7 / 24
第一章『霊視の代償』
第一章7 『ゲームオーバー』
しおりを挟む
「こんな暗い路地裏で独り言とは。とうとう壊れたか?傭兵。」
民家の壁をぶち破って蒼い鎧を纏った男が現れる。灰色の前髪をかきあげ、後ろでまとめている髪型は清廉な印象を抱かせる。白銀の剣と大きな蒼い盾を装備しており、黒いマントをはためかせ、堂々と立っている姿は強者の風格を存分に漂わせていた。
まず、マリーの能力によって高速で空を飛んだタツヤを追ってきた時点で、只者では無い。しかしタツヤはその事よりも、彼の登場の仕方の方が気になっていた。
「えっと~、普通に民家ぶち破ってるけど大丈夫なの?」
「問題ない。」
「問題大ありだ!馬鹿野郎!」
堂々と問題ないと断言してみせた男。しかしその壊れた壁からひょこっと家主らしき人物が顔を出し、不平不満を口にする。
「すまない。弁償は後で私からタリス伯爵に伝えておこう。」
「タリス伯爵!?ぐふふ、こりゃあ今より良い家に住めるかもなぁ。」
鎧男の弁明。それを聞いて家主が下卑た笑みを浮かべる。とりあえず問題は片付いたらしい。コホンと咳払いをしてから再度鎧男がタツヤの方を向く。
「私の名はリューン。元々は王国騎士の出だが、訳あって今はエリュール家に仕えている身だ。」
「俺の名はタツヤ。こっちは...って見えないんだよな。んで要件は何?」
案の定、先程の家主も、リューンも、タツヤの隣にいるマリーの事は見えていないようであった。それよりも今大事なのはこの鎧男、リューンの目的だ。まあタツヤを追ってきた時点で、大体察することは出来るのだが。
「宝具を渡してもらおう。それはフリップ様のものだ。」
「俺も最初はフリップに渡すつもりだったよ。だけどフリップは死んだ。ーーだから、これは俺が持たなくちゃいけない。」
「やはり貴公がフリップ様を...」
タツヤの言葉を聞いて眉間に皺を寄せたリューン。何かを勘違いしているリューンだったが、それを正す時間はタツヤにはなかった。何故なら、
ーーリューンが一瞬にしてタツヤの目の前に現れたからだ。
残像が残るほど速く動いてみせたリューン。既に剣を振り上げている彼はタツヤの胸を切り裂こうとする。だがそんなことはマリーがさせない。彼女のバネ足場によって後方へ吹っ飛ばされたタツヤは、スレスレの所でリューンの斬撃を回避した。
「タツヤ、この人ヤバいわよ。」
「さんきゅーマリー。マリーがいなかったら確実に死んでた。あの速さ、ソルク以上かよ。」
「何をぶつぶつ呟いている。運良く避けたみたいだが、ーー次は確実に斬る。」
この世界の人間はフィロアのおかげでみんな一定の強さが保証されている。しかしその中でもこのリューンという男の強さは、明らかに常軌を逸している。感覚的には亡霊カルロスや本気のリュウ団長に近い。つまりタツヤにはまだ決して越えられない壁というわけだ。
それならば説得の他に、タツヤの生きる道は無い。
「な、なんか勘違いしてるようだけど、フリップを殺したのは俺じゃないぞ!」
「貴公の証言を信じるならばリュウという男がフリップ様を殺した犯人だと。」
「そうそう!」
「だが確証もない。それにたとえ本当にリュウという男がフリップ様を殺した犯人だったとしても、貴公に全く責任が無いわけでは無い。ーー貴公にはフリップ様を護衛する責務があったはずだ。」
リューンがタツヤに向かって正論をぶつける。タツヤに全く責任が無いわけでは無い。その言葉を聞いてタツヤの胸がキュッと締め付けられる。そんなこと分かっているのだ。全ては俺の責任に他ならない。
激情に身を任せ、タツヤは刀を抜いた。そしてそのままリューンに向かって突っ込んでいく。
「そんなこと分かってるんだよ!必ず守ってみせると誓った!だけど俺はフリップを守りきれなかったんだ。俺が油断していたから、馬鹿だったから。そして力が無かったから!!」
「...それは私も同じだ。」
タツヤの渾身の刺突。しかしもちろんリューンには易々と回避されてしまう。そのままリューンはタツヤにとどめを刺すかと思われたが...
