので……。色々お話を聞かせて下さい」
そう言ってにっこりと微笑むお嬢様の姿に町の人間は同じく笑顔を返すのだった。
お嬢様の名前は、アリスティア・ダレンシー男爵令嬢。今年で16歳になられたそうだ。幼い頃から病弱だったせいで学園には通っていないが家庭教師のおかげで知識と教養は同年代の令嬢に負けないくらいあるらしい。
「アリスティアお嬢様……今日も綺麗だなぁ」
お嬢様はよく町に散策にくる。ずっと療養していたからあまり体力がないのだと言っていて各店で休憩しながら町の様子を聞いたりしている姿も好感が持てた。たまにやってくる他の貴族は傲慢で平民を見下している奴らが多いが、アリスティアお嬢様は同じ目線になりちょっとした冗談にまで付き合ってくれる。ダレンシー男爵領は他のそれに比べれば小さな領地だ。この町も小さいけれど、町人たちはみんな仲が良くて犯罪もほとんどない。そんな平和な町だからダレンシー男爵も大切な娘をひとりで歩かせているのだろう。
……いや、ひとりじゃないか。
俺はお嬢様の背後に立つ人物に細めた視線を向けた。
黒髪黒目の長身の男。黒い燕尾服に身を包んだアリスティアお嬢様の執事だ。……執事兼護衛兼家庭教師だったか。とにかく毎度べったりとお嬢様に張り付いてくる嫌な男だ。確かに顔は男前だと思うが、男は見た目だけじゃない。俺にはわかる。あいつは絶対に何か企んでるね。
「エドワード、このお花を買いたいわ」
「はい、アリスティアお嬢様」
アリスティアお嬢様が花屋から小さな町のブーケを受け取った。白とピンクのバラの花束に赤いリボンをつけたブーケは可愛らしいお嬢様が持つとなんだか宝石のように綺麗に見えた。
「そんな、領主様のお嬢様からお代を頂くなんて……」
執事の男が代金を渡そうとすると花屋の店主が恐縮そうに首を横に振る。しかしお嬢様は執事から代わりにお金を受け取り、店主の手に無理矢理納めさせた。
「いいえ、これは売り物で私はそれを買いたいと言っているのだからちゃんと受け取って貰わないと困るわ。私は世間に疎いからお金の勉強もしないといけないの。でないと父に叱られてしまいます」
にっこりと天使の笑顔でそう言われたら、店主も「ありがとうございます」と嬉しそうに代金を握り締める。
「また綺麗なお花を買いに来ますね」
お嬢様は美しい。それに貴族にありがちな傲慢さもなく、公平で優しい。この町の人間はみんなアリスティアお嬢様が大好きだった。特に年頃の男はお嬢様に夢中だ。
もちろん、俺も。
お嬢様は確かに貴族だが、男爵令嬢だ。貴族の中では末席で平民に1番近い存在でもある。病弱な男爵令嬢なら高貴な貴族に嫁ぐなんてことは滅多にないだろう。もしかしたら庶民から婿養子をとったりして、なんて妄想したこともあった。だって男爵の爵位なんて金で買えるもんなんだろ?どこかの国の男爵令嬢は親が成金で爵位を買ったから貴族の仲間入りをしたって噂を聞いたことがある。平民からしたらある意味シンデレラストーリーだから「幸せは金で買えるんだ」と当時みんなと話していた。
……あれ?その男爵令嬢ってそのどこかの国の王子と婚約したんだっけ?いや違う、王子とそんな仲になったけど奇病にかかって入院したとかなんとか……あぁ、王子の方は災害に遭って城ごと吹っ飛んだんだ。自然災害の前には身分もなにもないからな。死にはしなかったらしいけど、人前に出れない体になったって本当かな?まぁ、他所の国の事なんかどうでも良いか。
つまり、アリスティアお嬢様はこの町の平民から婿養子を探している可能性もあるってことだ。散策だとか勉強だとか理由付けて男を探しているなんて、純情そうな顔をして実はしたたかなのかもしれない。
ドキドキしながらお嬢様を見つめていると、ふとその視線がこちらを向いた。
「!」
アリスティアお嬢様が俺を見て微笑んだのだ。
お嬢様は俺を見て、蜂蜜色の瞳を怪しげに細め艶やかな唇から赤い舌先を出してペロリと舌舐りした。
ーーーー俺が選ばれた。
そう直感した俺はあの純情そうな顔が俺の下で乱れ穢れていく妄想で頭がいっぱいになり、体の中心が熱い熱を帯びていた。
それから数日。俺は仕事も手につかず、毎日をひたすらお嬢様との甘い生活を妄想しながら過ごした。
まさか、その1か月後。自分が行方不明になるなんて思いもせずにーーーー。
「おや、知らなかったのかい?新しいご領主様には一人娘がいらっしゃるんだよ。生まれつき病弱でずっと田舎で療養なされていたけれど、最近は元気になられたそうでこちらに戻ってきたそうだ」
「へぇ……お嬢様がいらっしゃったのか」
物知りな町長にそう言われ、再び領主様のお屋敷に目を向ける。そこには馬車から降りたばかりの美しい少女がいたのだ。
淡いミルクティー色の髪が風にふわりと靡き、長い睫毛を瞬きさせると蜂蜜色の瞳がキラリと光った気がした。
「……まるで物語に出てくるお姫様みたいだ」
その横顔があまりに綺麗で思わず見入ってしまう。町長が「確かお名前は“アリスティア様”だよ」と教えてくれた。
