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一生好き
しおりを挟む「紡くん——」
絃葉が何かを言いかけた、その時だ。
キキーーッッ!
けたたましいクラクションの音と、タイヤが地面を擦れるつんざくような音が耳に響いた。俺はさっと絃葉の身体に覆い被さろうとしたが、遅かった。
絃葉の方が先に、俺を歩道の奥へと突き飛ばしたのだ。
「え——?」
何が起こったのか、俺は瞬時に理解できなかった。突き飛ばされた衝撃で受けた身体の痛みに眉を潜めながら見たものは、絃葉の身体が宙に投げ出され、スローモーションのように地面に叩きつけられる光景だ。彼女の頭からウィッグが外れ、ポトンと少し先に落下する。彼女に渡したクッションは紙袋から投げ出され、遠くの地面に散った。
アスファルトの上に、赤黒い血がじわじわと広がっていく。絃葉のむき出しの頭から流れる血は、救いようがないほどの勢いで俺の足元まで血溜りをつくっていく。
「絃葉……!」
俺が身体を起こして彼女の元に駆け寄るとの、車の運転手が降りてきたのは同時だった。車は普通乗用車ではない。トラックだ。あんなのに突き飛ばされたんだと思うと、心臓が鷲掴みにされそうな痛みに襲われた。
「つむぐ、くん……」
かろうじて意識があるようで、彼女はか細い声で俺の名をつぶやく。
「き、きみ、大丈夫か!? きゅ、救急車!」
動転した運転手がそう叫びながらスマホを操作しているが、慌てているせいで、手からスマホを滑り落としてしまう。軽い音を立てて地面に落ちるスマホを、俺は奪い取って119番を押した。
でも、ずっと身体は震えていた。
なんとなくだが、分かってしまうのだ。
絃葉はもう、助からない。
俺の糸が透明に見えたことで、俺の命が残りわずかだと悟った絃葉が、咄嗟の判断で俺を突き飛ばしてくれたのだ。
「絃葉、な、なんで……ごめん! 俺のせいでっ」
絃葉は力無く首を横に振った。
「この命……尽きるまえに、あなたを救えてよかった……。糸が、すきとおったから、あなたを助けられた……。紡
くん、だいすき」
一筋の涙が、絃葉の瞳からこぼれ落ちて、彼女はすっとまぶたを閉じた。
「待って……待ってよ……! 逝かんといてくれっ。俺はまだ何もできてないのに……っ」
俺の言葉に、絃葉はもう言葉では反応してくれなかったけれど、ほんの少しだけ口元が微笑んでいるように見える。
「絃葉……俺も、好きや。一生、好きやから」
遠くからサイレンの音が聞こえる。
木々のざわめきも、鳥のさえずりも、何もかももう俺には聞こえない。
絃葉の美しい顔を、俺はただ眺めて、身体を抱きすくめていた。
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