「ーー宝具『ガルディウス』」
リューンの白銀の剣がその呼び名によって真の力を発揮する。白いオーラを纏った白銀の剣が、タツヤの妖刀に向けて振り下ろされたのだ。
ーーそしてタツヤの妖刀は粉々に砕け散った。
「そんな...俺の大切な妹から貰った刀が!」
「私の宝具『ガルディウス』はどんな武器でも破壊することが出来る。勝負は決した。大人しく投降するんだな。」
最愛の妹から貰った大切な刀を失い、身体はボロボロなタツヤ。それでも心はまだ挫けていない。最後の最後まで足掻くと決めたから。
タツヤはピンを抜いた手榴弾を目の前に生成する。
「これは生成術か!?」
「マリー!」
「人、いや亡霊使いが荒いわね!」
リューンの一瞬生まれた隙をタツヤは見逃さない。マリーに声をかけ、バネ足場を足元に生成してもらう。それを踏みしめてタツヤは宙に舞った。
ーーさらにその両手にはアサルトライフルを握りしめている。
リューンにあまり効くとは思えないが、足止めくらいにはなるだろう。空中で握りしめた銃を、澄まし顔の鎧男にぶっぱなす。
「あまり意識を失わせたくはなかったんだが。これはしつこすぎる貴公の問題だ。」
だが先程の手榴弾の爆発も、このアサルトライフルの銃弾も、全て鋼鉄な身体で受けきって、リューンが突っ込んでくる。その突進がタツヤの身体を吹っ飛ばし、複数の家屋に穴を開けた。そしてタツヤの身体はようやく広場に差し掛かった所で止まる。
全身血塗れの男がいきなり広場にすっ飛んできたので、街の人々は阿鼻叫喚である。彼らはそのまま散り散りになって広場から逃げていく。
「いくらなんでも化け物過ぎるだろ。」
「ちょっと!?タツヤ!目を開けなさいよ!!」
マリーの必死の呼びかけ。それに応えてあげたいがタツヤの身体は既に限界を迎えていた。徐々に意識が遠くなり、マリーの声も聞こえなくなっていく。それでも最後に、
「マリーに会えて良かった。」
そして完全にタツヤの意識は途絶えた。
△▼△▼△▼△
「貴公には聞きたいことが沢山ある。」
ボロボロの身体のまま、広場で動かなくなった少年。タツヤを見下ろしながら、リューンは呟く。
自身に力が無かったからフリップを救えなかったと嘆いた少年の叫び。それは奇しくも、今のリューンの気持ちと同じ叫びであった。
「私が一緒にお供していればフリップ様を死なせてしまうことなど決して無かったのに。」
もちろんリューンはダンジョンに同行しようとした。しかしフリップが頑なにそれを拒否したのだ。
自分の我儘のために従者には迷惑をかけられないと。それにあの伝説の傭兵団『百花繚乱』の元メンバーを連れていくから安心だと。
だがその百花繚乱の元メンバーに裏切られたのだから、皮肉もいい所である。
「しかし傭兵の裏切りを見抜けなかったのは私の力不足だ。貴公と...同じなのだ。」
もちろんこの目の前の少年が嘘をついている可能性もある。しかしあの魂の叫びまでもが嘘偽りだとは考えにくい。だから少年を生かした。じっくり彼の話を聞きたいと思ったのだ。
タリス伯爵の狙いは宝具だ。それさえ手に入れば、少年の命などどうでもいいはず。
「だから貴公の宝具を預からせてもらう。これは貴公の命を助けるためだ。悪く思うな。」
そうしてリューンがタツヤの身体に触れようとした瞬間、謎の声に呼びかけられた。
「大の大人が寄ってたかって1人の少年をいじめて恥ずかしくないんですか?」
透き通るような美しい少女の声。だがその声には感情がない。凍てつくような氷の声でリューンに呼びかけている。そしてその声の方を向いた瞬間、リューンの全身に驚きの衝撃が走る。
「ーー!いつの間に隣に。」
ーーその少女はリューンの隣に突然姿を現したのだ。
気配すら無く、唐突に姿を現した少女にリューンの警戒が一気に強まる。武の道をただひたすらに歩み、日々研鑽を積んできたリューンですら、彼女の接近には気づけなかったのだ。一体彼女は何者なのだろう。
しかし少女はそんなリューンの驚きを全く意に介さず、話を続ける。ちょんちょんと瀕死の少年を指でつつきながら。
「見たところ彼の宝具、継承型の概念宝具っぽいですよ?宝具を奪うには彼を殺すしかないですねー。」
黒のローブと三角帽子を身にまとい、薄紫色の髪を腰まで伸ばした美少女。彼女は飄々とした態度でリューンをからかっているが、その目は全く笑っていない。不気味だが、その見た目からある程度、彼女の正体を推察することは出来る。
「貴公は魔女だな?」
「ぴんぽーん。正解です。それで、彼を殺しちゃうんですか?」
「貴公はこの少年の仲間か?」
「いえ全く。だから彼が死のうが生きようが私にはどうでもいいんですけどね。」
「なら邪魔をするな。」
彼の身を案じるかのような問いかけにリューンは一瞬、少女がタツヤの仲間である可能性を疑う。しかしその考えは彼女によってあっさりと否定された。
本当に心底どうでもいいような態度をとる彼女を見て、リューンもそれ以上の追求はしない。それに、この燃えるような熱い少年と氷のように無感情な少女。全くの対極に位置する彼らが仲間だとは到底思えないからだ。万が一何かしら関係があったとしても相性は悪そうである。
「とりあえず少年を捕まえて、タリス伯爵に直訴するしかあるまい。」
「まあ邪魔するんですけどね。」
リューンがタツヤに手を伸ばそうとした瞬間、タツヤの身体が消える。正確には少女がタツヤを魔法で宙に浮かせたのだ。少女の隣でふよふよと浮かんでいるタツヤ。
ここまで邪魔をされては、流石のリューンも武力行使せざるを得ない。
「悪く思うな、名も無き魔女。」
「私、これでも愛の魔女って呼び名で呼ばれてるんですよ?」
「戯れ言を。」
リューンの刃が届く瞬間、その魔女は瞬間移動して斬撃を躱した。一緒にタツヤの身体もワープしている。
ーーそう、リューンには瞬間移動としか思えなかったのだ。
まるで次元ごと切り取られたみたいに2人はワープしたのだから。その移動には音すらなく、世界さえ彼女の姿を捉えられていないようであった。
「S級ダンジョンが攻略されたと聞いて私、上空からずっと観察してたんです。どんな人が攻略したんだろうって気になって。」
「それで、何故貴公は私の邪魔をする。」
「決まってるじゃないですか。寄ってたかって1人を虐める光景を見させられて、気分が悪くなったからですよ。」
「貴公にそんな心があるようには到底思えんな。」
「流石にそれは私でも傷つきますよ?まあ、嘘なんですけど。」
もうこれ以上この魔女から聞き出すことは何も無い。リューンは全身全霊の一撃を彼女に浴びせようとする。
一瞬で彼女の目の前に現れるリューン。ほぼ人力ワープといっても差し支えない程の瞬歩だが、またしても彼女は次元を超越したワープでその斬撃を回避する。そして今回はそれだけでは無い。
「ぐぁぁぁ!」
炎魔法によって身体を焼かれるリューン。もちろん魔法を受けるのはこれが初めてでは無い。だが魔法には必ず何かしらの事前動作があるはずだ。しかし目の前の魔女に、そんな動作は一切見られなかったのだ。
何かがおかしい。こんな異次元の現象にはそれ相応の理由がなくては。
「宝具か。」
「凄っ。おじさん、脳筋そうな見た目の割には頭良いんですね。ご褒美になんでも1個、質問に答えちゃいます。」
少女の見た目に似合わず、妖艶な笑みを浮かべてみせる魔女。その場に倒れたままそんな彼女をじっと見据え、リューンが口を開く。
「逃がしたあと、その少年をどうするつもりだ。」
「テキトーな所にポイってしたらそれでお別れですかね。それじゃあ質問にもちゃんとお答えしたので、私はこれで。」
せっかく助けた少年をあっさり捨てると言い放った魔女。彼女は笑顔をリューンに向けてはいるが、相変わらずその紫紺の瞳に光は無い。
そして指を鳴らした魔女が、少年と共にその場から完全に姿を消した。
無感情で、まるで機械が話しているかのような少女であった。まさかそんな彼女の呼び名が、
「愛の魔女か。皮肉な呼び名だな。」
