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第六話 トラウマを消し去りたいあなたへ
書くことの裏側にあるもの
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***
「詩乃さん、小説のタイトルが決まりました」
二ヶ月後、三月十五日。
大学を卒業する私にとって、その日は最後のシフトの日だった。
それと同時に、書き上げた小説のデータを、女将の詩乃さんに送る日でもあった。
店内は相変わらずゆったりとした居心地の良い空気に包まれている。
もうすぐここを去るなんて、名残惜しくてとても淋しい。
「お、決まった? どんなタイトル?」
詩乃さんは興味津々、という様子で私に顔を寄せる。
ついにこの時が来たのだ。
私が書いた小説を、たくさんの人に読んでもらえる日が。
「はい! 京都天和み堂書店に、もっとたくさんのお客さんが来たらいいなって。それで——」
詩乃さんから『小説の神様』を受け取った日——これまで色んな悩みを相談してくれたお客さんたちから背中を押してもらった日の夜、私は眠る前のベッドの上で、そっと物語のページをめくってみた。
作家デビューしたばかりの「僕」は、デビュー作を酷評され、売り上げも伸びず、書く意味を失っていた。そんな彼が、同じ高校にいる人気作家の小余綾詩凪と合作をつくることになる。
容姿端麗で秀才の小余綾詩凪は、側から見れば、欲しいものをなんでも持っている女の子だ。
“書けない”という現実に鬱々とした毎日を送る「僕」は、小余綾詩凪の高飛車な態度に幾度もイライラする。「成功している人には自分の気持ちなんか分からない」と思う。
しかし、そんな小余綾詩凪には、誰にも言えない秘密があった。
彼女もまた、書くことで傷つき、苦しめられ、それでも書かなければならない現実と闘っていたのだ……。
『小説の神様』を読んでいるあいだ、とても不思議な気持ちにさせられた。
ベッドの上で、私は何度、「ああ、分かる」と共感したことだろう。
最初は主人公「僕」の気持ちが痛いほどよく分かって、「僕」と同じように私も胸が痛くなるのを感じた。思うように物語が書けない葛藤に、自分自身を重ねて。
しかし、物語が後半に近づくにつれ、次第に大きく膨らんでゆくヒロイン小余綾詩凪への共感が、心に渦を巻き起こした。
書くことは必ずしも楽しいばかりではない。
むしろ苦しいことの方が多くて、物語を書いたせいで、苦しまなければならないことがいっぱいあって。
でも、それでも書く。
書くことで、人生を選んでいる。
『小説の神様』は、書くことの裏側にある苦しみと痛み、その中でもがき、必死に這い上がろうとする主人公たちの、美しい青春ストーリーだった。
「詩乃さん、小説のタイトルが決まりました」
二ヶ月後、三月十五日。
大学を卒業する私にとって、その日は最後のシフトの日だった。
それと同時に、書き上げた小説のデータを、女将の詩乃さんに送る日でもあった。
店内は相変わらずゆったりとした居心地の良い空気に包まれている。
もうすぐここを去るなんて、名残惜しくてとても淋しい。
「お、決まった? どんなタイトル?」
詩乃さんは興味津々、という様子で私に顔を寄せる。
ついにこの時が来たのだ。
私が書いた小説を、たくさんの人に読んでもらえる日が。
「はい! 京都天和み堂書店に、もっとたくさんのお客さんが来たらいいなって。それで——」
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“書けない”という現実に鬱々とした毎日を送る「僕」は、小余綾詩凪の高飛車な態度に幾度もイライラする。「成功している人には自分の気持ちなんか分からない」と思う。
しかし、そんな小余綾詩凪には、誰にも言えない秘密があった。
彼女もまた、書くことで傷つき、苦しめられ、それでも書かなければならない現実と闘っていたのだ……。
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ベッドの上で、私は何度、「ああ、分かる」と共感したことだろう。
最初は主人公「僕」の気持ちが痛いほどよく分かって、「僕」と同じように私も胸が痛くなるのを感じた。思うように物語が書けない葛藤に、自分自身を重ねて。
しかし、物語が後半に近づくにつれ、次第に大きく膨らんでゆくヒロイン小余綾詩凪への共感が、心に渦を巻き起こした。
書くことは必ずしも楽しいばかりではない。
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でも、それでも書く。
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