歳の頃は自分とさほど変わらないようなのに、お嬢様のいる場所だけ別次元のようにも見えた。
***
お嬢様がこの領地にやってきてから俺の日常は変わった。今までは毎日同じことを繰り返すだけの灰色のようなつまらない日常だったのに、今はパッと花が咲いたように鮮やかに色付いていた。
「お嬢さん、お加減はどうですか?新鮮な果物を仕入れてますよ!」
「アリスティアお嬢様、今日は顔色がいいですね!町に散策にいらしたんですか?」
「ありがとう。そうなんです、父から領地の事は自分の目で見て学べと言われているので……。色々お話を聞かせて下さい」
そう言ってにっこりと微笑むお嬢様の姿に町の人間は同じく笑顔を返すのだった。
お嬢様の名前は、アリスティア・ダレンシー男爵令嬢。今年で16歳になられたそうだ。幼い頃から病弱だったせいで学園には通っていないが家庭教師のおかげで知識と教養は同年代の令嬢に負けないくらいあるらしい。
「アリスティアお嬢様……今日も綺麗だなぁ」
お嬢様はよく町に散策にくる。ずっと療養していたからあまり体力がないのだと言っていて各店で休憩しながら町の様子を聞いたりしている姿も好感が持てた。たまにやってくる他の貴族は傲慢で平民を見下している奴らが多いが、アリスティアお嬢様は同じ目線になりちょっとした冗談にまで付き合ってくれる。ダレンシー男爵領は他のそれに比べれば小さな領地だ。この町も小さいけれど、町人たちはみんな仲が良くて犯罪もほとんどない。そんな平和な町だからダレンシー男爵も大切な娘をひとりで歩かせているのだろう。
……いや、ひとりじゃないか。
俺はお嬢様の背後に立つ人物に細めた視線を向けた。
黒髪黒目の長身の男。黒い燕尾服に身を包んだアリスティアお嬢様の執事だ。……執事兼護衛兼家庭教師だったか。とにかく毎度べったりとお嬢様に張り付いてくる嫌な男だ。確かに顔は男前だと思うが、男は見た目だけじゃない。俺にはわかる。あいつは絶対に何か企んでるね。
「エドワード、このお花を買いたいわ」
「はい、アリスティアお嬢様」
アリスティアお嬢様が花屋から小さな町のブーケを受け取った。白とピンクのバラの花束に赤いリボンをつけたブーケは可愛らしいお嬢様が持つとなんだか宝石のように綺麗に見えた。
「そんな、領主様のお嬢様からお代を頂くなんて……」
執事の男が代金を渡そうとすると花屋の店主が恐縮そうに首を横に振る。しかしお嬢様は執事から代わりにお金を受け取り、店主の手に無理矢理納めさせた。
「いいえ、これは売り物で私はそれを買いたいと言っているのだからちゃんと受け取って貰わないと困るわ。私は世間に疎いからお金の勉強もしないといけないの。でないと父に叱られてしまいます」
にっこりと天使の笑顔でそう言われたら、店主も「ありがとうございます」と嬉しそうに代金を握り締める。
「また綺麗なお花を買いに来ますね」
お嬢様は美しい。それに貴族にありがちな傲慢さもなく、公平で優しい。この町の人間はみんなアリスティアお嬢様が大好きだった。特に年頃の男はお嬢様に夢中だ。
もちろん、俺も。
お嬢様は確かに貴族だが、男爵令嬢だ。貴族の中では末席で平民に1番近い存在でもある。病弱な男爵令嬢なら高貴な貴族に嫁ぐなんてことは滅多にないだろう。もしかしたら庶民から婿養子をとったりして、なんて妄想したこともあった。だって男爵の爵位なんて金で買えるもんなんだろ?どこかの国の男爵令嬢は親が成金で爵位を買ったから貴族の仲間入りをしたって噂を聞いたことがある。平民からしたらある意味シンデレラストーリーだから「幸せは金で買えるんだ」と当時みんなと話していた。
……あれ?その男爵令嬢ってそのどこかの国の王子と婚約したんだっけ?いや違う、王子とそんな仲になったけど奇病にかかって入院したとかなんとか……あぁ、王子の方は災害に遭って城ごと吹っ飛んだんだ。自然災害の前には身分もなにもないからな。死にはしなかったらしいけど、人前に出れない体になったって本当かな?まぁ、他所の国の事なんかどうでも良いか。
つまり、アリスティアお嬢様はこの町の平民から婿養子を探している可能性もあるってことだ。散策だとか勉強だとか理由付けて男を探しているなんて、純情そうな顔をして実はしたたかなのかもしれない。
ドキドキしながらお嬢様を見つめていると、ふとその視線がこちらを向いた。
「!」
アリスティアお嬢様が俺を見て微笑んだのだ。
お嬢様は俺を見て、蜂蜜色の瞳を怪しげに細め艶やかな唇から赤い舌先を出してペロリと舌舐りした。
ーーーー俺が選ばれた。
そう直感した俺はあの純情そうな顔が俺の下で乱れ穢れていく妄想で頭がいっぱいになり、体の中心が熱い熱を帯びていた。
それから数日。俺は仕事も手につかず、毎日をひたすらお嬢様との甘い生活を妄想しながら過ごした。
まさか、その1か月後。自分が行方不明になるなんて思いもせずにーーーー。
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