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1: 流星群の夜に
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『あぁ、もう。見てらんねぇな』
婚約者の裏切りを目の当たりにしたショックのあまり、眩い流星群が夜空を駆け巡るその夜……私は毒を飲んだ。
意識が遠のく私に……誰かがそう呟いた。
***
「リリアナ・リベラト男爵令嬢、これに懲りたら身の程を知ることね!」
数人の高位貴族の令嬢がクスクスと笑いながら噴水の前から去っていく。その噴水の中に突き飛ばされ全身がずぶ濡れになった私は何も言えずに逃げるようにその場から立ち去った。
いつも私物を隠されたり嫌味を言われたりしているが、今日は人数が多かった上に直接的な暴力まで。今後のことを考えると気が重いが、私は爵位も低く気弱な性格だし見た目も地味だ。髪は向日葵色で金髪とは程遠いし、瞳だってレンガのようにくすんだ茶色だ。美しさが全ての貴族令嬢の中にはこんな私をお気に召さない人がいるような雰囲気なのだ。爵位なんて自分ではどうしようもないし、髪色だって校則のせいで染めるわけにもいかないのに学園内でのイジメはどんどん酷くなる一方だった。いつも俯いている私もいけないのだろうが、目が合うと嫌味を言われるので自然とそうなってしまったのだ。
「はぁ……放課後でよかった。でも、乾かさないと家にも帰れないわ。イジメられてるのが知られたらジェットにも心配をかけちゃうもの……」
私はひとつ年上の婚約者の名前を呟き、泣きそうになるのを堪える。彼は子爵家の跡継ぎとして毎日忙しいし勉強も頑張っているのだから、私のせいで余計な負荷はかけたくなかった。それに、彼は会えなくてもいつも優しいメッセージを添えたカードを贈ってくれていた。私はそのカードを心の支えにして卒業まで頑張ると決めたのだ。
それにしても、よく「男爵令嬢のくせに」と言われるが、我が家は代々続く歴史ある男爵家だし、貴族令嬢としての教育だってちゃんと受けている。成績だって上の下くらいは維持できるように勉強も必死にやっているのに何をしても「男爵令嬢のくせに」と言われるのだ。やっぱりあれかな、この間の試験で上位貴族令嬢の点数を少し追い越してしまったからかもしれない。しかし、良い点数を取れば「男爵令嬢のくせに生意気だ」と陰口を叩かれ、悪い点数だと「これだから男爵令嬢は」と笑われるのだ。八方塞がりである。そして気弱な性格のせいもあるが、相手が攻撃的だとなんだか萎縮してしまって上手く反論出来なくなるのだ。
トボトボと歩いていると、人の気配を感じる。耳を澄ますと誰かの声が聞こえてきたので、私は見つからないように木陰に身を隠した。すると、聞き覚えのある声が耳に届いた。
「俺が本当に愛しているのはミレーユだけだ。出来るならば今すぐ君を攫ってしまいたい」
その声に反応してそっと覗き込み、視界に飛び込んで来たのはふたつの人影。その姿に私は身を固くした。
そこにいたのはよく知っている人物で……。もうひとつの人影……ひとりの令嬢を抱き寄せ唇を重ねていたのは私の婚約者だった。
「嬉しい、ジェット様。わたくしも同じ気持ちよ。でもわたくし達には親の決めた婚約者がいる……こんなにも愛し合っているのに結ばれないなんて、まるでロミオとジュリエットね」
婚約者の胸に顔を埋め、瞳を潤ませたのは私もよく知る令嬢。この学園で1番美しいと評判のミレーユ・ルーベン公爵令嬢……この国の王太子の婚約者だ。確か王太子は病に臥せっているらしいと噂があり、その噂に対して公爵令嬢は心配で毎日見舞っていると周りに吹聴していた。今の姿を見る限りそんな気配は微塵もないが。
「俺が子爵家の生まれでなければ……あんな王太子などに君を渡したりしないのに」
「わたくしこそ、公爵令嬢でさえなければ……。あなたの婚約者が妬ましいわ。たかが男爵家の娘のくせにわたくしから愛しい人を奪うなんて許せない。あまりに妬ましくて、つい意地悪をしてしまうのよ。許して下さる?」
「ははは、嫉妬してくれるのか。ミレーユは可愛らしいな。あんな女どうなろうと気にならないが、君の手が汚れてしまわないかい?」
