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第五話 三つ葉書店をあなたと守りたい
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「も、萌奈さん!?」
現れた白い肌の美しい女性を前に、詩文さんの動揺は隠しきれない。見開かれた大きな瞳は一点、彼女を見つめたまま離さない。こんな時なのに、私は一瞬萌奈になりたいと願ってしまう。
対人関係を築くのが苦手な詩文さんが、川崎の街で一番心を許していた人に。
余暇の時間を費やして、会いに行っていた人に。
私は嫉妬してしまっていた。
「お久しぶりですね……詩文さん」
萌奈の両目がすっと細くなる。その瞳が、あやかし猫の彼女と重なった。
詩文さんは、萌奈と私を交互に見て、何かを必死に確認しているようだった。萌奈の姿を見ても全然驚かない私を目にしてすべてを察したのか、「ああ、本当だったんですね」とようやく頷いてくれた。それでも彼は、食い入るようにして再び萌奈を見た。ありえない——彼の口から漏れ出てきそうな本音を、容易に想像することができた。
「萌奈さん、どうしてあなたがここに……。去年の十二月に、亡くなったと、聞きました」
「ええ、そうです。だからこそ、こうしてあやかしとしてあなたのそばにいるんです」
「は、はあ……。納得はできないですけど、状況だけは分かります。でもすみません、正直びっくりしすぎて何と言ったらいいかっ」
詩文さんの戸惑いぶりは見ていて清々しいほどだった。私だって、いまだにモナの存在をどう理解したらいいか分からないところがある。それでもモナが、詩文さんのそばで必死に彼を見守っているのを見て、心が動いたのだ。
彼女の気持ちを、詩文さんに伝えたい。
死してなお、モナが詩文さんにつきまとうのは、彼に対して未練があるからに他ならない。単純な理由だが、私がモナの正体を彼に伝えようと思ったのは、私もモナと同じで、彼に恋をしているからだ。
「急に出てきてびっくりされるのは分かっています。実はわたしも、今日彩葉さんがわたしとあたなを月の光の下に連れ出そうとしているのを見て、何をしようとしているのか知りました。本当はわたし、あなたに自分の正体を伝えるつもりはなかったんです。でも、どうやらわたしにもタイムリミットがあるようで……。あまり長いこと、この世界に留まっていられない事情ができました。だから時間切れになる前に、やっぱり詩文さんに、伝えておきたいことがあって」
萌奈の言うタイムリミットというのは、以前彼女の口から聞いた、あやかしである彼女が人間に対して危害を加える可能性があるということを言っているのだろう。あやかしという存在は、生の世界の秩序を乱す。だからこそ、現世に未練があるのなら、それを払拭しなければならない。
萌奈はとっくに決意をしているのだ。
自分は、この世界から成仏をすべきなんだって。
冷静な口調で話し出す萌奈の姿を見て、詩文さんもいくらか気持ちが落ち着いたのか、「ええ」と深く頷いた。目の前の状況を受け入れられないのは変わらないと思う。けれど、萌奈の声を必死に聞こうとしていることだけは分かった。
「受け入れてくれて、ありがとうございます。あまり時間がないので、単刀直入にいいますね。詩文さん、わたしはあなたのことが好きでした」
「へ、す、好き……!?」
突然の告白に面食らったのは詩文さんだけではない。私も同じだった。まさか彼女がこんなにもあっさりと想いを口にするなんて。先日、一緒に告白するから大丈夫だと励ましたばかりなのに。私が告白するよりも先に、自ら詩文さんに気持ちを伝えるとは。なんだか少し、裏切られた気分になる。でもその決意を聞いて、分かってしまった。
ああ、本当に彼女にはもう時間がないんだ。
もしかしたら彼女の中で、人間に対して攻撃的な一面が急激に湧き上がっているのを感じているのかもしれない。だとしたら萌奈は今、胸の中で必死に自分と戦っていることだろう。
「はい、本当に好きでした。生まれて初めて恋をしていたかもしれません。図書館であなたと話す時間が楽しみで、毎日本当に幸せでした。わたし、人間関係を築くのがすごく苦手で、今真でも学校や職場で苦労してきたんです。でも詩文さんとは、不思議と自然に自分を出せていることに気づいて。それからもう、毎日が本当に温かな陽だまりに包まれているかのようでした」
詩文さんの表情が、驚きから次第に切ないものに変わっていく。もうこの世にはいない女性からの告白を聞いて、何を思っているのだろうか。隣で萌奈の話を聞いている私は、胸が詰まる想いがした。
詩文さんは、やがてすっと瞳を閉じた。どうしたんだろう、と様子を伺っていると、再び両目が開かれる。その目にはもう驚きではなく、萌奈の声をしっかりと受け止めようという強い意志が宿っていた。
現れた白い肌の美しい女性を前に、詩文さんの動揺は隠しきれない。見開かれた大きな瞳は一点、彼女を見つめたまま離さない。こんな時なのに、私は一瞬萌奈になりたいと願ってしまう。
対人関係を築くのが苦手な詩文さんが、川崎の街で一番心を許していた人に。
余暇の時間を費やして、会いに行っていた人に。
私は嫉妬してしまっていた。
「お久しぶりですね……詩文さん」
萌奈の両目がすっと細くなる。その瞳が、あやかし猫の彼女と重なった。
詩文さんは、萌奈と私を交互に見て、何かを必死に確認しているようだった。萌奈の姿を見ても全然驚かない私を目にしてすべてを察したのか、「ああ、本当だったんですね」とようやく頷いてくれた。それでも彼は、食い入るようにして再び萌奈を見た。ありえない——彼の口から漏れ出てきそうな本音を、容易に想像することができた。
「萌奈さん、どうしてあなたがここに……。去年の十二月に、亡くなったと、聞きました」
「ええ、そうです。だからこそ、こうしてあやかしとしてあなたのそばにいるんです」
「は、はあ……。納得はできないですけど、状況だけは分かります。でもすみません、正直びっくりしすぎて何と言ったらいいかっ」
詩文さんの戸惑いぶりは見ていて清々しいほどだった。私だって、いまだにモナの存在をどう理解したらいいか分からないところがある。それでもモナが、詩文さんのそばで必死に彼を見守っているのを見て、心が動いたのだ。
彼女の気持ちを、詩文さんに伝えたい。
死してなお、モナが詩文さんにつきまとうのは、彼に対して未練があるからに他ならない。単純な理由だが、私がモナの正体を彼に伝えようと思ったのは、私もモナと同じで、彼に恋をしているからだ。
「急に出てきてびっくりされるのは分かっています。実はわたしも、今日彩葉さんがわたしとあたなを月の光の下に連れ出そうとしているのを見て、何をしようとしているのか知りました。本当はわたし、あなたに自分の正体を伝えるつもりはなかったんです。でも、どうやらわたしにもタイムリミットがあるようで……。あまり長いこと、この世界に留まっていられない事情ができました。だから時間切れになる前に、やっぱり詩文さんに、伝えておきたいことがあって」
萌奈の言うタイムリミットというのは、以前彼女の口から聞いた、あやかしである彼女が人間に対して危害を加える可能性があるということを言っているのだろう。あやかしという存在は、生の世界の秩序を乱す。だからこそ、現世に未練があるのなら、それを払拭しなければならない。
萌奈はとっくに決意をしているのだ。
自分は、この世界から成仏をすべきなんだって。
冷静な口調で話し出す萌奈の姿を見て、詩文さんもいくらか気持ちが落ち着いたのか、「ええ」と深く頷いた。目の前の状況を受け入れられないのは変わらないと思う。けれど、萌奈の声を必死に聞こうとしていることだけは分かった。
「受け入れてくれて、ありがとうございます。あまり時間がないので、単刀直入にいいますね。詩文さん、わたしはあなたのことが好きでした」
「へ、す、好き……!?」
突然の告白に面食らったのは詩文さんだけではない。私も同じだった。まさか彼女がこんなにもあっさりと想いを口にするなんて。先日、一緒に告白するから大丈夫だと励ましたばかりなのに。私が告白するよりも先に、自ら詩文さんに気持ちを伝えるとは。なんだか少し、裏切られた気分になる。でもその決意を聞いて、分かってしまった。
ああ、本当に彼女にはもう時間がないんだ。
もしかしたら彼女の中で、人間に対して攻撃的な一面が急激に湧き上がっているのを感じているのかもしれない。だとしたら萌奈は今、胸の中で必死に自分と戦っていることだろう。
「はい、本当に好きでした。生まれて初めて恋をしていたかもしれません。図書館であなたと話す時間が楽しみで、毎日本当に幸せでした。わたし、人間関係を築くのがすごく苦手で、今真でも学校や職場で苦労してきたんです。でも詩文さんとは、不思議と自然に自分を出せていることに気づいて。それからもう、毎日が本当に温かな陽だまりに包まれているかのようでした」
詩文さんの表情が、驚きから次第に切ないものに変わっていく。もうこの世にはいない女性からの告白を聞いて、何を思っているのだろうか。隣で萌奈の話を聞いている私は、胸が詰まる想いがした。
詩文さんは、やがてすっと瞳を閉じた。どうしたんだろう、と様子を伺っていると、再び両目が開かれる。その目にはもう驚きではなく、萌奈の声をしっかりと受け止めようという強い意志が宿っていた。
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