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第六話 トラウマを消し去りたいあなたへ
勇気をくれた作品
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***
『青のまんなか』。
タイトルを見た瞬間に、なぜだか私の心が急激に惹かれ、気がつくとページをめくっていた。手書きの原稿用紙に綴られた言葉の一つ一つが、沈んでいた自分の心の奥深くに沁み渡った。なんでもない青春の日々の中で、どちらかと言えば葛藤することの多い日々の中で、きらりと光る幸せの雫が、言葉の端々から感じられた。
派手な物語ではない。ドラマチックな展開があるわけでもない。
けれど、主人公の高校生の少女が、日常の中で感じる小さな幸せに、読んでいる私の方が勇気をもらった。
好きな男の子に告白してフラれたこと。
フラれたけれど、「これからも仲良くしてほしい」と言われて心が和んだこと。これからもっとその人のことを知ればいいんだと前向きになれたこと。
それは、彼女をフった方の男子からすれば、社交辞令、いや自分にとって都合の良い言い訳みたいなものだ。それも分かった上で、「やっぱり好きだ」と思ったこと。
大好きな親友と喧嘩をして、もう絶対に仲直りなんかできないと思って意気消沈して家に帰ったこと。
でも翌日、その子が「ごめんね」と素直に謝ってきたこと。
一瞬のうちに、親友を許せて、自分の方こそ悪かったと感じたこと。
心の奥底で、親友に対して怒ってはいなかったこと。
そんな、青春時代の情動が、あまりにも繊細な感性が、瑞々しい文章から伝わってきて、気がつくと私は涙を流していた。
いい歳した大人の男が、誰かの作品を読んで泣いている様を見るなんて、一緒に審査委員をしていた会社の部下たちも思わなかっただろう。
自分でも不思議だった。
これまで仕事の関係上、一年に何百冊と小説を読んできたのに、これほど素直に心が動かされたのは久しぶりだった。
そして、『青のまんなか』を読み終わったあとの、なんとも言えない前向きな気持ちを、どう表現したら良いか分からない。
だだひたすら、私は胸の中が喜びと愛しさで満ちるのを感じた。
ああ、もう、前に進んで生きて、いいんだと。
***
「私は、彼女の作品に救われたんです。息子の死から立ち直れなかった私に、一つの勇気をくれたんです」
真っ直ぐなまなざしで詩乃にそう訴えかける杉崎の揺るがない想いが、詩乃の心を震わせた。
この人が、どうしてここまでして菜花に小説を書いて欲しいと願うのか。
自分が、救われたからだ。
彼女の物語が、この人を幸せにしたからだ。
「まったく敵わないですね……」
杉崎にも、彼女にも。
二人とも、愛しているのだ。
物語を、愛している。
だから、書きたいのに書けないと泣いている。
もう一度書いて欲しいと懇願する。
その気持ちは、美しいじゃないか。
これほど真っ直ぐに想えるなんて、素敵じゃないか。
「どうでしょう。彼女に、もう一度書いてもらうことは、できるでしょうか……?」
「それは……できます。いや、私がなんとかしてみせます。彼女に伝えます」
詩乃はもう迷わなかった。
自分が菜花にできること。それは多分自分だけが知っている。だってこれまで、京都和み堂書店で働く彼女を見てきたのは、他でもない自分なのだから。
「だから少しだけ、待っていてください」
「分かりました。よろしくお願いします」
温かい。寒い冬なのに、詩乃と杉崎の周りを漂う空気が、ホットジンジャーティーを飲んだ後みたいな幸福感に包まれていた。
『青のまんなか』。
タイトルを見た瞬間に、なぜだか私の心が急激に惹かれ、気がつくとページをめくっていた。手書きの原稿用紙に綴られた言葉の一つ一つが、沈んでいた自分の心の奥深くに沁み渡った。なんでもない青春の日々の中で、どちらかと言えば葛藤することの多い日々の中で、きらりと光る幸せの雫が、言葉の端々から感じられた。
派手な物語ではない。ドラマチックな展開があるわけでもない。
けれど、主人公の高校生の少女が、日常の中で感じる小さな幸せに、読んでいる私の方が勇気をもらった。
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フラれたけれど、「これからも仲良くしてほしい」と言われて心が和んだこと。これからもっとその人のことを知ればいいんだと前向きになれたこと。
それは、彼女をフった方の男子からすれば、社交辞令、いや自分にとって都合の良い言い訳みたいなものだ。それも分かった上で、「やっぱり好きだ」と思ったこと。
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でも翌日、その子が「ごめんね」と素直に謝ってきたこと。
一瞬のうちに、親友を許せて、自分の方こそ悪かったと感じたこと。
心の奥底で、親友に対して怒ってはいなかったこと。
そんな、青春時代の情動が、あまりにも繊細な感性が、瑞々しい文章から伝わってきて、気がつくと私は涙を流していた。
いい歳した大人の男が、誰かの作品を読んで泣いている様を見るなんて、一緒に審査委員をしていた会社の部下たちも思わなかっただろう。
自分でも不思議だった。
これまで仕事の関係上、一年に何百冊と小説を読んできたのに、これほど素直に心が動かされたのは久しぶりだった。
そして、『青のまんなか』を読み終わったあとの、なんとも言えない前向きな気持ちを、どう表現したら良いか分からない。
だだひたすら、私は胸の中が喜びと愛しさで満ちるのを感じた。
ああ、もう、前に進んで生きて、いいんだと。
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「私は、彼女の作品に救われたんです。息子の死から立ち直れなかった私に、一つの勇気をくれたんです」
真っ直ぐなまなざしで詩乃にそう訴えかける杉崎の揺るがない想いが、詩乃の心を震わせた。
この人が、どうしてここまでして菜花に小説を書いて欲しいと願うのか。
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「まったく敵わないですね……」
杉崎にも、彼女にも。
二人とも、愛しているのだ。
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だから、書きたいのに書けないと泣いている。
もう一度書いて欲しいと懇願する。
その気持ちは、美しいじゃないか。
これほど真っ直ぐに想えるなんて、素敵じゃないか。
「どうでしょう。彼女に、もう一度書いてもらうことは、できるでしょうか……?」
「それは……できます。いや、私がなんとかしてみせます。彼女に伝えます」
詩乃はもう迷わなかった。
自分が菜花にできること。それは多分自分だけが知っている。だってこれまで、京都和み堂書店で働く彼女を見てきたのは、他でもない自分なのだから。
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