「うふふ、それは大丈夫よ。わたくしの取り巻きに色々吹き込んだら勝手に動いてくれているわ。今頃貧相なドレスを水浸しにされて泣いているかも。……でも、あんな女でも婚約者なのだしあなたに慰めを求めてきたらと思うと我慢ならないの」
「そんな心配など無用だ。ここ最近は禄に顔も見てないし、あんな貧相な女になど食指が動かないからな。だが、君への贈り物の為に金だけは搾り取らねばいけないけら、使用人に代筆させてカードを送ることだけは許してくれるかい?」
「あなたの名前が書かれているだけで許せないけど……あまりワガママを言っては嫌われてしまうわね。わかったわ」
「ありがとうミレーユ。君は心の広い素晴らしい淑女だ。大丈夫、離れていても俺と君は心で繋がってるのだから」
ジェットのその言葉を聞いて、私の瞳からはひと粒の涙が地に落ちていた。
そしてふたりは抱き合い「いっそ駆け落ちして平民になれれば一緒になれるのに」と再び唇を重ねたのだった。
***
“愛しい婚約者へ。 体調を崩したそうだね。忙しくて見舞いにいけない俺を許して欲しい。そういえば、今夜は滅多にない流星群が見れるそうだよ。一緒に見れなくて残念だ。でも、例え会えなくても俺と君は心で繋がってる。愛しているよ。 君を心から愛する者より”
あれから数日、私は学園を休んでいる。あんな場面を見てしまい気持ちの整理がつかずとてもじゃないが学園に行く気になれなかったのだ。
そんな中で早速届けられた1枚のカードを見て思わずため息が出た。確かに私と彼は親同士が決めた政略結婚だが、元はと言えばあちらから申し込まれた婚約だ。男爵家とはいえかなりの資金がある我が家に事業に失敗し損失を出して困っていた子爵夫妻が頭を下げてきたのである。私の両親からしたら自分たちより上の爵位の家に娘が嫁げるのならば願ってもない案件だったわけだ。
政略結婚なのだから愛があるとは限らないと解っていたのに。それでも、あまり社交的でない私は優しく接してくれるジェットに淡い恋心を抱いてしまったのだ。一緒に子爵家を支えて欲しいと乞われて嬉しく感じた私は、良い成績で学園を卒業して少しでも彼の役に立てればと……。
“例え会えなくても心で繋がってる”
いつも私へのカードに書いてあるこのメッセージも、今は白々しく思えてしまった。こんな言葉を信じていたなんて本当に馬鹿みたいだ。
「今まで、こんな嘘だらけのカードに喜んでいたなんて……」
ジェットとは学年が違うからか学園でもなかなか会えず、休日も父親である子爵の仕事を手伝っていて忙しいからと、だんだんデートする機会も減っていった。たがいつも「将来君に苦労をさせないためにも早く一人前になりたいんだ」と言われてすっかり信じてしまっていたのだ。
ずっと理不尽なイジメにも耐えていたが、全てはあの公爵令嬢が仕組んだことだった。しかもジェットはそれを止めるどころか喜んでいるだなんて。
「……もう、嫌になっちゃった」
本当なら怒りをジェットにぶつけるべきなのだ。この浮気者、婚約破棄だ。と。
でも、なんだか疲れてしまった。ずっとイジメられ続ける学園での生活も、ジェットの婚約者でいることも。ずっと裏切られていたのに浮かれていた自分にも。
ふと、窓の外に視線を向ける。いつの間にか暗くなっていた空には、一筋の光の線が描かれていた。
「流星群だわ……」
今頃ジェットはあの公爵令嬢とこの流星群を見ているのだろうか。
いくつもの光の線がまるで雨のように降り注ぐ。それは、きっとロマンティックで感動する光景のはずなのに私の目からは涙が溢れていた。
散々泣いたのにまだ涙が残っていたらしい。私は涙を拭うこともせず、引き出しから小さな小瓶を取り出した。これは少量なら草花を長持ちさせる薬として使える代物だが、人間が大量に摂取すれば呼吸困難を引き起こし処置が遅ければ命をも奪う物だった。
「……もしも生まれ変われるのなら、違う私になれますように」
私は流星群の光の中で、その小瓶の中身を一気に飲み干したのだった。
息が苦しくなり意識が遠のく中で、誰かの声が聞こえた。それは、呆れたような心配するような……優しい声が。
『あぁ、もう。見てらんねぇな』と。
翌朝、リリアナはベットで目を覚ました。
昨晩泣き過ぎたせいか目元が少し腫れているが、口元に笑みを浮かべている。慣れた手付きで侍女を呼び身支度を済ませた頃には目元の腫れも引いていた。