そう呟いた鎧男の声だけが広場に響き渡った。
民家の壁をぶち破って蒼い鎧を纏った男が現れる。灰色の前髪をかきあげ、後ろでまとめている髪型は清廉な印象を抱かせる。白銀の剣と大きな蒼い盾を装備しており、黒いマントをはためかせ、堂々と立っている姿は強者の風格を存分に漂わせていた。
まず、マリーの能力によって高速で空を飛んだタツヤを追ってきた時点で、只者では無い。しかしタツヤはその事よりも、彼の登場の仕方の方が気になっていた。
「えっと~、普通に民家ぶち破ってるけど大丈夫なの?」
「問題ない。」
「問題大ありだ!馬鹿野郎!」
堂々と問題ないと断言してみせた男。しかしその壊れた壁からひょこっと家主らしき人物が顔を出し、不平不満を口にする。
「すまない。弁償は後で私からタリス伯爵に伝えておこう。」
「タリス伯爵!?ぐふふ、こりゃあ今より良い家に住めるかもなぁ。」
鎧男の弁明。それを聞いて家主が下卑た笑みを浮かべる。とりあえず問題は片付いたらしい。コホンと咳払いをしてから再度鎧男がタツヤの方を向く。
「私の名はリューン。元々は王国騎士の出だが、訳あって今はエリュール家に仕えている身だ。」
「俺の名はタツヤ。こっちは...って見えないんだよな。んで要件は何?」
案の定、先程の家主も、リューンも、タツヤの隣にいるマリーの事は見えていないようであった。それよりも今大事なのはこの鎧男、リューンの目的だ。まあタツヤを追ってきた時点で、大体察することは出来るのだが。
「宝具を渡してもらおう。それはフリップ様のものだ。」
「俺も最初はフリップに渡すつもりだったよ。だけどフリップは死んだ。ーーだから、これは俺が持たなくちゃいけない。」
「やはり貴公がフリップ様を...」
タツヤの言葉を聞いて眉間に皺を寄せたリューン。何かを勘違いしているリューンだったが、それを正す時間はタツヤにはなかった。何故なら、
ーーリューンが一瞬にしてタツヤの目の前に現れたからだ。
残像が残るほど速く動いてみせたリューン。既に剣を振り上げている彼はタツヤの胸を切り裂こうとする。だがそんなことはマリーがさせない。彼女のバネ足場によって後方へ吹っ飛ばされたタツヤは、スレスレの所でリューンの斬撃を回避した。
「タツヤ、この人ヤバいわよ。」
「さんきゅーマリー。マリーがいなかったら確実に死んでた。あの速さ、ソルク以上かよ。」
「何をぶつぶつ呟いている。運良く避けたみたいだが、ーー次は確実に斬る。」
この世界の人間はフィロアのおかげでみんな一定の強さが保証されている。しかしその中でもこのリューンという男の強さは、明らかに常軌を逸している。感覚的には亡霊カルロスや本気のリュウ団長に近い。つまりタツヤにはまだ決して越えられない壁というわけだ。
それならば説得の他に、タツヤの生きる道は無い。
「な、なんか勘違いしてるようだけど、フリップを殺したのは俺じゃないぞ!」
「貴公の証言を信じるならばリュウという男がフリップ様を殺した犯人だと。」
「そうそう!」
「だが確証もない。それにたとえ本当にリュウという男がフリップ様を殺した犯人だったとしても、貴公に全く責任が無いわけでは無い。ーー貴公にはフリップ様を護衛する責務があったはずだ。」
リューンがタツヤに向かって正論をぶつける。タツヤに全く責任が無いわけでは無い。その言葉を聞いてタツヤの胸がキュッと締め付けられる。そんなこと分かっているのだ。全ては俺の責任に他ならない。
激情に身を任せ、タツヤは刀を抜いた。そしてそのままリューンに向かって突っ込んでいく。
「そんなこと分かってるんだよ!必ず守ってみせると誓った!だけど俺はフリップを守りきれなかったんだ。俺が油断していたから、馬鹿だったから。そして力が無かったから!!」
「...それは私も同じだ。」
タツヤの渾身の刺突。しかしもちろんリューンには易々と回避されてしまう。そのままリューンはタツヤにとどめを刺すかと思われたが...
「ーー宝具『ガルディウス』」
リューンの白銀の剣がその呼び名によって真の力を発揮する。白いオーラを纏った白銀の剣が、タツヤの妖刀に向けて振り下ろされたのだ。
ーーそしてタツヤの妖刀は粉々に砕け散った。
「そんな...俺の大切な妹から貰った刀が!」
「私の宝具『ガルディウス』はどんな武器でも破壊することが出来る。勝負は決した。大人しく投降するんだな。」
最愛の妹から貰った大切な刀を失い、身体はボロボロなタツヤ。それでも心はまだ挫けていない。最後の最後まで足掻くと決めたから。
タツヤはピンを抜いた手榴弾を目の前に生成する。
「これは生成術か!?」
「マリー!」
「人、いや亡霊使いが荒いわね!」
リューンの一瞬生まれた隙をタツヤは見逃さない。マリーに声をかけ、バネ足場を足元に生成してもらう。それを踏みしめてタツヤは宙に舞った。
ーーさらにその両手にはアサルトライフルを握りしめている。
リューンにあまり効くとは思えないが、足止めくらいにはなるだろう。空中で握りしめた銃を、澄まし顔の鎧男にぶっぱなす。
「あまり意識を失わせたくはなかったんだが。これはしつこすぎる貴公の問題だ。」
だが先程の手榴弾の爆発も、このアサルトライフルの銃弾も、全て鋼鉄な身体で受けきって、リューンが突っ込んでくる。その突進がタツヤの身体を吹っ飛ばし、複数の家屋に穴を開けた。そしてタツヤの身体はようやく広場に差し掛かった所で止まる。
全身血塗れの男がいきなり広場にすっ飛んできたので、街の人々は阿鼻叫喚である。彼らはそのまま散り散りになって広場から逃げていく。
「いくらなんでも化け物過ぎるだろ。」
「ちょっと!?タツヤ!目を開けなさいよ!!」
マリーの必死の呼びかけ。それに応えてあげたいがタツヤの身体は既に限界を迎えていた。徐々に意識が遠くなり、マリーの声も聞こえなくなっていく。それでも最後に、
「マリーに会えて良かった。」
そして完全にタツヤの意識は途絶えた。
△▼△▼△▼△
「貴公には聞きたいことが沢山ある。」
ボロボロの身体のまま、広場で動かなくなった少年。タツヤを見下ろしながら、リューンは呟く。
自身に力が無かったからフリップを救えなかったと嘆いた少年の叫び。それは奇しくも、今のリューンの気持ちと同じ叫びであった。
「私が一緒にお供していればフリップ様を死なせてしまうことなど決して無かったのに。」
もちろんリューンはダンジョンに同行しようとした。しかしフリップが頑なにそれを拒否したのだ。
自分の我儘のために従者には迷惑をかけられないと。それにあの伝説の傭兵団『百花繚乱』の元メンバーを連れていくから安心だと。
だがその百花繚乱の元メンバーに裏切られたのだから、皮肉もいい所である。
「しかし傭兵の裏切りを見抜けなかったのは私の力不足だ。貴公と...同じなのだ。」
もちろんこの目の前の少年が嘘をついている可能性もある。しかしあの魂の叫びまでもが嘘偽りだとは考えにくい。だから少年を生かした。じっくり彼の話を聞きたいと思ったのだ。
タリス伯爵の狙いは宝具だ。それさえ手に入れば、少年の命などどうでもいいはず。
「だから貴公の宝具を預からせてもらう。これは貴公の命を助けるためだ。悪く思うな。」
そうしてリューンがタツヤの身体に触れようとした瞬間、謎の声に呼びかけられた。
「大の大人が寄ってたかって1人の少年をいじめて恥ずかしくないんですか?」
透き通るような美しい少女の声。だがその声には感情がない。凍てつくような氷の声でリューンに呼びかけている。そしてその声の方を向いた瞬間、リューンの全身に驚きの衝撃が走る。
「ーー!いつの間に隣に。」
ーーその少女はリューンの隣に突然姿を現したのだ。
気配すら無く、唐突に姿を現した少女にリューンの警戒が一気に強まる。武の道をただひたすらに歩み、日々研鑽を積んできたリューンですら、彼女の接近には気づけなかったのだ。一体彼女は何者なのだろう。
しかし少女はそんなリューンの驚きを全く意に介さず、話を続ける。ちょんちょんと瀕死の少年を指でつつきながら。
「見たところ彼の宝具、継承型の概念宝具っぽいですよ?宝具を奪うには彼を殺すしかないですねー。」
黒のローブと三角帽子を身にまとい、薄紫色の髪を腰まで伸ばした美少女。彼女は飄々とした態度でリューンをからかっているが、その目は全く笑っていない。不気味だが、その見た目からある程度、彼女の正体を推察することは出来る。
「貴公は魔女だな?」
「ぴんぽーん。正解です。それで、彼を殺しちゃうんですか?」
「貴公はこの少年の仲間か?」
「いえ全く。だから彼が死のうが生きようが私にはどうでもいいんですけどね。」
「なら邪魔をするな。」
彼の身を案じるかのような問いかけにリューンは一瞬、少女がタツヤの仲間である可能性を疑う。しかしその考えは彼女によってあっさりと否定された。
本当に心底どうでもいいような態度をとる彼女を見て、リューンもそれ以上の追求はしない。それに、この燃えるような熱い少年と氷のように無感情な少女。全くの対極に位置する彼らが仲間だとは到底思えないからだ。万が一何かしら関係があったとしても相性は悪そうである。
「とりあえず少年を捕まえて、タリス伯爵に直訴するしかあるまい。」
「まあ邪魔するんですけどね。」
リューンがタツヤに手を伸ばそうとした瞬間、タツヤの身体が消える。正確には少女がタツヤを魔法で宙に浮かせたのだ。少女の隣でふよふよと浮かんでいるタツヤ。
ここまで邪魔をされては、流石のリューンも武力行使せざるを得ない。
「悪く思うな、名も無き魔女。」
「私、これでも愛の魔女って呼び名で呼ばれてるんですよ?」
「戯れ言を。」
リューンの刃が届く瞬間、その魔女は瞬間移動して斬撃を躱した。一緒にタツヤの身体もワープしている。
ーーそう、リューンには瞬間移動としか思えなかったのだ。
まるで次元ごと切り取られたみたいに2人はワープしたのだから。その移動には音すらなく、世界さえ彼女の姿を捉えられていないようであった。
「S級ダンジョンが攻略されたと聞いて私、上空からずっと観察してたんです。どんな人が攻略したんだろうって気になって。」
「それで、何故貴公は私の邪魔をする。」
「決まってるじゃないですか。寄ってたかって1人を虐める光景を見させられて、気分が悪くなったからですよ。」
「貴公にそんな心があるようには到底思えんな。」
「流石にそれは私でも傷つきますよ?まあ、嘘なんですけど。」
もうこれ以上この魔女から聞き出すことは何も無い。リューンは全身全霊の一撃を彼女に浴びせようとする。
一瞬で彼女の目の前に現れるリューン。ほぼ人力ワープといっても差し支えない程の瞬歩だが、またしても彼女は次元を超越したワープでその斬撃を回避する。そして今回はそれだけでは無い。
「ぐぁぁぁ!」
炎魔法によって身体を焼かれるリューン。もちろん魔法を受けるのはこれが初めてでは無い。だが魔法には必ず何かしらの事前動作があるはずだ。しかし目の前の魔女に、そんな動作は一切見られなかったのだ。
何かがおかしい。こんな異次元の現象にはそれ相応の理由がなくては。
「宝具か。」
「凄っ。おじさん、脳筋そうな見た目の割には頭良いんですね。ご褒美になんでも1個、質問に答えちゃいます。」
少女の見た目に似合わず、妖艶な笑みを浮かべてみせる魔女。その場に倒れたままそんな彼女をじっと見据え、リューンが口を開く。
「逃がしたあと、その少年をどうするつもりだ。」
「テキトーな所にポイってしたらそれでお別れですかね。それじゃあ質問にもちゃんとお答えしたので、私はこれで。」
せっかく助けた少年をあっさり捨てると言い放った魔女。彼女は笑顔をリューンに向けてはいるが、相変わらずその紫紺の瞳に光は無い。
そして指を鳴らした魔女が、少年と共にその場から完全に姿を消した。
無感情で、まるで機械が話しているかのような少女であった。まさかそんな彼女の呼び名が、
「愛の魔女か。皮肉な呼び名だな。」
そう呟いた鎧男の声だけが広場に響き渡った。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
【完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双
たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。
ゲームの知識を活かして成り上がります。
圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
白の魔女の世界救済譚
月乃彰
ファンタジー
※当作品は「小説家になろう」と「カクヨム」にも投稿されています。
白の魔女、エスト。彼女はその六百年間、『欲望』を叶えるべく過ごしていた。
しかしある日、700年前、大陸の中央部の国々を滅ぼしたとされる黒の魔女が復活した報せを聞き、エストは自らの『欲望』のため、黒の魔女を打倒することを決意した。
そしてそんな時、ウェレール王国は異世界人の召喚を行おうとしていた。黒の魔女であれば、他者の支配など簡単ということを知らずに──。
宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。
クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。
婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。
そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。
そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯
王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。
シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる