17 / 21
海辺の公園で
しおりを挟むそれから1時間後、俺は絃葉と病院の外の世界に繰り出していた。
「気持ちいいな」
絃葉は外の空気を胸いっぱいに吸い込んで、感慨深そうにつぶやいた。
「無理やり連れ出してごめん」
「ううん、むしろさっき来てくれたとき、出て行ってなんてひどいこと言ってごめん。私も紡くんと話したいと思ってたから」
彼女が感情的になったのは俺のせいなのに、優しい言葉を紡いでくれる彼女に、俺は胸がじんわりと温まった。
「時間がないからさ、ゆっくり話せるところに行こう」
「うん」
京丹後総合病院は自然に囲まれている。俺たちは病院前のバス停からやってきたバスへ乗り、海沿いの方へと向かう。絃葉は何も言わず、ただ隣に座ってついてきてくれていた。
15分ほどするとバスが海沿いの公園の前で停まった。クリスマスイブの日にイルミネーションを見に行った公園だ。寒いからか、やっぱり人気はなかった。絃葉と寄り添って公園の椅子に座り、海風に当たりながら彼女の吐息を感じた。
「これ、母さんが作ってくれたんや。よかったら入院中に使って欲しいと思って、持ってきた」
俺はずっと抱えていた紙袋を、絃葉の方に差し出す。
「え、いいの? クッション? わ、もしかして、絹糸で作ったの?」
紙袋から山吹色と橙色の糸で編まれたクッションを取り出した絃葉の瞳が、ぱっと煌めくのが分かった。
「ああ。俺が作ったのやなくて、申し訳ないけど。すごい気持ちいいと思うよ」
「ありがとう! 一生大事にする!」
子供みたいな無邪気な笑顔を浮かべる彼女を見て、俺は勇気を出してまた彼女に会いにきてよかったとしみじみと感じた。
「糸は、大切な人の想いをつなぐって、ばあちゃんが言ってた。ばあちゃん、この間亡くなってん。報告が遅くなってしもうたけど……」
俺の言葉を聞いた絃葉がはっと目を瞠る。
「なんとなく、予想はついていたわ。紡くん、1週間顔を出さなかったから……」
「ああ。何も伝えてなくてごめん。突然のことやって、ちょっと俺も動転しとってん」
「そうだよね。大丈夫、分かってたから。でも、そっか。亡くなっちゃったんだ……」
絃葉がしゅんと身体を縮こませる。まるで、自分の大切な人を失ったかのような反応に、俺ははっとさせられた。会ったこともない俺のばあちゃんに対して、そこまで思ってくれることが、俺の胸を熱くする。
「でもおばあちゃんの言葉、良い言葉ね。糸が大切な人の想いをつなぐって。本当にそうだなって思う。私も、紡くんが文化祭で着物を展示してるのを見たことがきっかけで、今こうして紡くんと話せてる。糸が、つないでくれたんだよ。私たちを」
絃葉の手が、いつのまにか膝の上で固く握りしめられていた俺の手を包み込む。無意識にこわばっていた身体が、彼女の熱で溶けていく。
「ああ、そうやな。そう思うと、嬉しいな。ずっと将来のこととか、あんまり考えられんかってん。俺、良い大学に行って、有名な企業に就職しても、いずれは自分んとこの会社を継ぐんかなって、結局は決まった終着点にたどり着くだけやんかって思うてて。でも、大切な人の想いをつなぐ糸を編む仕事って、なんかすごい良いなって、今初めて思えたよ」
絃葉が力強く、うんと頷く。
不思議だ。彼女から背中を押されるとすぐに、俺は心が溶けていくみたいに前向きになれる。絃葉の優しいまなざしと言葉に、救われている自分がいた。
「絃葉、俺、さっきも言ったけど、絃葉のことが好きなんや。たとえきみが、病院でしか過ごせなくても、デートに行けなくても、顔を見るだけで幸せな気持ちになれる。だから俺は、やっぱり絃葉と最後まで一緒にいたい。いや、最後って変やな。ずっと、ずっとや。生きている間、ずっと」
自分でもびっくりするぐらい、素直な気持ちが口から溢れ出た。まるで絡まった糸がするすると解けていくみたいだ。
「紡くん……」
絃葉の潤んだ瞳が俺の目の前で揺れている。心臓が大きく脈打つのが止まらなかった。彼女はなんと返してくれるんだろう。病院では恋をしちゃだめだと言われたけれど、今なら——。
「歩きながら帰らない? 私の気持ち、話すから」
「え? ああ」
そうか。話すのに夢中で忘れていたけれど、今日の外出は1時間しかないのだ。
バスの中では落ち着いて話せない。だから歩いて帰ろうと彼女は提案してくれた。