「お嬢様、昨夜の流星群はご覧になられましたか?コックのマイケルが新しい食材が手に入るようにと願い事をしたらしいですよ」
使用人とも仲の良いリベラト男爵家では侍女たちも気さくに話をしてくれる。リリアナはにっこりと侍女に向かって微笑みを見せた。
「もちろん見たわ。実は私もお願い事をしたのよ」
そう言ったリリアナの瞳には、もう不安の陰りはなかったのだった。
婚約者の裏切りを目の当たりにしたショックのあまり、眩い流星群が夜空を駆け巡るその夜……私は毒を飲んだ。
意識が遠のく私に……誰かがそう呟いた。
***
「リリアナ・リベラト男爵令嬢、これに懲りたら身の程を知ることね!」
数人の高位貴族の令嬢がクスクスと笑いながら噴水の前から去っていく。その噴水の中に突き飛ばされ全身がずぶ濡れになった私は何も言えずに逃げるようにその場から立ち去った。
いつも私物を隠されたり嫌味を言われたりしているが、今日は人数が多かった上に直接的な暴力まで。今後のことを考えると気が重いが、私は爵位も低く気弱な性格だし見た目も地味だ。髪は向日葵色で金髪とは程遠いし、瞳だってレンガのようにくすんだ茶色だ。美しさが全ての貴族令嬢の中にはこんな私をお気に召さない人がいるような雰囲気なのだ。爵位なんて自分ではどうしようもないし、髪色だって校則のせいで染めるわけにもいかないのに学園内でのイジメはどんどん酷くなる一方だった。いつも俯いている私もいけないのだろうが、目が合うと嫌味を言われるので自然とそうなってしまったのだ。
「はぁ……放課後でよかった。でも、乾かさないと家にも帰れないわ。イジメられてるのが知られたらジェットにも心配をかけちゃうもの……」
私はひとつ年上の婚約者の名前を呟き、泣きそうになるのを堪える。彼は子爵家の跡継ぎとして毎日忙しいし勉強も頑張っているのだから、私のせいで余計な負荷はかけたくなかった。それに、彼は会えなくてもいつも優しいメッセージを添えたカードを贈ってくれていた。私はそのカードを心の支えにして卒業まで頑張ると決めたのだ。
それにしても、よく「男爵令嬢のくせに」と言われるが、我が家は代々続く歴史ある男爵家だし、貴族令嬢としての教育だってちゃんと受けている。成績だって上の下くらいは維持できるように勉強も必死にやっているのに何をしても「男爵令嬢のくせに」と言われるのだ。やっぱりあれかな、この間の試験で上位貴族令嬢の点数を少し追い越してしまったからかもしれない。しかし、良い点数を取れば「男爵令嬢のくせに生意気だ」と陰口を叩かれ、悪い点数だと「これだから男爵令嬢は」と笑われるのだ。八方塞がりである。そして気弱な性格のせいもあるが、相手が攻撃的だとなんだか萎縮してしまって上手く反論出来なくなるのだ。
トボトボと歩いていると、人の気配を感じる。耳を澄ますと誰かの声が聞こえてきたので、私は見つからないように木陰に身を隠した。すると、聞き覚えのある声が耳に届いた。
「俺が本当に愛しているのはミレーユだけだ。出来るならば今すぐ君を攫ってしまいたい」
その声に反応してそっと覗き込み、視界に飛び込んで来たのはふたつの人影。その姿に私は身を固くした。
そこにいたのはよく知っている人物で……。もうひとつの人影……ひとりの令嬢を抱き寄せ唇を重ねていたのは私の婚約者だった。
「嬉しい、ジェット様。わたくしも同じ気持ちよ。でもわたくし達には親の決めた婚約者がいる……こんなにも愛し合っているのに結ばれないなんて、まるでロミオとジュリエットね」
婚約者の胸に顔を埋め、瞳を潤ませたのは私もよく知る令嬢。この学園で1番美しいと評判のミレーユ・ルーベン公爵令嬢……この国の王太子の婚約者だ。確か王太子は病に臥せっているらしいと噂があり、その噂に対して公爵令嬢は心配で毎日見舞っていると周りに吹聴していた。今の姿を見る限りそんな気配は微塵もないが。
「俺が子爵家の生まれでなければ……あんな王太子などに君を渡したりしないのに」
「わたくしこそ、公爵令嬢でさえなければ……。あなたの婚約者が妬ましいわ。たかが男爵家の娘のくせにわたくしから愛しい人を奪うなんて許せない。あまりに妬ましくて、つい意地悪をしてしまうのよ。許して下さる?」
「ははは、嫉妬してくれるのか。ミレーユは可愛らしいな。あんな女どうなろうと気にならないが、君の手が汚れてしまわないかい?」
「うふふ、それは大丈夫よ。わたくしの取り巻きに色々吹き込んだら勝手に動いてくれているわ。今頃貧相なドレスを水浸しにされて泣いているかも。……でも、あんな女でも婚約者なのだしあなたに慰めを求めてきたらと思うと我慢ならないの」
「そんな心配など無用だ。ここ最近は禄に顔も見てないし、あんな貧相な女になど食指が動かないからな。だが、君への贈り物の為に金だけは搾り取らねばいけないけら、使用人に代筆させてカードを送ることだけは許してくれるかい?」
「あなたの名前が書かれているだけで許せないけど……あまりワガママを言っては嫌われてしまうわね。わかったわ」
「ありがとうミレーユ。君は心の広い素晴らしい淑女だ。大丈夫、離れていても俺と君は心で繋がってるのだから」
ジェットのその言葉を聞いて、私の瞳からはひと粒の涙が地に落ちていた。
そしてふたりは抱き合い「いっそ駆け落ちして平民になれれば一緒になれるのに」と再び唇を重ねたのだった。
***
“愛しい婚約者へ。 体調を崩したそうだね。忙しくて見舞いにいけない俺を許して欲しい。そういえば、今夜は滅多にない流星群が見れるそうだよ。一緒に見れなくて残念だ。でも、例え会えなくても俺と君は心で繋がってる。愛しているよ。 君を心から愛する者より”
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政略結婚なのだから愛があるとは限らないと解っていたのに。それでも、あまり社交的でない私は優しく接してくれるジェットに淡い恋心を抱いてしまったのだ。一緒に子爵家を支えて欲しいと乞われて嬉しく感じた私は、良い成績で学園を卒業して少しでも彼の役に立てればと……。
“例え会えなくても心で繋がってる”
いつも私へのカードに書いてあるこのメッセージも、今は白々しく思えてしまった。こんな言葉を信じていたなんて本当に馬鹿みたいだ。
「今まで、こんな嘘だらけのカードに喜んでいたなんて……」
ジェットとは学年が違うからか学園でもなかなか会えず、休日も父親である子爵の仕事を手伝っていて忙しいからと、だんだんデートする機会も減っていった。たがいつも「将来君に苦労をさせないためにも早く一人前になりたいんだ」と言われてすっかり信じてしまっていたのだ。
ずっと理不尽なイジメにも耐えていたが、全てはあの公爵令嬢が仕組んだことだった。しかもジェットはそれを止めるどころか喜んでいるだなんて。
「……もう、嫌になっちゃった」
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でも、なんだか疲れてしまった。ずっとイジメられ続ける学園での生活も、ジェットの婚約者でいることも。ずっと裏切られていたのに浮かれていた自分にも。
ふと、窓の外に視線を向ける。いつの間にか暗くなっていた空には、一筋の光の線が描かれていた。
「流星群だわ……」
今頃ジェットはあの公爵令嬢とこの流星群を見ているのだろうか。
いくつもの光の線がまるで雨のように降り注ぐ。それは、きっとロマンティックで感動する光景のはずなのに私の目からは涙が溢れていた。
散々泣いたのにまだ涙が残っていたらしい。私は涙を拭うこともせず、引き出しから小さな小瓶を取り出した。これは少量なら草花を長持ちさせる薬として使える代物だが、人間が大量に摂取すれば呼吸困難を引き起こし処置が遅ければ命をも奪う物だった。
「……もしも生まれ変われるのなら、違う私になれますように」
私は流星群の光の中で、その小瓶の中身を一気に飲み干したのだった。
息が苦しくなり意識が遠のく中で、誰かの声が聞こえた。それは、呆れたような心配するような……優しい声が。
『あぁ、もう。見てらんねぇな』と。
翌朝、リリアナはベットで目を覚ました。
昨晩泣き過ぎたせいか目元が少し腫れているが、口元に笑みを浮かべている。慣れた手付きで侍女を呼び身支度を済ませた頃には目元の腫れも引いていた。
「お嬢様、昨夜の流星群はご覧になられましたか?コックのマイケルが新しい食材が手に入るようにと願い事をしたらしいですよ」
使用人とも仲の良いリベラト男爵家では侍女たちも気さくに話をしてくれる。リリアナはにっこりと侍女に向かって微笑みを見せた。
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