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第二章 『終焉の獣』

第二章7 『契約者の戦い方』

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  「ヤバいなんてもんじゃないだろ。死んだらどうするんだよ!」

   「まぁその時考えるわ。それより早く追わないと見失っちゃうよ?」

   セレイネはこんな状態になっても追跡を続行するつもりである。タツヤも人に言えたことでは無いが、彼女も自身の命に無頓着過ぎる。
   だからタツヤはその細い腕を掴んで強引に引き止めた。彼の漆黒の瞳には、強い怒りが宿っている。

  「駄目だ。とりあえずそこの木の根元に座れ。」

   「でも時間が...」

   「俺の言う事を聞かないなら、これからセレイネの忠告も一切聞かないからな。無茶しまくってやる。」

   「どんな脅しよ。...でもそれは困るかも。」

   この1年間でセレイネが一番嫌がる行為については把握済みだ。それはタツヤが無茶な行動をする事である。
   観念したセレイネは近くの木の根元に座った。その顔はいつもより青白く、呼吸も少し荒い。

   「やっぱり毒蛇か。だけど薬は無いし、セレイネの治療魔法も俺にしか効かない限定的なものだし、困ったな。」

   前にセレイネが自分の治療魔法は少し特殊だと言っていたが、それは本当である。その魔法は何故かタツヤにしか効果を発揮しないのだ。自身を治療する事も出来ない不完全な魔法。そうなった原因はセレイネでさえ理解出来ていないようなので、タツヤには分かるはずもなかった。
   それからタツヤは肩に乗っているクロちゃんの方をチラッと見た。

  「ワイも治療魔法なんか出来へんで。」

   「まぁそうだよな。なら最終手段か。」

   端からマスコットに期待などしていない。万が一の可能性を考えただけである。そうなれば残された手段は一つだ。久しぶりで上手くやれるか不安だが、やってみるだけの価値はある。

   「少し我慢してくれよ。」

    「えっ!ちょっと!?」

   セレイネの白く細い右足。そのふくらはぎの部分には毒蛇に噛まれた傷があった。

   ーー少し紫色になっているその傷口にタツヤは口付けしたのだ。

   本来毒蛇に噛まれることによって体内に毒が入った場合、その毒は即座に全身に広がるため、吸い出して体内から除去することは不可能である。
  しかしタツヤは全身の毒を吸い出す技術を持っていたのだ。それは毒殺が日常茶飯事であった幼少期に覚えたシノビの技。

    セレイネの足に口付けをし、目を閉じて全神経を毒の感知に集中させる。それから少しずつ丁寧に毒を吸い出していくのだ。

   「んっ...あっ...。」

   セレイネの艶かしい声だけが森の中に響く。それから毒を全部吸い出して地面に吐いたタツヤは、自信満々の顔で彼女を見た。

   「結構上手くいったな。どうだ?身体に不調は...」

   しかしセレイネは潤んだ目でこちらを見ていたのだ。頬だけでなく耳まで真っ赤にした彼女は、先程よりも息が荒い。それから両手で顔を覆ったセレイネは、か細い声を上げる。

   「...恥ずかしいからこっち見ないで。」

   「撫でられてるワイを冷たい目で見てたけど、あんさんも大概やで。普通にセクハラやろこれ。」

   クロちゃんの説明で、ようやくタツヤは現状を理解した。顔が熱くなり、彼女を直視することが出来ない。そしてそのままタツヤは早口で言い訳をする。

   「別にやましい気持ちがあった訳じゃねぇよ!この毒を吸い出す技術しか方法が無かっただけだ。子供の頃、よく毒を盛られる事があったから覚えたんだよ。」

   「なんかタツヤの悲しい過去を垣間見た気がする。...別に怒ってないわよ。ちょっとびっくりしただけ。ありがと。」

   その後二人の間に沈黙が流れる。そんな気まずい空気を打破したのは、呆れたように欠伸をしたクロちゃんだ。

   「ほんで盗人を見失ったわけやけどどうするんや?」

   「それは今から考える。」

   「ねぇ、タツヤ。あれを見て。」

   下を向いて考えを巡らせていたタツヤの袖を引っ張ったのはセレイネだ。
  彼女の指差した方向には濃紫髪のロングヘアーの女性がいた。だが彼女は半透明で足も消えている。恐らくは幽霊の類だろう。そしてその女性は真剣な表情で、こちらに手招きしているのだ。

  「ついてこいって言ってるみたいだな。」

   「行きましょう。」

   お互いに顔を見合わせて女性の元へと向かっていくタツヤとセレイネ。しかしクロちゃんだけは理解が出来ないといった様子で二人の事を見ていた。

   「なんもおらへんやんけ。あんたらには何が見えとるんや。」

   「幽霊だよ。」

   「頭おかしなったんか?」

   説明するのも面倒なので、愚痴をこぼすクロちゃんを宥めながら、タツヤ達は幽霊の後を追った。

△▼△▼△▼△

   「あっ、タツヤとセレイネも来ましたか。遅いですよ。」

   「悪い。ちょっとトラブルが起きてな。」

   幽霊について行くと、開けた場所に出た。月明かりに照らされた広場には、黒ずくめの5人と彼らに対峙するミリアとファイの姿があったのだ。
  ミリアは青色の蝶の姿をした妖精を、ファイは彼と同じくらいの大きさの赤い飛竜を召喚しており、既に臨戦態勢をとっている形である。

   それに対して前に出てきたのは4人だ。彼らは皆、銀色の腕輪を装着しており、トカゲや虎などの動物を召喚していた。

   「つまり1対1で勝てばいいんだな。」

   残酷な笑みを浮かべてタツヤもミリア達の横に並んだ。そして最初に動いたのは、ファイの前にいたバッファローである。

   「その飛竜、まだ子供じゃねぇか。先手必勝!」

   強靭な角を持った3mを超える巨体が勢いよく突進してくる。しかしファイの飛竜は、優雅に空を舞って突進を回避したのだ。そしてバッファローの首元に噛み付いた飛竜は、零距離で火球を放つ。低い唸り声を上げたバッファローは黒い霧となって雲散した。

   召喚された契約獣は戦闘不能になっても死にはしない。その本体は腕輪の中にあるからだ。しかし再度現界するには、それなりの時間を必要としてしまう。

   「子供だからって舐めてると痛い目を見るよ。」

   ドヤ顔でファイが勝利宣言をする。それと同時に他の3人もタツヤ達に一斉に攻撃を仕掛けてきたのだ。

  タツヤの前にやってきたのは人と同じ大きさをしたカマキリだ。その鋭い両手の鎌でタツヤを八つ裂きにしようとしたが、あっさりと斬撃を半身で躱されてしまう。そして彼はその無防備なカマキリのお腹に、生成したアサルトライフルを乱射したのだ。

  「普通は契約者がシールドを張ってあげるもんだろ。素人か?」

   そのまま呆気なく倒されたカマキリは黒い霧となって消える。
   契約者は契約獣にシールドを張れるのだが、それを瞬時に行えない素人の契約者など、タツヤ達の相手では無い。

  「ひえーっ。兄貴やっちゃってください。」

   返り討ちにされた黒ずくめの4人は急いで仁王立ちしている男の後ろに隠れる。堂々と突っ立っているその男は、坊主頭で髭を生やした屈強そうな見た目をしていた。

   「まあいきなり実戦だとこんなものか。お前ら見ておけ、これが契約者の戦い方だ。ーー出てこいプルスコルピウス。」

   男の銀色の腕輪が光り、5mは優に超えるほど巨大な黒サソリが現界する。それからこちらに突っ込んできたサソリに対して、ミリアの妖精が氷塊を、ファイの飛竜が火球を放ったが、強靭な殻はその攻撃を通さない。
   そのままカウンター攻撃を仕掛けてくると思ったが、なんとサソリは契約獣を無視したのだ。

  ーーそして鋭いハサミと毒針がミリア達を襲う。

   「なっ!?契約者本人を狙うなんて。卑怯だろ!」

   危険を察したタツヤに抱えられたファイは驚きの声を上げる。ミリアは自身で回避出来るので大丈夫だろう。
   赤髪少年の非難の声を受けて、男は悪い笑みを浮かべる。

  「卑怯だ?おいおい、これは試合じゃなくて殺し合いだぜ?ガキは家に帰っておままごとでもしてな!」

   「契約者本人を狙う方が良いというのは同感だわ。」

   そんな時、突如男に向かって光線が放たれる。それはセレイネの魔法だ。無詠唱によってくり出された攻撃は、しかし男のシールドによって防がれてしまう。更に念の為、男は黒い殻の鎧を身に纏ったのだ。その油断の無い姿は戦い慣れしている強者の証だ。

  「もちろん俺様は防御に全振りだぜ。この鎧はそいつの殻で出来てる。魔法も銃弾もそう簡単には通さねぇよ。」

   つまり目の前の大サソリもかなりの耐久性があるということだ。ならば残るは斬撃に頼る他ない。タツヤは刀を構えて霊視の力を覚醒させる。その緋色の瞳に映るのは、黄緑髪のポニーテールをした少女の亡霊だ。

   「マリー頼む!」

   「任せなさい!」

   タツヤの背後に突如出現した黄緑色のバネ。それを思いっきり踏んだタツヤは大サソリに向かって高速で突っ込んでいく。阿吽の呼吸で繰り出された斬撃の威力は、速さを伴って凄まじいものになっている。

   ようやく大サソリから青色の鮮血が飛び散るが、残念ながら致命傷にはなっていないようだ。

   そこへ更にセレイネが追い討ちの爆発魔法を放つ。だが煙の中から光る赤い目を見て彼女は舌打ちをした。

  「チッ。本当に頑丈ね。このサソリは。」

   頑強な殻で全身を覆われた大サソリは無敵かのように思える。そんな時、タツヤの頭にある考えが浮かんだ。

   「マリー、ちょっといいか。」

   タツヤは彼女に近寄って耳打ちする。するとマリーはニヤリと笑った。
   それからタツヤは大サソリの正面に立つと、分かりやすく挑発したのだ。

   「かかってこいよサソリ野郎。その頑丈な殻以外に取り柄は無いのか?」

   「ばーか。ざーこ!」

   何故かタツヤとセレイネ以外には声が聞こえないはずのマリーも、幼稚な言葉で挑発しているのだがそれについては見なかったことにしておく。
   それでも効果は覿面だ。

   「怒ってる...みたいですね。」

   ミリアの発言通り、挑発に引っかかった大サソリはそのまま真っ直ぐタツヤに突っ込んでくる。

  ーーそしてサソリの地面に出現したのは黄緑色のバネだ。 

   「かかったな!」

   バネを踏んだ大サソリはそのまま天高く舞い上がる。その真下で、生成したロケットランチャーを構えているのはタツヤだ。
  サソリが地面と接する部分。そこがこいつの弱点だと看破したのである。

  「あいつ勘が良いな。」

   案の定、男がサソリにシールドを張る。このままではタツヤのロケット弾は致命傷を与えられないだろう。

   「相棒、あそこに火球を吐いて!」
   「このチャンスは逃しません!」
   「ナイスよタツヤ!」

   しかしタツヤには仲間がいる。セレイネ達の攻撃によって男のシールドが相殺されたのだ。無防備になった大サソリに向かって、タツヤはロケット弾をぶち込む。

    「ーーあばよ。」

   タツヤの放ったロケット弾は殻を貫通してサソリの内部で爆発四散した。リュウ団長は耐えたが、その一撃は戦車すら、ただの鉄塊と化してしまうものである。
   そのまま大サソリは黒い霧となって消えた。

   「さてと全員片付けたわけだし、話を聞いていきますか。」

   「ーーまだ終わりじゃないよ。」

   黒ずくめの5人をどうしようかタツヤが考えていた時、その場の空気が一瞬にして変わる。

  ーー上空から一気に降下してきたのは、黄金の鱗を持った美しい龍であった。
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