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第三話 三つ葉書店から始まる恋
チラシを配ろう!
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午前中から二人で出かける約束を取り付けて、一体何をしているのだろう。冷静に考えてみると滑稽だが、楽しそうに頬を綻ばせる詩文さんを見ていると、どうでもいいか、と思えてくるから不思議だ。
詩文さんがレジ前でお金の準備に入る。私はPOPの台紙を片付けて、段ボールを倉庫の方へと運んだ。チラシと店舗カードを、レジ前とお店の目立つ棚に設置する。
「ふう~こんなもんか。あとは店頭でチラシ配りでもしますか」
詩文さんに提案すると、彼も大きく頷いてくれた。
「彩葉、あんたよく冷静にチラシ配りなんてできるわね」
詩文さんと私がチラシを手に外に出ると、金魚の糞みたいにモナもついてきた。詩文さんが隣にいるから、彼女の言葉にツッコむことができない。じっとモナを見つめると、彼女はフン、と高飛車に鼻を鳴らした。
「まあせいぜい、お子ちゃまデートを楽しんできて頂戴」
お子ちゃまデート? どういうこと?
頭に浮かんだ疑問を、解消することもできず、むっとしながらチラシ配りに専念した。モナ、もしかして私に嫉妬してる? いや、まさかねえ。猫が人間に嫉妬するなんて聞いたことないし。しかもあやかし猫だし。
嫌味を言ってくるモナは無視して、時々通りかかる人にチラシを差し出す。私は『やよい庵』で同じようなことを何度もしているので慣れているのだが、詩文さんは違った。
「あ、えっと、その、チラシ……いかがですかっ」
チラシ配りがこんなに下手な人間がいるのかと呆れるぐらい、彼は慣れていなかった。
まず、チラシを持った腕を差し出すタイミングが遅い。さらに差し出し方も中途半端で、歩いている人にはチラシの存在が視界に入らないだろう。声かけも0点。「チラシいかがですか」なんて、どこにも情報がなくて何を宣伝されているのか分からない。
「詩文さん、チラシを差し出すときは大きく、勢いよく。それから『三つ葉書店です』ってちゃんと店名言ってアピールしなきゃ。こんなところに書店があるんだから、声に出さないと分からないですよ。声に出しさえすれば、本が好きな人は興味持ってくれるかもしれないでしょ?」
「な、なるほど! さすが彩葉さん。手慣れてますね」
「いや、詩文さんがあまりにも不慣れなだけですよ……」
彼がいかに商売に不向きなのかは、ここ数週間の間によく理解していた。だけど、年下の小娘の言うことも素直に聞いてくれるところはやっぱり好感が持てる。なんだかんだ、詩文さんのことを助けたいと思ってしまうのだ。
「このチラシ撒き終わるまで頑張りますよ!」
「え、これ全部ですか!?」
「もちろんです。せっかく彩葉さんのご協力の元、素敵なチラシを作ってもらえたんですから」
そう言われてしまえば私が断れるはずがない。モナが足元でクククとおかしそうに笑いを堪えながら私の反応を楽しんでいた。
「わ、分かりました。頑張りましょう。日が暮れてしまうかもしれませんけど、何もせずにお店の中で悶々としているよりは絶対にいいはず」
「はい。やってやりますよ!」
まるで戦にでも出かけていくかのような口ぶりで威勢よく返事をする詩文さん。まあ、こんな仕事もいいよね。一日、二人と一匹で店先でチラシ配り。なんだか自分が『やよい庵』で働き始めたばかりの時を思い出した。まだ子供だった私は、お店の中では戦力外だからと、外でチラシ配りをさせられていた。一枚配ると一円。母からお小遣いとしてもらっていたのだが、一時間で多くても三十枚しかはけなくて、ぶーぶー文句を言った。時給三十円じゃやってらんない! とチラシを投げ捨てようとしたら、母から「工夫すれば百枚だって二百枚だって配れるわ」と反撃された。むっとした私はどうにか声かけを変えたり、チラシの差し出し方を研究したりして、なんとか一時間に百枚配れるようになったんだっけ。
そうしたら母が、「一枚十円にしたげるわ」と大盤振る舞いを始めたのだ。きっと、私が真剣に仕事に取り組んでいる姿を認めてくれたんだろう。最初から一枚十円にしなかったのは、私の熱意を引き出すため。私は母の策略にまんまとハマっていたのだ。
平日ということもあり、先日の日曜日に比べると客足は少なかった。けれど、やはりSNSや口コミの効果のおかげか、お店の前で立ち止まったり、中に入ってくれたりするお客さんが増えたように思う。スマホのマップで『三つ葉書店』と検索してみると、なんと星評価までついていた。評価は4.2。かなりの高評価に、思わず「えっ」と声を上げる。レビューにざっと目を通すと、さらに驚く。
“イケメンの店主と、本に詳しい店員さんがいて、充実した時間を過ごせた”
“噂通り、店主はイケメン! 喋り方はぎこちなかったけど、そこもまた可愛かった~”
“三歳の子供に贈る本を探していました。女性の店員さんが詳しく教えてくれたので良い本が見つかってよかったです”
“町家の雰囲気がとても好きでした。本はこれからもっと増えていくのかな? 楽しみにしています”
レビューは純粋に本屋として褒めてくれているものもある一方で、詩文さんの容姿を褒めているものもあり複雑な気分になったが、全体として肯定的な意見が多い。私は自分が「女性の店員」と思われていることを知り、顔がカーッと熱くなった。
詩文さんがレジ前でお金の準備に入る。私はPOPの台紙を片付けて、段ボールを倉庫の方へと運んだ。チラシと店舗カードを、レジ前とお店の目立つ棚に設置する。
「ふう~こんなもんか。あとは店頭でチラシ配りでもしますか」
詩文さんに提案すると、彼も大きく頷いてくれた。
「彩葉、あんたよく冷静にチラシ配りなんてできるわね」
詩文さんと私がチラシを手に外に出ると、金魚の糞みたいにモナもついてきた。詩文さんが隣にいるから、彼女の言葉にツッコむことができない。じっとモナを見つめると、彼女はフン、と高飛車に鼻を鳴らした。
「まあせいぜい、お子ちゃまデートを楽しんできて頂戴」
お子ちゃまデート? どういうこと?
頭に浮かんだ疑問を、解消することもできず、むっとしながらチラシ配りに専念した。モナ、もしかして私に嫉妬してる? いや、まさかねえ。猫が人間に嫉妬するなんて聞いたことないし。しかもあやかし猫だし。
嫌味を言ってくるモナは無視して、時々通りかかる人にチラシを差し出す。私は『やよい庵』で同じようなことを何度もしているので慣れているのだが、詩文さんは違った。
「あ、えっと、その、チラシ……いかがですかっ」
チラシ配りがこんなに下手な人間がいるのかと呆れるぐらい、彼は慣れていなかった。
まず、チラシを持った腕を差し出すタイミングが遅い。さらに差し出し方も中途半端で、歩いている人にはチラシの存在が視界に入らないだろう。声かけも0点。「チラシいかがですか」なんて、どこにも情報がなくて何を宣伝されているのか分からない。
「詩文さん、チラシを差し出すときは大きく、勢いよく。それから『三つ葉書店です』ってちゃんと店名言ってアピールしなきゃ。こんなところに書店があるんだから、声に出さないと分からないですよ。声に出しさえすれば、本が好きな人は興味持ってくれるかもしれないでしょ?」
「な、なるほど! さすが彩葉さん。手慣れてますね」
「いや、詩文さんがあまりにも不慣れなだけですよ……」
彼がいかに商売に不向きなのかは、ここ数週間の間によく理解していた。だけど、年下の小娘の言うことも素直に聞いてくれるところはやっぱり好感が持てる。なんだかんだ、詩文さんのことを助けたいと思ってしまうのだ。
「このチラシ撒き終わるまで頑張りますよ!」
「え、これ全部ですか!?」
「もちろんです。せっかく彩葉さんのご協力の元、素敵なチラシを作ってもらえたんですから」
そう言われてしまえば私が断れるはずがない。モナが足元でクククとおかしそうに笑いを堪えながら私の反応を楽しんでいた。
「わ、分かりました。頑張りましょう。日が暮れてしまうかもしれませんけど、何もせずにお店の中で悶々としているよりは絶対にいいはず」
「はい。やってやりますよ!」
まるで戦にでも出かけていくかのような口ぶりで威勢よく返事をする詩文さん。まあ、こんな仕事もいいよね。一日、二人と一匹で店先でチラシ配り。なんだか自分が『やよい庵』で働き始めたばかりの時を思い出した。まだ子供だった私は、お店の中では戦力外だからと、外でチラシ配りをさせられていた。一枚配ると一円。母からお小遣いとしてもらっていたのだが、一時間で多くても三十枚しかはけなくて、ぶーぶー文句を言った。時給三十円じゃやってらんない! とチラシを投げ捨てようとしたら、母から「工夫すれば百枚だって二百枚だって配れるわ」と反撃された。むっとした私はどうにか声かけを変えたり、チラシの差し出し方を研究したりして、なんとか一時間に百枚配れるようになったんだっけ。
そうしたら母が、「一枚十円にしたげるわ」と大盤振る舞いを始めたのだ。きっと、私が真剣に仕事に取り組んでいる姿を認めてくれたんだろう。最初から一枚十円にしなかったのは、私の熱意を引き出すため。私は母の策略にまんまとハマっていたのだ。
平日ということもあり、先日の日曜日に比べると客足は少なかった。けれど、やはりSNSや口コミの効果のおかげか、お店の前で立ち止まったり、中に入ってくれたりするお客さんが増えたように思う。スマホのマップで『三つ葉書店』と検索してみると、なんと星評価までついていた。評価は4.2。かなりの高評価に、思わず「えっ」と声を上げる。レビューにざっと目を通すと、さらに驚く。
“イケメンの店主と、本に詳しい店員さんがいて、充実した時間を過ごせた”
“噂通り、店主はイケメン! 喋り方はぎこちなかったけど、そこもまた可愛かった~”
“三歳の子供に贈る本を探していました。女性の店員さんが詳しく教えてくれたので良い本が見つかってよかったです”
“町家の雰囲気がとても好きでした。本はこれからもっと増えていくのかな? 楽しみにしています”
レビューは純粋に本屋として褒めてくれているものもある一方で、詩文さんの容姿を褒めているものもあり複雑な気分になったが、全体として肯定的な意見が多い。私は自分が「女性の店員」と思われていることを知り、顔がカーッと熱くなった。
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