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第十一話 春を待ち焦がれる
残酷なほど美しい
しおりを挟む満月になる前の、左側が少しだけ欠けた月が、頭上に浮かんでいた。十月の夜の海は、だいぶ気温も下がり、肌寒いくらいだ。本格的に秋が訪れようとしていた。僕は、この世界で秋を感じる前に、退場する。
現実世界で自殺をしようとした時の記憶が、否応なく蘇る。
たった一つの動画投稿で、めちゃくちゃになってしまった僕と、『SAESON』の未来。
仲間に迷惑をかけてしまったやるせなさと、もう二度と自分の夢を叶えられなくなるかもしれないという絶望。
誹謗中傷の声やクラスメイトが僕を馬鹿にする言葉は、今でも頭の中にこびりついている。
そんな現実世界に戻るのは、はっきり言って怖い。
でも、夏海が消えてしまうことの方がもっと、何倍も、何百倍も、怖かった。
それに僕は、やっぱり現実世界でもう一度人生をやり直したいと思う。
大勢の人の前に出るのは、怖くて足がすくんでしまうだろう。また、心無い言葉を浴びせられるかもしれない。それでも、僕は前に進まなくちゃいけない。
生まれてくることができなかった夏海たちの魂が、生きたいと願ったように。
僕は、生きたい。
泥沼にはまって、上手く前に進めなくても。
もがいてもがいて苦しんだ先に、必ず光があると信じて。
だから僕は、やり遂げてみせるよ——。
波の音が、いちばん近くで響いている。
砂を撫でるざらざらとした感触を思わせるその音を聞くと、僕が抱えている不安を全部かき消してくれる。
よく晴れた空の下で、朗らかに笑う彼女に、僕は憧れていた。
白いうなじや細い腕がこの世のものではないかというぐらい、太陽の光に反射して神聖なもののように見える。たとえ彼女と僕の生きる世界が違っても、生きる意味や目的が違っていても、僕は彼女の白い肌を目で追わずにはいられない。
太陽の光が水面で反射して、きらきらと輝くあの海は、宝物みたいな幸福と、だからこそ思い知らさられる絶望を、一度に運んできてくれた。
だけど、コバルトブルーに染まるあの夏の海に、僕はもう二度と、帰ることができない。
彼女の笑うこの世界から、僕はもうすぐいなくなるのだから——。
孤独の海で見上げる月は、やっぱりこの世界でも美しかった。
冷たい水に全身が浸され、身体の体温調節機能が低下していくのが分かる。歯がガチガチと震え、意識が朦朧とし始めた。
死ぬ時まで、現実でもディーナスでも変わらないんだな。
僕は、すっとまぶたを閉じて息を止める。
さようなら、夏海。
理沙、龍介。
半年間だったけれど、とても楽しかった。僕の高校生活が、こんなに輝かしいものに変わるなんて思わなかったよ。
今まで本当にありがとう。
彼女たちの願いが、たくさん詰まったこの『Dean Earth』の世界から、僕はいなくなる。
ありがとう。
もう一度、僕に命をください。
秋の夜空に浮かぶ月を目に焼き付けて、僕は海にこの身を沈める。
ディーナスでの命の終わりにも、残酷なほど美しい月の輝きを目にすることができてよかった。もし本当に現実世界に戻ったら、その時はまた、夏の海で月を眺めたい。
彼女の存在をいちばん近くで感じることのできる、波の音に包まれて。
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