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第五話 夏の寂しさ
いつもと違う
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僕はもう、あの夏の夜のことが頭の片隅に追いやられていた。
みんなで海で遊んでいると、あの日の記憶は幻だったのではないかと錯覚するのだ。
理沙も、最初はなんだか気まずそうにしていた龍介も、弾ける笑顔と共に夏を堪能している様子だ。
だけど、一人だけ——夏海だけはずっと、どこか上の空というような状態で、水に浸かっていた。
口では「楽しい!」と言いながらはしゃいでいるように見えるが、いつもの天真爛漫さがなくて、僕には彼女が普段の様子と違うように思えた。
何かあったんだろうか。最初、待ち合わせで合流した時も浮かない顔をしていた。あとで聞いてみよう。
そんなことを考えていると、やがてお昼休憩をすることになり、僕たちは砂浜へと上がる。
「俺たち、あっちの店で何か買ってくるよ。女子は休んでて」
「ありがとう」
龍介が俺の肩を叩き、お昼ご飯を買いに行こうと促した。夏海と理沙にはパラソルの下で休憩してもらい、僕たちは海の家までご飯を買いに行った。
夏の七浜はかなりの人でごった返しており、お昼時のこの時間、海の家へと歩いていく人たちで溢れていた。こんがりと焼けた男性たちの肌を眺めながら、この人たちは全員NPCなのだと気づいて、不思議な気分になる。
「焼きそばでもいいかな?」
「たぶんいいと思うよ」
龍介が焼きそばを売っている店を指さして、僕たちはお客さんの列に並んだ。
女子二人の元から離れた龍介は、なんとなく疲れているようにも見える。さっき海ではしゃぎすぎたせいだろうか。夏海といい龍介といい、今日はみんないつもと違って調子が狂うな。
「龍介、あのさ。夏海の様子が変なんだけど、なんでか知らない?」
列に並んでいる最中、手持ち無沙汰になっていた僕は早速彼に疑問をぶつける。
龍介は僕の言葉に、一瞬だけびくっと肩を揺らしたような気がした。
けれど、すぐにこちらを向いて、
「さあ」
と生返事をする。
僕は、龍介が何か事情を知っているのではないかと勘繰ってしまう。
「そういえば先週の祭りの時、僕たちはぐれちゃったよね。あの時、龍介は夏海と一緒にいたんだろ? だったら何か知ってるんじゃ——」
「……だから、知らねえって」
聞いたこともないような低い声だった。
僕はぎょっとして彼の方を二度見する。
龍介は、額から汗を垂らして、一心にお店の方だけを見つめていた。僕のことを見ようともしない。僕は、まずいことを聞いてしまったのだと確信する。
「それにしても、あちいな」
話題を逸らそうとしているのか、龍介が額の汗を拭った。太陽の熱がジリジリと僕たちの背中を灼き尽くしていく。早く、この場から動きたい衝動に駆られていた。
ようやく焼きそばを買って理沙と夏海の元へと戻ることができると、少しだけ汗が引いていく気がした。
「あれ、夏海は?」
「お手洗いだって」
パラソルの下には理沙しかおらず、僕は反射的に彼女の姿を探してしまう。
「二人ともありがとう」
理沙が僕たちから焼きそばを受け取ると、お上品に食べ始めた。その様子を見ていると僕たちもお腹が鳴って、急いで焼きそばを胃袋にかき込んだ。
「ごめんね、トイレ混んでて遅くなっちゃった」
しばらくすると夏海がトイレから戻ってきた。心なしか、目が充血している。「何かあったの?」と聞こうとしたところ、焼きそばを食べ終えた理沙が僕の腕を掴んだ。
「ねえ、ちょっとあっちで話そうよ」
ストレートな物言いに、僕も、それからその場にいた龍介も夏海も、みんな目を丸くする。理沙は少しも臆することなく、僕の方を見て「行こう」と目で訴えかけている。ちょうど夏海が龍介から焼きそばを受け取ったタイミングだった。僕は逡巡しつつも、「少しなら」と理沙の誘いに乗った。
みんなで海で遊んでいると、あの日の記憶は幻だったのではないかと錯覚するのだ。
理沙も、最初はなんだか気まずそうにしていた龍介も、弾ける笑顔と共に夏を堪能している様子だ。
だけど、一人だけ——夏海だけはずっと、どこか上の空というような状態で、水に浸かっていた。
口では「楽しい!」と言いながらはしゃいでいるように見えるが、いつもの天真爛漫さがなくて、僕には彼女が普段の様子と違うように思えた。
何かあったんだろうか。最初、待ち合わせで合流した時も浮かない顔をしていた。あとで聞いてみよう。
そんなことを考えていると、やがてお昼休憩をすることになり、僕たちは砂浜へと上がる。
「俺たち、あっちの店で何か買ってくるよ。女子は休んでて」
「ありがとう」
龍介が俺の肩を叩き、お昼ご飯を買いに行こうと促した。夏海と理沙にはパラソルの下で休憩してもらい、僕たちは海の家までご飯を買いに行った。
夏の七浜はかなりの人でごった返しており、お昼時のこの時間、海の家へと歩いていく人たちで溢れていた。こんがりと焼けた男性たちの肌を眺めながら、この人たちは全員NPCなのだと気づいて、不思議な気分になる。
「焼きそばでもいいかな?」
「たぶんいいと思うよ」
龍介が焼きそばを売っている店を指さして、僕たちはお客さんの列に並んだ。
女子二人の元から離れた龍介は、なんとなく疲れているようにも見える。さっき海ではしゃぎすぎたせいだろうか。夏海といい龍介といい、今日はみんないつもと違って調子が狂うな。
「龍介、あのさ。夏海の様子が変なんだけど、なんでか知らない?」
列に並んでいる最中、手持ち無沙汰になっていた僕は早速彼に疑問をぶつける。
龍介は僕の言葉に、一瞬だけびくっと肩を揺らしたような気がした。
けれど、すぐにこちらを向いて、
「さあ」
と生返事をする。
僕は、龍介が何か事情を知っているのではないかと勘繰ってしまう。
「そういえば先週の祭りの時、僕たちはぐれちゃったよね。あの時、龍介は夏海と一緒にいたんだろ? だったら何か知ってるんじゃ——」
「……だから、知らねえって」
聞いたこともないような低い声だった。
僕はぎょっとして彼の方を二度見する。
龍介は、額から汗を垂らして、一心にお店の方だけを見つめていた。僕のことを見ようともしない。僕は、まずいことを聞いてしまったのだと確信する。
「それにしても、あちいな」
話題を逸らそうとしているのか、龍介が額の汗を拭った。太陽の熱がジリジリと僕たちの背中を灼き尽くしていく。早く、この場から動きたい衝動に駆られていた。
ようやく焼きそばを買って理沙と夏海の元へと戻ることができると、少しだけ汗が引いていく気がした。
「あれ、夏海は?」
「お手洗いだって」
パラソルの下には理沙しかおらず、僕は反射的に彼女の姿を探してしまう。
「二人ともありがとう」
理沙が僕たちから焼きそばを受け取ると、お上品に食べ始めた。その様子を見ていると僕たちもお腹が鳴って、急いで焼きそばを胃袋にかき込んだ。
「ごめんね、トイレ混んでて遅くなっちゃった」
しばらくすると夏海がトイレから戻ってきた。心なしか、目が充血している。「何かあったの?」と聞こうとしたところ、焼きそばを食べ終えた理沙が僕の腕を掴んだ。
「ねえ、ちょっとあっちで話そうよ」
ストレートな物言いに、僕も、それからその場にいた龍介も夏海も、みんな目を丸くする。理沙は少しも臆することなく、僕の方を見て「行こう」と目で訴えかけている。ちょうど夏海が龍介から焼きそばを受け取ったタイミングだった。僕は逡巡しつつも、「少しなら」と理沙の誘いに乗った。
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