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第五話 三つ葉書店をあなたと守りたい
二日目
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五月九日金曜日の朝がやってきた。
「さあて、今日もやってやるぞー!」
開店前の『三つ葉書店』の前で大きく伸びをした私は、朝の明るい陽光を浴びながら気合いを入れた。昨日の今日で、接客にはいくらか自信がついた。あとは今日を無事に乗り切るだけだ。
「朝からテンション高いわねえ。わたしがいないと何もできないくせに」
「う、うるさいわね。元気に挨拶するくらいはできるって」
「それぐらい誰でもできるわよ」
「いや、詩文さんはいっつもしどろもどろしてますー」
「ふふ、それもそうね」
あ、まただ。
モナがうふふ、と微笑ましげに頬を綻ばせている。昨日といい今日といい、いつもの高飛車な態度が少しずつ和らいでいって、なんだか調子が狂うな。
もしかしたらモナは、生前の三沢萌奈としての一面を、あやかし猫の姿で見せ始めているんだろうか。萌奈もこんなふうに、詩文さんの前では楽しそうに優しく笑ってたのかな。なぜか感慨深くなり、開店前からつんと胸を突かれる思いがした。
「どうしたの? 早く店を開けましょう」
「あ、う、うん」
モナと詩文さんのことを考えていたなんて言えずに、彼女の指示に従いつつ、お店の扉を開ける。なんか変だな。どうしちゃったんだろう、私。扉を開けて、朝一番の掃除をしている間も、店先に看板を運び、レジ回りを整えている間も、モナの態度が軟化していることについて考えるばかりで、ちっとも仕事に集中することができなかった。
それでも、やって来るお客さんに対しては正面から向き合わざるを得ず、瞬時に頭を切り替えて接客に励む。その辺りのことは、日頃から接客業に勤しんでいるのが役に立った。
「お子さんが絵本を見ているわ。六歳ぐらいの子におすすめの本はこれと、これ。教えてあげて」
「あ、あの女の人、棚の上の方の本を取りたいみたいよ。脚立はレジ奥に置いてあるはずだから持ってきて」
「本の取り寄せを希望している方がいるわ。タイトルと著者名、冊数も聞いてちょうだい」
「彩葉、取次会社を挟まない直取引の本は、自分で発注しないといけないの。レジ横の棚に発注リストがあるから、それを見なさい」
司令官モナは、お客さんの動向を見つつ、私がやるべき仕事について淡々と指示をしてくる。本屋の仕事に詳しいのは、日頃から詩文さんの隣で彼の仕事ぶりを見ていたからだろう。彼女の観察力にはあっぱれとしか言いようがない。初めての仕事ばかりであたふたしていたが、モナの的確な指示のおかげでなんとか乗り越えることができた。
金曜日ということもあり、仕事帰りにお店に寄る人が多いのか、十八時以降にもお店は繁盛していた。ビジネス本を手にしたサラリーマンが数人やってきてお会計を済ます。十九時、ようやく閉店時間を迎えると、どっと疲れが押し寄せてきた。
「今日もお疲れ様。売り上げは?」
間髪を容れず今日の成果を聞いてくるモナ。なかなかストイックな副店長ね……。
「10,5250円。昨日よりだいぶ上がったよ」
「そう。それは良かった。これにて留守番終了ね」
淡々と終了の合図を告げるモナを、私はまじまじと見つめてしまう。今日一日、仕事に集中はしていたものの、やっぱりモナの変化が気になって仕方がなかった。私が仕事について質問したことにも、今日はいやに素直に答えてくれるし。お客様と会話をしている中で、私につられてモナまで笑うような場面もあった。萌奈としての彼女が、どうしても垣間見えてしまい、何度もドキリとさせられたのだ。
「モナ、あのさ、やっぱり詩文さんにモナのこと——」
ずっと胸に抱えていたモヤモヤが、どうしても抑えられなくて溢れそうになった。ちょうどその時、お店の扉がガラガラと開く音がしてはたと振り返る。閉店時間を過ぎているので、お客様ならば声をかけようかと口を開いた私だったが、振り返った先で固まった。
「さあて、今日もやってやるぞー!」
開店前の『三つ葉書店』の前で大きく伸びをした私は、朝の明るい陽光を浴びながら気合いを入れた。昨日の今日で、接客にはいくらか自信がついた。あとは今日を無事に乗り切るだけだ。
「朝からテンション高いわねえ。わたしがいないと何もできないくせに」
「う、うるさいわね。元気に挨拶するくらいはできるって」
「それぐらい誰でもできるわよ」
「いや、詩文さんはいっつもしどろもどろしてますー」
「ふふ、それもそうね」
あ、まただ。
モナがうふふ、と微笑ましげに頬を綻ばせている。昨日といい今日といい、いつもの高飛車な態度が少しずつ和らいでいって、なんだか調子が狂うな。
もしかしたらモナは、生前の三沢萌奈としての一面を、あやかし猫の姿で見せ始めているんだろうか。萌奈もこんなふうに、詩文さんの前では楽しそうに優しく笑ってたのかな。なぜか感慨深くなり、開店前からつんと胸を突かれる思いがした。
「どうしたの? 早く店を開けましょう」
「あ、う、うん」
モナと詩文さんのことを考えていたなんて言えずに、彼女の指示に従いつつ、お店の扉を開ける。なんか変だな。どうしちゃったんだろう、私。扉を開けて、朝一番の掃除をしている間も、店先に看板を運び、レジ回りを整えている間も、モナの態度が軟化していることについて考えるばかりで、ちっとも仕事に集中することができなかった。
それでも、やって来るお客さんに対しては正面から向き合わざるを得ず、瞬時に頭を切り替えて接客に励む。その辺りのことは、日頃から接客業に勤しんでいるのが役に立った。
「お子さんが絵本を見ているわ。六歳ぐらいの子におすすめの本はこれと、これ。教えてあげて」
「あ、あの女の人、棚の上の方の本を取りたいみたいよ。脚立はレジ奥に置いてあるはずだから持ってきて」
「本の取り寄せを希望している方がいるわ。タイトルと著者名、冊数も聞いてちょうだい」
「彩葉、取次会社を挟まない直取引の本は、自分で発注しないといけないの。レジ横の棚に発注リストがあるから、それを見なさい」
司令官モナは、お客さんの動向を見つつ、私がやるべき仕事について淡々と指示をしてくる。本屋の仕事に詳しいのは、日頃から詩文さんの隣で彼の仕事ぶりを見ていたからだろう。彼女の観察力にはあっぱれとしか言いようがない。初めての仕事ばかりであたふたしていたが、モナの的確な指示のおかげでなんとか乗り越えることができた。
金曜日ということもあり、仕事帰りにお店に寄る人が多いのか、十八時以降にもお店は繁盛していた。ビジネス本を手にしたサラリーマンが数人やってきてお会計を済ます。十九時、ようやく閉店時間を迎えると、どっと疲れが押し寄せてきた。
「今日もお疲れ様。売り上げは?」
間髪を容れず今日の成果を聞いてくるモナ。なかなかストイックな副店長ね……。
「10,5250円。昨日よりだいぶ上がったよ」
「そう。それは良かった。これにて留守番終了ね」
淡々と終了の合図を告げるモナを、私はまじまじと見つめてしまう。今日一日、仕事に集中はしていたものの、やっぱりモナの変化が気になって仕方がなかった。私が仕事について質問したことにも、今日はいやに素直に答えてくれるし。お客様と会話をしている中で、私につられてモナまで笑うような場面もあった。萌奈としての彼女が、どうしても垣間見えてしまい、何度もドキリとさせられたのだ。
「モナ、あのさ、やっぱり詩文さんにモナのこと——」
ずっと胸に抱えていたモヤモヤが、どうしても抑えられなくて溢れそうになった。ちょうどその時、お店の扉がガラガラと開く音がしてはたと振り返る。閉店時間を過ぎているので、お客様ならば声をかけようかと口を開いた私だったが、振り返った先で固まった。
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