岩にくだけて散らないで

葉方萌生

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第二話 幼馴染のきみ

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 俊のことを幼なじみの男の子だと自覚したのは小学校を卒業する頃だ。家が近所で、母に幼稚園に連れて行ってもらう時にはいつも、彼の家の「天海あまみ」という表札を眺めていた。漢字は読めなかったけれど、この立派な表札のある大きな家に住んでいる男の子が、自分と仲良くしてくれている俊なのだと思うと胸がときめいた。
 俊はスポーツができて、頭がよくて、私が持っていないものを全部持っている。小さい頃は生意気なことを言うガキ、という表現がしっくりくるような男の子だったけれど、何かあればすぐに私のことを庇ってくれた。

 控えめで自分の意見をはっきりと口にすることができなかった私は、教室内で決め事があると、なにかと面倒な役目を押し付けられることが多かった。文化祭や修学旅行の実行委員、大変だと言われる風紀委員など、私が自己主張がないのをいいことに、クラスメイトは私を「犠牲」にする。一度、女子トイレでクラスの女の子たちが、「凛ちゃんがいると何かと便利だよね」と話しているのを耳にしたことがある。便利、という言葉を胸の中で反芻すると、どうもそれが負の意味で使われているということが分かった。

 クラスメイトたちは私を便利なやつだとしか思っていない。友達だと思ってくれる人は一人もいないのだ。その証拠に、体育で二人組を作ることになった時、私はいつも余って、先生とペアを組まされていた。面倒事を引き受けるのは、凛ちゃんの仕事だから。クラスメイトたちの心の声が、ずっと腹の底に響いているような感覚に陥っていた。
 でも、そんな中、私を助けてくれるのはいつも俊だった。

「みんな、面倒役を風間かざまさんばかりに押し付けるのはおかしいと思う。もし風間さんが風紀委員やるなら、俺もやります!」

 あの、みんなが示し合わせたかのように沈黙する空気の中、声を上げた俊は、まさに“ヒーロー”そのものだ。あえて場の空気を読まず、私を庇ってくれた俊にあとでお礼を言うと、「べつに!」とそっけなく返されるだけだったけれど。私にとっては、俊の言葉の一つ一つが、とても嬉しかった。


 そんな俊だったが、中学生になる頃にはすっかりませていた。周りの女子も、俊のことを格好いいと言い、俊が体育でサッカーやバスケをしている時にはこぞって応援に出かけていた。私は、すっかり学校のアイドルになってしまった俊に気後れして、彼女たちの前に出ていくことができなかった。

「今日のスポーツ大会、凛も見てくれたか?」

 年に一度行われるスポーツ大会の日の帰り道、偶然一緒になった俊からそう聞かれた時には、曖昧に「うん」と頷いた。見ていない、と言ったら気を悪くしてしまうかもしれないと思ったからだ。

「そっか。よかったー。俺、初めてあんなに綺麗なシュートを打てたんだ」

「……格好よかった、よ」

 実際にその貴重なシーンを見ていない私は、自信なさげにそう言うしかなくて、すぐに「やっぱり見てないだろ」と俊にバレてしまった。

「ごめん……」

 きっとがっかりするだろうな、と思って。
 なんて、自意識過剰すぎて言えなくて、私はそっと俯くだけだった。

「いや、いいんだけど。俺、凛に見せるために頑張ってるとこ、あるから」

 俊の頬が、耳が、赤く染まっていくのが、山の端に沈んでいく夕日のせいなのかそうでないのか分からない。
 俊はいつだって、私の前で男らしくて、少年漫画の主人公みたいで、私は俊の陰で脇役を演じてるんだと思っていた。でも俊はたぶん、ずっと脇役の私のことを見てくれていた
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