俺たちは椅子から立ち上がって海を背にする。またいつか彼女とここに来られたらいい、と考えながら、高鳴る鼓動はいつまでも俺の背中を押した。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
やくびょう神とおせっかい天使
倉希あさし
青春
一希児雄(はじめきじお)名義で執筆。疫病神と呼ばれた少女・神崎りこは、誰も不幸に見舞われないよう独り寂しく過ごしていた。ある日、同じクラスの少女・明星アイリがりこに話しかけてきた。アイリに不幸が訪れないよう避け続けるりこだったが…。
無敵のイエスマン
春海
青春
主人公の赤崎智也は、イエスマンを貫いて人間関係を完璧に築き上げ、他生徒の誰からも敵視されることなく高校生活を送っていた。敵がいない、敵無し、つまり無敵のイエスマンだ。赤崎は小学生の頃に、いじめられていた初恋の女の子をかばったことで、代わりに自分がいじめられ、二度とあんな目に遭いたくないと思い、無敵のイエスマンという人格を作り上げた。しかし、赤崎は自分がかばった女の子と再会し、彼女は赤崎の人格を変えようとする。そして、赤崎と彼女の勝負が始まる。赤崎が無敵のイエスマンを続けられるか、彼女が無敵のイエスマンである赤崎を変えられるか。これは、無敵のイエスマンの悲哀と恋と救いの物語。
この命が消えたとしても、きみの笑顔は忘れない
水瀬さら
青春
母を亡くし親戚の家で暮らす高校生の奈央は、友達も作らず孤独に過ごしていた。そんな奈央に「写真を撮らせてほしい」としつこく迫ってくる、クラスメイトの春輝。春輝を嫌っていた奈央だが、お互いを知っていくうちに惹かれはじめ、付き合うことになる。しかし突然、ふたりを引き裂く出来事が起きてしまい……。奈央は海にある祠の神様に祈り、奇跡を起こすが、それは悲しい別れのはじまりだった。
孤独な高校生たちの、夏休みが終わるまでの物語です。
【完結】カワイイ子猫のつくり方
龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。
無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
隣の優等生は、デブ活に命を捧げたいっ
椎名 富比路
青春
女子高生の尾村いすゞは、実家が大衆食堂をやっている。
クラスの隣の席の優等生細江《ほそえ》 桃亜《ももあ》が、「デブ活がしたい」と言ってきた。
桃亜は学生の身でありながら、アプリ制作会社で就職前提のバイトをしている。
だが、連日の学業と激務によって、常に腹を減らしていた。
料理の腕を磨くため、いすゞは桃亜に協力をする。
お試しデートは必須科目〜しなけりゃ卒業できません!〜
桜井 恵里菜
青春
今から数年後。
少子高齢化対策として、
政府はハチャメチャな政策を打ち出した。
高校3年生に課せられた必須科目の課外活動
いわゆる『お試しデート』
進学率トップの高校に通う結衣は、
戸惑いながらも単位の為に仕方なく取り組む。
それがやがて、
純粋な恋に変わるとは思いもせずに…
2024年5月9日公開
必須科目の『お試しデート』
結衣のペアになったのは
学年トップの成績の工藤くん
真面目におつき合いを始めた二人だが
いつしかお互いに惹かれ合い
励まし合って受験に挑む
やがて『お試しデート』の期間が終わり…
𓈒 𓂃 𓈒𓏸 𓈒 ♡ 登場人物 ♡ 𓈒𓏸 𓈒 𓂃 𓈒
樋口 結衣 … 成績2位の高校3年生
工藤 賢 … 成績トップの高校3年生
青天のヘキレキ
ましら佳
青春
⌘ 青天のヘキレキ
高校の保健養護教諭である金沢環《かなざわたまき》。
上司にも同僚にも生徒からも精神的にどつき回される生活。
思わぬ事故に巻き込まれ、修学旅行の引率先の沼に落ちて神将・毘沙門天の手違いで、問題児である生徒と入れ替わってしまう。
可愛い女子とイケメン男子ではなく、オバちゃんと問題児の中身の取り違えで、ギャップの大きい生活に戸惑い、落としどころを探って行く。
お互いの抱えている問題に、否応なく向き合って行くが・・・・。
出会いは化学変化。
いわゆる“入れ替わり”系のお話を一度書いてみたくて考えたものです。
お楽しみいただけますように。
他コンテンツにも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる