岩にくだけて散らないで

葉方萌生

文字の大きさ
上 下
13 / 16

第十三話 思い出用のシャッター

しおりを挟む
**

 夏が終わり、受験シーズンがやってくると教室の中は一気に受験モードへと切り替わった。それまで部活で活躍していたクラスメイトたちが、今度は机に齧り付くようにして勉強をしている様子を、私は嘘みたいに感じていた。かくいう私だって、みんなと同じように参考書と向き合っているのだから、ほんと、嘘みたい。
 蓮とつくった映像をコンテストに応募したあと、俊にも約束通り動画を送った。
俊からはまだ感想はもらっていない。俊には俊なりのタイミングがあって、それは今じゃないと告げられているようだった。

 蓮とはあれからなんとなく気まずくて会話すらできていない。
 この間数学の質問をするために職員室に行くと、蓮が担任と話しているところをチラリと聞いた。蓮は大学受験をせず、就職するつもりらしい。担任はそんな蓮にしきりに進学することを勧めていたが、蓮は断固として頷かなかった。その横顔が笑っているようにさえ見えて、私は蓮が本気で映像の道を進もうとしているのだと分かった。

 大学で机上の勉強をするよりも、現場に入って経験を積んだ方がええかと思ってて。
 蓮が目を輝かせながら私に語りかける様子を、私は勝手に想像していた。
彼らしい決断だ。蓮は、自分の夢にまっすぐ向かって行く。高校入学前に、私を自分の夢に引き込んだ時みたいに、蓮の決断に迷いはない。私はそんな蓮の後ろ姿を追いかけていたのだ。

「私も……頑張らないとね」

 がんばって。
 がんばって、凛。
 受験勉強に行き詰まった時、目を閉じて思い浮かべるのは俊の言葉だ。
 私をここまで導いてくれた二人の男の子が、別々の角度から私の背中を押してくれる。受験勉強は孤独でつらいことが多いけれど、波にさらわれて挫けそうな心を、支えてくれているのは俊と蓮に違いなかった。

 真冬の竜太刀岬は、より一層猛々しく荒れる海を私たちに容赦なく見せつける。できれば目を背けたい光景なのに、教室移動の途中、廊下の窓からどうしてか岬の方ばかり眺めてしまう。共通一次試験が終わり、いよいよ本命の大学の二次試験を目前に控えて、私は荒れる海を前に足がすくんでしまっていた。

「風間さん、元気?」

「え?」

 背後から声をかけられて振り返ると、先月就職先を決めたはずの蓮が、私の方を見て片手を挙げていた。

「忘れ物を取りに来たんや。机の中に、大事なノートを置きっぱなしで。でも教室は受験前の空気でピリピリしてて、行き場がなくて。暇つぶしに図書館に行って、今戻ってきたところ」

 蓮は変わらずまっすぐに澄んだ瞳で子供のように笑っていた。
 私は、懐かしさと切なさでいっぱいになる胸を、悟られないように必死に隠して蓮に「それなら」と平然と話し出す。

「私が取ってきてあげる。待ってて」

 踵を返してさっさと教室に戻る私。蓮の席に着くと机の中をガサゴソとまさぐり、ノートを発見する。数学や英語のノートではない。これは蓮が撮影のために使っていた、大切なノートだ。
 私はノートを持って、再び廊下にいる蓮の元へと戻る。
 蓮は「ありがとう」と爽やかにお礼を告げた。
 おかしい。おかしいな。
 蓮のことを、懐かしいと思うなんて。同じクラスで、確かに自由登校になった最近は会っていなかったけれど、それでも懐かしいなんて感覚になるのはズレている。
 パシャリ。
 蓮の手に握られていたスマホのカメラが、私の瞳の真ん中に映った。蓮の背後には冬独特の鈍色の空が広がっている。私はその空と、スマホのカメラを交互に見つめていた。
 一眼レフカメラよりも随分と軽い音だった。
 けれど、切り取られたはずの写真は、蓮の手の中のあのちっぽけな機械の中に収まっている。蓮の、一番近くにあるんだ。二人三脚で映像を作っていた時とはまた違う感覚に襲われる。

「その写真どうするの?」

 無意味な質問だと分かっているのに、聞かずにはいられなかった。

「これは思い出用。何年後かに、ああ、風間さんと高校生活を駆け抜けたんやって思い出すための」

 蓮らしい、さっぱりとした言い分だった。私はこの映像が大好きなオタクと、全然知らなかった世界に飛び込んだんだ。その結末は、蓮が有名な映像制作会社に就職し、私はみんなと同じように四年制大学に進学するという結末に終わりそうだ。とてもありふれた私の将来像が、鈍色の空に浮かぶ雲みたいに、風にのって流れていく。

「そっか。それじゃあ、私も」

 パシャリ。やっぱり軽い音を響かせた私のスマホが、蓮のこざっぱりとした表情を切り取った。

「なんや風間さん。俺のこと撮るの初めてやない?」

「うーん、そうだっけ? 言われてみれば確かにそうかも」

 こんなに長い時間一緒にいたのに、こんなに撮られていたのに。私の方は蓮を撮るのが初めてだなんて。
 おかしくて、何度も何度もシャッターを切った。何に使うん、と笑いながら聞く蓮に、「思い出用」と答えたのはお決まりの流れだった。
 私たちは、竜太刀岬の見える学校の廊下で、今しかないこの時間を名残り惜しむかのように、ひたすらスマホでお互いを撮り合っていた——。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

【完結】キスの練習相手は幼馴染で好きな人【連載版】

猫都299
青春
沼田海里(17)は幼馴染でクラスメイトの一井柚佳に恋心を抱いていた。しかしある時、彼女は同じクラスの桜場篤の事が好きなのだと知る。桜場篤は学年一モテる文武両道で性格もいいイケメンだ。告白する予定だと言う柚佳に焦り、失言を重ねる海里。納得できないながらも彼女を応援しようと決めた。しかし自信のなさそうな柚佳に色々と間違ったアドバイスをしてしまう。己の経験のなさも棚に上げて。 「キス、練習すりゃいいだろ? 篤をイチコロにするやつ」 秘密や嘘で隠されたそれぞれの思惑。ずっと好きだった幼馴染に翻弄されながらも、その本心に近付いていく。 ※現在完結しています。ほかの小説が落ち着いた時等に何か書き足す事もあるかもしれません。(2024.12.2追記) ※「キスの練習相手は〜」「幼馴染に裏切られたので〜」「ダブルラヴァーズ〜」「やり直しの人生では〜」等は同じ地方都市が舞台です。(2024.12.2追記) ※小説家になろう、カクヨム、アルファポリス、ノベルアップ+、Nolaノベルに投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

鷹鷲高校執事科

三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。 東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。 物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。 各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。 表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)

自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話

水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。 そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。 凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。 「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」 「気にしない気にしない」 「いや、気にするに決まってるだろ」 ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様) 表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。 小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。

処理中です...