2 / 16
第二話 幼馴染のきみ
しおりを挟む
俊のことを幼なじみの男の子だと自覚したのは小学校を卒業する頃だ。家が近所で、母に幼稚園に連れて行ってもらう時にはいつも、彼の家の「天海」という表札を眺めていた。漢字は読めなかったけれど、この立派な表札のある大きな家に住んでいる男の子が、自分と仲良くしてくれている俊なのだと思うと胸がときめいた。
俊はスポーツができて、頭がよくて、私が持っていないものを全部持っている。小さい頃は生意気なことを言うガキ、という表現がしっくりくるような男の子だったけれど、何かあればすぐに私のことを庇ってくれた。
控えめで自分の意見をはっきりと口にすることができなかった私は、教室内で決め事があると、なにかと面倒な役目を押し付けられることが多かった。文化祭や修学旅行の実行委員、大変だと言われる風紀委員など、私が自己主張がないのをいいことに、クラスメイトは私を「犠牲」にする。一度、女子トイレでクラスの女の子たちが、「凛ちゃんがいると何かと便利だよね」と話しているのを耳にしたことがある。便利、という言葉を胸の中で反芻すると、どうもそれが負の意味で使われているということが分かった。
クラスメイトたちは私を便利なやつだとしか思っていない。友達だと思ってくれる人は一人もいないのだ。その証拠に、体育で二人組を作ることになった時、私はいつも余って、先生とペアを組まされていた。面倒事を引き受けるのは、凛ちゃんの仕事だから。クラスメイトたちの心の声が、ずっと腹の底に響いているような感覚に陥っていた。
でも、そんな中、私を助けてくれるのはいつも俊だった。
「みんな、面倒役を風間さんばかりに押し付けるのはおかしいと思う。もし風間さんが風紀委員やるなら、俺もやります!」
あの、みんなが示し合わせたかのように沈黙する空気の中、声を上げた俊は、まさに“ヒーロー”そのものだ。あえて場の空気を読まず、私を庇ってくれた俊にあとでお礼を言うと、「べつに!」とそっけなく返されるだけだったけれど。私にとっては、俊の言葉の一つ一つが、とても嬉しかった。
そんな俊だったが、中学生になる頃にはすっかりませていた。周りの女子も、俊のことを格好いいと言い、俊が体育でサッカーやバスケをしている時にはこぞって応援に出かけていた。私は、すっかり学校のアイドルになってしまった俊に気後れして、彼女たちの前に出ていくことができなかった。
「今日のスポーツ大会、凛も見てくれたか?」
年に一度行われるスポーツ大会の日の帰り道、偶然一緒になった俊からそう聞かれた時には、曖昧に「うん」と頷いた。見ていない、と言ったら気を悪くしてしまうかもしれないと思ったからだ。
「そっか。よかったー。俺、初めてあんなに綺麗なシュートを打てたんだ」
「……格好よかった、よ」
実際にその貴重なシーンを見ていない私は、自信なさげにそう言うしかなくて、すぐに「やっぱり見てないだろ」と俊にバレてしまった。
「ごめん……」
きっとがっかりするだろうな、と思って。
なんて、自意識過剰すぎて言えなくて、私はそっと俯くだけだった。
「いや、いいんだけど。俺、凛に見せるために頑張ってるとこ、あるから」
俊の頬が、耳が、赤く染まっていくのが、山の端に沈んでいく夕日のせいなのかそうでないのか分からない。
俊はいつだって、私の前で男らしくて、少年漫画の主人公みたいで、私は俊の陰で脇役を演じてるんだと思っていた。でも俊はたぶん、ずっと脇役の私のことを見てくれていた
俊はスポーツができて、頭がよくて、私が持っていないものを全部持っている。小さい頃は生意気なことを言うガキ、という表現がしっくりくるような男の子だったけれど、何かあればすぐに私のことを庇ってくれた。
控えめで自分の意見をはっきりと口にすることができなかった私は、教室内で決め事があると、なにかと面倒な役目を押し付けられることが多かった。文化祭や修学旅行の実行委員、大変だと言われる風紀委員など、私が自己主張がないのをいいことに、クラスメイトは私を「犠牲」にする。一度、女子トイレでクラスの女の子たちが、「凛ちゃんがいると何かと便利だよね」と話しているのを耳にしたことがある。便利、という言葉を胸の中で反芻すると、どうもそれが負の意味で使われているということが分かった。
クラスメイトたちは私を便利なやつだとしか思っていない。友達だと思ってくれる人は一人もいないのだ。その証拠に、体育で二人組を作ることになった時、私はいつも余って、先生とペアを組まされていた。面倒事を引き受けるのは、凛ちゃんの仕事だから。クラスメイトたちの心の声が、ずっと腹の底に響いているような感覚に陥っていた。
でも、そんな中、私を助けてくれるのはいつも俊だった。
「みんな、面倒役を風間さんばかりに押し付けるのはおかしいと思う。もし風間さんが風紀委員やるなら、俺もやります!」
あの、みんなが示し合わせたかのように沈黙する空気の中、声を上げた俊は、まさに“ヒーロー”そのものだ。あえて場の空気を読まず、私を庇ってくれた俊にあとでお礼を言うと、「べつに!」とそっけなく返されるだけだったけれど。私にとっては、俊の言葉の一つ一つが、とても嬉しかった。
そんな俊だったが、中学生になる頃にはすっかりませていた。周りの女子も、俊のことを格好いいと言い、俊が体育でサッカーやバスケをしている時にはこぞって応援に出かけていた。私は、すっかり学校のアイドルになってしまった俊に気後れして、彼女たちの前に出ていくことができなかった。
「今日のスポーツ大会、凛も見てくれたか?」
年に一度行われるスポーツ大会の日の帰り道、偶然一緒になった俊からそう聞かれた時には、曖昧に「うん」と頷いた。見ていない、と言ったら気を悪くしてしまうかもしれないと思ったからだ。
「そっか。よかったー。俺、初めてあんなに綺麗なシュートを打てたんだ」
「……格好よかった、よ」
実際にその貴重なシーンを見ていない私は、自信なさげにそう言うしかなくて、すぐに「やっぱり見てないだろ」と俊にバレてしまった。
「ごめん……」
きっとがっかりするだろうな、と思って。
なんて、自意識過剰すぎて言えなくて、私はそっと俯くだけだった。
「いや、いいんだけど。俺、凛に見せるために頑張ってるとこ、あるから」
俊の頬が、耳が、赤く染まっていくのが、山の端に沈んでいく夕日のせいなのかそうでないのか分からない。
俊はいつだって、私の前で男らしくて、少年漫画の主人公みたいで、私は俊の陰で脇役を演じてるんだと思っていた。でも俊はたぶん、ずっと脇役の私のことを見てくれていた
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。
Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説
宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。
美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!!
【2022/6/11完結】
その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。
そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。
「制覇、今日は五時からだから。来てね」
隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。
担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。
◇
こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく……
――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――
【完結】キスの練習相手は幼馴染で好きな人【連載版】
猫都299
青春
沼田海里(17)は幼馴染でクラスメイトの一井柚佳に恋心を抱いていた。しかしある時、彼女は同じクラスの桜場篤の事が好きなのだと知る。桜場篤は学年一モテる文武両道で性格もいいイケメンだ。告白する予定だと言う柚佳に焦り、失言を重ねる海里。納得できないながらも彼女を応援しようと決めた。しかし自信のなさそうな柚佳に色々と間違ったアドバイスをしてしまう。己の経験のなさも棚に上げて。
「キス、練習すりゃいいだろ? 篤をイチコロにするやつ」
秘密や嘘で隠されたそれぞれの思惑。ずっと好きだった幼馴染に翻弄されながらも、その本心に近付いていく。
※現在完結しています。ほかの小説が落ち着いた時等に何か書き足す事もあるかもしれません。(2024.12.2追記)
※「キスの練習相手は〜」「幼馴染に裏切られたので〜」「ダブルラヴァーズ〜」「やり直しの人生では〜」等は同じ地方都市が舞台です。(2024.12.2追記)
※小説家になろう、カクヨム、アルファポリス、ノベルアップ+、Nolaノベルに投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
鷹鷲高校執事科
三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。
東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。
物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。
各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。
表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)
自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話
水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。
そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。
凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。
「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」
「気にしない気にしない」
「いや、気にするに決まってるだろ」
ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様)
表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。
小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる