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賢者のいない世界(ヴィンセント視点)

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「エターナ……!?」

 なぜか意識を失っていた俺は目を覚ました途端にとんでもない光景を目にしていた。

 自身の腕を血まみれにしながら高笑いしている聖女と、その足元で崩れ落ちるように倒れているエターナ。その身体から溢れた血がゆっくりと地面に広がっていたのだ。


「あはははは!やった!やったわ!!予定より少し早いけど……元々今回はいつもと違ってズレていたからこれくらい誤差範囲よね!さぁ、これで後は王子と結婚するだけ……そうすればわたしは全てのエンディングをコンプリートしてーーーー“神”になれるのよ!」

 血飛沫を浴びた頬を血まみれの手で撫で回しながら、聖女はうっとりとした表情でよくわからない事を言い出した。いや、聖女の奇行などどうでもいい。それよりもエターナだ。……この状況を見るに聖女がエターナを……?俺が気を失っている間に何があったんだ……?!

 そして、その現場を見ていただろう奴らに視線を向けた。エターナが連れていた3人の男達だ。白衣の男(?)はさっき俺を助けてくれたみたいだったが今は血まみれで倒れているエターナの姿を見て考え込んでいるみたいだった。その隣りで黒マントの男とやたら綺麗な男がなにやらボソボソと相談をしている。なんなんだこいつらは?てっきりエターナの味方だと思っていたが、こんな状態のエターナを見ても慌てもしないなんて、もしや聖女側の人間だったのか?!

 怒りと戸惑い、それに悲しみ。状況を理解しきれずにいた俺は震えながらその場にいることしかできなかった。血の海に漂うエターナはピクリとも動かない。死んだのか?エターナは賢者だ。賢者は死んだら次の世界にループしてこの世界を何度も繰り返す存在のはずだ。……それならば、もうエターナの魂は次の世界へループしてしまったのだろうか?

「エ、エターナ……」

 賢者については教えられていた。だから理解したつもりでいた。エターナが賢者で、何度も世界をループしていることもわかっているつもりだった。……でも、この瞬間に考えてしまったんだ。賢者がループした後の世界はどうなるんだろう?と。

 賢者が死んで、誰も正してくれなくなった世界とは……ある意味、賢者に見捨てられた世界なのだ。賢者と共にこの世界も消えるならそれでいい。だが、あきらかにエターナが死んでいるのに今もこの世界は続いている。ならばこの見捨てられた世界は……あの狂ったように笑っている聖女が支配する、ひたすら破滅に向かうしかない世界になってしまうのではないだろうか。と。


 その先を考えたら、ゾッとした。


 その時、聖女がニヤリと唇を歪めた。そしてその唇から聖女のものとは違う声が発せられたのだ。



『……やった、やったぞ!これで“魔王”の復活を妨げる者はいない!』

「「「…………」」」

 3人が3人とも黙ったまま冷えた視線を聖女に向けていた。白衣と黒マントはそれぞれ顔が隠れているから表情などはわからなかったが、その雰囲気は絶対零度だ。やたら綺麗な男なんて視線だけで人を殺せそうな顔をしている。綺麗なのに殺気立っているなんてもしかして暗殺者なのだろうか?そして、誰も騒ぎ立てることはなく黙って聖女の言葉を聞いていた。

『やっと賢者を聖女の手で殺すことが出来た!何度も何度も聖女の知らぬ所で勝手に死んでしまったせいで上手くいかなかったが、とうとう賢者の命で聖女を穢すことに成功したのだ!これでこの世界を守る力は失われる!つまり、“魔王”が復活するための障害はなくなったという事だ!これでついに我らの伝説の魔王が蘇る!……白き衣を纏い、漆黒の髪色をしたこの世のものとも思えぬ美しさを兼ね備えた完璧なる魔王。その右手はどんなものでも作り出すことができるという、無敵の魔王が復活するのだ!これで魔族はこの世に君臨できる!!ふははは……!』

「魔族だと……?!」

 やたら饒舌に語り出す聖女。しかしその声は聖女のものとは似ても似つかない。もしかして聖女は魔族に操られていたのか?!あぁ、一体俺はどうしたらいいのか……!

 俺がゲラゲラと笑い出す聖女を呆然と見ているしか出来ないでいると、黒マントが「うーん」と首をひねる。そして、ため息混じりにこう言ったのだ。





「……師匠、やっぱり人間辞めてたんですね。そんなの師匠くらいしかいないでしょ?」と。

 そして白衣の男が同じくため息をつきながら人差し指で分厚い眼鏡をくいっと押し上げた。

「失敬な。ボクは至極平凡なただの錬金術師なんだが。それにしてもーーーー」

 そう言ってボサボサの黒髪をぐいっとかきあげ、分厚い眼鏡を外すと隠されていた素顔をさらけ出したのだ。



「……ボクを利用しようっていうのなら、それなりのリスクは覚悟してるんだろうね?」




 あまりの美しくも凛々しいその姿に、まるで先程聖女の口からは語られた“伝説”のように思えたのだった。




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