となりの京町家書店にはあやかし黒猫がいる!

葉方萌生

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第五話 三つ葉書店をあなたと守りたい

あやかし猫になったわけ

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「わたし……自分でも、なんであやかし猫になったのか、理解できていなかったんです。でも今、やっと分かりました。私も、後悔ばかりしていたんですね。死を選んだのは自分自身なのに、どうして詩文さんに何も伝えないまま、逝っちゃったんだろうって。後から後悔しても遅くて。せめてあの世からでもあなたを見守っていたいって思ったら、気づいたらあの黒猫ちゃんの姿になって、この世にとどまっていました。馬鹿ですよね、自分で投げ捨てた命に、縋ろうとしてたなんて。本当に馬鹿……」

 彼女の瞳からとめどなく涙が溢れだす。
 たとえ自死を選んでいたって、後悔がない人間なんかいない。
 何かに躓いて、現実から目を背けたいと思った人にだって、まだ十分変わるチャンスはある。萌奈はあやかし猫になって、詩文さんを助けていた。詩文さんのそばにいようと必死だった。その気持ちはきっともう、詩文さんに伝わっている。
 だからねえ、萌奈。
 もう泣かないで。

 詩文さんが私の隣からそっと立ち上がる。一歩前に踏み出して、泣いている萌奈の正面に立った。萌奈がゆっくりと顔を上げる。彼の手が、彼女の背中に触れた。気が付けば目の前で、二人は抱擁を交わしていた。

「やっと……触れることができました。川崎にいた時、一度もあなたには触れられなかった。僕なんかが触れていいのか、分かりませんでした。でも今は……いいですよね」

「はい……もちろんです。間に合って、よかった……」

 二人の身体が月の光の下で重なり合う。目を背けたい光景のはずなのに、どこか幻想めいた二人のその姿に、私は釘付けになってしまっていた。
 ああ、綺麗だ。
 宝石のように煌めく涙を流しながら詩文さんの腕の中で幸せそうな表情を浮かべる萌奈と、複雑な想いを抱えながらも彼女を必死に離すまいと抱きしめる詩文さん。二人の姿を、何度も目に焼き付けた。
 何度も、何度も、瞬きを繰り返しても彼らはそこにいた。
 萌奈の身体から、紫色のおどろおどろしいオーラのようなものが漂っていることに気づいたのはその時だ。彼女は変化しようとしている。でもそんな彼女のことを必死に抱きしめている詩文さんおおかげで、なんとか正気を保っていられているようだった。

「詩文さん……もう行きますね」

 やがて雲が月をすっぽりと覆い隠したとき、詩文さんの腕の中から萌奈の姿がぼんっと消えてしまった。
 足元に、あやかし猫の姿も見えない。
 ただ一つ、最後の最後に「彩葉、ありがとう」というモナの声が聞こえたのは、気のせいではないだろう。
 ありがとう、モナ。
 口も態度も悪いあやかし猫だったけれど、あなたには大切なことをたくさん教えてもらった気がする。
 
 詩文さんは、腕の中から消えてしまった彼女の残り香りを逃さないようにと思ったのか、両掌をぎゅっと握りしめる。振り返って私を見つめるその瞳にはもう、後悔の色は滲んでいなかった。
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