12 / 16
第十二話 二人の吐息
しおりを挟む翌日、朝早くに学校に行くと、いつになく蓮がソワソワした面持ちで「風間さん遅いよ」と私に声をかけてきた。分かっている。今日は完成した動画をコンテストの主催者に提出するのだ。だからこそ、まだ誰もクラスメイトも来ていないような時間帯に二人で待ち合わせをしていた。
「ごめんごめん。でも私、ちゃんと待ち合わせ通りに来たよ?」
「そうか? 俺は待ちくたびれたわ」
「蓮が早すぎるだけだって。女の子は支度に時間がかかるんです」
蓮にとって、私はずっと撮影のモデルで、私にとって蓮はカメラマンだった。でも、撮影が終わった今、ただのいちクラスメイトとして、同じ研究会の友人として、むきだしの私たちの関係がぽつりと残された。
「じゃあ早速送るで」
「お願いします」
動画の提出はコンテストのHPから行えるようになっている。私たちが応募するのは、「全日本青春動画コンテスト」という、映画の制作会社が主催する大規模なコンテストだ。高校生だけの大会ではなく、一般人も応募できる。あえて高校生のみコンテストを選ばなかった理由は、蓮が本気で映像クリエイターを目指していると言っていたからだ。
「俺は、日本人全員を感動の渦に巻き込めるような映像を作りたい。だからな、高校生だけじゃだめなんや。本気で腕を試したいから。俺がこれから戦っていく土俵はこっちやけん」
そんな蓮のまっすぐな熱意に負けて、私は一般の人も応募するコンテストへの応募に同意したわけだ。私としては、もともと蓮の夢にのっかって務めてきた仕事だったので、蓮の希望通りにしてあげられればそれでいいと思った。
蓮が「応募フォーム」に必要事項を記入し、動画ファイルを添付した。しばらく待ってアップロードが完了すると、「送信ボタン」をゆっくりと押した。
『提出が完了しました。
なお、受賞者には来年三月に記載いただいたご連絡先に直接通知します。
ご応募ありがとうございました。』
という文字が画面に浮かび上がったとたん、私と蓮の肩からすっと力が抜けていくのがわかった。
「応募、できたね」
「ああ、そうやな。長かったなあ」
誰もいない朝の教室で、二人の吐息が重なる。耳を澄ませば、竜太刀岬の波の音が聞こえるくらい静かだった。蓮は今、どんな気持ちでいるんだろう。
「蓮すごい頑張ってたもんね。報われるといいね」
「それはこっちのセリフや。風間さん、全然知らん世界やのに、二年とちょっと付き合ってくれてありがとうな」
なんだかここでお別れでもするかのようなしんみりとした空気に、私は心を掴まれて、急激に寂しさが押し寄せてきた。
終わりたくない。蓮との撮影の日々が、まだ続くんじゃないかと思っていた。終わりがあることを知っていたのに、終わってしまえばあっけなくて。
高知なんていう知らない土地に一人放り出されて散り散りになりそうだった二年半前の心が、また戻ってきたかのような感覚に襲われた。
私が不安げな表情を浮かべていたからか、蓮は私の方を、じっと見ていた。「どうしたん?」と一声かけられると、ざわついていた心臓の音が、いくらか和らいでいった。
そうだ、私は一人じゃない。
たとえ撮影が終わっても、蓮がいる。蓮と、俊がいる——。
「俺さ、ずっと言おうと思ってたんや」
蓮の顔は、いつのまにかまっすぐな、純朴な少年そのものに変わっていた。
「撮影が終わったら、風間さんに言おうって」
メガネの奥で蓮が瞬きを繰り返す。いつも見ていたはずなのに、知らない人のように感じられるのはどうしてだろう。私は無意識のうちに、やめて、と心の中で叫んだ。
「俺は、風間さんが——」
ばしゃん。
岩にぶつかる波の音が耳の奥で聞こえたような気がして、はっと教室の扉の方を見た。
「ちーっす。あれ、お前ら早いな」
クラスメイトの男子が登校してきたのだ。その後ろからまた数人の男女が入ってくる。
弾かれたようにはっとした顔を後ろに向けた蓮が、困ったような笑顔を浮かべながら、
「まあな」
と返事をしていた。
「風間さん、ありがとう」
それだけ言うと、蓮は自分の席に戻っていく。
心臓の音が、やっぱりうるさいくらいに鳴っていたことに気づいたのは、蓮が教室の端の席につくのを見たあとだった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説
宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。
美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!!
【2022/6/11完結】
その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。
そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。
「制覇、今日は五時からだから。来てね」
隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。
担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。
◇
こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく……
――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

【完結】キスの練習相手は幼馴染で好きな人【連載版】
猫都299
青春
沼田海里(17)は幼馴染でクラスメイトの一井柚佳に恋心を抱いていた。しかしある時、彼女は同じクラスの桜場篤の事が好きなのだと知る。桜場篤は学年一モテる文武両道で性格もいいイケメンだ。告白する予定だと言う柚佳に焦り、失言を重ねる海里。納得できないながらも彼女を応援しようと決めた。しかし自信のなさそうな柚佳に色々と間違ったアドバイスをしてしまう。己の経験のなさも棚に上げて。
「キス、練習すりゃいいだろ? 篤をイチコロにするやつ」
秘密や嘘で隠されたそれぞれの思惑。ずっと好きだった幼馴染に翻弄されながらも、その本心に近付いていく。
※現在完結しています。ほかの小説が落ち着いた時等に何か書き足す事もあるかもしれません。(2024.12.2追記)
※「キスの練習相手は〜」「幼馴染に裏切られたので〜」「ダブルラヴァーズ〜」「やり直しの人生では〜」等は同じ地方都市が舞台です。(2024.12.2追記)
※小説家になろう、カクヨム、アルファポリス、ノベルアップ+、Nolaノベルに投稿しています。
如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
恋の消失パラドックス
葉方萌生
青春
平坦な日常に、インキャな私。
GWが明け、学校に着くとなにやらおかしな雰囲気が漂っている。
私は今日から、”ハブられ女子”なのか——。
なんともない日々が一変、「消えたい」「消したい」と願うことが増えた。
そんなある日スマホの画面にインストールされた、不思議なアプリ。
どうやらこのアプリを使えば、「消したいと願ったものを消すことができる」らしいが……。
自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話
水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。
そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。
凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。
「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」
「気にしない気にしない」
「いや、気にするに決まってるだろ」
ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様)
表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。
小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる