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第三話 代償
試験勉強
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◆◇
一緒にテスト勉強しない? と穂花にLINEで誘われたのは翌日の午前十時ごろのこと。私は即刻「いいよ」と返事を打って、部屋着からTシャツにジーパンに着替えた。三日前に学校をサボってから、母とろくに口をきいていない。今日は土曜日で母は仕事が休みだが、できるだけ顔を合わせたくなかった。
トートバッグに勉強道具を一式詰め込んで、一階へ降りた。
「どこに行くの?」
ソファに寝ていた母が今まさに出かけようとしていた私に声をかける。休日の母はいつも家で寝ているか本を読んでいるかのどちらかだ。
「友達と勉強」
「友達と? そんなんではかどるの」
「いいじゃん。好きにやらせてよ」
吐き捨てるように言って、私は玄関の扉を開けた。曇り空が真っ先に目に飛び込んできて、念のため傘を持っていくことにした。
梅雨の時期、偏頭痛が煩わしいのか母はいつにもまして私への当たりが強くなる。体調の変化でいちいち私に突っかかってこないでほしい。もう高校生なんだし、友達と一緒だろうが勉強くらい真面目にやれる。
自宅から足を踏み出すと、羽が生えたみたいに自由になった気がする反面、母と分かり合えない憂鬱さに羽が萎えていくようにも感じられた。子供じゃない、と自分では思っているけれど、結局両親の庇護なしには生きていけないから大人でもない。いまの自分の立場がもどかしかった。
穂花と待ち合わせしていたのは高校から歩いて10分ほどの市街地にあるカフェ『Peace』だ。店内には壁に本がずらりと並べられており、大人のカフェデートにはうってつけなお店だった。普段はチェーンのハンバーガーやドーナツショップにしか行かない私にとって、『Peace』の扉を開けるのにはいささか勇気がいった。
すでに穂花は店に来ているようだったので、私は「友達が先に来ているので」と店員さんに告げて中へと入る。
「やっほ」
穂花は一番奥の四人掛けのテーブルに座っていた。穂花の向かい側、つまりこちら側に背中を向けて座っている男の子の姿が目に飛び込んでくる。状況を見てすぐに「えっ」と声を漏らす。
「春山さん、おはよう」
「神林もいたんだ」
いつもの制服姿ではなく、涼しげな黒いシャツに短パンを履いている。ラフな格好を見るのが初めてで私の心臓が跳ねた。しかし神林にとっても、私の私服が物珍しいのか、しばらくお互いその場で見つめ合ってしまう。
「なになに、お二人さんどうしたの?」
穂花が楽しそうに声をかけてきた。てっきり穂花と二人で勉強会をするものだと思っていたかから、この状況に頭が追いついていない。神林が来るならもっとマシな格好をしてくれば良かった——じゃなくて、これでは落ち着いて勉強できそうにない。
「失礼しまぁす……」
まるでアルバイトの面接にでも来たかのように、私は神林の隣の椅子に腰掛けた。対面で座るよりは横に座る方が緊張しないと思ったのだが、昨日の屋上でのひとときを思い出して逆に鼓動が速まってしまう。
あれは特別な時間だった。誰にも共有したくない。穂花にさえ、二人で屋上に登ったことは秘密にしようと思っていた。
「日和、どうしたの? いつもとちょっと違うじゃん。あ、永遠呼んだらダメだった? ごめんごめん、でもこいつ悪いやつじゃ
ないから」
「おい、それどういう意味だよ」
すかさず穂花に突っ込みを入れる神林。二人は幼馴染みだからか、遠慮のないやりとりが新鮮だった。
「ううん、大丈夫……! ちょっとびっくりしただけ」
「そっか。なら良かった」
神林は私が来ることを知っていたのか、あまり動揺は見られない。私だけがあたふたしているようで少し寂しい気もした。
一緒にテスト勉強しない? と穂花にLINEで誘われたのは翌日の午前十時ごろのこと。私は即刻「いいよ」と返事を打って、部屋着からTシャツにジーパンに着替えた。三日前に学校をサボってから、母とろくに口をきいていない。今日は土曜日で母は仕事が休みだが、できるだけ顔を合わせたくなかった。
トートバッグに勉強道具を一式詰め込んで、一階へ降りた。
「どこに行くの?」
ソファに寝ていた母が今まさに出かけようとしていた私に声をかける。休日の母はいつも家で寝ているか本を読んでいるかのどちらかだ。
「友達と勉強」
「友達と? そんなんではかどるの」
「いいじゃん。好きにやらせてよ」
吐き捨てるように言って、私は玄関の扉を開けた。曇り空が真っ先に目に飛び込んできて、念のため傘を持っていくことにした。
梅雨の時期、偏頭痛が煩わしいのか母はいつにもまして私への当たりが強くなる。体調の変化でいちいち私に突っかかってこないでほしい。もう高校生なんだし、友達と一緒だろうが勉強くらい真面目にやれる。
自宅から足を踏み出すと、羽が生えたみたいに自由になった気がする反面、母と分かり合えない憂鬱さに羽が萎えていくようにも感じられた。子供じゃない、と自分では思っているけれど、結局両親の庇護なしには生きていけないから大人でもない。いまの自分の立場がもどかしかった。
穂花と待ち合わせしていたのは高校から歩いて10分ほどの市街地にあるカフェ『Peace』だ。店内には壁に本がずらりと並べられており、大人のカフェデートにはうってつけなお店だった。普段はチェーンのハンバーガーやドーナツショップにしか行かない私にとって、『Peace』の扉を開けるのにはいささか勇気がいった。
すでに穂花は店に来ているようだったので、私は「友達が先に来ているので」と店員さんに告げて中へと入る。
「やっほ」
穂花は一番奥の四人掛けのテーブルに座っていた。穂花の向かい側、つまりこちら側に背中を向けて座っている男の子の姿が目に飛び込んでくる。状況を見てすぐに「えっ」と声を漏らす。
「春山さん、おはよう」
「神林もいたんだ」
いつもの制服姿ではなく、涼しげな黒いシャツに短パンを履いている。ラフな格好を見るのが初めてで私の心臓が跳ねた。しかし神林にとっても、私の私服が物珍しいのか、しばらくお互いその場で見つめ合ってしまう。
「なになに、お二人さんどうしたの?」
穂花が楽しそうに声をかけてきた。てっきり穂花と二人で勉強会をするものだと思っていたかから、この状況に頭が追いついていない。神林が来るならもっとマシな格好をしてくれば良かった——じゃなくて、これでは落ち着いて勉強できそうにない。
「失礼しまぁす……」
まるでアルバイトの面接にでも来たかのように、私は神林の隣の椅子に腰掛けた。対面で座るよりは横に座る方が緊張しないと思ったのだが、昨日の屋上でのひとときを思い出して逆に鼓動が速まってしまう。
あれは特別な時間だった。誰にも共有したくない。穂花にさえ、二人で屋上に登ったことは秘密にしようと思っていた。
「日和、どうしたの? いつもとちょっと違うじゃん。あ、永遠呼んだらダメだった? ごめんごめん、でもこいつ悪いやつじゃ
ないから」
「おい、それどういう意味だよ」
すかさず穂花に突っ込みを入れる神林。二人は幼馴染みだからか、遠慮のないやりとりが新鮮だった。
「ううん、大丈夫……! ちょっとびっくりしただけ」
「そっか。なら良かった」
神林は私が来ることを知っていたのか、あまり動揺は見られない。私だけがあたふたしているようで少し寂しい気もした。
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