岩にくだけて散らないで

葉方萌生

文字の大きさ
上 下
15 / 16

第十五話 再会

しおりを挟む

 竜太刀岬から離れて、自宅へと続く坂道を一人歩いていく。
吹き始めたばかりの春風が、今、初めて暖かく感じている。四月になればもう、撮影で駆け回った竜太刀の町から出ていくなんて、およそ非現実的にも思えた。
潮の香りを全身で感じながら、あと一つ、角を曲がれば自宅に到着する。帰ったら写真の整理でもしよう——と考えていた時だ。

「凛!」

 後ろから大声で名前を呼ばれて、私はすっと足を止めた。
 そんな、嘘だ。
 懐かしい、ここでは聞くことのできるはずのない声。
 引力に引っ張られるかのように、ゆっくりと振り返った私は、肩で息を切らしながらこちらに近づいてくる俊の姿に、心臓が跳ね上がった。

「やっと見つけた……凛、どこにいるか全然分かんなくて。この辺、細い道も多くて、見つけ出せるか不安だった。凛の高校に行ってみたけどいなかったから、町中を、走った」

「しゅ、俊、どうしてここに?」

 八百キロメートル離れた東京にいるはずの俊が、竜太刀に存在していることが信じられなくて、まるで二次元世界
を切り取ったかのような感覚に襲われた。

「今日、卒業式だったろ。だから、おめでとうって言いたくて」

「ありがとう。って、それだけのために……?」

 卒業おめでとう、なんて、電話だけでもすぐに伝えられてしまうぐらいの言葉だ。それなのに俊は、わざわざ時間とお金をかけて私に会いにきてくれた。その意味を、私は知りたかった。
 私だって今、本当は俊に会いたくてたまらなかったから。

「いや……それだけじゃない。動画の感想、伝えてなかったと思って」

「動画って、『岩にくだけて散らないで』の?」

「ああ」

 そうだ。確かに私は俊に、完成した動画を送っていた。でも、俊は直接伝えたいから、とまだ感想を言ってくれていなかった。もうすっかり忘れていると思っていたのに、覚えていてくれたんだ……。

「俺は映像のことは詳しくないから、いち視聴者としてしか感想は言えないけど。すごく、よかったよ。なんていうか……凛の表情が自然で、この町の雰囲気にぴったりはまってた。凛の、むきだしの心を、俺は初めて見たような気がする。俺は、ガキの頃から凛のそばにいたけど、あの動画を見て、別の凛を知ったというか。それぐらい、いろんな凛の表情が、映し出されてた。動画を撮った蓮ってやつが、どれだけ凛のことを見ていたか、分かったんだ」

 切なさの滲むような声で、俊が動画の感想を口にする。
 俊はあの動画を見て、知らない私に出会ったと言っていた。むきだし、という言葉が頭の中で反芻する。それは蓮が認めてくれた、自分の魅力のような気がしていた。
 ちゃんと伝わっていたんだ。
 嬉しい、と思うと同時に、目の前の俊が、旅立っていく娘を慈しむようなまなざしで私を見ているのに気づいた。
 俊は、もう私を手の届かない存在だと思っているのかもしれない。
 違う。違うよ。違うんだよ。
 私が動画の中でむきだしになれたのは、遠くから支えてくれる人の言葉があったからだ。
 どれだけ蓮と一緒に撮影をしていても、私の心から離れていかなかった大切な人の存在。  離れるどころか、どんどん膨らんでいった俊への想い。
 この気持ちはきっと、岩にぶつかったって、散っていかない。大きな私の波だ。

「私、俊が好きだよ」

 雲から覗く太陽の光が、見計らったかのように、私と俊の間をすっと照らす。
俊との距離は、一メートルほどしかない。あんなに遠くにいた彼が、手を伸ばせば触れることのできる場所にいる。そう思うと、全身が震えるくらい嬉しかった。

 俊の目が大きく見開かれる。
 どうして、なんで、とその目が私に聞いている。たぶん俊は、私が蓮のことを好きなんだと思っていたんだろう。私は俊の目を見つめながら、口を開いた。

「中学卒業の日、俊に好きだって言われて、本当は嬉しかった。でも私、まだ子供で、好きっていう気持ちが分からなくて。俊と友達でいられなくなるかもって思うと、怖くて頷けなかったんだ。だけど竜太刀の町に来て、俊がずっと私のことを気にかけてくれているのを知って、本当は俊のこと、好きなんだって気づいた。蓮に対しては、相棒みたいな居心地の良さを感じてたけど、恋じゃなかった。蓮の夢にのっかって活動していくうちに、自分の心と向き合う時間が増えたの。苦しい時、いつも心に思い浮かぶのは俊の顔だった」

 俊はじっと私の言葉に耳を傾けている。
 遠くからまた、波の音が聞こえたような気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

【完結】キスの練習相手は幼馴染で好きな人【連載版】

猫都299
青春
沼田海里(17)は幼馴染でクラスメイトの一井柚佳に恋心を抱いていた。しかしある時、彼女は同じクラスの桜場篤の事が好きなのだと知る。桜場篤は学年一モテる文武両道で性格もいいイケメンだ。告白する予定だと言う柚佳に焦り、失言を重ねる海里。納得できないながらも彼女を応援しようと決めた。しかし自信のなさそうな柚佳に色々と間違ったアドバイスをしてしまう。己の経験のなさも棚に上げて。 「キス、練習すりゃいいだろ? 篤をイチコロにするやつ」 秘密や嘘で隠されたそれぞれの思惑。ずっと好きだった幼馴染に翻弄されながらも、その本心に近付いていく。 ※現在完結しています。ほかの小説が落ち着いた時等に何か書き足す事もあるかもしれません。(2024.12.2追記) ※「キスの練習相手は〜」「幼馴染に裏切られたので〜」「ダブルラヴァーズ〜」「やり直しの人生では〜」等は同じ地方都市が舞台です。(2024.12.2追記) ※小説家になろう、カクヨム、アルファポリス、ノベルアップ+、Nolaノベルに投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

鷹鷲高校執事科

三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。 東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。 物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。 各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。 表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)

自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話

水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。 そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。 凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。 「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」 「気にしない気にしない」 「いや、気にするに決まってるだろ」 ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様) 表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。 小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。

処理中です...