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ジャングル久留米

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 ある時、事件が起きた。

 ここ何日か、便器にうんちがついているという事象が連続して続いたのである。

 休日の昼下がり、3階の住人メンバーが廊下でだべっている時に、
 「そういえば、最近便器にうんこついてへん?」という一人の発言がきっかけとなり、
 「俺も被害にあった!誰やねん、あれ」「バイオテロやろ」「人間の所業ではない」など、被害にあった者達が一斉に声をあげはじめたのである。

 僕もその被害者の一人であった。
 個室トイレに入ると、うんちがちょうど尾てい骨がおさまる部分にべっとりとついていたことがあった。
 これは正直、しんどい。
 これから腰を落ち着けて心静かに「風の気持ち」で精神の統一をはかろうとする場面にこれに遭遇すると、びっくりするくらいテンションが下がる。
 「ほんまなんやねん……ちくしょう」と思いながら、トイレットペーパーで汚れを拭き取った苦い記憶が呼び覚まされ、怒りに震えた。

 皆の怒りは共鳴しあい、ブルースのように加速していった。
 共同生活を脅かす由々しき事態である。
 平和を取り戻すため、犯人は即刻死刑にしなくてはならない。
 
 早速、犯人探しが始まった。

 我々が考えた推理はこうだ。

 ・トイレに付着したうんこの位置がちょうど尻から便が出る動線上にあることから、いたずら目的ではなく、単純にうんこの仕方が下手くそ(奥深くに腰をかけすぎている)
 ・洋式トイレを使うことに慣れていない奴の仕業
 ・水洗トイレが行き渡っていない田舎者の仕業

 結果として、見た目が若干不潔であるのと、徳島の田舎から来ているという何とも理不尽な理由で、久留米くんが犯人ではないかという結論に達した。
 とんでもない理由で槍玉に挙げられた久留米くんに若干の同情を覚えたが、僕も「あるいはそうかも知れない」と、少し納得していたのも事実だ。
  
 「まぁ田舎やから多分ぼっとん便所しかないんやろなぁ」と、川野くんは笑っている。
 「洋式トイレの座り方知らんから、和式みたいにして座ってるんちゃうか」という意見もあった。
 それであの位置にうんこが付くってどんな座り方やねん、と皆笑った。

 しかし、どうやって久留米くんが犯人であることを突き止めようか、皆困り果てた。
 彼が個室のトイレから出てくるのを待ち、現場を押さえるという案が出たが、誰がずっと見張っておくのか。
 正直、面倒くさくて、そこまで誰もやりたがらなかった。
 久留米くんが大便しているのを外で待っておくという場面がシュール過ぎる。
 絶対にそんな役やりたくない。あんぱんと牛乳をやると言われても無理である。
 イエローキャブのMEGUMIに頼まれたら考えるけど……。

 というか、もう若干ネタと化しつつあり、皆どうでも良くなってきている。
 久留米くんが犯人であるというのも本気というより、ネタの延長であった。
 ここで生活していると、いちいち細かいことは気にならなくなってくるのだ。
 「こまけぇこたぁいいんだよ」を地で行くのが、この寮のスタイルでありDNAだ。
 「想像の向こう側」が毎日、毎日やってくる。
 一個一個付き合っていたら神経が持たなくなる。
 全てネタだということで片付けてしまうしかない。

 そんなこんなでこの話題もネタとして消化されつつある時、久留米くんがやってきた。

 皆がザワつき始めたその時、いきなり、僕の隣部屋の田中くんが久留米くんに突撃した。

 「久留米くん、トイレにうんこつけてるだら?」と、静岡弁でまくしたてた。

 いきなり本題をぶつけに行くとか、勇者過ぎるやろ……。

 「いやいや……久留米くんが犯人だというのもネタだから」というのが、半ば共通見解だったはずだと、誰もが思ったはずだ。
 まさか真正面からいきなり突撃するとは誰も予想していなかったので、他の皆は固まってしまった。

 久留米くんと僕らの間に、一瞬の間が千秒にも感じられるほどの時間の超越が生じた。
  
 「場合によっては久留米くんがキレる可能性も……」と誰もが考えた。
 もし、濡れ衣ならぶちキレても良い場面である。殴られてもおかしくない。大阪湾に沈められても文句も言えない。

 沈黙が時間を支配した後、久留米くんが口を開いた。

 「ああ、俺かも知れん……」とバツの悪そうに笑っている。

 「えぇ、ほんまにそうなん!?」と爆笑が起きた。

 「このやろう!」「何が『俺かも知れん』や、拭けカス!」「汚な過ぎるやろ、お前!」「このハゲ!」と、久留米くんを囲んで集中砲火を一斉に浴びせた。
 それでも久留米くんは笑っている。というより、いじられて何やら嬉しそうである。

 結局、上手い形でネタとして昇華され、その後便器にうんこが付くことも無くなった。
 やっぱり久留米くんが犯人だったのだ。
 事件を経験し、若干、皆の仲が深まった。

 「やっぱり寮って懐が深いな」と改めて思った。
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