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2 もうひとりの転生者
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私は婚約者である王子の事が大嫌いだった。
いや、今も現在進行形で嫌いだが。
私達は王家と公爵家の昔からの約束だとかなんとかのせいで生まれる前から婚約が決まっていた。もしもどちらかの性別が逆だったならばまた違った未来があっただろうに、運が悪いにも程がある。そしてそんな政略結婚の相手に愛が芽生えることはなかった。相性が悪すぎたのだ。
幼い頃から顔を合わせていたが、王子はとにかくワガママだ。自分勝手でプライドの塊で、私が何を言っても聞きやしない。それでいて思う通りにならないと癇癪を起こすのだ。これまで王子の尻拭いにどれだけの時間を費やしたことか。と、悪役令嬢時代の記憶を思い出し辟易とする。今は前世の記憶と混ざったせいで多少がさつな性格になったからマシだが、悪役令嬢時代は王子のせいで悩み事が多かったのだ。なぜ、王子の不始末は婚約者のせいになるのか。理不尽でしかない。
「……それでも、妃教育が始まるまではもう少しマシだったのよね」
私は鏡に映る王子の頬を軽くつねった。もしかしたら夢かもしれないと疑ってやってみたがやはり痛い。
ちなみにこの王子、金髪碧眼の絵本に出てきそうないかにもな王子様顔だ。黙っていればやたらキラキラとしたイケメンなのはさすがは乙女ゲームの攻略対象者か。しかしこの顔を見ていると無性にイラッとしてしまう。殴っても痛いのは自分なので我慢するしかないが。
それにしても、乙女ゲーム内では王家のしきたりと婚約者の束縛にがんじがらめになって弱っている王子の心をヒロインが聖女の力で助け出して解放するというストーリーだったのだが、今のヒロインは単なるダメンズメーカーにしか思えなかった。なにせヒロインと出会ってゲーム本編が始まった事により、本来ならストレスから解放されて実力を発揮するはずの王子がそのダメっぷりにさらに磨きをかけてしまったのだから。これもヒロインが転生者ゆえのバグなのだろうか。それにしたって酷いものだ。
「とりあえず時間稼ぎの為に悪役令嬢と面会する段取りをつけたけど……私が王子になってることといい、あの時の反応といい、もしかして……」
今からまさにその面会なのだが、そこまで考えてまたもや気分が悪くなってくる。この考えが当たっているとしたら本当に最悪だと思った。確かに私は願い通り記憶を持ったまま死から時を遡って戻ってきた。だがもっと子供の時とか、せめて王子がヒロインと出会った頃とかに“私”として戻してくれたならばよかったのになぜあんな断罪真っ最中なのか。しかも大嫌いなこの王子にだ。見たこともない神様よ、これはなんの嫌がらせだ。悪態ついたから怒ったの?
しかし王子に転生してしまったものは仕方が無い。そして出来れば“私”の体の首ちょんぱを見るのは嫌だった。
あぁ、神様。悪口を言ったのは謝るから、せめてこの最悪の予感が外れていますように……。
***
「……お前、どうやって僕の体を乗っ取ったんだ?!早く僕を元に戻せ!!」
悪役令嬢が放り込まれている地下牢に足を運び、王子の権限で護衛や見張りを外へと追いやった途端に檻を乱暴に掴みながら“悪役令嬢”が青ざめた顔のままそう叫んだ。
“私”の頬が赤く腫れているが、誰かに殴られたわけではなく自分で自分の頬を引っ張った跡のようだった。どれだけ引っ張ったんだか。一応私の体なんだからもう少し丁寧に扱って欲しいものだ。腕のアザや擦り傷は……あいつらにやられたんだろうけれど。
しかし、やはり予感的中か。と、私はため息をつきながら肩を落とす。夢でもなかったしやっぱり神様の嫌がらせだろうか。
「あなた、やっぱりアレク王子なんですね?
いいですか、もう少し声を小さくして下さい。外に聞こえますよ。……それに、そんな事をやたらと叫んでいたら婚約破棄のショックで頭がおかしくなったと思われてしまいますから……「な、なんで僕がお前なんかとの婚約破棄でショックを受けなくちゃいけないんだ?!いつも僕を馬鹿にして……ぼ、僕はお前なんか大嫌いなんだからな!それにっ」だから人の話を……っ」
せっかく忠告してあげているのに、こんな時でさえ私の言葉には耳を貸さないのかとまたもやイラッとしてしまう。私の話を遮ってまで何か言い出したがイライラがピークになった私にはそれを大人しく聞いてやる余裕はなかった。
「信じられないのはわかりますが現実を受け入れて下さい!それから私だって別に婚約破棄自体にはショックなんか受けてませんから!あなたなんかと結婚しないで済むならこちらからお願いしたいくらいでしたもの!」
「え」
その時、私が大きな声を出したせいで外の護衛が声をかけてきた。それを慌てて誤魔化すのに集中していたのでその時、私がどんな顔をしていたかはわからなかった。
やっと護衛を説得してもう少しだけ時間を作る事に成功して振り向くと、アレク王子は俯いていてさっきよりさらに青色を悪くしている。やっと騒いだら自分の立場が悪くなると理解したのだろうか?
「……とにかく、私だって私の体が死刑になるのはごめんです。例え中身があなたでもね。なんとか助けますから、ここは協力を────」
「────ジュリアは、どこにいったんだ?」
だいぶ声のトーンは下がったが、その内容に落胆してしまう。この王子はどこまで私をがっかりさせればま気が済むのか。王子はまだまだヒロインにご執心のようだ。いくら攻略対象者だからって女を見る目がなさすぎやしないだろうか?
「あれから会っていません。だいたいあなたも見たでしょう?アレク王子が目の前で吐いて倒れたのにドレスを汚されたと怒って行ってしまった彼女の姿を……。だいたい、あなた方からしたら心の優しい聖女様かもしれないですが私からしたら彼女は疫病神ですからね!」
あのヒロインのせいで私は首ちょんぱされたのだ。こんな事を言ってはまた王子を興奮させてしまうかもしれないが、こちらは今もあの時の首を切られる感触が生々しく記憶に刻まれて残っているのである。いくら死に戻ったとはいえこの記憶は消えない。これくらいの嫌味は許されてもいいはずだ。
そういえば……と、ふと疑問が浮かんだ。
王子がどのタイミングから私の体に転生してきたのかがわからなかったのだ。王子のこの転生が私の願いを聞き入れた神様の嫌がらせに巻き込まれたせいだとして、私が死んだ後の世界から王子が転生してきたのだとしたらそれはとんでもないタイミングだったのかもしれない。ヒロインとの結婚式の真っ最中だったらそれはそれでひとつの復讐になったなと思った。それならばこの王子がこんなに荒ぶっているのも納得である。まぁ、逆ハーレムルートだっただろうから、王子がヒロインを独り占めは出来なかったのだが。
「……」
黙ったままのアレク王子が視線だけを動かし私を見てきた。きっと私の言葉の意味がわからず、とりあえず罵倒でもしてくるだろうかと思ったのだが……。
アレク王子はゆっくりと、それでいて重々しく口を開いてこう言ったのだ。
「……実はお前が死んだ後、僕もジュリアに殺されたんだ。そして、死んで目覚めたら……お前になっていた」と。
いや、今も現在進行形で嫌いだが。
私達は王家と公爵家の昔からの約束だとかなんとかのせいで生まれる前から婚約が決まっていた。もしもどちらかの性別が逆だったならばまた違った未来があっただろうに、運が悪いにも程がある。そしてそんな政略結婚の相手に愛が芽生えることはなかった。相性が悪すぎたのだ。
幼い頃から顔を合わせていたが、王子はとにかくワガママだ。自分勝手でプライドの塊で、私が何を言っても聞きやしない。それでいて思う通りにならないと癇癪を起こすのだ。これまで王子の尻拭いにどれだけの時間を費やしたことか。と、悪役令嬢時代の記憶を思い出し辟易とする。今は前世の記憶と混ざったせいで多少がさつな性格になったからマシだが、悪役令嬢時代は王子のせいで悩み事が多かったのだ。なぜ、王子の不始末は婚約者のせいになるのか。理不尽でしかない。
「……それでも、妃教育が始まるまではもう少しマシだったのよね」
私は鏡に映る王子の頬を軽くつねった。もしかしたら夢かもしれないと疑ってやってみたがやはり痛い。
ちなみにこの王子、金髪碧眼の絵本に出てきそうないかにもな王子様顔だ。黙っていればやたらキラキラとしたイケメンなのはさすがは乙女ゲームの攻略対象者か。しかしこの顔を見ていると無性にイラッとしてしまう。殴っても痛いのは自分なので我慢するしかないが。
それにしても、乙女ゲーム内では王家のしきたりと婚約者の束縛にがんじがらめになって弱っている王子の心をヒロインが聖女の力で助け出して解放するというストーリーだったのだが、今のヒロインは単なるダメンズメーカーにしか思えなかった。なにせヒロインと出会ってゲーム本編が始まった事により、本来ならストレスから解放されて実力を発揮するはずの王子がそのダメっぷりにさらに磨きをかけてしまったのだから。これもヒロインが転生者ゆえのバグなのだろうか。それにしたって酷いものだ。
「とりあえず時間稼ぎの為に悪役令嬢と面会する段取りをつけたけど……私が王子になってることといい、あの時の反応といい、もしかして……」
今からまさにその面会なのだが、そこまで考えてまたもや気分が悪くなってくる。この考えが当たっているとしたら本当に最悪だと思った。確かに私は願い通り記憶を持ったまま死から時を遡って戻ってきた。だがもっと子供の時とか、せめて王子がヒロインと出会った頃とかに“私”として戻してくれたならばよかったのになぜあんな断罪真っ最中なのか。しかも大嫌いなこの王子にだ。見たこともない神様よ、これはなんの嫌がらせだ。悪態ついたから怒ったの?
しかし王子に転生してしまったものは仕方が無い。そして出来れば“私”の体の首ちょんぱを見るのは嫌だった。
あぁ、神様。悪口を言ったのは謝るから、せめてこの最悪の予感が外れていますように……。
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「……お前、どうやって僕の体を乗っ取ったんだ?!早く僕を元に戻せ!!」
悪役令嬢が放り込まれている地下牢に足を運び、王子の権限で護衛や見張りを外へと追いやった途端に檻を乱暴に掴みながら“悪役令嬢”が青ざめた顔のままそう叫んだ。
“私”の頬が赤く腫れているが、誰かに殴られたわけではなく自分で自分の頬を引っ張った跡のようだった。どれだけ引っ張ったんだか。一応私の体なんだからもう少し丁寧に扱って欲しいものだ。腕のアザや擦り傷は……あいつらにやられたんだろうけれど。
しかし、やはり予感的中か。と、私はため息をつきながら肩を落とす。夢でもなかったしやっぱり神様の嫌がらせだろうか。
「あなた、やっぱりアレク王子なんですね?
いいですか、もう少し声を小さくして下さい。外に聞こえますよ。……それに、そんな事をやたらと叫んでいたら婚約破棄のショックで頭がおかしくなったと思われてしまいますから……「な、なんで僕がお前なんかとの婚約破棄でショックを受けなくちゃいけないんだ?!いつも僕を馬鹿にして……ぼ、僕はお前なんか大嫌いなんだからな!それにっ」だから人の話を……っ」
せっかく忠告してあげているのに、こんな時でさえ私の言葉には耳を貸さないのかとまたもやイラッとしてしまう。私の話を遮ってまで何か言い出したがイライラがピークになった私にはそれを大人しく聞いてやる余裕はなかった。
「信じられないのはわかりますが現実を受け入れて下さい!それから私だって別に婚約破棄自体にはショックなんか受けてませんから!あなたなんかと結婚しないで済むならこちらからお願いしたいくらいでしたもの!」
「え」
その時、私が大きな声を出したせいで外の護衛が声をかけてきた。それを慌てて誤魔化すのに集中していたのでその時、私がどんな顔をしていたかはわからなかった。
やっと護衛を説得してもう少しだけ時間を作る事に成功して振り向くと、アレク王子は俯いていてさっきよりさらに青色を悪くしている。やっと騒いだら自分の立場が悪くなると理解したのだろうか?
「……とにかく、私だって私の体が死刑になるのはごめんです。例え中身があなたでもね。なんとか助けますから、ここは協力を────」
「────ジュリアは、どこにいったんだ?」
だいぶ声のトーンは下がったが、その内容に落胆してしまう。この王子はどこまで私をがっかりさせればま気が済むのか。王子はまだまだヒロインにご執心のようだ。いくら攻略対象者だからって女を見る目がなさすぎやしないだろうか?
「あれから会っていません。だいたいあなたも見たでしょう?アレク王子が目の前で吐いて倒れたのにドレスを汚されたと怒って行ってしまった彼女の姿を……。だいたい、あなた方からしたら心の優しい聖女様かもしれないですが私からしたら彼女は疫病神ですからね!」
あのヒロインのせいで私は首ちょんぱされたのだ。こんな事を言ってはまた王子を興奮させてしまうかもしれないが、こちらは今もあの時の首を切られる感触が生々しく記憶に刻まれて残っているのである。いくら死に戻ったとはいえこの記憶は消えない。これくらいの嫌味は許されてもいいはずだ。
そういえば……と、ふと疑問が浮かんだ。
王子がどのタイミングから私の体に転生してきたのかがわからなかったのだ。王子のこの転生が私の願いを聞き入れた神様の嫌がらせに巻き込まれたせいだとして、私が死んだ後の世界から王子が転生してきたのだとしたらそれはとんでもないタイミングだったのかもしれない。ヒロインとの結婚式の真っ最中だったらそれはそれでひとつの復讐になったなと思った。それならばこの王子がこんなに荒ぶっているのも納得である。まぁ、逆ハーレムルートだっただろうから、王子がヒロインを独り占めは出来なかったのだが。
「……」
黙ったままのアレク王子が視線だけを動かし私を見てきた。きっと私の言葉の意味がわからず、とりあえず罵倒でもしてくるだろうかと思ったのだが……。
アレク王子はゆっくりと、それでいて重々しく口を開いてこう言ったのだ。
「……実はお前が死んだ後、僕もジュリアに殺されたんだ。そして、死んで目覚めたら……お前になっていた」と。
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